Ⅰ13.燦然少女は選べない。
「この洞窟ね…」
……入り口に奴隷商人らしき人達が氷漬けにされているのを見つけた私達は、その洞窟の前で立ち止まる。
レオンハルトさんに「行かないのか?」と言われてしまうけれど、行くだけで簡単に対処できるほど甘くはないだろう。
恐らく向こうにはセラフィーナさんやリスク、それにキャンディさんグリムさん達もいる。であるにも関わらず救出が終わってない、ということは…それだけの強敵がいるか、それとも…
「アボイ!ボイボイ!!」
「あっ、ちょっと!」
考えている間にも、ミニドラゴンさんが洞窟の中に入ろうと私を連れて行く。このまま離したら一人で入っていくことになるだろうが、それは危険。
だからこそ絶対に離したくないのだけれど、思いの外この子の力が強すぎて、逆に私の方が引っ張られてしまう。
「まあでも、アボイドの言う通り確かに入らないと先には進めないよね」
スピリット様はそういうけれど、…そういう問題じゃないでしょうが!
「何言ってるの!洞窟全体に魔法が掛けられてる、ここは普通の洞窟じゃない、最早迷宮よ!迷宮魔法。一度入ったら簡単には抜け出せないわ!貴方だって分かるでしょう?!」
「分かってるよ!でも入らないとじゃん!!」
「一度考えてからって言ってるのよ!!」
「手遅れになったらどうするの!?」
「向こうに行ったって迷うだけなら、間に合ったとしても助けられないじゃない!」
私達は睨み合って言い争う。
心の中で「これだから精霊王は…」と思いながら。
私の頃の精霊王もそんな感じだったのよね。基本的に代替わり後は交流か無いって言ってたからスピリット様は違うかなぁとか思っていたけれど、やっぱり精霊王様は精霊王様だった。
「アボイ…」「っと、」
いつの間にかレオンハルトさんの所に行ったミニドラゴンは置いておき、ここに立つ精霊王様に集中することに。
「大体!精霊王様ならセラフィーナさんの所までひとっ飛びくらいしなさいよ!」
「無理に決まってるだろ!あんな距離の瞬間移動使うの自体初めてだったわけだし、ただでさえ戦闘は基本的におれ達精霊の専門外、そもそもあんなに通信したのは初めてなんだよ!疲れてますぅー!!!」
「あら慣れって怖い。平和主義!世間知らず!王様!!」
「それはティーアだって同じじゃん!?平和主義!世間知らず!王女様!!」
「うるさいわね!私は平民よ! へ・い・み・ん!!!」
「君みたいな外れ値代表みたいな平民、居てたまるか!!」
「ここに居るじゃない!!!」
レオンハルトさんの顔が段々と混乱し始めてきている。
けれど、これだけは言いたい。私は普通の平民。…それだけだから。
「とにかく!僕はアボイドと一緒に行くから、君は勝手にしなよ」
「………別行動は危険ですよ」
「うっ…、それは…確かに。」
うん、素直!素直だけどさぁ!!こういう所は素直だからこそ、…放っておけないのかもしれないわね。
…私が知っている精霊王と同じように。
「ならどうするの? 早く決めないとじゃん、…まあ、セラフィーナやリスクルビダがいるなら大丈夫だろうけど」
セラフィーナさんとリスクが揃っているということは、当然ネフェルさんとモーセさんもいるのよね?
レオンハルトさん曰く、途中まではモーセさんと一緒だったらしいが、一際強い奴を前に先に洞窟に行ってもらったらしい。
ということは、彼も合流している可能性が高い。合流せずとも、洞窟内にいる可能性は極めて高いだろう。
「モーセさんが…」
ということは、…使いにくいわよねぇ、魔法は。
手を掴まれた瞬間感じたもん。彼は恐らく特異体質を持ってる。加護か何かだと思うわ。まあ、絶対って確証は無いのだけれど。
ハテナを浮かべるレオンハルトさんに、モーセさんがいると魔法は使いにくいだろう、と伝えておく。
「…確かに、俺もモーセと別れた後くらいから魔力暴走気味になったかもしれないな…」
そう伝えてくれれば、モーセさんのその体質はほぼ確定だった。スピリット様はまだピンときていないようだったけれど、会えば分かると思う。
レオンハルトさんの場合、モーセさんと居ることに慣れすぎて魔力放出に気が付かず段々と放出量が増え、彼と離れたことでその魔力放出が暴走へと変化した可能性が考えられる。
魔法が使えないとなると、出来ることはだいぶ限られてくるわね。
「…洞窟壊しちゃうのが一番手っ取り早いかしら」
「「うん???」」
私が一言呟けば、二人が一気にこっちを見てきた。…え?だってそうじゃない?洞窟全体に迷宮魔法が掛けられているのならば、洞窟自体を壊しちゃえば良い、簡単な話だわ。中にいる全員に結界を施してしまえば問題はないでしょうし。…まあ、その魔力量があるかは別として。
私、実は目的の為なら手段は選ばない主義なの。
…まあ、あの時はそんなに選択肢とかはなかったから、とりあえず手当たり次第やることしかできなかった、…と言ってしまえばそれで終わりなのだけれど。…今だって、選べるというのならば最善の選択を心がける。その為なら手段を選ぶ余裕がなくなると言うだけ。
…それにしても気になるわね…。モーセさんの体質が少なからず影響している筈なのに、ここまで完璧に迷宮魔法を維持するだなんて…、一体誰が使っているのかしら。
「どちらにせよ、洞窟を破壊したとしても中にいる人が危険だろ、それに無闇に破壊行為を行うのは気が引ける」
「うっ…確かにそれはそうですけど!」
レオンハルトさんにガッツリ正論を言われてしまい、萎縮する私。結界を張れば問題無いじゃない、と思うけれど、言われてみれば魔力は殆ど残っていない。
それならやはり正々堂々真正面からぶつかっていくべきだろうか。
……まあ確かに、スピリット様やミニドラゴン…アボイド、だったっけ。
アボイドちゃんのように、ここに居ても発展はしない、それに、レオンハルトさんの言う通り無闇に破壊は行えない、か…
「分かりました。とりあえず入ってみましょう」
それなら、入るしか無いわね。
…怖がっていても、自分の足で前に進まない限り…何も変わらないのだから。
ーーーーーーーーーー
ーーーーー
「っはぁはぁはぁはぁ…」
父さん、母さん、姉さん、兄さん、カタリナ義姉さん、……ネーちゃん…ッッッ
なんで…どうして…。
俺はただ、ギルトで色んな種族達を見てきている父さん母さんに追いつきたくて、自分の体質を解析する為に学園に行ってくれていた姉さんに追いつきたくて、武器作りっていう夢を叶えた兄さんに追いつきたくて、頑張って子供を…俺の甥か姪かを産もうとしてくれてるカタリナ義姉さんに追いつきたくて…
追いついて追いついて追いついて追いついて、それで…ただネーちゃんを守りたかっただけなのに。
なのに、なんで…どうしてこんなことになるんだよ…!
先生に言われて、急いで帰ってきた。…その時には、もう…こんなことになっていた。久しぶりに帰った村は、跡形も無く焼き果てている。
当然だ。…学園からここまで、何時間もかかる。
通達が来てから授業を終わらせその後何時間もかけてここに来た。…もう、夜だ。
泣けない。…目から、涙が出てこない。
なんでだよ、悲しい時って泣くモンじゃねーのかよ!…なぁ、答えてよ。兄さん、義姉さん…。もう姉さんは居ないんだろ、居ないから、頑張ろうって約束したじゃんか!なんで、なんで俺を置いて先に行っちゃうんだよ!皆皆、なんで…!
……悲しいよ、苦しいよ、…辛いよ。
なのに、それでも涙が出てこないことが、凄く悔しいよ。
「そうだよねぇ分かるよぉ〜?」
突然後ろから響いてくる声。
今の状況が分かっていないかのような、そんな声色で。…湧き上がってくるのは、紛れもなく“恐怖”だった。
反射的に後ろを振り返れば、…笑顔なのに目が笑っていない…俺より少し大きい少年か青年かが立っていた。
「知ってる?…生き物はね、絶望すると泣けないんだよ」
当然のようにそう言ってくるその人に、何も言えずに固まる。…何、言ってんだよ。恐怖と絶望に阻まれ一歩も動けない。涙は出てこない。
怖い、怖いよ…誰か…誰か助け…!
「…誰も居ないよ、…無駄な足掻きはやめな」
…コイツからは逃げられない、絶対に。
肌で感じ取れるレベルに、コイツが放つ雰囲気は異常だった。…素人の俺でも分かる、勝てない、何をやっても絶対に勝つことなど出来ない。
ガタガタと足が震え始め、等々膝から崩れ落ちる。
「あはっ、…でも、俺が探してるのは君じゃないんだ」
楽しそうに笑った後、すぐに冷たい表情に戻る。
…それが怖い。…始めて、本物の“恐怖”に出会った気がした。姉さんが登った先まで早く追いつきたくて、今まで幼少部小学部の頂点を取ってきた俺だったけれど、…こんな怖さ初めてだ。
…一ヶ月程前の入学式挨拶での王子殿下を思い出した。コイツにも王族の威厳がある、…気がする。
「でも君の力は気に入ったよ、ねぇ、俺に協力してよ」
……断れない。
断ったらどうなるだろうか、…ただの恐怖しか残らない。多分、…断った先に待っているのは、どう考えても………
「よ、ろこんで…、…っッ」
“死”
…ただ、それだけだ。
俺は、その子が差し出した手を握る。…その手はとても冷たく、まるで死人のような手。いや、正確には死人の手なんて触ったこと無いけど。
父さんや母さんはもちろん、…姉さんの遺体だって見せてくれはしなかったのだから。
「ふふっ♡早く会いたいなぁ〜」
…断るべきだっただろう。
けれど、焦って恐怖を感じていた俺には、そんなこと考える余裕も無かった。
ねえ、姉さん。俺はどうすれば良い?…これからネーちゃんのことは遠ざける。
学園でも絶対に関わらない。…こんな危険な人物と共に行動するんだ、…もうネーちゃんは守れない。…ごめん、ごめんな、ネーちゃん。ごめん…。自分が情けないよ、昔、「迎えに行く」って行ったのは俺の方なのに。ごめん、ごめんね…ネーちゃん。俺がもっとしっかりしていたら、俺がこんな能力なんて持っていなかったら、そしたら、もっと、もっと皆を守れたかもしれないのに。違う能力を持ってて、この人よりも強かったら、そしたら守れたかもしれないのに。
守れなくて、ごめん。ごめんなさい、皆………
俺はただ、守りたかったんだ。大事な人、全部全部。
最後まで、責任を持って、守りたかったよ。……ごめん、ごめんな……
…弱くて惨めで情けない。
こんな俺、生きる価値はないと思う。…ただそれでも、…この手を握った以上、俺に逆らう気力はなかった。
ーーーーー
ーーーーーーーーーー
「っっ…!…!……ーセ!!」
誰かが、俺の名前を、呼んでいる…?
「んんッ……」
ダメだ、喉がカラカラとしていて、何も考えられない。
どっと疲れが全身に襲いかかってくる。
しかも、すげぇ気分が悪い、変な夢を見ていたみたいだ。それと、今までにない恐怖を感じた気がする。…身体が震える。俺の傍から、誰も居なくなってしまうかのような、そんな感じ。
怖い、怖いよ…誰か…誰か助け…!
「モーセ!!!」
「っッ…にい、さん…っっ!?」
その声を聞いた途端、恐ろしいくらい力が抜ける。
急いで目を開けて飛び起きれば、そこには間違えなく…俺の兄、アロン・ナイルが居た。
顔に傷がついているけれど、間違えない。久しぶりに会ったけど、間違えるわけがない。
「イッッっ…」
急に起き上がった所為か、ズキズキと響いてくる。
兄さんの後ろには、色んな種族の人達が倒れ込んでいた。
すると、後ろから…「お待たせ、」という声が聞こえてきた。
…振り返ると、そこに居たのは、…1歳年下の少女が、堂々と立っている姿。
檻の前にはセラフィーナ・エンシャンツやリスクルビダ・カモミートもいるし、少女…ティーアだっけ、ティーアの後ろにはレオンハルト・エンシャンツなんかもいる。
あとは…ネーちゃんもいる。
「さあ!この迷宮を抜けるわよ!」
堂々と言い切るその姿は、姉さんや師匠が言っていた救世主の姿と重なって見えた。
ーーーーー
父親への報告が終わったイグニスは、そのまま帰っていくルイスと別れた。もう夕日が傾いている。
…結局クリスティーナ様のことは聞けなかったな…と思いながら、父親がいる書斎を通り過ごして自身の部屋へ戻ろうとする。
そんな時、父の部屋の中からは…「黙れ!!」という大声が聞こえてきた。
思わずビクッとしてしまうイグニス。いつも廊下にいる筈の衛兵も居らず、中にいるのだろうかと考える。だとすれば父が衛兵にそんな口を?そう思い、扉に向かって耳を澄ませた。
先程のように大きい声は聞こえてこなかったが、…誰かと会話しているようで。鍵穴から覗いてみると、…知らない少年が立っていた。…国王の前に、堂々と。
どんな会話をしているのだろう、そう思って再び耳を澄ませるが、父親の「黙れ」という声と、少年の「もう良いよ」という声しか聞こえなかった。
会話が終わってしまい、中を除いてみると…
「いない…?」
中には父親の姿しか無かった。
混乱した状態のまま部屋に戻っていくイグニス。
そんな様子の王子を、“彼”はちゃんと知っていた。
「……あの子がブレイズの言ってた息子か…、あははっ!ま、どうでも良いけど♪」
そう言い放ち、暗闇を歩いていく少年。
向かう先はどこでもない、…ただその闇を歩いていくだけ。
「ふふっ♡早く会いたいなぁ〜」
少し明るく、温かい声。嬉しそうに弾み、綻ぶ顔。
目的の為ならば手段は選ばない。…選ぶことが許されなかったから、…選び方なんて知らないから。
少年は求めていた、…“普通”を。
そして伝えたかった、“感謝”を。
……たったそれだけのことで、彼のその気持ちは何百年間もの時間を掛けて歪んでしまったのだ。
そしてもう一人。……少年よりもずっと前から惑い続ける青年がいた。
「おい、憂鬱」
…その言葉に、少年は立ち止まった。
後ろをゆっくりと振り向くと、そこには眼光強い青年が立っていた。
それを見た少年は、何も言わずに口を開く。
「何?」
その声色に、先程のような温かさは一切無かった。




