Ⅰ10.燦然少女は焦り、
「…ねぇ、もっとスピード出たりしないかしら?」
「申し訳ございません…ですが、これが限界で…」
抱き抱えながらそう言ってくれるキャンディさん。
…それは私も分かっている、それでもそう口を開かずには居られなかった。
私は今、馬に乗って男爵領に向かっている。
公爵家の馬車の一部である馬を一頭借りて。いや、正確に言えば二頭かもしれない。私とキャンディさんが一緒に乗っていて、後ろにはリスクとグリムさんが乗っている馬が一頭ついてきているのだから。
あの後、ミスル村に行こうとした私達は、何故かイグと壁の少年…ルイス・アベニューさんに止められた。
私が平民で公爵家の馬を借りることに異議があるのだろうけれど、正直そこは大丈夫かな…って思ったけれど。だって、お迎えに来てくれたのはキャンディさんとグリムさん。私もたまに会う2人なので、殆ど気にしては居なかった。
公爵だからって心配ありません、と言ったら、そうじゃない、みたいな顔をされたけれど、それならばどういうことだったのだろう。
まあでも、イグやルイスさん…あ、待って。
これからは様付けで言った方が良いのかしら。レオンハルトさんやセラフィーナさんと初めて会った時は昔の感覚を脱ぎ捨てられなかったのだけれど、流石に今なら行けるんじゃないかなって思って。だいぶ自分の身分にも慣れてきたところだし、これからは様付けで行くことにしましょう。
つまり、ルイス様。イグとルイス様はついてこなかったから、…正直そこはありがたい。
リスクでも置いていきたいのに、その2人は強さだって全くの未知数なのだから、置いていきたいのは当然のことだった。
それにしても、リスクって何者なのかしら。
…最近生誕祭で魔法の練習をし始めたのだけれど、なんというか…リスクは器の大きさが極端に変わった気がするし。何か隠しているんじゃないかしら。
けれど、一番隠し事が多そうなのはレオンハルトさんよね。セラフィーナさんも大きな隠し事はあるけれど、レオンハルトさんも大概よね。…まるでお兄様みたいだわ。…お兄様の生まれ変わりなのかしら、と思ってしまうくらい。
「少し休憩を挟みましょう」
グリムさんそう言って、近くの川で休憩を挟むことになった。
…うぅ、確かにお馬さんの休憩も挟まないと行けないわよね…。本当ならすぐにでも瞬間移動か身体強化かを使って行きたい所なのに、それが出来ないって思えば思う程焦ってしまう。
川の水を飲みながら一休みする馬を、岩の近くから見つめるキャンディさんとグリムさん。
私はさっきの瞬間移動で魔力の7割を使い切った。残りの3割では瞬間移動も身体強化も使えない、…出来るのは単純魔法だけだろう。
身体強化はまだ行けるかもしれないが、リスクを置いて行くのは心が渋る。しかも、向こうについてからの魔力も温存しておきたいし、移動で迂闊には使い切れない。
リスクは川の近くまで行って川を覗いている?みたいだった。
…呑気なものね、私は早く向かいたいっていうのに!
「ここから男爵領まであとどのくらいですか?」
「恐らく、この川の上流まで向かって行くだけなので、あと1、2時間で到着できるかと」
1、2時間って…ただでさえ準備で1時間経ってるのよ?向こうに着くのにだいぶ時間が掛かるってことじゃない。
最低でも2時間、長くて3時間も掛かってしまう。
…セラフィーナさんやレオンハルトさんのことを信頼していないわけではない、…けれど、奴隷商人ということはそれなりの精鋭が集まっている筈だし、不法な隷属の契約を結ぶことを余儀なくされた異族達がいるかもしれない、…獣人や鬼族、それにエルフ達の強さは舐めたものじゃないって分かっているからこそ、なるべく慎重に行かなければならないのだ。
そう考えれば考える程、早く向かわなければならないという気持ちでいっぱいになる。
帰ってきたリスクは服がビチャビチャになっていた。
変えることも提案したけれど、それは断られる。再び馬に乗り、走行を再開する私達だったが…速度が落ちている気がする。うぅ…それはそうだけど!絶対2時間ぶっ通しで走るのはキツいだろうけど!!段々とスピードは落ちていくばかり。
「ティーア、どうする?」
隣に並んだもう一頭の背中からリスクの声が聞こえてくる。このスピードでは倍以上掛かるだろう。
もう諦めて身体強化を使うか、それか別の馬を調達するか…そう提案しようと思い口を開こうとする。
けれど、その前に二頭が急に止まってしまう。
「っっ!?」「あぶっっ、」
なんとか操縦していたグリムさんとキャンディさんが馬を止め、私達は道の真ん中で止まる。
…あぁもう!そうよ!そうすれば良かった。
私は気配で誰が来たのかすぐに分かってしまい、私はすぐに馬から飛び降りた。
「今は時間がありません、私達をタリティ男爵領にお願いします」
後ろを振り向けば、そこにいたのは知っている顔つきの少年。目を瞑りそうになるくらいキラキラを振りまいている。
…出会った時から、外見は全く変わっていないみたいだ。
「うん、おれも気になっててね〜!…彼の魔力が、弱くなってるから」
目を細めながらそう言い放つ…精霊王スピリット様。
それから私達に向かって平然と手を伸ばしてくれる。もちろん浮いていた。キャンディさんはあの時の…!と呟くが、グリムさんやリスクは“誰??”と言った調子でハテナを浮かべた。
「連れて行くのは君だけ?それともそこにいる君達もかい?」
「全員です」
キャンディさんはセラフィーナさんの元に向かうという使命があるし、リスクもアスタさんを助けるという使命がある。そして、グリムさんに至って言えば…セラフィーナさんだけでなく、ロータスさんも。以前2人が王都で出歩いていたのを見たことがある。
スピリット様もスピリット様でレオンハルトさんに向かって多大な心配をしているだろうから、連れて行ってくれるのは間違えないだろう。…それに、私よりも正確だ。
「あ…でも、お馬さんは…」
私がそう言えば、馬を降りていたキャンディさんが、「それなら…」と呟く。そして、私やスピリット様…ではなく、グリムさんと顔を見合わせた。
「…お願い致しますグリム、学園に帰り…誰にも伝えず、エンシャンツ公爵家に帰ってください」
…怪しげに赤く光る2人の瞳。
私とスピリット様は顔を見合わせそれを止めようとするも、グリムさんは「分かりました、お気をつけて…!」と言った後そのまま引き返す。
「行きましょう!」
リスクはぽけーっとしている中、キャンディさんは私達の方を振り返り強い目をしてそう言い放つ。
「…この国では禁止されている筈よ、緊急時以外は」
「緊急時ですから、…それに、なるべく被害を増やしたくはありません」
平然とそう言い放ち、その後「貴女も私の父を知っているのでしょう」と言ってくるので確かに何も言えない。
…陛下には誤魔化し利くかしらと思いながら、再びスピリット様の方を振り向いた。
その視線に気がついたスピリット様は、そんなに期待しないで…と笑いながら呟いく。しかし、すぐに真剣な表情に変わった。そして、
「舞うは陽光、瞬間移動!!!」
そう言い切り、あの時と同じように柏手を打つ。
その瞬間辺りに光が巻き起こった。本物の流石、精舞の極。私には無い神々しさだわ。
目を開ければ、そこには見知らぬ村が広がっていた。
「…ここかしら、」
「ええおそらく。グリムが言っていた特徴と同じです」
私の問いかけに答えてくれるキャンディさん。
懐かしさを感じるのは、嘗ての私の後ろにも、彼女のような侍女がしてくれたから。だけど、彼女は私の侍女じゃない。…セラフィーナさんを迎えに行ってもらわないとね。
…キョロキョロと辺りを見回しても、人の姿は見当たらない。
「……とにかく、セラフィーナさんやアスタさんを探しましょう」
「レオンハルトも忘れないでよ?」
分かっています、と一言添えてから、私はリスクの方を見上げた。
…そして、その視線を目で追っただけで、なんとなく察してしまう。何故彼が分かったのかは分からないけれど、私が魔力感知を使えるように、彼にもまた使えるのかもしれないという可能性も考えられるからだ。…でもどこまで分かっているのかは分からない。
だから、慎重に言葉を選ぶ。
「リスク、キャンディさん、2人はあの山の方の洞窟に向かってください! 私は一度スピリット様と共にレオンハルトさんの所へ向かいます。」
多くの魔力が集まっているのが、向こうの山の洞窟。
そして、反対側の少し行った先には、レオンハルトさんの魔力を感じる。彼の魔力は特殊だから凄くわかりやすい。
スピリット様が気づいたのも彼の魔力が原因だろう、…魔力の放出が途切れ途切れになっている。また暴走したのかしら、けど最近は聞かないのに…
「分かった、けどティーアも気をつけてよ?」
「ええ、皆さんこそお気をつけて。レオンハルトさんと合流したらすぐに向かいます、くれぐれも無理だけはせず!何かあったらスピリット様にお伝え下さい」
えっ…と呟く声が聞こえた気がしたが、そんなことは聞かないことにする。
今は一刻を争う危機なのだ。
先程の中間地点では全く分からなかったけれど、…どうやらまたレオンハルトさんが危険になっているみたい。これは彼の所為ではなく、完全に運の所為であり、間違えなく生まれつき持った物が原因だった。
だからこそ、助けに行かなれければならないのよ。
天才を助けるのは、本物の天才なんかじゃない、私の役目だから。
リスク達と別れた私達は、そのまま洞窟とは反対側に駆けていく。
レオンハルトさんのことは意外とすぐに見つけることが出来た。…でも………
「レオン…ハルトさん…??」「っっ…」
そこには、真っ二つの剣を持ちながら倒れ込んでいるレオンハルトさんの姿。
私達は彼の名前を叫びながら駆け寄った。
ねぇ、なんで、どうして! スピリット様も物凄く焦ったようにレオンハルトさんの名前を呼ぶし、私も…名前を呼びつつも、思わず固まってしまう。
「脈は…まだある…」
脈はまだある。腕や首から確認することができる。
けれど、それしか分からない。私は医者じゃないから正確なことは何一つ知らない。どうしよう、医者、医者……
「っっ…スピリット様! フルール村、フルール村にレオンハルトさんを…!」
「無理だよ、おれもさっきので急に使いすぎた、君も知ってるだろ?人数制限、フルール村までは保たないんだ! なんとか父さんと通信はしてみるけど…」
スピリット様の言葉を最後まで聞かずに、私は膝から崩れ落ちる。
ねぇ、こんな時…貴女ならどうしてた?貴女ならどうやってこの危機を回避していたの? 分からない、けど、私には出来ないよ…。スピリット様の言う通り、人数制限があるのが瞬間移動。私も今療治の魔法を完全に使うことは出来ない。
それに、例え魔力が十分溜まっていたとしても、これだけ深い傷…私には癒せない…
「っっ…っっ……」
どうしよう。泣けてきた。
泣いてる暇なんか無い筈なのに、目から涙が止まらない。
私はどうしたら良いんですか…お兄様、マリアージュお義姉様…。見下ろした先に見えるレオンハルトさんに、クリストファーお兄様とマリアージュお義姉様の面影が見えてくる。
そんな暇無いのに、なにか奪還する方法を、1秒でもいいから早く、この状況を切り抜ける切り札を…。
ままならない頭で考えている私達をよそに、レオンハルトさんの呼吸はどんどん酷くなる。あえぐように苦しそうな呼吸をしているように見えるし、しゃくりあげるような途切れ途切れに起きる呼吸を重ねる。
これは素人からでも分かる、…完全に普段通りの呼吸ではない。
目から涙が溢れる。焦りが生じる。
…もしものことを、考えてしまう。…駄目、どうにかして…。私が、なんとかしないと。
「っっ〜」
…あぁ、無理だ。動かなきゃならないのに、頭は焦っている筈なのに、それでも思い通りに手足が動かない。
「くりっ、まっ…」
ぅぁ…助けて…お兄様、お義姉様…っ
「…それで助かるの?」
スピリット様の一言が、辺りに広がる。
まるで希望に満ちたような声色でそう語ってくれたので、思わず彼の方を振り向いた。目に浮かんだ雫を振り落とすようにして振り返ると、スピリット様は耳に手を当ててどこかに集中しているかのようで。
私も同じように聞き耳を立てた。
それに気がついたスピリット様が…その声の主と私をも繋げてくれたのか、頭の中にハッキリと少女の声が流れ込んできた。
『確証はできません、でもそれ…恐らく死戦期呼吸です…っ 早く心肺蘇生や人工呼吸をしないと!あとはAEDで電気ショックも…っっ』
その声は、間違えなくセラフィーナさんの声色。
彼女の知識量に圧倒されてしまう。…しせんき呼吸?しんぱいそせい?じんこう呼吸…っていうのはよく分からない。けれど、…もしかしたら、この時代は私が思っている以上に発達しているのかもしれない。
「教えて、今すぐそのなんとかかんとかをやるわ!」
…少しでも、救命の可能性があるのだとしたら。
『ティッ…いやでも!その、人工呼吸は、ききき、き…!』
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?さっさとやり方教えなさい!」
『は、はひっ…!!!』
それから私は、まどろっこしくなってしまい、モジモジとした声のセラフィーナさんを一喝した。




