Ⅰ9.尽力令嬢は探し始める。
目を開けると、そこは普通の村…とは言い難い有様になっている村だった。
「なんだよ…これ……」
呆然と立ち尽くすモーセ。
…そうだよね、こんなのあんまりだよ。何が起こったのかは分からない、けれど、私達はこの原因を突き止める必要がある。
「とりあえず、ティーアが来るまでの間…出来ることはしよう」
「…はい…!」
お兄様がそう言ってくれる。…そうだよね、冷静にならないと。ピンチの時こそ冷静に、ってよく言うし。………って、
「………え??」
あれ、ティーアちゃんも一緒に来るって言ってなかった…?そう思い、勢いよくお兄様を振り返る。お兄様は私の顔を見つめ、…私に隣を見るように促した。
そして………
「ね、ネフェルちゃん…!? なんで来ちゃったの…?!」
そこに立っていたのは、紛れもなくネフェルちゃんだったのだ。当然のようにこちらを見てくるネフェルちゃん。
「モーセ一人じゃ心配だから」
「それはそうだけど…!!」
だからってネフェルちゃんが来る所じゃないでしょ!奴隷商人だよ、!?
「で、でも!貴族の貴女が来る場所じゃ…!」
「その言葉、そのままお返し致しますよ」
そう言われてしまえば、何も言えない。
…そういえば公爵令嬢だったっけ、私。教室では頑張って貴族を演じているけれど、いざお兄様やティーアちゃんがいる、って思ったら、知らず知らずのうちに心のリミットが解除されてしまったのかもしれない。
「このナイフは……」
「…アロンさんの?」
モーセが呟くと、ネフェルちゃんがそう言い切る。
さっきから言おうと思ってたんだけど、2人が元々同じ村出身だってことに驚きを隠せない。だったらなんで今まで黙ってて、私がダル絡みされてる時にネフェルちゃんは助けてくれなかったんだ…と言いたいけれど、人それぞれ事情があると言う物。
ネフェルちゃんとモーセの関係についても、同じ村って言うこと以外分からないわけだし、わざわざ言う必要も無かったのかもしれない。
「とにかく、俺は生存者を探しに行く、…彼らが見つかれば連れ去られた人の居場所が分かるかもしれないからな」
「私も手伝います!」
お兄様がそう言ってくれるので、私達は手分けして探すことになった。モーセとネフェルちゃんはこの村のことを分かっているみたいなので、私とネフェルちゃん、お兄様とモーセの二手に分かれる。…お兄様が何か言いたげだったけれど、「何かあったら絶対叫んで」と言われ、モーセと共に角を曲がっていった。
お兄様こそ、って言いたかったんだけどなぁ。
…仕方ないか、でも、お兄様に何かあったら真っ先に駆けつける予定。ティーアちゃんみたいに感知魔法?を出来るようになりたい。
「それで、どこから探そっか」
私はそう口を開く。すると、ネフェルちゃんが、一度家を確認しても良いですか、と切り出した。私は即座に、「もちろん!」と言い切る。
ネフェルちゃんの本名は、恐らくネフェル・タリティ。
ソレイユ王国タリティ男爵家の一人娘だろう。初めて声をかけた時は微妙だったけれど、言動や特徴、そして今の状況から推測するに、多分合っている。だとすれば、ネフェルちゃんの言うその家、っていうのは、恐らく男爵屋敷。
案の定、辿り着いたのは…この村の中では一際大きいサイズの御屋敷だった。門の鍵が、無理矢理壊されている。
「………っっ〜〜〜」
手を繋いているからか、ネフェルちゃんからの震えがよく伝わってくる。私はしっかりと握りしめ、彼女と共に歩き出した。
幾つか部屋を回ってみたけれと、中に人は一人もいない。
ネフェルちゃんはボソリと「みんな…」と呟く。…そう、だよね、…だって、故郷が…実家が、知らない間にこんなことになってるんだもん…。
「…探しに行こ、ネフェルちゃん」
私はネフェルちゃんの方を見ずに、そのまま言い切る。…探しに行かなければならない。
ネフェルちゃんの震えた手を包み込み、そのまま歩き始める。トボトボと歩き始める少女を先導するように歩いていった。
ゲームには描かれなかった、新しいストーリー。
正直、怖い。ティーアちゃんでも、本当のセラフィーナでも無い私に、解決出来るかどうかなんか分からないから。
未来が見えない、真っ暗な状態。…それでも、進まなければならない。
本当の戦いが始まる前に、こんな所で挫けるわけにはいかないから。
ーーーーー
セラフィーナとネフェルが男爵屋敷に足を運んだ丁度その時、少年達は人を見つけていた。
「カタリナ義姉さんっっ!?!!」
場所は、モーセの実家。
空いていた扉から入り、奥の部屋に微かな気配を感じたレオンハルトが向かった先にいたのは、彼の義姉であるカタリナだった。
「もーせ、くん…?」
クローゼットの中には、お腹を守るようにして座っているカタリナの姿。
クローゼットには鍵が掛かっており、モーセが持っていた合鍵で開けたので、…カタリナがそこにいたのには、襲われた以外の別の理由があった。
モーセは思う。それは恐らく、兄の仕業だろう、と。
「怪我はありませんか?」
「えぇ、ちょっと苦しかったけど、多分そこまで時間は経ってないから…」
レオンハルトはカタリナに手を差し伸べながら口を開く。カタリナは体勢を整え、そのまま立とうとするが、モーセがそれを止めた。
「ダメだよ義姉さん!安静にしとけって言われてるだろ!」
分かってるわよ、と苦笑気味になってしまう。そういう所は彼とそっくりなのよね…と思いながら、手を差し伸べてくれた少年の方に向き直る。
「えっと…それより、貴方は?」
「僕の名はレオンハルトと申します、…この村で何が起こったのかをお聞かせくださいませんか?」
丁寧にそう述べる少年に対し、カタリナは少しだけ目を細める。…この村で何が起こったのか、…それは、唐突に始まった出来事だった。
元々昨日は、この村と海外にある姉妹都市との記念日であり、多くの村人が旅行に行ったりしていて、休日を謳歌していた。まだ帰ってきていない住民もいる中、…奴隷商人の人々が襲ってきた。
狙われたのは、残った少数の村人達。
見たこと無い魔法によって成すすべなく敗退してしまい、彼らは捕まってしまった。ギルド登録者も多く居る中、何の抵抗もできず一瞬で。…このことから分かるように、今回は普通の奴隷商人ではないことだけは確かだった。
「私はアロンが鍵を掛けてくれたから無事だったけれど…」
モーセの方をチラリと見るカタリナ。
アロン、というのは、アロン・ナイル。モーセの兄であり、ミリアムの弟。カタリナにとっては大切なパートナー。
ここに居ない、ということは、恐らくその奴隷商人とやらに連れて行かれたのだろう、…そう、容易に推測することが出来た。
「…なるほど。事情は分かりました。モーセ、お前はここに残って彼女の傍に居ろ」
レオンハルトはそう言い切る。部屋に転がっていた剣を手に取り、小さく素振りをしながら。
えっ…?と、いつもの彼からは考えられないくらい弱々しい声を上げるモーセ。…それからレオンハルトは、「ネフェル嬢にも伝えておく」と添えて、そのまま窓から外を見下ろす。
モーセは、何も答えられなかった。
確かに、ここに居たいのは山々だ。お腹に甥か姪かを宿している義姉をここで一人にするわけにはいかない。兄がせっかく傷つけないように、と残した義姉を、一人に。けれど、兄のことも気になる。先程まで同じ空間に居た伯爵子息だって同じように気になっていたのだ、それなのにも関わらず自分だけが押し切ってここに来てしまった。全く身勝手な限りなのだが、焦りを持っていた彼はそんなこと何一つ考えられなかった。家族が、大事な子が、傷つけられる姿は見たくない。
ネフェルに伝えてくれるのならありがたい。
恐らくレオンハルトはネフェルにここを伝えてくれて、救出に1人で向かって、モーセ自身はここに残る。それが、レオンハルトが言っている言葉の意味なのだろう、…幾らモーセでも、それくらいは分かった。
ネフェルが無事で居てくれるならそれで良い。
けれど、ここにいる公爵子息は、向こうにいる公爵令嬢は、…多分、何があっても行くだろう。
分からない。どうすれば良いのか。何が正解なのか。
カタリナもレオンハルトも、何も言わずにモーセを見つめる。その間にも、時間は刻一刻と刻まれていく。
「俺も行く。」
「………」
モーセは、義姉の手を握りレオンハルトの方を向きながらそう言い切る。
レオンハルトは扉の方を向いたまま彼の方を見ることはないが、モーセは構わず口を開いた。カタリナは優しく義弟を見守る。
「俺は強くなってネーちゃんを迎えに行く、…お前との勝負はまだ終わってないだろ!」
「…これは遊びじゃないんだぞ、」
「知ってるよ!! …だから、俺が行く!お前に行かせてたまるか!!!」
冷静に返すレオンハルトに、大声を上げて怒鳴るモーセ。その目は、本気だった。
大切な人の為に強くなりたい、と…。カタリナの目からは、そう願っているように見える。
ー「俺は強くなるんだ! 強くなって、貴女を守る!!」
1000年前のある少年のようだった。
丁度、その言葉に「楽しみね」と微笑んでいた少女は今、猛烈に焦っているのだけれど。
そんなこと、彼らが知る由もない。
「……カタリナさんはどうするつもりだ…」
「あっ…」
はぁ、と。レオンハルトはため息をついて、少年の方を振り返る。さっきまでの威勢とは売って代わり、まゆを垂らしてしょんぼりとしており、カタリナも困ったような表情だった。
そしてレオンハルトは、少し前にセラフィーナが言っていた“類は友を呼ぶ”という言葉を思い出す。異国か異世界かの言葉、考え方や趣味が似ている人同士が自然と集まること、だそう。
守りたい、…そんな、単純だけど大事な想い。
その気持ちに素直に従おうとする少年のことを見捨てることなど、レオンハルトには出来なかったのだった。
ーーーーー
それから別の場所。
王城内に位置している王国騎士団は、慌ただしく活動していた。
「何が起こっているのか分からん、気を引き締めて行け!」
騎士団長シリル・ハワードの言葉に、この場にいる全員は「はっ!!!」という声を上げる。
決して大きくはなかったが、それぞれの返事を合わせれば、部屋が圧迫されそうになるくらい大きな声になった。
「まず第五番隊が特攻、場所的には第八番隊も派遣すべきだな、」
そして、副団長ベオウルフ・シモンズがゆっくりとそう口を開いた。
「救護のことも考えて、第七番隊を後に派遣、」
「セルヴィラ、ノイッシュ、ヴァレリアン、隊の半数は残し半数で向かえ、頼んだぞ」
「「「はい!」」」
獣騎による特攻第五番隊隊長セルヴィラ・ネルソン、ギルド連携による状況把握第八番隊隊長ノイッシュ・ポロック、そして救護による治癒第七番隊隊長ヴァレリアン・ハート。
勢いよく団長室を飛び出し、そのまま自身の隊が控えている部屋へと向かっていく。
「…魔力反応に異常が見られます、我々も同行すべきでしょうか」
魔道具による魔法関係第四番隊隊長ファルク・イリージュが団長副団長に向かってそう言い放つ。
2人は顎に手を当てて何かを考えているようだ。
「陛下からは、魔力異常のことは終わった後で確認してほしいと通達があった、…セルヴィラ達が帰ってから行ってくれ、」
「それに、君まで行ったら王都が手薄になるからね」
「かしこまりました」
団長副団長の言葉を聞いたファルクは、そのまま部屋を退出する。
「……憶測で陛下の御心を語るのは不敬とは言え、一つ言いか?」
「なんだ、シリル」
シリルの言葉に問いをかけたベオウルフだったが、大体の内容は浮かんでいた。
「…通達に来ていた言葉、【怪しい少年や少女には逆らわないこと】…陛下は一体何を知っている?」
ベオウルフはそれ以上何も答えなかった。
シリルも、それ以降の質問はせず肘をついて考え始めた。
陛下は確実に何かを知っていて、それを隠している。
…昔から隠し事が苦手なその様子は何も変わっていらっしゃらないのだな、と2人は考える。
ブレイズ・ラグジュアル・サンスベリアは確かに国王として素晴らしい器の持ち主だ。…ただそれでも、彼には決定的な弱点があった。
…国王として、誰よりも嘘を付くのが上手くなければならない筈なのに、誰よりも嘘を付くことが下手なこと。
そしてそれは昔から変わらない。
戴冠式でクリスティーナについて変わろうとも、嘘を付くことが下手なことだけは変わらなかった。
「…いずれにせよ、陛下が何も言わない以上触れるわけにはいかないだろうな、」
「ああ。」
2人は扉の向こうにある筈の王宮へと目をやる。
…壁を打ち砕くことは出来ない。ただそれでも、彼らは陛下を信じる。そして、悟られぬよう密かに、心の中だけで探し続ける。彼が隠している“何か”を。
―「すげーよ副隊長って!もうすぐじゃん!!…俺、応援する!騎士団長になるっていう…アンタの夢!」
言ってくれずとも、頼ってくれずとも構わない。
己の信念を曲げなければ、きっと気づいてくれる。それがブレイズ・ラグジュアル・サンスベリアだから。
だから、…例え隠し事をされていようとも信じる。
―「ッッッ〜〜頼む、シリル副隊長…っッっ………助けてくれッッッ!!!!!」
…嘗ての彼を、知っているから。




