Ⅰ8.燦然少女は失敗する。
…本当は私一人で行くつもりだった。
「行きましょうか、そのタリティ男爵領に」
「うん!行こう!」
けれど、…彼女はそれでもついてくる。ここまで聞いたからには、必ずついてくるだろう、って…。私は知っているから。
「行くって言っても、ここからじゃ数時間は掛かる。着く頃には夜だぞ」
レオンハルトさんが私の目を見ながらそう言ってくる。
けれど、問題はそこじゃなかった。私は一言「そこは問題ありません」と言ってから、地図を眺める。この地図は寸法なんかも正確に作られているらしく、思わず時代の流れを感じてしまった。
「ま、待ってくれ!」
すると、イグらしき声が上がる。視線は上げず耳だけ傾けると、イグが少しだけ弱々しい声を上げた。
「俺達だけで解決出来るわけ無いだろう、父上や皆に一度相談を…!」
「間に合わないわよ」
そう、今の私はゆったり眺めているだけように見えているだろうが、ハッキリ言ってそんな暇な時間は一秒たりとも存在しない。先生達に言いに行く時間くらいならあるだろうけれど、精々1、2分のみ。イグの父親が誰なのかは知らないけれど、遠くに行く暇はない。
「…私とセラフィーナさんで行く、って言いたい所だけれど…」
地図から顔を上げて前を向けば、…そこには真っ直ぐな視線。
「……ふふふっ…やっぱりそうなるわよね」
思わず笑ってしまう。あまりにも想像通り過ぎて。
ー「フィーナに何を吹き込んだんだよ!あと、フィーナを森につれてったのはおまえだろ!」
かつての彼と、変わっているようで同じ。
随分成長しているみたいだけれど、それでも…彼の心には、ずっとずっと変わらない気持ちがある。その強い真髄を持ち続けていることは、純粋に素敵だと思う。…だからこそ、道を踏み外してはほしくないけれど。
「貴方も行きたいんでしょ」
そう言えば、レオンハルトさんは大きく頷く。
後悔…してたと思うから。本人から聞かずとも、態度を見ていれば読み取れる。レオンハルトさんは、あの日森に自分が居なかったことを、心の底から後悔して。…そして今も、それに囚われている、と。
「でも、貴方達だけには任せない。私も行くわ、」
だとしても、レオンハルトさんとセラフィーナさんだけに任せるわけには行かなかった。公爵子息と公爵令嬢。…あまりにも危険過ぎる。
「それなら僕も行かせて、兄さんのことを救いたいんだ」
「えっと…それは……ごめんなさい、人数的に難しくて…」
リスクはそう言ってくれるけれど、制限はギリギリ3、4人。昔の魔力が戻っていれば人数制限も無かったのだけれど、今は学園という手前中々練習も出来ないので、魔法の精度が鈍っている。…こういう時の為に日頃からもっとしっかりしないとね。
そう思うけれど、後悔するのは全てが終わった後だ。
そして、向こうについた後のことも考えると、ここで使いすぎるのは恐らく危険。だから、3人が限度なのだ。
「…そっか。」
「なら俺も行く!!!」
……うん、だからさっきの話聞いてた??
急に声を出したかと思えば、そんなことを言い放つ少年。…モーセさんだっけ、セラフィーナさんとよく絡んでいた記憶があるけれど、こんなに大人しい人だとは思っていなかった。この一ヶ月で何があったのかしら、なーんて思っていたけれど、今のこの言葉で前言撤回。…本当に何を考えているのかしら。
「故郷の皆を助ける!」
「いやだから、人数的に無理です」
「お前の代わりに俺が行く!何も問題無いだろ!!」
……それから、レオンハルト・エンシャンツとセラフィーナ・エンシャンツに強さを見せつけるんだ!と言い放つ。
「なら私も…! 私も行く、モーセだけに任せられない!」
「はぁ?!」
何を言い出すんだこの子達は…。2人は、「走れないでしょ!俺が行く!」「いやよ!私も父様や皆を…!」と言い争いを始める。
そりゃ、故郷が荒らされてると分かってじっと出来る訳無いだろうけれど、よく考えて欲しい。
…大の大人が相手なのよ?貴女達が勝てる相手じゃない。
それを考えればセラフィーナさんやレオンハルトさんもそうなのだが、セラフィーナさんにはドラゴンという功績があるし、レオンハルトさんもセラフィーナさんに大口を叩く以上ある程度の強さはあるのだろうから、一般人の2人とは比べ物にはならない。
特別扱いする気はないが、事実だから仕方がないだろう。
「…本気で行く気なの…?」
2人が言い争いをしている間、イグがそう口を開く。
「当然よ」
聞いてしまったんだもの。今更立ち止まることなんか出来ない。
私はイグに、「先生や皆、あと貴方のお父様にもよろしく言っておいて」と伝えておく。イグは何か言いたげだったが、私は振り切って、あきれたような目線をモーセさんとネフェルさんに向けるエンシャンツ兄妹に一言声をかけた。
そろそろ時間だ。
「頼む!!俺も行かせてくれ、兄さんのことも心配なんだ!」
モーセさんがそう言って私の手を掴む。
…嘘でしょ、どうして。集中出来ないし、これじゃ魔力展開出来ない!無理矢理やろうとしても、何故か弾かれる。っっ、まさかこの子、特異体質が…、いやでも、こんなきっかり弾かれることある?うぅ…どうしよう。
「頼むッッ」
「わ、分かった!分かったから! 貴方も連れてく!それで良いでしょ!?」
更に魔力が小さくなってしまう気がして、とりあえずそう言い切る。すると、モーセさんはぱっと笑顔になって「あぁ!ありがとう!!」と応える。
「………モーセ???」
にっこりと笑みを浮かべ、モーセさんの手を私の腕から引き剥がすのは、隣にいたリスク。…そうね、うん。笑顔が怖い系だわ。レアンさんみたい。
けれど、それも無理ないか…。リスクだってアスタさんのことが気になっているんだもの。それなのに許可してしまったことは申し訳ないけれど、私が行って解決してくるから、安心して待っていて欲しい。
そんな思いで見返せば、若干心配そうな顔をされてしまう。
「…そんな自信満々だと余計に心配になってくるよ…」
そう言われ、顰め面をしてしまう。
何よそれ、どういう意味なのかしら。聞きたいけれど、今は本当に時間がないのよ。
大人だったら3人が限界、けれど、私達はまだ子供。4人までなら、送ることが出来る。
「準備は良い?」
「はいっ」「もちろんだ」「あぁ!!」
三者三様の言葉を投げかけられる。そのまま、3人に向かって手を伸ばした。そして…
「舞うは宵闇、瞬間移動っっ!!!」
次の瞬間、目の前が光りに包まれる。
その後、目を開けると、私達の目の前に広がっていたのは初めての村………
……ではなく。
「え…なんで…??」
失敗した?いやいやいやいや、流石にこれは失敗も何もなくない!?だって地図で頭に叩き込んだ!もう一度机の上の地図を見てみても、差分は無い。記憶通り。
…なのに、どうして………
「成功じゃないの?」
「だって、私…」
どうして私だけ転移してないの…?
3人じゃなくて、ちゃんと4人分の重さを感じたもの、これは間違えない。だから成功したと思ったのに…なんで?私は……
混乱しながら机に倒れそうになる。すると、近くに居たイグが支えてくれた。
「…1、2、…制限は4人だっけ?」
「ええ、そう。だから、セラフィーナさんとレオンハルトさん、それにモーセさんと…」
私はリスクの言葉に頷き、そのまま口を開く。セラフィーナさんとレオンハルトさん、モーセさん、そして……
「そこの少女も居なくなってね?」
「………」
壁に居た少年にそう言われてしまう。
そして、そのまま動けなくなる。あぁそうだ、4人分だったもん。モーセさん曰く、走れないんじゃなかったの?というか、どうして貴女も行っちゃったのよ!!……って言う為にも、早く追いかける必要がありそうね。
「え、これ…公爵達が消えたとかじゃないよな…?」
「問題ありません。移動させただけですから」
魔力を使いすぎた…、ここからどうやって向かおうかしら、と考えながら、壁の少年にそう答える。
ホッとしたような様子を見せるその少年は、恐らくレオンハルトさんと同じ生徒会の方だろう。たまに行事で目にしたことがある。
「私は向かいますが、皆様はいかがなさいますか?」
ということは、貴族なのでは…?そう思い直した私は、慌てて少し取り繕う。…もう遅いかも。
「僕は元々行くつもりだったからね、もちろん行くよ」
リスクは当然のようにそう言い切る。
…まあ、そこはなんとなく想像はついていたわ。アスタさんという行動力の塊の弟であるリスク、…そんな彼が行動力を持っていない筈が無い。
「俺は……」
イグは少し迷っているようだった。
…別に無理に決断する必要は無いから、そんなに迷わなくても…。
「イグ、貴方は…さっきも言ったけれど、お父様や先生達大人に伝えなさい。貴方も、…迷っているのならイグの手伝いをして」
そう言い切ってから、私はリスクと共にどうやってタリティ男爵領に向かうかを考える。
一つ考えたのは、セラフィーナさんがここと屋敷を行き来しているエンシャンツ家の馬車を貸してもらうってことかしら。
もう既にセラフィーナさんは男爵領。
キャンディさんにバラさずっていうのはほぼ不可能だろうし、借りれれば相当早く向かうことが出来る。
「え、公爵家の馬車を勝手に…」
「奴隷商は我が国の憲法に於いて禁止されています。そして、レオンハルトさん並びにセラフィーナさんの許可は得ている」
渋る少年に対し、間髪入れずにそう言い切る。
この前、セラフィーナさんに聞いた。憲法は1000年前と殆ど変わっていない、と。ならば、奴隷商人についても禁止されているに決まっている。
何も言えなくなった少年とイグとを置いて、私達はキャンディさんの待っている昇降口付近へと向かった。
…セラフィーナさん、頼んだわよ。
ーーーーー
暗闇の中、少年は呟く。
「…ねぇ、失敗しないでね」
その声はかき消され、残ったのはただ一人。
「はっ、仰せのままに」
その声は脆く、機械的な人形のよう。
怪しげに光るその目に、生気は宿っていなかった。
「あっはは!楽しみだなぁ。…僕が証明してみせるからね、…大好きな―――――――様♡」
彼の目にも同様、…生気が宿っていない。
冷たく響くその言葉に、嘘偽りは一つもなかった。
「ほん…とに…それで…良いっの…っ、?」
…縄で手足を縛られ動けない状態の彼女から見たその少年は、…とても正気には見えない。
「良いに決まってるでしょ♡?…邪魔するなら…、例え君でも、俺は容赦しないから」
少年は、嘗ての仲間に対しても…冷たく睨むように見下ろした。




