Ⅰ7.尽力令嬢は関わる。
「えっ…」
入学式から一ヶ月。私はネフェルちゃんと共に魔法学を専攻、モーセやイグニス様は体育学を専攻したらしかった。魔法学の基礎授業が終わり、教室に戻ってくると、担任の先生が待っていた。
そして、ネフェルちゃんに小声で耳打ちをした所、ネフェルちゃんの顔がどんどん生気を失い、青ざめていく。
「どうかしたの…?」
「…なんでもありません。早く帰りましょう」
そう急き立ててくるけれど、経験上何も無い訳ない。
それくらい青ざめていたネフェルちゃんだったが、ツーンとした状態になりそのまま帰る支度を進める。今日はこのまま解散なので、私も私で席に戻り支度を始めた。
上に目線を送れば、既にネフェルちゃんは支度を終えていたらしく、そのまま目が合うとペコリと礼をしてからどこかに向かってしまう。方向的にはさっきの道を戻っているので、魔法学の棟…かな。それか、その奥の体育学の棟?
追いかけに行きたいけれど、キャンディさんを持たせるわけには行かないしなぁとか思っていると、廊下から走ってくる音が聞こえた。
バタンッっと扉が開くと、…そこにいたのはモーセだった。
ネフェルちゃんと同様酷く青ざめたような顔をしていることに若干違和感を覚える。急ぎ足で私の近くまで辿り着き、「よう」と一言挨拶すると、そのまま鞄を持って外へと飛び出した。
ネフェルちゃんだけでなく、モーセまで…?
どう考えてもおかしい。この一ヶ月間、顔が合うだけで飽きもせず「セラフィーナ・エンシャンツ!勝負しろ!」という言葉を投げかけられた。…なのに、今日はその言葉すら一つもなかったのだ。…流石におかしいと思う。自意識過剰かと思われるかもしれないけれど、流石に。
いつもは平然としているネフェルちゃんがあんな顔をするのもおかしいし。
そう思い、昇降口を出ようとする。
……けれど、昇降口を出るよりも前に、私は立ち止まった。すれ違ったのは、珍しい人物。
「ティーアちゃん…?!」
声を掛ければ、少女も気づいて私の方を向いてくれる。セラフィーナさん、と呟き、そのままこっちまで早歩きで歩いてきた。
「どうしたの?そんなに急いで」
この前庭園でたまたま会った時は、そもそも中等部には近づきたくすら無い、って言っていたのに。気になってそう口を開けば、ティーアちゃんはまた気がついたかのようにハッとした後、そのまま向かっていた方へと身体を傾けた。
「嫌な予感がするの、昼休みからずっと考えていたのだけれど、再確認したくて。リスクがどこにいるか分かる?」
「リスク?うーん、分からないけど、2年生のフロアに居るんじゃないかな。良かったら探すの手伝おうか?」
少し固まるティーアちゃんだったが、その後「お願い」と言い放つ。
…昼休みから考えてたってどういうことだろ。
そう思いながら、私は急いで昇降口から少し離れた木の場所で待っているキャンディさんの元へ向かい、「少しだけティーアちゃんの手伝いをしてから戻ります」とだけ伝える。
ティーアちゃんの名前を出した以上キャンディさんも断れない筈…、申し訳ないけれど、手伝うのは事実だから。
そう思いキャンディさんに許可を取ると、そのまま校舎へと戻る。待っててくれていたティーアちゃんと共に階段を駆け上り、3階へと辿り着いた。3階は2年生のフロア。教室を一つ一つ確認するけれど、リスクらしき人物は見つからない。更にゲームの攻略対象者もいたりしないかな…?等と探してみるが、それっぽい人物は見当たらなかった。
「もう!どこにいるのよリスク、」
2階、1階にも居ない。彼女の手には、一通の手紙。
ブツブツと呟くティーアちゃんは、外の多目的広場の前で一時止まる。「…こうなったら、アレをやるわ」という呟きに質問を返すと、返ってきたのは…
「捜索魔法」
「………」
ケロッとした状態でそう言い放つティーアちゃん。
捜索魔法って…。確か、めちゃくちゃ高度な魔法なんじゃなかったっけ。風雷と地栄と闇か何かを混ぜて使う、ってゲームに合った気がするよ…? しかも物凄く経験値が必要な魔法…。探知魔法の更に上で、個人も捜索できるって感じだった筈。
手紙を片手に、ティーアちゃんは魔力を溜めている…のかな?建物内だと制限されるけれど、外なら関係ない。だから外に来たのだろうか。
「それ、ムズいんじゃ…」
「そんなことないわよ、探知魔法の応用版。慣れれば簡単だから」
探知魔法も相当な技術必要なんですってば!!!あと、慣れれば簡単っていうのはおかしいから!それ、感覚麻痺ってるだけだから!!…なーんて、集中し始めたティーアちゃん相手に、そんなこと口が裂けても言えない。
「…1、2、……この大きさ…レオンハルトさん?」
「お兄様?」
どうやら、お兄様と一緒にいるみたいだ。示された場所は体育学の実習場。リスク、体育学だったんだ。…うわ、なんか申し訳ないし悔しい!ギリギリ当てられたかもしれないのに、二分の一を外した気がする…。
「行きますか?」
「そうね、私は行くわ。貴女は?」
「私も行きますよ!キャンディさんには伝えたので」
振り返ったティーアちゃんの姿は、まさにクリスティーナ様。
ゲームでもこんなシーンあったけれど、時期は違うし、環境が違いすぎる。ティーアちゃんは本物のティーアちゃんとしてここにいる。
……ここに関してだけ言えば、ゲームのセラフィーナよりも私の方が恵まれてるのかもしれないな。
ーーー
この部屋にいるらしい、とのことなので、そのまま扉を開ける。すると、そこにいたのは意外な人物達だった。
「!?フィーナ!?」
お兄様のその言葉で、中にいるテーブルを囲む少年少女達は一瞬でこちら側を振り向く。
「…と、ティーア…」
お兄様はそう付け足した。ティーアちゃんは何事も無いかのようにズンズンと部屋の中に入っていき、奥にいたリスクの元まで辿り着いた。
「リスク、貴方はどこに住んでるの?」
いや、それ端から見たらただのヤバい奴だから!!等とは到底言えない。リスクでさえも何故そんなことを言われてるのか分からないような顔つきだったが、やっとのことで…「カモミート領家だけど…?」と呟く。
「彼はどこから村に向かった?」
「え…家だよ?」
当然のようにそう呟くリスク。彼って誰だろ。
リスクはようやくティーアちゃんだと認識したのか、こほんっと咳払いをし、彼女の方を振り向いた。
「それより、それがどうかしたの?」
昼休みは早く帰ってほしそうだったじゃないか、と不思議そうな様子。ティーアちゃんは言葉を詰まらせると、すぐにこちらまで歩いてくる。
「いえ、気になっただけです。それではこれで」
「え、待って?ティーアちゃん帰っちゃうの!?」
私がそう口を開けば、ティーアちゃんは当然のように「もちろん」と呟く。
…もうなにがなんだか分からない。
思わずティーアちゃんの腕を掴んでしまう。
ティーアちゃんはアレだけ聞いてすぐに帰ろうとするし、お兄様やイグニス様や…アベニュー伯爵家のルイス様がここにいる理由も分からないし、モーセがここにいるのも分からない。…そして何よりも、魔法学の方へ向かった筈のネフェルちゃんがここにいる理由が。
……皆は何かわかってるのだろうか。
ティーアちゃんは早く一人になりたそうだし、イグニス様からは「早く帰ってね」みたいな大人の余裕を感じる。更に、モーセやルイス様は「なんだコイツは」みたいな感じで目を見開いているのに加え、ネフェルちゃんは「そんな暇ないんだけど」みたいな視線を感じる。
だからこそ、一人だけハブられている気がしてならない。何も言えず蹲っていると、お兄様が一言添えてくれる。
「それで、さっきの続きなんだが…リスク、丁度良いだろ」
「ええ、噂をすればって奴ですね。先程言っていた少女が彼女です。フルール村の、」
会話のバトンを渡されたリスクが見事フォローに成功する。
ティーアちゃん以外は皆納得したような面持ちになるけれど、ティーアちゃんは眉を顰める。
「…これは遊びじゃないのよ、私は早く行かなきゃならないの」
行くってどこに…、そう聞こうとするけれど、それよりも前にリスクが口を開く。
「それはフルール村に?それとも兄さんの所かな」
「…………」
その言葉に、黙り込むティーアちゃん。
結局、ティーアちゃん、私、お兄様、リスク、イグニス様、ルイス様、モーセ、ネフェルちゃんという謎メンツの間で、先程の続きであろう会話が始まった。
それから、聞かされたこと曰く…
・モーセとネフェルちゃんの故郷に奴隷商人の輩が現れたこと。
・アスタさんがフルール村に向かったのにも関わらず、フルール村には来ていないこと。
・今日出勤予定のロータスさんに何の音沙汰も無いこと。
……なんの関係性も無いように感じられるけれど、、、
「…やっぱりそういうことなのね…」
ティーアちゃんは一言そう呟く。私、聞いてもよく分からないんだけど…。
「前提が違うもの。アスタさんがフルール村に来ていないことは私が伝えた、…ロータスさんになんの音沙汰も無いとするのならば…」
ティーアちゃんは、皆が囲むテーブルの上の地図に向かって手を伸ばす。身長が足りず、テーブルに乗るという形で彼女が示しているのは、フルール村とカモミート領。
「以前、アスタさんから、ロータスさんと共にフルール村に訪れることが多いと聞きました。恐らく、王都からカモミート領へ向かい、その後フルール村に向かったのかと」
「そこまではわかってるんだ、けど、何故姿を…?」
リスクが首を傾げながらそう言う。
…あれ。私は、さっきの問題点で、引っかかる部分を思い出す。
恐らく、ロータスさんの情報はイグニス様が、アスタさんの情報はリスクが。お兄様がここにいる理由は、恐らく2人の橋渡し。ルイス様は…分からないけど、同じ生徒会としては見過ごせなかったのだろう。
そして、あと2人いる。その子達が掲げた問題が…
「…奴隷商人…」
……奴隷商人の話。私が思わず呟けば、幾人かが反応する。
裏の世界の話だ。多分、先生達が話したことがそれだったのだろう、小さく「暫くここを離れないように」と言われていたことも考えれば、それは明白だった。
「……貴方達の故郷はどこなの?」
「俺達の故郷はここ、タリティ男爵領」
けれど、カモミート領とフルール村の間に男爵領は存在しない。だいぶ…とは言えないが、距離的に見ても2、30kmは離れている。…十分か。
だとしたら、奴隷商の件は外れてるかもしれない。良い線行ってると思ったんだけどなぁとしょんぼりする私だったが、周りの会話はどんどん進んでいく。
うぅ…なんか、私が色々掻き乱してしまってるような気がしなくもない。
だって、ティーアちゃん一人だったとしたら、そのまま無駄な時間無くティーアちゃんと彼らは別れてただろうし、そうなれば変な提案とか無くちゃんと話し合えてただろうし…、……で、でも!奴隷商人というゲテモノネームん"んっっ、ヤバネームを聞いてしまった以上、そのままにしておくわけにはいかない。
第二作目の攻略対象者にもそんな過去を持つ人物がいたような気もするし、調査という意味も含めてぜひとも行きたい。
そんなことを思いながら、私はティーアちゃんの呟きに応えた。そして…
「行きましょうか、そのタリティ男爵領に」
同じように前を見上げたティーアちゃんは、サラっとそう述べる。
「うん!行こう!」
私は即座に反応した。それから、私達は小さくグータッチをして、微笑み合う。
…なんとなく、思うんだ。ティーアちゃんと一緒なら、なんでも乗り越えられる気がする。どこまででも高みを目指せる気がする、って。




