Ⅰ6.燦然少女は言葉を飲み込む。
「ははっ、やべーかも…」
「呑気に笑ってるんじゃない、アスタ」
ここからどう抜け出すかを考えろ、…そう言い放つのは、ロータス・アメーズ。そして、目の前にいるのは、アスタことアスタグラン・カモミート。
彼が伯爵家の長男であることは知っている。元々会った時はそっち側としてだったから。
同時に、ロータスにとってアスタは…友人として心置きなく接することが出来る数少ない知り合いでもあった。所謂…親友って奴だろうか。
最近フルール村に帰れていないアスタとレアンやフランとの間を定期的に取り持っているロータスだったが、今回ばかりは想定外だった。
元々、ロータスには今日、伯爵家に手紙を持っていくという仕事の後は非番だったこともあり、フルール村に帰るつもりだった。彼が勤める王都からフルール村に行く為の最短ルートにはカモミート家の屋敷があり、その別の仕事というのも、この国の王都付近に在籍する伯爵家に一通ずつ王家からの手紙を伝達するだけ。
無事に終えた彼は、アスタと共にフルール村に向かった。
その途中、彼らが出会ったのは、…表とは懸け離れた、裏の世界。
「おぉい、お前ら大丈夫だから、な?だから泣くなよ〜」
「アスタ、お前みたいな大男がそんなこと言っても胡散臭いだけだ。落ち着け」
「けど! …これは見てられねぇって……」
小声でそう会話をする2人。
手足が縛られ、動けない状態で対面している。
周りには多くの人がいた。大人から子ども、年配の方々まで幅広く、…同じように縛られて動けないでいる。…動く気力すら無いのだろう。なんなら人間以外の種族もいる。
ロータスは考える。「俺達は昨日からだったろうが、この人達の痩せ細り方から考えれば、何日間かこのままだった人達もいるのだろう」と。
…こんなふうに奴隷になる子達を救いたい。
そう思って衛兵になった。自分でも頑張っているつもりだったが、やはり…本場の騎士には追いつくことが出来ないんだろうな、と思ってしまう。衛兵という仕事に誇りは持っている。けれど、…こういう時頼りになるのはいつだって騎士だ。
……衛兵を選んだのは彼自身。しかし、レアンらが実際どう思っているのかは気になっている所ではあった。
アスタはロータスの言葉に肩身を狭める。
ロータス自身も分かってはいる、こんな所で彼のことを説教するつもりもないし、彼のその行動は何も間違っていない。けれど、実際…アスタがそういった途端、泣いていた少年は更に泣いてしまうし、隣にいた少女は鋭い視線で彼のことを睨み返す。
アスタは、傍から見れば決して大男な訳では無い。
ただ、この子達から見れば相当大きいだろう。彼ももうもう21歳。成人はとっくの昔に終わっている。何より、まだ小綺麗な様子から、小さな子供達にとっては裏業者と代わり映えせず写っている可能性も考えられた。…ここにいる大人達だって、始めに2人が来た時はビクリと反応していたものだ。
とにかく、アスタのことは最後まで責任を持って送り届けなければならない。衛兵としても、親友としても。…そして、それだけではなく、ここにいる奴隷にされそうな方々も、全て救わねばならない。
…こんな扱い、受けて良い筈が無いから。
生まれてきた以上、最低限の生活をする義務はある、と…。子供であるティーアやセラフィーナ様だって分かっているのだから。
俺は洞窟の簡易牢屋の外に目をやる。
格子の外には、奴隷業者の男が2、3人。入れ替わり制でこの前に来ており、昨日と今日を合わせると、全員で10人。彼らの会話から、俺達がここに来てから約2日。
…考えないと。
今までの経験と知識を全て活かして、…ここから脱出する方法を。そして、彼らを一網打尽にする、大きな一手を。
ーーーーー
「?そうなの??」
「そ。だから、兄さん2日前くらいから行ってるよ」
念願のフルール村に、…そう口を開くのは、リスクルビダ・カモミート。カモミート伯爵家の次男であり、中等部2年生の立派な男の子だ。
何故、貴族である彼が平然とした様子で平民である私の隣に座っているのか。…私にも分からない。
小学部3年生になってから一ヶ月間、お昼休みは毎日一人で過ごしていた私だけれど、彼が来てくれたのは今日が初めてだった。
…最初は教室に来たものだから、混乱する彼をよそに庭園に連れ出したのは正解だったかもしれない。周りに人がいたら、こんな風に会話なんて出来ないもの。
…そして、そんな私関連すぎる話題、飛びつかない訳なかった。
「………そう。」
一言呟く私だったが、…少しだけ震えてしまう。
どういうこと、なのだろうか。別に不思議ではない。けれど、…なんだか不思議な感じがする。
そんな私に「どうかした?」等と口を開いてくるリスクさ…、リスク。いつかの生誕祭でリスクって呼ぶことになったのよね。未だに中々慣れないわ。…まあ、会う機会なんて生誕祭くらいだから。
小首を傾げ、俯いた私の目と合わせるようにして呑気にそう聞いてくる彼に、思わずジト目を見せてしまう。
「…何故、中等部2年生である貴方がここに?」
私、小学部なんですけど。しかも、私平民なんですけど。
…そんな言葉をスレスレで飲み込む。ここ数年全く絡んでこなかったことは愚か、彼がプラーミア学園に通っていることすら知らなかった私にとって、これが精一杯の常識範囲内での質問だった。
彼のことをぐっと見返せば、リスクは更にハテナを浮かべながら言葉を放つ。
「いや…ティーアも兄さんのこと、気になるかなって…、……嫌だった?」
「…別にそういうわけでは無いですけど……」
あまりにも眉を垂らしているので、こちらが悪いみたいじゃない。
…教室に入ってきた時は周りが中等部生だ貴族だ何だとザワついていたし、変な噂にならないように外に連れ出して本当に良かった。伯爵子息様を泣かせたとか噂されたら、それこそ一貫の終わりである。
…それにしても、2日前、か……
アスタさん曰く、住んでいる所は王都からフルール村に向かうより全然近い、ということなので、恐らくここプラーミア学園よりも近い筈。ここからフルール村は、1日もかからないくらいの距離にある。
2日前にフルール村に向かったのだとすれば、昨日にはついている筈。リスクの言葉からすれば、向かったのは朝早くとのことなので、2日前には既にフルール村についていると考えられる。…でも、今日の朝届いたフランさんの手紙からは、“全然来ない!記録更新!”とかって書いてあった。
「………」
どういうこと?なんだか嫌な予感がする。
2日前に向かっているのだとしたら、手紙が偽物?…それとも、アスタさんに何か合ったんじゃ…。
「…あの、」
「???」
思い切って、気になっていることを聞いてみることにする。…アスタさんはフルール村に行く時に、護衛とか連れてるのか、ってこと。
今までも気になっていることだったのよね。リスクは少し考える素振りを見せると、そのまま分からない、と口を開いた。…そうよね、分からないわよね。ただでさえお忍びでやっているのだから。
「けど、ロータスさんと一緒に行ってたよ」
「ロータスさんと?」
衛兵であるロータスさんと一緒に行っていたなら、比較的安心できる気がする。そんなことを思いながら、座っていたベンチから立ち上がった。
お昼休みももうすぐ終わる。リスクにそう伝えると、リスクも立ち上がった。
「教室まで送るよ」
そう言いながら手を差し伸べるリスク。
…断りづらい…! この手を受け取る義務は無い。けれど、礼儀だし!セラフィーナさんが言ってたもの、【親しき仲にも礼儀あり】って。せっかく差し出してくれているのに、…それを断るなんて、流石に私でも出来ない。
…それに、アスタさんがフルール村に入り浸っているとは言え、リスクは正真正銘伯爵子息。
私が断る理由など無かった。
そんなこんなで、リスクの手を取り、そのまま教室へと戻ったのだった。




