そして脳裏を掠めた。
「お、王子…殿下…!?!!」
「おおお、王…、……おまっ、こうしゃっ…何して…!?」
慌てふためくリスクとルイス。
リスクに至っては先生にそのままにしててと言われたにも関わらず、立ち上がってお辞儀をする。ルイスも俺に突っかかる前にと思ったのか、勢いよく頭を下げた。
あー、親から言われてたりするんだろうな。
イグの見た目はなんだかんだ分かりやすい、金髪赤瞳なんて殆ど居ないだろうから、すぐに分かったのだろう。俺が知る限りだと、イグかティーアくらいだな。
ちなみに、イグの方を向いてみれば、だいぶ困惑顔だった。
「…俺はただ知り合いに声をかけているだけだ。リスクは俺の知り合い。そして、声を掛けられたら応じるのが礼儀だろ?例え相手が誰であろうとも、」
図星のように呻くルイス。
リスクは俺から声を掛けようと思っていたから仕方がない。そして、イグに至っては俺から声をかけたわけではない。更に知り合いに声を掛けるのは別に不思議ではないだろう。
それから一言、「一応俺も公爵子息なんだけど」と笑いながら言えば、それだけで2人は縮こまってしまう。
…これでイグへの印象も拭えるだろう。
単純に上辺だけで言えば、王族の次が公爵。その公爵子息である俺と喋ることが出来る2人ならば、イグと普通に喋ることだって出来るだろうから。
…そう思って言ったのだが、どうやら逆効果だったみたいだ。
「もも、申し訳ございませんレオンハルト様…!?!!」
「…無理するな、声裏返ってるぞルイス」
「レオンハルト様、この度は…」
「リスクも、フィーナはまだしも俺ごときにそんなに賢まるな…笑」
改まってそう言ってくる2人。
ルイスに至っては目をぐるぐるさせているので、相当焦っているのだろう。その様子に思わず笑ってしまう。王族の雰囲気のあるイグや可愛らしいフィーナに畏れるのは分かるが、俺みたいな人に突然敬意を払えというのは些か暴論過ぎるだろう。
突然言われて戸惑うのも分かる、…なんならしてもらう必要もない。
「…確か君達は、リスクルビダ・カモミート殿とルイス・アベニュー殿だったよね? 私のことは気軽にイグって呼んでくれ!」
にっこりと圧をかけていくスタイル…だろうか。
有無を言わさぬよそ行きの顔に、よそ行きの口調。思わず俺も顔が引き攣ってしまう程。これには流石の2人も肯んぜずを得ない。首を縦にブンブンと振り、俺も頷いた。
…これで、公爵子息と伯爵子息達が同意したということ、…つまり、この場の総意というわけだ。
我ながら姑息なものだとは思うが、他ならぬイグの願いだ。叶えられるものなら叶えたい。
「それより、まだ質問受け付けをしてなかったよな」
話題を変えようと思い、俺は新入生に向かって口を開く。この学園の目標はあくまでも平等。
そして、ここで王族の権威ならびに貴族の実態を開けだしてしまえば、その全体目標だけでなくイグ個人の願いにも反することになりかねない。
「もし良かったら受け付けるよ、先生も良いですよね?」
戻ってきた先生に一言許可を取る。
イグから少し離れ、遠巻きに見ていた新入生の方へと向かっていった。毎年思うことだが、体育学を選ぶ女性は少ないのに、体育学に見学に来る女性は多いよな…と感じてしまう。
何が理由なのだろうか、…やっぱり、実践を見て希望者が減るのだろうか。
そんなことを考えていると、瞬く間に囲まれてしまう。遠目にリスクやルイスを確認することは出来るが、身長が高い少年に目の前に来られてからというもの、すぐに見失ってしまった。
それから、一つ一つ質問に答えていく。
俺に答えられる範囲で、って所は申し訳ない所ではあるが、それを聞いて「先生に聞いてきます!」と去っていく子もいるし、こちらとしてはありがたかった。
ただ、あまりにも人数が多い。
頭を抱えたくなるけれど、俺から提案したのだから責任を取らねばならないだろう。
「あの…さっきのやつ、凄かったですね…!」
「あぁ、ありがとう」
「父さんも言ってました!そんけーです…!!」
キラキラとした目線で言ってくれる、深緑色の髪の少年。
なとなく彼の父親が誰なのか分かった気がしたが、敢えて触れないことにする。…俺に尊敬する価値があるかは別として、その純粋な気持ちを悲しませたくない。
それから、少年少女と話をしていると、廊下の向こう側で見知ったピンク色の髪がふわりと揺れたのを見つける。顔を上げてよく見てみれば、それは間違えなく…俺が大好きなフィーナだった。何か呟いてから、隣にいた少女と小声で話し合っている。
…内容は分からないけれど…、友達、だろうか。
俺はそう思い、思わず微笑んでしまう。妹に友達が出来るということは、俺にとっても嬉しいことだから。
フィーナはその後、少し遠慮がちになりながらもこちらに向かってきてくれる。フィーナのその行動に口元が緩みそうになるのを必死に抑え、俺は彼女がここに辿り着くのを待った。
フィーナは思ったよりも早くここに来てくれた。
周りが退いてくれたということは、今の中等部の生徒達はフィーナが公爵令嬢だと知っているのだろうか。だとしたらイグのことも…と頭の中で考えるが、イグについては新入生挨拶があったから仕方ないか…。
それから、俺はフィーナと目を合わせて………
「セラフィーナ・エンシャンツ!!やっと来たな!俺と勝負しろ!」
…そう言い放たれた先程の声に、思わず引き笑いを浮かべそうになってしまった。
俺の心の中を全て言い表されているような気がして。俺だって昔そう言いたいくらいだった、…フィーナ無しではティーアと会うことすら無かったし、フィーナがいる手前でそんなこと言える筈無かったからこそ、更に心に響いてくる。
「あー…モーセ?おはよう??」
「おう!」
若干真顔めいているフィーナとは違い、笑顔を見せているモーセ。そのフィーナの表情が少しだけティーアと重なった気がした。
「で、セラフィーナ・エンシャンツ!ついに俺と戦う気になったか?!」
「全く。」
「なっ…おい!次会う時までに準備しとけって言っ」
「それ、しばらく会わない人に言う時の決まり文句だし。というか、私許可してないよ」
口を開けば開くほどティーアと似ている。
なんというか、私興味ありません、みたいな。俺とティーアは周りからはこんなふうに見られていたのだろうか。だとしたら恥ずかしすぎる。
「勝負…か、その気持ちは分からんでもない」
思わずそう口を開けば、フィーナ含めた周りはそれに反応した。
「だが、お前自身の強さでは…セラフィーナには全く及ばないだろうな」
「え」「はい???」
唖然として口から言葉を放つモーセに、疑問符をつけながら返してくるフィーナ。
「なっなんでだよ!」
「セラフィーナは守る為に戦っている。お前に守りたいものはあるのか?」
フィーナは、守る為に戦っているから強い。
認めたくはないが、それはティーアも同じだろう。守りたいものを守る為に、その為だけに全てを投げ出す覚悟があるのか。
ー「…おとうさまにいって、ついほうでもなんでも…!」
俺は知っている。
フィーナにはその覚悟があるということを、…少なくとも、あの時の視線は本物だったから。その覚悟が無い限り、強くなることは出来ない。
俺自身、痛い程自覚している。
…俺がこれ以上行くことが出来ないのは、俺が2人を超えることが出来ないのは、…それが理由だということを、身を持って自覚している。
だからこそ、モーセの気持ちはよく分かる。
「…あるよ、大事な子。ネーちゃん迎えに行くって決めてるから、俺はもっともっと強くなるんだ!」
その視線は、今までにないくらい真剣な表情だった。
きっと、そのネーちゃんと呼ばれる人は、モーセにとって凄く凄く大事な人なのだ、と。その子を知らずとも、モーセの目線だけで伝わってくる。
「…そうか、ならまずは俺と勝負だな」
「わ…分かった!」
手を差し出すと、すぐに握り返してくる。
それだけの覚悟があるというのなら、俺も受けよう。セラフィーナと戦うよりも前に、俺が相手になる。…これで俺を越してフィーナまでたどり着いたら元も子もないんだけど。
「で、お前誰だ???」
「ん?」「えっ???」
そして手を握ったまま語られたのは、その一言。
ケロッとしながらそう言い切る彼に、俺は笑顔のまま聞き返してしまうし、フィーナも目を点にして聞き返す。
……そういえば、イグのこともイグと呼び、王族扱いは全くしてなかったな。
かつ、貴族に対して敬意も何も無いような素振りを見せていた彼。…そもそも貴族というものすら知らないんじゃないか、と思ってしまう。
フィーナのことは名前と苗字で呼んでいるから、エンシャンツ家の人間であることは明確であるにも関わらずそのままな所も引っ掛かっていたけれど、…本気でそれっぽい気がしてきた。知らないんだな、この子は。
俺にはまだ良いが、フィーナやイグ、それにリスクやルイスに対してもその態度は如何なものかと思う。
学園としては正しいとは思うのだが。
「……レオンハルト・エンシャンツ、セラフィーナの兄だ」
「へ〜! よろしくな!レオンハルト・エンシャンツ!!!」
初めての経験に戸惑いつつも、この学園の主張である“平等”に重きを置けば、むしろこれが普通なのでは…と思えてきた。理想的な反応だろう。
あのフィーナが呆れたような目線を流していることに若干驚きを見せていると、さっき聞いた声が再び流れ込んでくる。
「あれ? フィーナ、君も来てたの?」
「おっ、よう! イグ!」
さっきまでリスクとルイスの所に置いてきていた筈のイグがこの集団の真ん中まで歩いてきていた。
ゆったりとした足つきで話し掛けてくると同時に、モーセもそう言い放つ。…学園の外では通じないということを早々に教える必要がありそうだなと思った。
「なんで皆して固まってんだ?」
「あはは…、多分君の所為だろうね、」
「俺なんもしてなくね!?」
困り顔になりつつも意外と楽しそうな表情を見せるイグ。…城では所構わず王族扱いだと聞いている。
初めての経験が出来て嬉しいのだろう。…フルール村の生誕祭にぜひ来て欲しい物だ。それに、ティーアとも…
「………」
ちょっと待て、一体俺は何を言っているんだ。
…今のティーアはあくまでも平民。
いくら前世がソレイユ王国が王族、伝説の救世主ことクリスティーナ・ラグジュアル・サンスベリア様だったとしても、今のティーアは……
「…とりあえず君は別の所に行ったらどうだ…、まだ体育学しか来てないだろう。」
「そうだな!」
俺は頭の中の思考を振り払うかのように、頭を押さえながら一言呟く。
すると、モーセは快く承知して、そのままフィーナへ宣戦布告をした後家庭学の実習場所へと駆けていく。最早、廊下は走るなという注意すら湧いてこない。
イグやフィーナが話している最中も、俺の頭には嫌なくらいあの金髪赤瞳が浮かんできた。
クソっ…なんでこんな大事な時に。やはり、モーセと自分を重ねすぎた所為だろうか。
我ながらなんて情けないんだ、…せめて、一人でいる時に…、……いや待て、一人でいる時なら良いはおかしいだろ! というか、ティーアを思い出す必要は無いからな、あぁ、…そうだ、俺が思い出しているのは、ティーアじゃなくてクリスティーナ様だから、…そう、クリスティ…いや、同じじゃね…!?!! っっ〜、まずい、イグを見てたら、イグの金髪赤瞳を見てたら、それだけで頭にアイツの顔が浮かんでくるじゃないか…、どうしてくれるんだ!
「フィーナはもう全部回ったのかい?」
「いえ! これからここと家庭学を見に行く予定です」
イグにそう聞かれ、即座に応えるフィーナ。
俺は本気で頭を振り、一言呟いてから続きを述べる。
「まさか、ここでフィーナやイグに出会えるとはな、イグもまだここだけだろう、家庭学には2人で一緒に行ってきたらどうだ?」
一応、念の為。
フィーナには何となくしか伝わっていないだろうけれど、イグには大体伝わったみたいだ。
心の中でホッとしつつ、俺は再度頭を押さえた。
…次会った時には、絶対一言言ってやる。
そんなことを思いながら、俺は2人とフィーナの友達を見送る。廊下の奥まで見えなくなる頃には既に休憩時間に入っていたので、拙い足取りでルイスの元へと向かったのだった。




