Ⅰ5.兄は口で伝え、
「よう、久しぶりだな、リスク」
「っっレオンハルト様…!?」
今日は新たに中等部1年となったフィーナ世代の子供達が、選択科目の登録の為に見学に来る日。…そして、俺達在校生にとっては、中等部高等部合同で授業を行う貴重な機会でも合った。
そんな中、俺―レオンハルト・エンシャンツは、カモミート伯爵家次男…リスクルビダ・カモミートの元へと足を運んでいた。
「お久しぶりですね」
初めて会った時の俺の印象が強いのか、いつどこで会っても俺と殆ど目は合わせない。ここ数年間の生誕祭では幾分か合わせることが出来てはいるのだが、現に今は…俯いて地面に視線を向けてしまっている。
あの時の自分は…といえば、そういう態度を取られてもおかしくはなかった。
むしろ正しいだろう、…ティーアの隣にいると言うだけで目をつける等、失礼にも程がある。今考えれば簡単に分かることなのに、当時の俺にはその視点すら持ち合わせていなかった。
「…すまない、あの時は…」
「あ、謝らないで下さい!? 僕は全然気にしてませんから!しかも、僕の方こそ…!」
そう言われるけれど、気になってしまうものは気になってしまう。今度は目を合わせてそう言い切るリスクだったが、それでも少しだけ目が泳いでいるような気がした。
「ただ、その…なんか変な感じがして…」
レオンハルト様が変なわけじゃないんですけど、なんか嫌な予感というか変な感じというか…等々。
最後の方は呟くような声になってしまっている。そんな彼に思わず笑ってしまいそうになる。
「ふっ、そうか。それじゃ、その予感が当たらないように頑張るよ」
「えっ…いや、そういうわけじゃ…!」
「それより、準備体操、良かったら一緒にやらないか?」
「あ…はい、喜んで!」
準備体操として“すとれっち”を行うことに。
フィーナがよくやっていた一連の動き…らじお体操?もやってみる。この“らじお体操”というのは、生誕祭でティーアと一緒によくやっている体操のこと。ここ数年の生誕祭では、2人で身体を動かすのにハマっているみたいだった。
…いや、実際には、ようやく身体が前世と追いついてきた、もしくはようやく馴染んできた、と言った方が良いだろうか。
「これ、意外と体力使いますよね…っ」
「ああ本当に。フィーナはなんで、これをっやろうと思ったんだろうな…っっ」
身体全身が解れるような気がする。
フィーナがティーアに教えているのをみているうちに、俺達も段々覚えてしまった。フィーナには、俺達に無い新しさがある。斬新な視点を持っている。…追いつく前に先に行ってしまうような気もするけれど、それがフィーナの良さだったりするんだよな。
それから、準備体操を終えて各班に分かれて授業を行う。
今日は学年を混合してやることが決まっているので、自分がやりたい所に向かう。例としては、体術、剣術、銃術。体育学における座学なんかも含まれている。やりたい所、とは言っても、昨年の最後に行った事前調査によって既に決まっており、その時自分が選択した科目の所に向かうのだ。
ちなみに俺は体術を選択している。
座学は家の本で学べるし、剣術や銃術は…お母様から「通常授業外の過度な剣術銃術の選択は認めませんからね」等と言われているので選択しなかった。
「レオンハルト様も体術なんですね」
僕もです、と笑いながら足を運ぶリスク。
理由は殆ど同じらしく、剣術と銃術は叱られるので…と口を開いた。見上げながら目を合わせてくれるリスクに、俺もまた目を大きく開いて彼の方を見る。…そして、少しだけ固まってしまう。
「??」
「あ、いや…すまない。ただ、…口で伝えるのって大切なんだなって思っただけさ」
これも、話しかけて言葉にしたからかな、と思い、思わずそう述べてしまう。
…今まで、俺から話しかけることは殆ど無かった。
合ったとしても、生誕祭でフィーナとティーアが話している中、残った俺達が…って言う消去法で話していただけだし。俺からしたらそれも立派なきっかけだったのだが、リスクからしたらただの友達の兄だし、失礼な奴だし、“なんだコイツは”みたいに思われてもおかしくはなかった。
昨年彼が1年生だった時も、俺から話しかけることはなかった。
…だから、自分から言葉にすることも大切なんだなって思った。
「…それはわかります。僕も、兄さんにいつも言ってるんですけど、中々素直になれないみたいで」
困ったように乾いた笑いを見せるリスク。
兄さん…そういえば、フルール村のアスタ?と呼ばれる人はリスクの兄だったよな。アスタグラン・カモミート…、順当に行けばカモミート伯爵家の長男な筈。そんな彼は確か…ティーアの知り合いのフラン嬢を含めたフルール村の人達と凄く仲が良かったという印象。失礼だが、リスクと初めて会った時も、彼が貴族だとは思えなかった。
お忍びにしては頻度が高すぎるだろう、…最近もアスタ殿はフルール村に行っているのか、と聞けば、最近はいけてないみたいだった。まあ、年齢的にもそろそろお世継ぎ問題や後継ぎ問題も発生しているだろうし、当然と言えば当然なのかもしれない。
それから、先生達の授業を聞きつつ実技に入るという流れ。
段々と中等部1年の子供達が集まってくる。
フィーナも来てくれるかな、と思いながら体術の基本を学ぶ。一応中等部と高等部合同なので、その中間くらいのカタチを実践するのだ。高等部生徒からしたら生温く感じるかもしれないが、リスク達中等部生徒からしたらレベルは高くなる。基礎が何よりも大切だとお父様から親と言う程いわれつづけた俺にとっては全く気にならない。むしろ、こういう機会があるのはありがたいことだった。
「やっぱお前すげぇわ!公爵!」
リスクと分かれた後。
俺のことをあだ名のように“公爵”と笑いながらそう呼んでくるのは、同じ生徒会に所属しているルイス・アベニュー。
アベニュー伯爵家が子息で俺と同い年の男、小学部の頃から結構仲が良いんじゃないかと勝手に自負している。
「お前もな、」
倒れて尻もちをついたルイスに手を差し出す。
ルイスは俺の手を握って立ち上がった。中々の長期戦になってしまった。騎士や衛兵になるわけじゃないが、お父様のようになる為にも、そしてフィーナを守る為にも、もっともっと強くならないと。
それに、誇張無しにルイスは強い。今の実践だって、一歩間違えれば危うかっただろう。
「そういや公爵、カモミートの奴と仲良いんだな」
唐突に、どこで知り合ったんだ?と聞いてくる。
カモミートの奴…リスクのことだろうか。身分的には同じ伯爵家だから単純に気になったということか。
「まあ、フィーナと1歳差の子だからかも」
…フィーナ繋がりなのは間違えない。
まあ、細かく言えばティーア繋がりなのだが、そのことを話した所でルイスに通じるわけ無いだろう。
それに、ティーア繋がりだとしても、結局ティーアはフィーナ繋がりだから、俺にとってはフィーナ繋がりと言っても過言ではなかった。
「…出た、公爵のセラフィーナ様自慢。」
呆れたような目線で見てくるルイス。…そんなに自慢していたつもりは一度もないんだが、周りからはそう見られているのだろうか。更にルイスは、会った時からそうだったよななどと言ってくる。
…会った時って…どれだけ昔からなんだよ、というか、昔の俺を思い出すだけで心が抉られる気がした。
そして、向こう側から何やら声が聞こえてくる。
「なあ!俺と勝負しないか!」
…それは、フィーナからたまに聞くようなフレーズだった。あの仏頂面のティーアもその言葉を聞いた時納得したような表情を見せていた、確か名前は…モーセ、だっただろうか。
「何かやってるみたいだな。行ってみる?」
そんなルイスに一言で返事をして、俺はそっちの人集りに向かった。それから、聞こえてくるその少年の言葉に若干冷や汗をかいてしまう。
「公爵??」
「………いや。悪い、何でもない…」
何でもない訳ない。…けれど、無意識のうちにそう呟いてしまうのだ。でも、本気で心に響く。
その少年の言葉が、昔の俺みたいで……。
「っっ〜〜」
さっき思い出していた所為も含め、自分でも分かるくらい顔が赤く染まる。前を行くルイスにやっとの思いでついて行く俺だったが、その熱りは冷めていかない。むしろ、高鳴っていくばかり。
強くなりたいんだ!だとか、誰にも負けたくないんだ!だとか。それから、俺、ネーちゃん守る為ならなんだってやる!だとか、上だって分かってても、俺はそれを超えてやる!だとか…。
強くなりたくて、誰にも負けたくなくて、フィーナを守る為ならなんでもやりたくて、ティーアがクリスティーナ様で上だって分かってても俺はそれを超えようとして。
…そんな自分と重なる部分が見えてきて、思わず立ち止まりそうになる。けれど、動き出した以上立ち止まるわけには行かなかった。
「うん! だとしても流石に丸腰で掛かるのは危険だと思うよ?」
どうやら、リスクが相手をしていたみたいだった。完璧に少年を捻じ伏せそのまま動けなくするリスク。
ジタバタと暴れようとする少年だったが、駆けつけた先生でさえ、「そのまま押さえつけてて下さい」等と言う始末。…可哀想だとは思うけれど、それ以上に羞恥心が襲ってくる。
「意外と腕強いんだな、カモミートは…」
隣でぼそっとそう呟くルイス。
…言われて気がついたけれど、確かに言われてみればそうかもしれない。
毎年生誕祭でフィーナとティーアと3人で魔法の練習もしているみたいだし、相当強くなってるんだろうなぁと思ってしまう。まあ、俺も参加してはいるが…、2人には思うように追いつけないのだ。
あれ、もしかしてリスクって最大のライバルなんじゃ…
「リスク、」「おまっ」「??」
そう思い、思わず声をかけてしまう。しまった…と思ったときには既に遅く、リスクが「レオンハルト様!」と反応してしまっていた。
…フィーナを取られるんじゃないか…と思ったら、つい…。
「と、えっと…アベニュー家の…?」
「あっ、、…あぁ、ルイス・アベニューだ。えぇっと確か…」
「僕はリスクルビダ・カモミート、気軽にリスクって呼んで下さい!」
「…俺のことも、ルイスって呼んでくれ、!」
本気で初対面だったのか…。
2人はお互いその体勢のまま自己紹介を進める。
ルイス、お前は俺の後ろからで良いのかよ、と気になる気持ちもあるのだが、それ以上に問いたい。…リスク、お前もそれで良いのか?初挨拶がその体勢で良いのか??…モーセのこと凄く羽交い絞めにしてるが?
コイツ、フィーナやティーアと居る時は本気で年下っぽい筈なのに、時々大人っぽくなるんだよな。
アスタ殿を見ている時もそんな感じ、見守る系って言えば良いのかな。ずっとニコニコしてる。だけど、人一倍の根性はあるよな…。
貴族である筈なのにフルール村に入り浸っている兄を当然のごとく許し、その上で兄を応援するつもりなのだろう。
俺も、フィーナがアスタ殿のような立場だとしたら必ずそうしていた。…唯一違うのは、相手にフィーナを簡単には渡さないこと、だろうか。
少なくとも俺を超えるまでは認めない。…なんなら、ティーアをも超える奴じゃないとな。
それから、俺達が若干の気まずさの中立ち尽くしていると、モーセは「離せ!」とか「お前強いな!」とか「俺の弟子にならないか!?」のように言い放つ。
俺達は何も言えずに固まってしまう。
…流石にこれは…。俺もここまではやってない、…筈。
いや、クリスティーナ様にやってたか…? いやいやいやいや、だとしたら申し訳なさすぎないか!?俺本気でやらかしてない?!
等と心の中には数え切れない程の想いが湧き上がってくるけれど、なんとか胸のうちに秘めておく。…例え誰になんと言われようとも、このやらかしだけは誰にも知られたくないから。
あ、けど、ティーアとクリスティーナ様の件は隠しつつも、フィーナのことは唯一少しだけ話してる奴が…
「ハルト、久しぶり!」
…そいつが、フィーナと同い年なんだよな。
「…モーセ、君何かやったの?」とジト目になりながら続ける少年。
ルイスにもリスクにも、そして周りにもどよめきが走る。「俺何もしてねぇのに!!」等と全然当てにならないことを言い切るモーセに、驚きを通し越して最早呆れてしまった。
「久しぶりだな、イグ」
あくまでもここではイグと呼び、王子扱いしないこと。…それは、この前会った時に言われたことだった。
周りのザワザワを全く気にせず、「うん!久しぶり」と言いながら俺と握手をするのは…
この国の第一王子にして第一王位継承者、正真正銘ソレイユ王国が王族、イグニス・ラグジュアル・サンスベリアだった。




