Ⅰ4.尽力令嬢は一歩踏み出し、
次の日、教室に入ると……
「セラフィーナ・エンシャンツ!」
また奴がいた。厄介な奴め…、と思ってしまう。
貴方の所為で公爵令嬢の性格を演じるのが困難になっているの、分かってるのかな。罪を擦り付けるのはいかがなものかとは思う。思うけど!…モーセの所為で私が戦闘強いと思われてる気がしてならないんよ!皆なから!…話しかけようとしてもすぐにどこか行かれちゃうし!
「おはようございますモーセ」
「おう!おはよう!」
挨拶を毎回してくれるのは嬉しいけど、一つ疑問に思ってることもあるんだよね。思い切って聞いてみるか。
「ねえ、なんでいつも私のことフルネームで呼ぶの?」
席に座り、昔っからずっとそうだったよなぁとか思いながら聞いてみる。すると、モーセは当然のように「なんとなくだ!」と答えた。
「な、なんとなく…」
なんとなくなの!?なんとなくで長いフルネーム呼ぶ…!?とツッコミたくなる気持ちを抑え、「ふーん」と答えておいた。そしたら、そっちから聞いたのに興味なさすぎだろ!等と言ってくる。確かに。けど、なんとなくなら話は変わってくるし。…そんなこと言ったら更に引かれる気がするから言わないでおくことにするけど。
そんな感じでティーアちゃんの塩対応を真似させてもらっている私。なんだかだ授業が始まったら静かになってくれる所は彼の良い所かもしれないなと思いながら、先生の話を聞くことにする。
今日は早速“選択授業”の為に上級生の授業の見学を行うらしい。ゲームでは学園の細かな内容は語られていない為、ワクワクしながら聞き入ってしまう。
選択授業は、主に体育学、家庭学、魔法学の3つに分かれており、学年が上がるとそこからもう一つ聖職学が追加されるみたい。この三択なら最早一択過ぎて見学行くまでもないけれど、一応ルールはルールだから見に行くとしましょう。それぞれの場所に分かれて見学しに行くみたいだ。友達同士誘っていく人も多く、教室には人は殆ど残っていなかった。
仕方がなくモーセを誘おうと口を開きかけるが…
「んじゃ、またなセラフィーナ・エンシャンツ! 今度までに俺と良い勝負出来るように頑張れよ!」
と言いながら教室を出ていってしまう。…マジかぁ。声かける前に行っちゃったよアイツ…。まあ、しゃーなしやな、一人で行きますかぁ。一人は慣れてるしね。
そんなことを思いながら教室を出ようとする。
教室に残っている人がいるならそのまま行くけど、いなかったら扉閉めないとなぁと思いキョロキョロ見渡せば、一人だけ端の方に残っていた。…これはまさに大チャンスなのでは…!?と思い、その人の元に近づく。…これはチャンスこれはチャンス。頑張って話しかけるチャンス、…ゲームでも出てきていない新しい友達を作るチャンス…!一人は慣れてるとはいえ、友達は欲しい。自分に暗示をかけながら、口を開いた。
「あの…」
「えっ…?」
私が話しかけたことに驚いたのか、書いていた手を止め固まる少女。…落ち着いてセラフィーナ、ただ声を掛けるだけよ…
「良かったら選択見学一緒に周りませんか?」
思い切ってそう言い放つ。すると、少女は少しだけ固まり、そのまま逆に私に向かって問い始めた。
「私は構いません。貴女は宜しいのですか」
もちろん!そう言って頭をブンブンと振り回せば、…気の所為かもしれないけれど、少女の目に潤いが宿ったような気がした。
「分かりました、ご一緒します。セラフィーナ様」
「えっ…?」
そう言われると、固まったのは今度は私の方だった。
昨日イグニス様が“なるべく身分を隠して過ごしたい”って言っていた為、それは名案だと思って私も実行した所僅か1日足らずで崩れ去ってしまった。…神様は私にセンスがないとでも言うつもりか。
この3、4年間は「私公爵令嬢ですわよおほほほほ」だなんて一言も口にしていない筈なのに、一体どうして…と思ってしまう。何気なく聞いてみたら、少女は少し押し黙り、その後すぐに…「モーセが言ってたから。」等と呟いた。
アイツか、アイツの所為か…!もう小4レベルなんだから良い加減にしやがれください!?とか思ってしまう。その間にも、少女は持っていたペンや紙を仕舞い終えたようだった。
「セラフィーナ様はどちらに行かれるかご予定はございますか?」
「あ…ええ!」
そう言われ、一応行こうと思っている場所の名前を口にする。すると、少女はまたしても少し固まり、考えるような仕草を取った。更に、なるほど…だとか、噂通りの方ですね…等と独り言の大きさの声をあげた。
…うん、噂??? 聞きたいけど流石にそんなプライベートなことは聞けないし、こんな所で公爵権限を使うなんて以ての外、烏滸がましいので、とりあえず話題転換をすることにした。
「名前を伺っても良いですか?」
少女って心の中で呼ぶのはアリかもしれないけれど、本人を呼ぶのにそれはアウトよりのアウトすぎるだろう。そう聞けば、「ネフェルです。」と教えてくれた。ネフェルちゃんか…ゲームには出てきてない、筈…だよね。
「よろしく!ネフェルちゃん!」
「………はい。」
ティーアちゃんとは違うタイプの塩対応…。三作目の推しとも言える子みたいなタイプ。ただ、彼女の場合はそれにツンデレが入ってるんだけど、今回は普通に初めましてだからなぁと思いながら、ネフェルちゃんと一緒に回ることになった。
ーーー
ついてきてくれたことにより、私達が辿り着いたのは……
「魔法学選択だなんて珍しいですね」
魔法学の見学。私からしたら、体育学、家庭学、魔法学の三択だったら、問答無用で魔法学を選ぶのだが、歩いている途中ネフェルちゃんはそんなことを呟いていた。
ボソッと言っていたから聞かないことにしてたんだけど、そんなに珍しいのだろうか。まあ、魔法を使う人思ったより少ないなぁみたいな印象は受けてるけど…。
「でもほら、普通ってその人にしか決められないから」
私にとっては、魔法に心が躍るということが普通だ。
そんなことを思いながら見学する教室を覗いてみるが、確かに人は少なかった。
在校生である上級生も、見学に来ている同い年の新入生も数える程しか居らず、中々珍しい物だなと思ってしまう。…こっちの方が珍しくない?どうせなら魔法学極めたくない?? …なーんて思うのだけれど、魔法が日常だからこそわざわざ関わる必要も無い、といえことだろうか。
私からしたら魔法そのものが珍しいけど、この世界では魔法は当たり前。……成程、理由がなんとなく分かった気がする。
「そんな所から見てないで、中に入ったらいかがです?」
ネフェルちゃんにそう言われ、ようやく教室に入る私。普段の教室とは違い、前世で言う所の理科室味がある教室だった。中に入ってみれば、何人か後ろを振り向いてくる。
「えっっっと…、……」
今までは屋敷にいるだけもしくは学園で目立たない子生活をしてただけだし、しかも小学校低学年までの子達だったから全然気にされなかった。…けど、今ここにいるのは小学校高学年の子達や中学生くらいの人達。…流石公爵、流石身分って感じ。
彼らが反応してるのが目に見えて分かる。
けど、正直全然実感沸かない。なんなら、隣にいるネフェルちゃんや他の生徒を見てるんだろうなと思ってしまうくらいに、私のことじゃないよなぁとか思えてくる。
ちなみに、人数が少なくて研究とかは毎回学年合同でやっているのだそう。
ニッコリと笑って新入生に説明してくれるのは、プラーミア学園大学部に進学していたらしいミリアムさん。黒板の前に立つ様子は先生みたいだった。教員免許でも取るつもりなのだろうか、様になっている。初めて会った時のオドオドしさとは比べ物にならないくらい生き生きとしていた。…それでも緊張してるみたいだったけど、少なくとも昔よりは表情が柔らかくなっている。
いつもの風景と称される授業を見る限り、魔法の研究が主な内容らしい。その後、前世のオーキャンみたいな感じで質問コーナーに移る。思い切って「他にはどんなことをするのか」と聞いてみた所、快く質問に答えてくれる。所謂、魔法の歴史とか魔法化学とかと呼ばれる魔法に精通した所が主な学習探求範囲なんだそう。幼少部、小学部では操作し切れない可能性も考慮され魔法は使うな、というのが主な常識だったのに対し、中等部では魔法の操り方について通常授業で学ぶ。その上で深く探求したい、って人がこの授業を選ぶのだ。
だから人数が少ないのかな。
「では、続いて歴史に。」
そして再開する授業。
ちょくちょく教室への入退が行われている中、動こうかどうか迷ってしまう私。私一人だったらそろそろ体育と家庭って所も見に行ってみようかとか思う所だったのだが、ネフェルちゃんもネフェルちゃんで、私と同じように動こうとしていないのである。
先程珍しいとか言っておきながら、興味津々という調子で授業を聞いているのだから。ツンデレか…?
「今から約1000年前に、我が国ソレイユ王国と…」
ゲームの知識と家庭教師さんの教えによりこの辺りは意外とスムーズに理解出来た。前世の歴史と紛らわしい部分もあるのだけれど。
それから、研究の授業が終わり別の方に交代したミリアムさんが後ろで授業を見学している私達の元に向かって歩いてくる。ネフェルちゃんもようやく気がついたかのようにミリアムさんの方を振り向いた。
「ぅ、ぁ…あの…お、お久しぶりです…! セラフィーナ様。それにネフェル様っ」
近くまで来て小声でそう言ってくるミリアムさん。さっきまでの表情とはまるで違い、物凄く緊張している様子。…前で話す方が緊張すると思うんだけども。
それにしても、ネフェルちゃんとミリアムさんは…知り合い…だったのかな。ネフェルちゃんも、「お久しぶりです」って口を開くので、私もそれに習って同じように呟いた。
「お、おお…お二人は…その…えと…魔法学以外の所は見に行きましたか?」
「いえ、そのままここに来ました」
「私が行きたいって言ったので…!!」
なるほど、と呟くミリアムさん。
それから、別の所にも行った方が良い、とアドバイスを貰う。なんでも、3つしっかり見ておかないと公正な判断が出来ないからだそう。途中で変更は殆ど認められていないらしく、先入観だけで決めて後悔の無いようにすることが大切らしい。高校の文理選択みたい。
そんなこんなで、一応他2つも見に行くことにした。
確か、体育学にはお兄様やリスクも入っている筈。
ミリアムさん曰く今日は中等部高等部合同でやっているそうなので、もしかしたら一緒に居たりして?
そんなことを思い、少しワクワクしながら体育学講座の所…前世で言う学校のグラウンドみたいな場所へと進んでいく。もちろん、ネフェルちゃんも一緒に。
「あ…あれって……」
そして、指定の場所に着くと…そこには、まるでアイドルでもいるかのような人集り。
その中心にいるのは、間違えなくお兄様だった。身長が5歳分離れているからか、一際目立っている。
じっと見つめていると、お兄様がこちらに気が付き目が合う。さっきまでは眉を垂らして困ってる感じだったのが一変、ふわっとした笑顔を見せてくれた。
流石お兄様…、攻略対象者と同じかそれ以上の破壊力を持っているとは…
「行かなくてよろしいのですか、セラフィーナ様」
確かに、すぐにでもお兄様の元に行きたい気持ちはある。
ネフェルちゃんにそう言われ一瞬固まる私だったが、すぐ断りを入れる。お兄様を邪魔するなど言語道断、絶対あり得ない。
「…困ってるみたいに見えますが、」
「………確かに…?」
でも、言われてみればそう見えなくも無いかも…。
行った方が良さそう?いやでも、流石にこんなに大勢の同級生や上級生がいる中で、公爵子息レオンハルト・エンシャンツに声を掛けたりなんかしたら…私が公爵令嬢セラフィーナ・エンシャンツだってことが一瞬でバレてしまう恐れがあった。
なにせ、この世界にはSNSが無いかつカメラとか画像は全てイラスト・絵。だからこそ今までそんなに広まっていないということになるのだから。
まあ、そんなこと関係なくお兄様が困ってるとなれば即座に駆けつけるのが妹であり主人公である私の役目。
例え中身が主人公でなくてもやり遂げてみせましょう。
「行ってきたらいかがです?」
ネフェルちゃんにお礼を言いつつ、私はお兄様の方に向かって歩き始める。
それに気がついた何人かは道を開けてくれて、なんとかお兄様の元まで向かうことが出来た。…やっぱモーセの影響なのか…と考え始めながらも、お兄様と目を合わせて………
「セラフィーナ・エンシャンツ!!やっと来たな!俺と勝負しろ!」
……人集りの外から、そんな言葉が飛び込んできた。
マッジでなんなんだコイツ…。
お兄様の目つきがだいぶ鋭くなっていることを心の中で盛大に“ドンマイ!!!”とか思いつつ、私はどうせ人集りに入ってくるであろうモーセを待ったのだった。




