そして想いやる。
「…気持ちを伝えたいなら、何か贈り物をしてみては?」
「えっ?」
思わずそう呟いてしまった。昔の癖で、悩みを相談されると答えたくなるのよね…。慌てて、「これは独り言ですけど…!」と言い放つ。
例えば、宝石とかお花とか、あとはお手紙とか。
そんなことをさり気なく伝えるけれど、段々声が小さくなってしまう。…ちなみに、少年は呆然としてこっちを見ていた。そりゃそうだよねぇ、知らない人からそんなこと言われてもって感じだろうし。
「なるほど…贈り物か…」
「…あくまでも参考程度に…。やっぱり、その人を想う心が大切だから…」
「いや、ありがとう。やはり誰かに相談するのは良いな!」
…笑顔でそう答えてくれる少年。
良かった…少しでも役に立てたのなら万々歳だ。それから、私はまた周囲の草木に目線を移す。周りには薔薇が咲き誇っているので、近くには魔法薬に使えるアレがある筈…!と思いながらキョロキョロし始める。
すると、また少年から口が開いた。今度は呟きではなく私に向かって言った言葉だと思う。
「…君は、クリスティーナ様のこと、知ってるかい?」
その言葉を受けて、一瞬固まる。
そして、彼の方を振り向いた。しかし、少年は俯いていた。……うーん、なんでここでクリスティーナ様!?となってしまう。私何かやった…!?と思うけれど、私がクリスティーナだってことは恐らくバレていないだろうし…
「…まあ、知ってはいますよ。私、フルール村出身なので」
「!?ホントか!?!?」
勢いよくこちらを振り向く少年。
この前、精霊の儀をやる生誕祭はフルール村だけ、と聞いて、もしかして…と思ってそう言ってみた。
立地的に見ても、王都からの距離で言えば前世でやっていた所と変わらないのよね。この少年がどこまで知っているのかはさておき、フルール村出身っていうのは大きいんじゃないかなと思う。
…まあ、私がクリスティーナ本人なんだけど。
「…なら、クリスティーナ様が好きな物とかは知ってるか?」
「いやーそこまでは…」
そんな…クリスティーナ様が好きな物なんて分かるわけ無いじゃない。というか、そんな特別好きな物なんて無いわよ、私。
けれど、少年は私の返答を聞いてしゅんっとしてしまう。こういう所はセラフィーナさんと似ているような気がした。
「……例えば…花束とかどうですか? 色んな花を入れたら1本くらいは好きな物が入ってるかもしれませんし…」
というか、私の好きな物知って何になるんだ…!?そもそも、『父上に気持ちを伝えるのが難しい→贈り物しよう!→私の好きな物』の経緯がよく分からない。あくまでもお父様に渡すのであって、私に何か渡すわけじゃないのだし。
「花束…」
「私も好きですよ」
セラフィーナさんやレオンハルトさんならなんとなく察してくれるけれど、知らない彼は絶対伝わらないだろう。私も好き、だから何?ってなるに決まってる。
けれど、花束は好きだし、とか思いつつまた周囲を見渡す。
「綺麗ですよね、お花」
「だな、宝石みたいで」
なんとかそう言って変な空気を誤魔化すと、少年もそう声を上げてくれた。なんだかんだ少し気まずくなってしまう。
…セラフィーナさんに聞きたい、どうしたら人と仲良くなれるのか。リスクさんと始めに仲良くなっていたのは彼女だった筈だし、意外にも、ローズやリリーも彼女のことを知っていたのよね。尊敬過ぎ。
そんなことを考えていると、角の方から足音が聞こえてきた。目を向けると、セラフィーナさんがこちらを見つめている。…隠れているつもりなのでしょうけど、こちらから見れば全然バレバレだった。
「セラフィーナさん?」
私が声を掛ければ、一瞬固まった後テンパって「ご、ごめんなさい…? いや、その…見るつもりじゃ…!」等と言い始める。
「別に良いのよ?来てくれてありがと」
それにしても、少年は私が口を開いた後、セラフィーナさんのことを「フィーナ…!?」と小さく呟いた。…ということは、知り合いの貴族なのかしら。そう呼ぶのは彼女の家族くらいだと思っていたわ。
それから、彼女はこっちまで来てくれる。そして、私の隣にいた彼の方を見て、「イ…」と口を開こうとした。しかし…
「待っってくれ!」
少年は先程の弱々しい声とは掛け離れた、少し大きめの声を上げた。
「はい??」「??」
セラフィーナさんはハテナ返事をし、私もハテナを浮かべてしまう。立ち上がった少年はそのままセラフィーナさんの方を向き、それから私の方に目線を向けた。
「…そういえば、お名前聞いていませんでしたね」
何がなんだかよく分からないけれど、名前を聞いてないのは事実。自己紹介をして逆に名前を聞いてみれば、少年は少しだけホッとしたように口を開いた。
「イグ、イグって呼んでくれ」
「分かりました」
イグ、…よし、覚えたわ。何か言いたげなセラフィーナさんを置いてけぼりにするのは申し訳ないけれど、とりあえず返事をしておく。読んでほしいならそう呼ぶに決まっているじゃない。
それからまた植物の方に目を向けた。後ろでセラフィーナさんとイグが話している所だったが、敢えて聞かないようにする。聞いた所で…ってこともあるし、私がいない方が話しやすい話もあるだろう。2人が知り合いだという裏付けになっている気がしてならないが、それでも別に構わない。セラフィーナさんと私では交友関係が違って当たり前だもの。
それよりも、このお庭は誰が管理していらっしゃるのかしら。学園の方なのか、それとも別の方なのか…
「ねぇ、セラフィーナさん」
「はい?」
勢い余って声をかけてしまう。お話中だったかな…と思い後ろを振り向けば、会話は終わっていたようだった。
…一瞬だけ、懐かしい記憶が蘇ってきた…気がした。
けれど、ここでそんなことを言ってしまえば、イグには変な顔をされるだろうし、セラフィーナさんも困らせてしまう。
「ここの草、千切って貰っても良いと思う?」
「「草…???」」
振り払うように本来の目的の言葉を述べておく。元々それを聞くつもりだったのに、既視感が一瞬だけ邪魔してきた。全く…迷惑も良いところだわ。
「うーん…どうなんでしょ?庭師の方に聞いてみてはいかがですか?」
「庭師…やっぱり庭師の方がいるのね!」
「はい、王国からの派遣みたいです」
王国からの派遣なら、セラフィーナさんに頼めば紹介してくれそうだけれど、そこまでしてもらうのは気が引ける。今度先生にでも聞いてみましょう。
そう思いながら、私はセラフィーナさんと別れ校舎へと戻っていった。…昔は王女という立場上自由に薬草を摘みに行ったりすることは出来なかったのだけれど、今はそれが自由に出来るのは大きいわね。
今の王族はどうなのかしら。
ふとそんなことを思い、王城がある方向を振り向いた。遠目からでもカタチが見えるその姿は、昔よりも大きくなっている気がした。それは、距離が近いからなのか、作り変わったのか。…それとも、もう帰ることは無いのだ、という事実よって大きく見えているだけなのか。
分からない、…けど、村で噂の王女様や王子様に一度は会ってみたいものね。…お兄様やマリアージュお義姉様が遺してくれた宝物を。
そして、私は信じている。
その宝物は、未来をよりよくしてくれる人達なんだ、ってことを。
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ーーーーー
「ふぅ…」
一息ついた所で、私はペンを置いて窓の外を見つめる。…活気ある世界と何一つ変わらない筈なのに、どこか生気が感じられない。そんな街並み。昨日も今日も曇っていて、多分明日も曇っている。…その雲には、どんよりした空気どころか…禍々しさをも感じゆく。
すると、窓の外から一羽の黒い鳥が飛んできた。まるでカラスのような見た目をしたその子は、器用にも空いていた窓から私の部屋の中に入ってきた。
「お久しぶりです」
それだけで誰なのかすぐに分かってしまう。ノートを閉ざして声を掛けた。丁度その時、部屋の外からノックの音も聞こえてくる。あら、もうそんな時間だったのね。返事をすれば、扉が開き、最愛の方が中に入ってきてくれる。
「待たせてすまないね、って、もう来ていらしたのですか…!?」
私は彼の元に駆け寄った。机の上に止まっているカラスさんを見て彼も気がついたのだろう。そう声を上げた。
「私は大丈夫。…それより、私の方こそ何もおもてなし出来ず申し訳ございません…っ」
私が待つのは問題無い。けれど、お二人に何のおもてなしも出来ないのはこの生活の不便な所よね。最低限生活することは出来る。衣食住には全く困らない。…それでも、冷たい。ただひたすらに。
「必要ないわ」
そう言うと、カラスさんが光り輝き、光が収まると、そこには小さな少女が立っていた。長い黒髪に黄金の瞳。その視線はとても鋭く、全てを見透かすかのようだった。
「それで、貴方達2人は決めたのかしら」
今日はその答えを聞きに来たの、…と。そう言い切る少女。…その答えを決断する為に、沢山沢山考えた。昔のことも思い出そうとしたし、更なる過去から現代社会までの時の流れもじっくり見た。異世界のことも勉強した。2人で、…もう、間違えのないようにしたいって思ったから。
「…本当に、もう止めることは出来ないのですか」
最後の確認なのだろう。少女に向かってそう投げかける。
「それは貴方達も分かる筈でしょう。」
それから、少女は語り始める。魔獣や人間への過度な干渉、それによる精霊への被害。幸いにも死者や負傷者は居ないけれど、万が一にでもこれ以上のことが合った場合に対処しきれない…と。
ここまでルールを破りまくっているのだ。本来であれば魂ごと消すのが道理。庇うなど言語道断。……けれど、
「それでも信じたいと思うのが、俺達人間の悪い癖でもあるんでね」
「………」
それでもまだ、信じるつもりなのだ。
…人間の情は、そう簡単に捨てきることなんて出来ない。ここで捨てるのが命運なのだとしたら、その運命ごと塗り替える。…抗い続ける。
「……貴女もそれで良いのかしら」
「はい。私は彼を…そして彼女を信じます。」
私は信じる。大好きな彼女のことを。
彼女が惹きつける多くの可能性の種を。…彼女が信じた、少年のことを。…本当に悪いのはきっと彼じゃない。私達にも少なからず原因はあるだろう。その負い目を感じてしまうのも貴女達の悪い所ねって言われたこともあったっけ。
「…知らないわよ、彼女の身に何があっても」
吐き捨てるようにそう言う少女だったが、目が笑っていない。しかも…
「その時はなんとかしてくださいね」
冗談めいてそう言い切る夫。
こちらは声は明るいのだけれど、同じく目は笑ってはいなかった。全く…そんなこと言ったらまた「無責任だ〜」とか「恩を仇でー」とかって言われるって分かっているだろうに。
少女はそのまま帰ってしまう。
…これで、良かったのかしら、と。不意にそう思ってしまう。彼女と会う度、選択を迫られる度、良いのか悪いのか答えが見つからないから。
「…ねぇ、これでよ…、……っっ!?」
それを聞こうと思ったら、唐突に抱き締められる。
耳元に流れ込んでくるのは、さっきの勇ましい声色とは全く違い、「ごめんな…」という弱々しい声。
……あぁ、貴方も不安だったのね。
少しだけ安心した。いつも前を見て、どんな事があっても…国のこと、未来のこと、前を向いて進んでいた貴方にも、間違えを恐れる心や、選択を危ぶむこともある一人の人間なのだ、と…。そう思ったら、どんなに人間離れした完璧超人な彼でも、普通の人間なのだと再認識できる。
「…大丈夫よ、クリスティーナちゃんは強くて格好良くて可愛くて勇敢で、…誰よりも人の心を想いやれる優しい子。…それは、貴方が一番よく分かっている筈よ」
「……ん、」
だから、大丈夫。きっと彼女は答えてくれる。
その前に私達が弱気になっちゃダメ。…ダメだから。
私は夫にそっと口吻をする。
大事なのは、誰かを想う心。…その心を、どうか忘れないでね。クリスティーナちゃん。




