29.軽率少女は調に乗り、
“精霊光強制召喚術”
「まうはよいやみ、しんきろう…」
この呪文は、姿が分からず、正体すらも分からない精霊様に語り掛ける物だ。
「せいれいのひかりよ、そのすがたをわれに!」
そして、これはその光の姿を強制的に現してもらう呪文。
この辺りにいれば例え透明化魔法を自身に掛けていたとしても、必ず見えるようになる筈。
でも、精霊様の姿は一向に現れなかった。少しだけ光った気がしたのだけれど。
「…馬鹿か、テメェは」
神父の息子さんがそう呟く。ついてきていたのね…森の中に入るの、あんなに躊躇っていたのに。気が変わったのかしら。まあ良いわ、それより…
「ばかってどういうことかしら!」
「そのままだよ、バーカ」
だからどういうことなのよ!!と叫びたくなるのを抑えながら、私は前へ前へと進む。こうなったら強行突破ね。
それにしても、ほんっと意味が分からないわ。何故馬鹿なのかしら!大体、私はこう見えても頭良いのよ!?それこそ、お兄様に褒められるくらいには!…この時代ではどうなのか分からないけれど…
私は等々黙り込む。
「これからどうするんだよ」とか言ってくるが、それでも答えない。だって、向こうが教えてくれないんだもの、私だって教えたくないわ。
昔は王女だったから色々あったけれど、今は立派な平民なんだもの!利益率も考えたくなるに決まっている。あの時は責務が忙しすぎて、自分では考えず他の人達に任せっきりだったけれど。
…今思えば、私って周りに頼りまくっていたのね。やっぱり…生誕祭みたいなことをやってもらうまでには至らないじゃない!私が死んだ後に何があったのかしら。
そして、遂にしびれを切らしたかのように息子さんが声をかけてくる。
「拗ねんなよ、」
「……すねてません!」
「そんな頬膨らましながら言われても説得力皆無」
「………」
そんなに膨らましてたのかしら。でも別に拗ねてなんか無いでしょう。だって、貴方が私に言った馬鹿、って言葉の意味を教えてくれたら答えてあげるってだけだもの。別に私は気にならないけど。
それから彼は、はぁ…とため息をついた後、私に再び話しかけてきた。
「その呪文、クリスティーナ教典に載ってた奴だろ、精霊様召喚魔法、だっけ?」
どこで見たのか知らないけど、と続けながら…彼は足を止めた。続きが気になり、私も足は止める。でも、彼の方は振り向かなかった。
彼もその方が良かったのだろうか、…どちらにせよ、拗ねているのは貴方なんじゃないかしら、と思ってしまう。少し不貞腐れたような声が森の中に響き渡る。
「俺や親父も出来ねぇんだ、テメェみてぇな餓鬼が出来るわけねぇよ」
いや、そもそもクリスティーナ教典って何よ。さも当然かのように言っていたその言葉への注目が遅れ、固まってしまう。…出来るできないの問題よりも、そんな教典があること自体が恐怖かもしれない。どんなことが書いてあるのだろうか…、……全く、不安は募るばかりだ。
「つまり、あなたもできないのにわたしにできるわけがないと?」
「おう」
「…わたしがやったすがたをみないでよくそんなこと…」
いや、実際出来てねぇじゃん…等と言う言葉が聞こえてきた気もするが、そんなものは知らない。
私は再び歩き出しながら考える。
本当は出来るに決まってるじゃない!これは…そう、この近くに精霊様が居ないからだわ!呪文は合ってるんだもの、そうに違いない。
この魔法はレベルによって精霊様の現れは多少変わるけれど、1番低いレベルだったら全然簡単に出来るし、魔力量だってそんなに必要ない。今の私でも充分足りている筈。
それでもお姿が見えないということは…神殿から出ている可能性が高い。けれど、何故…
「おい、お前、きいて…」
そして、息子さんが私の肩に手を置いて引き留めようとするが、その前に息を呑んで固まってしまう。
私も…思わず固まってしまった。
「これって…」「…なんだよ…これ………」
私達が驚く理由はきっと違うだろう、…でも、驚愕したという事実は同じだった。
こんなに汚くなってるのね…
と。土を被り、草で覆われている神殿を見ながらそう思ってしまう。…綺麗に保たないとならない筈なのに、…というか、精霊様も精霊様で何故人間に何も言わないのかしら…。そりゃあ聞こえる人は限られているけれど、その人が言えば他の人にも伝わるのに。
例えば、1番身近な所だと…ここにいる息子さんは聞こえる体質だと思うわ。後、セラフィーナさんにもきっと聞こえる。
そして、彼が驚愕している理由は…
「こんな所が…森の中に……」
この神殿そのものがここに在ることに対して、って所だろうか。…やっぱり常識が違いすぎる、これこそ時代遅れって感じね。
「さ、やるわよ」
私はワンピースの裾をめくり、膝上で縛る。腕の袖もしっかりまくって折りたたんだ。…せっかくの検定なんだから!と言って良いワンピースを着せてくれたフランさんに心の中で謝りつつ、神殿の目の前で仁王立ちする。
「は…やるって…?」
まだ分からないのだろうか。そもそも彼はどうして来たの?…来ても良いけれど、邪魔はしないでほしいわ。あ、でも…私がこんなに詳しいってことがバレたら一大事よね。後で口止めしておかないと。
そんなことを思いながら、私は口を開く。
「おそうじ」
当然。ここの枯れた草木や蔦を引っ剥がして、ここを元の澄んだ神殿にするに決まってるじゃない。そうすれば、きっと精霊様に届く筈。
靄が晴れたら、きっと心に辿り着ける。精霊様の御心に。
私はそれはもう丁寧に丁寧に掃除を始めた。
1枚1枚草木を取り外しては森の木々の方へ運び、蔦を巻き戻しては一箇所に固める。
「…これくらい魔法で…」
これを魔法でやろうとしたり、魔力探知が使えるということは、彼は風魔法か光魔法、もしくは聖魔法なのだろうか。
けれど、私は「何言ってるの、手作業で熟すことが大事なのよ!」と一喝する。
魔法を使うなら精霊様でも出来るし、なんなら精霊様の方が得意だろう。こんな素敵な神殿を建てられる程だし。
それでも、…だからこそ、お掃除は手作業でなければ。
精霊様への礼儀として、…そして…私達人間として。魔法に依存していませんよ、って意味も込めて。
それにしても、多い…。けど、これをやらなければ根本的な解決にはならないだろう、と私の勘が謳っている。レオンハルトさんやセラフィーナさんにはもう少し頑張ってもらうしか無いだろう。あぁ…でも、この量一人じゃ終わる気がしないし、レオンハルトさんの魔力量なら耐えられるにしろ、セラフィーナさんやロータスさん、向こうにいたキャンディさんは…と考え始めてしまう。
うぅ、考えれば考える程心配になって来…
「おいお前、蔦はここで良いのか」
「………」
聞こえた方を振り向いてみると、息子さんが袖をまくって蔦を剥がしていた。私なんかよりもいっぺんに物凄い大量に剥がしていたのである。これには色々な感情が混ざってしまう。
何故手伝ってくれるのかしらという困惑や、この速さだも彼らへの助力が間に合わなくなるかもしれないことへの不安、…そして、それでも手伝ってくれたことの嬉しさ、さらには…体格差があることは頭では分かっているのだけれど、自分よりも一度に多くの蔦を取り除いたことへの悔しさ…などなど。
まあ、ありがたいのは事実だけれども。
もちろんそこで良いわよ、と言いながら、私も作業を再開する。
終わらないと思っていた作業だったが、彼のお陰でとてもスムーズに進んだ。本当にありがたいわ。
「で?草木は粗方片付いたが…」
これからどうすんだよ、と。私を怪訝そうに見つめながらそう声を上げてくる息子さん。私はそれを横目で流しながら口を開く。
その瞬間、息子さんはまた私に向かって大きなため息を付きながらこう言う。「だから、それはクリスティーナ様の〜」と。
そうよ、これはクリスティーナの時代の聖魔法か水魔法か…限られた光魔法の使い手が使える魔法!別にここで私が使っても、来年の魔力検定では「私、水魔力の持ち主なので」で通せる筈!…氷魔力でもいける気がしてきたわ。
それはそうと、これは別に難しくなんか無い。
神殿に向かって両手を伸ばし、その手に力を込め…そのまま文言を唱えるだけの、努力次第型魔法なのだ。技術を磨く必要も無い、毎日練習すれば1年足らずで使える魔法。
その名も、【清水の調】。
これでこの辺り一体を清らかな水で浄化してしまう。すると、息子さんは再び眉をひそめ、一言…「バケモン…」とだけ呟いた。
…あら、酷いわね。




