21.兄は夢を見る。
あれ…ここは、どこだ…?
「…さま、………!」
誰かが…僕を、呼んでる…
「おにいさまっっっ!レオンハルトおにいさまっっ!!」
あぁ、そうだ。
僕の名前は、レオンハルト・エンシャンツ。
お父様カイザルト・エンシャンツと、お母様シュティーナ・エンシャンツの元に産まれ、すくすくと育ち、僕にとって何よりも大事な、妹セラフィーナ・エンシャンツの兄として、力の限り尽くしてきたつもりだった。クリスティーナ様の伝説を作ったとされる、絵本の世界のクリストファー様のように、良いお兄ちゃんでいる為に。
ただ、セラフィーナに、フィーナに、笑顔で居てほしかった。ずっとずっと笑顔で居てほしかった。…心からの笑顔を、見せてほしかった。
なのに…目の前にいるフィーナは、何も考えられないという表情で。それでいて、少し焦っているような、そんな感じ。
「おにいさまっ…おかげん、いかがですか…?」
…心配、かけちゃったな。
「ごめん、もう大丈夫」と口を開くと、すぐに窓の外を見つめる。これから、フィーナの魔力器適性検定。僕にはまだまだ分からないことだらけで、国王陛下が馬車や道筋を手配してくれた。…あの日から、僕らは2人きり。早く自立して、誰にも頼らない立派な大人にならないと。
『レオンハルト様っ…カイザルト様と、シュティーナ様が…っっ!!!』
…ねぇ、どうしてこんなことになったんだろう。
僕、もっともっと教わることがあった筈だよ。僕、まだまだ未熟だもん。…こんな年で公爵家を継ぐ資格、まだ持ってない。
ウソツキウソツキウソツキウソツキウソツキウソツキ。
お父様のウソツキ。この前言ったよね?ドラゴンなんか一発で倒せるんだ!って、お父様言ってたじゃないか。なんで、どうして、…ドラゴンなんかに、倒されたの。
命からがら逃げてきたその村出身衛兵が、このことを王宮に伝えた。それが広まり、噂が噂を呼んだ。どうしてもその人本人の口から本気の話を聞きたくて、無理矢理面会をしてもらって。何でもやるから、って条件付きで、色々情報を提供してもらった。
その人は、2、3人の子供達を連れて屋敷に来た。
まだフィーナくらいの子供達。うんん、うち2人はまだフィーナよりもずっと幼い。…ボロボロだった。1週間程度じゃ何も変わらなかったのだろう。衛兵に抱きかかえられている2人は腕に火傷を負っているし、隣で歩いてきた少年は火傷だけじゃない、幾つもの傷を負っていた。
逃げた人でさえ、この始末。
僕は、来てもらったことを後悔した。けれど、僕がここで逃げるわけには行かない。そう思って、話してもらった。
クリスティーナ様の聖地とも名高いフルール村。そこに、突如として、伝説の黒竜が現れた。本当に何の前触れも無く姿を現して。別の色は何種類か見ることはあるが、それでも竜は稀。その中でも、約1000年間姿を見せることの無かった黒竜、今の時代にその黒竜が現れたというだけでも何かがオカシイのに、…クリスティーナ伝説では心優しい筈の黒竜が、お構い無しに村を崩壊させた。植物も人も建物も何もかも、木っ端微塵にされた。
村には、多くの人が残った。村長さんや住人、お忍びで来ていた貴族。
『…俺達は、生き延びなければならないのです。彼らの分まで』
その衛兵は…力強い目つきでそう物語った。
それは、紛れもなく本気の目で。僕もそれに応えなきゃならないんだって悟った。…俺も、お父様やお母様の分まで生き延びなきゃならないんだ、って…分かった。
お父様やお母様の話も聞いた。
お父様は、村人を逃がす為に自分から「残る」と言い張ったそう。お父様の得意魔法は結界魔法。器は水魔法で、…光魔法である僕に、お前の魔力は使い方次第で何でも出来る、と言ってたっけ。
お母様には、だからこそ気をつけなさいよ、とも言われた。その衛兵曰く、「私も残るつもりです。最後まで愛した人のお傍に居ずして、誰の隣に居れば良いのです」と言ったそう。
…公爵家にそんなこと言われたんだ、当然彼らに反論する権利は無かった。いや、権利はあるかもしれない。…けど、そんな勇気は無かったのだろう。
それはつまり、公爵家にはそれだけの力があるということ。
…お父様とお母様のように、俺もなりたい。
そう思って、口を開こうとした。
しかし、その瞬間、衛兵の腕の中にいた子供が、大声を上げて泣き出してしまった。俺は慌ててしまう、…子供のあやし方なんか知らない。
フィーナは、泣いたりしなかったから。
衛兵は困り顔になって子供達を揺らしている。隣に座っていた少年も、その声に泣きそうだったけれど、それでも顔を顰めて、ちゃんとガマンしていた。
それから、ウチの衛兵や侍女が扉を開けて駆けつけた。子供を抱き抱えたり音の鳴るおもちゃなんかを持ってきてあやしていく。けれど、子供達は泣き止まない。
そんな時、フィーナも部屋の中に入ってきた。
フィーナに、こんなボロボロの人達は見せたくない、って思って、部屋の中には入るなと言った。なのに、フィーナが中には入ってきた。
俺は急いで止めようと思った。けれど、フィーナは……
『…まほおのじゅもんをとなえましょー…♪』
フィーナは、歌っていた。
これは、クリスティーナ伝説における、一つのフレーズ。クリスティーナ様が歌っていたとされる歌。今では童話の中の子守唄として知られており、王都や街に行った時、度々聞こえてくるし、僕も時々口ずさんでいる。それくらい有名な歌だった。
…そんな曲を、今。部屋に入ってきたフィーナが、歌っている。
『〜〜…いーまを…いきてーる〜…♪』
一曲歌い終えれば、…2人の子供達は泣き止んでいた。しかも、顰め面だった少年も、みるみるうちに笑顔になっていくようで、切羽詰まったような表情で一つ一つを語ってくれた衛兵も、ポカンとして心ここにあらずって感じだった。でも、表情は柔らかくなっている気がして。
あぁ、これが、救世主なんだな、って…そう思った。
皆が辛くて苦しくて泣きそうで、寂しさをいっぱい抱えてて。…そんな時に、笑顔を分けてくれる。
いつもは何も考えていないフィーナも、少しだけ笑っていた。それが、フィーナの本当の笑顔なのかは分からない。けれど、少なくとも僕にとっては初めての笑顔だった。
『…俺、きめましたっ…』
『おにいさま…?』
僕は、衛兵に、…そして、周りにいる衛兵や侍女の皆に向かって、…何よりも、俺にとっての最愛の妹である、フィーナに向かって。
『公爵家を継ぎます。公爵家を継いで、立派な公爵当主になります』
公爵家の名に恥じぬ、最大限の立ち居振る舞いを。
緊張せず、自信を持って。僕は、お父様とお母様の息子で、フィーナのお兄ちゃんなんだから。
大丈夫、僕なら出来る。
その後、衛兵に一言小声で…『セラフィーナ様を守れるのは、貴方だけです。どうか、負けないで』と言われた。…分かっているさ。
俺が、フィーナを守るんだ。
こんなにに純粋で優しい子はそのままで良い。
そうでいてくれることが、誰かの為になる筈だから。だから、僕がフィーナの分も、いや…それ以上にそうなる。功績も、信頼も、全て得て。
お父様やお母様に追いつくだけじゃ足りない。
先代の功績、家柄に頼るだけじゃダメなんだ、健気に見えるだけじゃ意味がない。誰よりも計算高く、狡猾にならないと。
勉強が出来て知識が豊富なだけじゃ足りない。
誰が何を考えているのか、人の心や考えを読み取り、人と話して信頼を得られるような人心掌握術を。
公爵家や王家の関係者に好かれるだけじゃ意味がない。
ただの“良い人”、“良い公爵当主”なだけでは足りない。貴族、領民、…いや、国民全てに好かれるような外面を。
例え嘘を付くことになっても、俺はそれで構わない。二度とあんな思いはごめんだ。…フィーナに、これ以上悲しい思いをさせない為にも。僕は、…俺は………
「ついたよフィーナ。ここが魔力器適性検定のかいじょう。俺も五年前やったなぁ〜!」
……フィーナのことを守り続けると、…そう誓う。
フィーナに心配は掛けない、フィーナにはのびのびと生きてもらう。俺はこれから、大事な家族を守る為に、この世界と戦う。
その為に使えるものは全て使うし、排除だって厭わない。
…目的の為ならば、手段は選ばない。
ーーーーー
ーーーーーーーーーー
「…!………、!!」
誰かが…僕を、呼んでる…
「…ハルト!目を覚ましなさい!!!」
あぁ、そうだ。
僕の名前は、レオンハルト・エンシャンツ。
お父様カイザルト・エンシャンツと、お母様シュティーナ・エンシャンツの元に産まれ、すくすくと育ってきた普通の公爵子息。
そして今日は、僕にとって何よりも大事な……
「貴方も来るつもりなのでしょう? フィーナの魔力器適性検定。早く支度なさい、」
妹セラフィーナ・エンシャンツの、魔力器適性検定。
どうやら、図書室でうたた寝をしていたらしく、衛兵や侍女が声をかけても起きなかったみたいだ。それでお母様自ら声をかけに来てくれたのだろうか。
慌てて部屋へ戻り、支度を始める。
もう内容は覚えていないけれど、そこまで深い眠りではなく、…逆に、変に現実味のある夢だった気がする。夢と現実を彷徨ってる感じがした。
……怖い、ってわけじゃない。
でも、…お母様の顔を見た時泣きそうな気持ちになった僕は、まだまだ子供なんだろうな、って思った。
夢如きで泣きそうになるだなんて、フィーナには言えないな。
それから、僕は自分の部屋を出てフィーナの部屋へと向かった。
「おにいさまっおはようございます!」
部屋から出てきたフィーナは、これ以上ないくらい可愛かった。
いつも可愛いんだけど、今日は倍以上輝いて見える。服装がいつもとは違い、国の正装とされる物の中でも最高級の代物。髪には大きなリボンが付いていて、…クリスティーナ様を題材とした歴史の資料集における1枚目の挿絵のよう。
そこまで考えると、フィーナの陰にティーアが見えてきてしまう。…悔しいな。
そんな事を考えながら、僕はフィーナの手を引いて馬車へと向かったのだった。




