3.救世主は事態に気がつく。
「アンタ、やっぱ診療所行くべきだよ…、……なんで急に……?!」
フランさんがここまで驚愕するのを見るのは、出会って初めてだった。逆に聞きたい。何故ここまで驚くのだろうか。
……先程まで、“クリスティーナ生誕祭”なるものの準備を意気揚々と進めていたフランさんのことだ、きっとクリスティーナについて幾らかは知ってる筈だろう。というか、その準備を投げ出してまで私を部屋で休ませてくれるとか、もう私フランさん大好きだわ。
「まさかアンタ、やっぱ天才だったわけ……!?“神子”じゃん!」
まじまじと私の顔を覗き込み、そっと額の髪を撫でてくれる。少しウェーブがかる、クリーム色の髪。前世では金髪だったから……色は少し落ち着いてるみたい。
「……おめでと、ティーア。アンタなら王族所属の“聖女”になれるかもね」
そう言って目に薄っすらと涙を浮かべるフランさんは、微笑んでいるようにも……悲しんでいるようにも見える。
でも、そのフランさんの顔とは真逆に、私は何がなんだかわからなくなってしまった。お魚のように口をパクパクさせ、頭の整理をし始める。
何故“クリスティーナのことを知りたい”と言っただけで神子認定されるのか。全く謎のままである。というか、私が驚いたのはそれではなく……
聖女になんて誰がなるのよ……!!!!!
心の底からそう思う。
確かに聖女になるのはこの時代では知らないけど、少なくとも私の時代では凄く名誉なことだったけど、でも私は聖女だったから前世で殺されたのよ…!?……多分だけど……!!!
喜んでくれてるフランさんには申し訳無いけれど、前世と同じ様に進んでいくかもしれないこの状況に、改めて絶望するしかない。……王女としての生まれではなく、孤児としての生まれであることが、不幸中の幸いなのだろうけれど。
なんとかお魚状態から聖女になんてなりません!!を推奨しようとするも、なかなか良い案は出てこなかった。
フランさんは唖然とする私に対し一人で喜んだ後、「今はゆっくり休む休む!もしほんとに聖女になんてなったりしたら、忙しくなるんだから!」と言いながら、街の皆に伝えに行こうとする。
「え、あ、ちょ……」
私がそんなことしなくても……と止めようとするも、既に遅く手遅れであるらしい。
フランさんは私をベッドに寝かせると、そのまま部屋を出ていってしまう。
「もう……」
私はフランさんのせっかちさに呆れながらと小さく呟き、外を見下ろせる窓側の方へと顔を向けた。
「せいじょにはなりたくないんだけどな……」
この街の人達は本当に良い人。
私はもちろん、私と同じ孤児の子達のことも受け入れてくれるし、炊き出しなんかも分けてくれる。
村長さんの大きいお家が殆ど孤児院のようになっていてなんとか暮らしていけるし、寒暖差が激しい時や雨が降っている時なんかでも安心。しかも、村長さんだけじゃなくて街の人達皆が助けてくれるの。
まあでも、聖女にはもうなりたくないよ。
それは置いとくにしても、こんな生活も長く続くとは限らないわけだし、……まずはなんとかして知らなくちゃならないわよね。この世界が、“いつ”、“どの場所にある”のかを。
「……」
まだ少しフラフラしているが、手すりに捕まりながらベッドから立ち上がる。思わず手がするりと滑りそうになるが、なんとかして耐える。
「わ……」
体力も体幹も無いのって、こんなに不便だったのね…そう思いながら扉の前へと移動する。それから家の外へと出ると、近くにフランさんがいた。
「ちょ、ティーア?まだ安静にしてなさいよ……」
その後、それまでうちのベッド使ってていいから!とまで言われてしまうが、いつまでも頼ってばかりではいられない。
私は素早く断ると、フランさんの家の近くを通り過ぎ、元々いた噴水の方へと足を進めていこうとする。が、フランさんの手を振りほどけるわけでもない為、見事に捕まってしまった。
「あにょ、わたし、だい……」
「わかったわかった、わかったから待ちなさいって……」
本当にわかってるのかしら、てか、絶対わかってないわよね!?……そう想いつつ、フランさんの方を見上げる。
「あんたが大丈夫なのは置いといて……今はあの噴水には行かないほうが良いわよ」
何故だろう。先程までは、フランさんはもちろん、この近くに住んでいる人達は皆、この街の中央に位置する噴水に集まって、“クリスティーナ生誕祭”なるものの準備をしていたというのに。そう思いながら再度フランさんを見上げると、待ってましたと言わんばかりの表情で、少し得意気に口を開き始めた。
「さっきあそこでクリスティーナ生誕祭の準備してたでしょ?それで、今年は公爵様が下見にきてんの!」
「……」
「突然なんで来てるのかはわからないんだけど……まあ、貴族って何考えてるかわかんないじゃん?」
そういいながら噴水の方を見定めるフランさん。まあつまりってことでまとめると、、、今普段は来ない公爵様がこの街に来てるから、機嫌を損ねない為にも近づくな、ってことだろう。
……王女だったからだろうか、貴族の……しかも公爵家の力添えはよくわかってる方だと思う。だから、機嫌を損ねない為にも何もしないというのが一番効果的な選択肢であることはよく分かる。……記憶を取り戻すまでの私が見てきた感覚で語ると……、失礼かもしれないけど、この街の皆がそういう態度を弁えてるってこと自体が驚きだわ……
そんな感じで、…まあ、断る理由なんてないし、私もこの街にはずっと長生きをしてもらいたいと思っているので、噴水には行かないようにしようと心掛ける。……というか、何があっても絶対行かない。
なので、噴水とは逆方向の、……所謂“森”と呼ばれる所に足を運んでみると、……
「あっ……」
知らない子供の声が溢れてきた。声のした方を振り返ってみると……〜
「??」
……全身に紺色マントを羽織り…その合間からは前世の私の髪と同じくらいウェーブがかるピンク髪を持った、黄金の瞳の4、5歳くらいの女の子が、……石につまずき、私の方に倒れ込もうとしていたのだった。