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イラスト部(仮)の雨宮さんはペンが持てない~ワケアリ美少女部長はやたら距離が近い~  作者: 川上とむ
第一部~スキンシップ多めの幽霊部長と部活を立ち上げる話~

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第39話 突然の訪問者 後編


「……あれ、井上(いのうえ)先生?」


 そこに立っていたのは、図書室で何度か話をした、あの先生だった。どうして彼女がここにいるのだろう。


「ああ、やっぱり。ここがそうだったのねー」


 茶色のセミロングヘアを揺らしながら、先生が部室に足を踏み入れる。

 それと同時に、俺はその手にあるものが気になった。先程の美術部部長が持っていたのと同じ、部活勧誘のポスターだ。


「ねえ内川君、この顧問の募集、まだしてる?」


 先生からも注意されるのだろうか……なんて考えていた時、思ってもいなかった一言が発せられた。


「え、してますけど……?」


 状況が飲み込めないまま言葉を返すと、それを聞いた彼女は満足げな笑みを浮かべた。


「それなら、私が顧問を引き受けたいのだけど、どうかしら」


 ……そして続いた言葉を、俺はすぐには理解できなかった。

 視線だけを隣の部長に移すと、彼女は両手で口を隠し、目を見開いている。


「そ、それはありがたいですけど……井上先生、図書部の顧問のはずじゃ?」

「そうだけど、文化系の部活は兼任できるのよー。生徒が掛け持ちするのだし、教師だって同じ」


 ポスターを机に置いたあと、胸の前で両手を合わせながら先生は言う。


「兼任だから毎日は来られないけど、時々は様子を見に来てあげられるし、少しくらいならアドバイスもできるわ。どうかしら」


 その言葉を聞きながら、俺は彼女が学生時代に絵画サークルに入っていたという話を思い出した。つまり、彼女も絵は好きなのだ。


(まもる)くん、断る理由なんてないよ。ずっと待ち望んだ、顧問の先生だよ!」


 隣の部長は大きく頷き、全身で肯定の意を示している。もう、この話は決まったも同然だった。


「そういうことなら……こちらこそ、よろしくお願いします」


 言ってから、俺は深く頭を下げる。直後、部長もそれに続いた。


「そうかしこまらないで。ところで部員は内川君と朝倉(あさくら)さんだけ?」

「え、どうして朝倉先輩のことを知ってるんです?」

「あ……実を言うとね、夏休み中に朝倉さんから顧問になってくれるようお願いされていたの」

「朝倉先輩から?」

「そう。私、今年はクラスを持っていないけれど、去年は一年生の副担任をしていたの。その時のクラス委員長が朝倉さんで。その繋がりでね」


 思わず尋ねると、先生は表情を変えずにそう説明してくれる。


「色々あって、夏休み明けまで返事を保留していたのだけど……このポスターを見たら朝倉さんの本気度が伝わってきてね。気持ちが動いたというか」


 彼女は机の上のポスターに視線を落とす。各所に張り出すためにカラーコピーしたうちの一枚だが、部長にパステルの名手と言わしめた朝倉先輩の実力は存分に発揮されていた。


「他にも何人か部員がいますよ。俺と同じクラスの二人ですけど」

「そうなのねー。きちんと挨拶したいし、明日か明後日にでも、皆を集めてくれると嬉しいわ」

「わかりました。先生に連絡をする時は、職員室か図書室ですね」

「そうそう。覚えてくれていて嬉しいわー。それじゃ、頑張ってね、部長さん」

「あ、俺は部長じゃ……」


 最後にそう言って、井上先生は来た時と同じように髪を揺らしながら去っていった。

 その動きが軽やかすぎて、間違いを訂正する間もなかった。


「やったよ護くん! 念願の顧問の先生、ゲットだよ!」


 その姿が見えなくなるとすぐに、部長が瞳を輝かせながら俺に抱きついてくる。

 以前も同じようなことがあったけど、部長は感極まると抱きつく癖があるようだ。


「ちょっ……部長、嬉しいのはわかりますが、抱きつかないでくださいっ……!」

「おっと失礼」


 全力で恥ずかしがる俺を見て、部長は苦笑いを浮かべながら身を離す。


「今度、さっちゃんにお礼しなきゃだね。ドーナッツの件もあるし」


 その場でくるりと一回転しながら、心底嬉しそうな表情で言う。

 これは顧問決定の連絡とともに、部長がドーナッツを喜んでいた……なんて報告もしておいたほうがよさそうだ。


 俺はそう考えながら、部長とともに部室をあとにしたのだった。


 ◇


 俺は帰宅すると、食事もそこそこに顧問決定を知らせるメッセージをイラスト部(仮)のグループへ送った。


『(翔也) 決まったって、マジかよw』

『(朝倉沙希) 井上先生なのね。よかったわ』

『(ほのか) やったー! 顧問キター!(≧▽≦)』


 各々メッセージが返ってきたけど、その誰もが文字越しに喜んでいるのがわかった。

 特に汐見(しおみ)さんなんてスタンプ連打しすぎて、翔也(しょうや)に呆れられていたくらいだった。



 ……そして翌日の放課後、皆に部室へ集まってもらい、井上先生と顔合わせを行う。


「このたび、イラスト同好会の顧問となりました、井上あやです。よろしくお願いします」


 俺たちの前に立った井上先生が笑顔で自己紹介をしてくれる。

 といっても、俺や部長、朝倉先輩はすでに面識があるので、実質汐見さんや翔也に対する自己紹介となった。


「井上先生が顧問になってくれて、私も安心しました」

「ふふ、朝倉さんの頼みは断れないもの」


 そう言って、先生と朝倉先輩は微笑みあう。この二人、どこか似ているような気がする。


「内川君と朝倉先輩は井上先生と面識あったんだね。知らぬは私と翔也だけか」

「まあ、そういうことになるね……」

「そうね。内川君って、毎回恋愛小説と美術の教本をセットで借りるんだもの。そんな人って珍しいし、覚えちゃったのよ」

「なるほどな。あの恋愛小説は先生の気を引くための作戦だったわけか。護、やるな」

「ははは……」


 先生が表情を変えずに言う中、翔也が意味深な顔をする。

 俺は笑って誤魔化すしかなかったが、恋愛小説を借り続けなければ先生に覚えられることもなかったかもしれない。これもある意味、部長が紡いでくれた縁だと思う。


「そういえば、傘を貸したこともあったわねー」

「……傘?」

「そうよ。内川君が傘を忘れていた日があって……」

「そ、そろそろ本題に入ってもいいですか。先生もお忙しいでしょうし」


 いぶかしげな顔をする汐見さんを横目に、俺は必死に話題を変える。

 このままの流れで朝倉先輩との相合い傘の話が皆の耳に入ると、色々と厄介だろうし。


「それもそうねー。それで、本題って何?」

「イラスト同好会を部活動に昇格させるための申請についてです。部員も規定数に達していますし、井上先生という顧問もできました。申請は可能ですよね?」

「あー、そうね……確かに申請することは可能だけど……」


 俺の言葉を聞いた先生は、なんとも歯切れの悪い言い方をする。

 条件は満たしているはずなのに、まだ何か問題があるのだろうか。


「部活動になると部費が出るようになるのだけど、学校側もせっかく部費を出すなら、実績のある部活に出したいと思うわけ。現状でも申請することはできるけど、通る可能性は低いと思うわ」

「そ、そうなんですか?」


「ええ。昇格申請をしてくる同好会も多いから、イラスト同好会だけ特別扱いにはできないの。ごめんなさいね」


 そう言って、井上先生は表情を曇らせる。

 部員と顧問さえ揃えば、すぐに部活動に昇格できる……そう簡単に考えていた俺たちは面食らってしまう。


「……そっか。私の時は美術部の元部長って実績がすでにあったから、すんなり申請が通ったんだ」


 隣の部長も雷に打たれたような顔をしたあと、顔をうつむかせる。その言葉の端々に、悔しさが滲んでいる気がした。


「実績が必要なら、今からでも作ればいいじゃないですか」


 その様子を見て、俺は自然とそう口にしていた。


「ちょうど文化祭も近いですし、実績を示すなら絶好のチャンスですよ」

「そ、それはそうだけどさぁ……」


 続く俺の言葉に汐見さんが反応するも、その表情は暗い。他の皆も同様だった。


「……皆、浮かない顔ね。何かあったの?」


 そんな俺たちを見かねて、井上先生が訊いてくる。俺は皆を代表して、イラスト同好会の現状を説明する。


「なるほどねー。文化祭に向けて、イラスト同好会単独で作品を出したいけれど、費用がないと」

「そうなんです。なるべく注目を集めるために、大きな作品を作りたいんですが」

「別に大きな作品を作る必要はないと思うわよ。ちょっと待っていて」


 そこまで話したところで、先生は思い出したように言い、小走りで部室から出ていく。

 不思議に思っていると、やがて一枚のポスターを手に戻ってきた。


「これこれ。このイベントにイラスト同好会も参加しましょー」


 そう言って広げられたポスターを全員で覗き込む。そこには『第34回・京桜祭(けいおうさい)ポスターコンクール』の文字があった。


「……これ、今年もやるんだ! そっか、その手があったよ!」


 間髪を入れず、背後にいた部長が叫び、俺と汐見さんは思わず振り返る。

 京桜祭ポスターコンクール……とは、一体なんだろう。



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