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イラスト部(仮)の雨宮さんはペンが持てない~ワケアリ美少女部長はやたら距離が近い~  作者: 川上とむ
第一部~スキンシップ多めの幽霊部長と部活を立ち上げる話~
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第1話 幽霊部長の雨宮さん

「駄目だな、こんな絵は」


 美術部の部長は冷たく言い放ち、俺の絵を目の前で破り捨てた。


「所詮は普通科レベルだね。基礎からやり直したほうがいいと思うよ。じゃ、二度と来ないで」


 俺が言葉を発する前に、彼は部室の扉を勢いよく閉めてしまった。


「……はぁ」


 一人廊下に残された俺は、床に散らばった絵の残骸を拾い集めると、肩を落として歩き出した。


 俺――内川護(うちかわ まもる)は、どこにでもいる男子高校生だ。


 ただ、他の連中より少しだけ、絵の腕前に自信があった。

 ……その自信も、今さっき粉々に打ち砕かれてしまったけど。


「これからどうしよう」


 県内屈指の実力を誇る、京桜(けいおう)高校美術部。

 そこに入部したい一心で受験勉強を頑張ってきたのだけど……まさか門前払いを食らうとは思わなかった。


 入学してすぐに目標を失った俺は、このまま三年間、ただ虚しく学校生活を過ごしていくのだろうか。


 ……その時、目の前に貼られたポスターが目につく。


「……イラスト部?」


 かなり古ぼけていたが、そこにはしっかりと『イラスト部』の文字があった。

 この際、絵が描けるならイラスト部でも……なんて考えつつ、俺はポスターを食い入るように見る。

 その活動場所は二階の多目的教室③。すぐそこだった。


「あ、誰かいる」


 藁にもすがる思いでイラスト部の部室へ足を運ぶと、そこには一人の少女がいた。


 紺色のブレザーにチェック柄のスカートといった制服姿で、胸元のリボンの色からして三年生のようだ。


 無造作に置かれた机の一つに座る彼女は、まるでリズムを取るように体を揺らしている。

 それに合わせるように、ショートボブに切り揃えられた髪も揺れていた。


 イラスト部の部室のはずなのに、彼女が絵を描いている様子は微塵もなかった。


「あの、ここってイラスト部の部室ですよね?」

「――え、キミ、私が見えるの!?」


 ……少女の第一声がそれだった。


 続いて椅子を倒さん勢いで立ち上がり、彼女はそのマリンブルーの瞳を輝かせる。


「え、ええ。見えますけど」

「本当に見えるんだ! 嬉しい!」


 跳ねるように近づいてきた彼女は俺の手を取ると、満面の笑みを浮かべた。


「あの、入部希望なんですけど……」

「うう……苦節三年、長かった……やっと私を見える人が現れた……!」


 俺の手を強く握りしめたまま、彼女は涙を流していた。俺の話なんて聞いちゃいない。


「状況が飲み込めないんですけど。見える……って、どういうことです?」

「私、こうみえて幽霊なの!」

「ゆ、幽霊?」


 思わず聞き返し、目の前の少女の全身に目を向ける。

 大きなマリンブルーの瞳は生命力に満ち溢れ、唇はきれいなピンク色。肌も血色がよく、俺の手を握るその手は温かくて柔らかい。

 真っ白い肌に冷たい手……という、俺の知る幽霊のイメージとは程遠い。正直言って、美少女だ。


「あんまり見つめられたら、恥ずかしいんだけど」

「あ、す、すみません」


 頬を赤らめながら上目遣いで言われ、思わず視線をそらす。


「と、ところで、幽霊さんはどうしてこんな場所に? ここ、イラスト部の部室ですよね?」

「そうだよー。私、イラスト部の幽霊部長なの」


 俺の手を離してから、彼女は室内を見渡す。

 長い間使われていないのか、床や机、乱雑に積まれた画材には、どれも埃が積もっている。

 現状、絵の具の匂いより、カビ臭さのほうが勝っているような気さえした。


「幽霊部員という言葉は聞いたことがありますが、幽霊部長ってなんです?」

「そのままの意味だよー。部長さんなんだけど、幽霊なの。絶賛部員募集中」


 自称幽霊部長さんはそう口にしながら、近くの机の上を指でなぞる。

 その動作は生きている人のそれと全く同じだったけど、一切あとがつくことはなかった。


「あ、うちの部活、今は同好会に格下げされてかも。もう長いこと人が来た記憶ないしさ」


 その動作に違和感を覚えていると、彼女は顔を上げてそう続けた。


「そうなんですか?」

「たぶんだけどねー。まぁ、なにはともあれ、キミは久しぶりの入部希望者というわけです! では、お名前をどうぞ!」


 彼女は再び顔をほころばせると、まるでマイクを向けるような仕草をする。


「お、俺ですか? 内川護(うちかわ まもる)です」

「内川くん……ね。よし、覚えたぞっ」


 自身の胸に手を当てながら、うんうんと頷いている。

 よくわからないが、彼女なりの儀式なのかもしれない。


「それじゃあ、改めて……内川くん、イラスト部(仮)へようこそ! 幽霊部長の雨宮(あまみや)みやこが歓迎しよう!」


 そして彼女は俺を真正面から見つめ、幽霊とは思えない眩しい笑顔を向けてきた。

 それが俺と幽霊部長――雨宮みやこさんとの出会いだった。


 ◇


 そんな雨宮部長と出会ってすぐ、俺は彼女に質問攻めにされていた。


「それでそれで、内川くんはどうしてイラスト部に入ろうと思ったのかな?」


 彼女は前のめりになりながら、興奮気味に訊いてくる。

 めちゃくちゃ近い。それこそ、吐息まで感じられそうなくらいだ。


「それが……これには深い事情がありまして」

「ほうほう。詳しく話したまえ」

「だから近いっす」


 声を弾ませながらじりじりと近づいてくる雨宮部長を押し返して、俺はここに来るまでの経緯を話して聞かせる。


「……俺、本当は美術部に入りたかったんです」

「イラスト部じゃなくて?」


「ええ、だけど美術部には美術科の生徒じゃないと入れないと言われまして」

「あー、そんな暗黙のルールがあったような……じゃあ、内川くんは美術科じゃないんだ」


「普通科です。そもそも、美術科は中学の時にコンクールで賞でも取っとかないと、受験資格すらないじゃないですか」


「そうだけど……絵が上手なら学科関係なく入部させてくれそうだけど。ポートフォリオとか持っていかなかったの?」


 ポートフォリオとは、いわゆる作品集のことだ。


「もちろん持っていきましたよ。でもあの人、俺の学科を知ると態度を豹変させて……散々罵倒された挙げ句、絵もこの通り」


 俺はため息まじりに言って、鞄から無惨な姿になった絵を取り出す。


「うっわ……せっかく上手に描けてるのに、破るなんてひどい。私も絵を描くの好きだし、気持ちはわかるよ。辛かったね」


 一度広げた絵をそっと閉じてから、雨宮部長は俺の手を握ってくれる。

 その手のぬくもりは、じんわりと胸の中にまで広がっていくようだった。


「それで意気消沈して廊下を歩いていたら、イラスト部のポスターを見つけまして。この際、絵を描けるならイラスト部でも……と、教室を覗いたところ、部長がいたわけです」


「なるほどなるほど。となると、これは運命だよ。内川くん」

「はい?」


「私、ずっとイラスト部を復活させたいと思ってたんだけど……ご覧の通り幽霊だから、誰からも気づいてもらえなくて。ほとんど諦めかけてたんだ」


 彼女は俺の手を離し、両手を広げながら言う。

 ご覧の通りと言われても、どう見ても普通の女子校生にしか見えないのだけど。


「そしたら今日、私を見ることができる内川くんがやってきた。三年前に、私が作ったポスターを見てね。これはもう、運命以外の何物でもないよ!」


「う、運命だなんて大袈裟な……それより、雨宮部長って本当に幽霊なんですか?」

「むー? 信じてないのかね?」


「だって触れますし、会話もできます。ちゃんと足もあるし、とても幽霊には見えませんよ」

「確かに触れるし、話もできるけど、それは内川くんが特別なの。これは信じてほしい」


 彼女が再び俺の手を取ってくる。しっかりとしたぬくもりが伝わってきて、ますます不信感が強くなる。


 それに生まれてこのかた、幽霊なんて見たことがない。

 そんな俺の前に、俺にしか見えない幽霊さんが都合よく現れるはずが……。


「……なんだ? お前、こんなとこで何してる」


 その時、開けっ放しになっていた入口から男性教師が顔を覗かせた。


「え、いやその……」

「空き教室で一人黄昏れるのもいいが、下校時間までには帰れよー」


 彼は言うと、うろたえる俺を気にすることなく去っていった。

 その背中を見送りながら、俺は妙な引っ掛かりを覚える。


「今、一人って言われたけど……先生には部長の姿が見えてなかった?」

「そういうこと。信じてくれた?」


 目を細めて、勝ち誇った笑みを向けてくる。

 部長は俺の目の前にいるわけだし、教師が気づかないはずがない。これは彼女の言葉を信じるしかなかった。


「それじゃ、疑いも晴れたところで……最終確認。内川くん、本当にイラスト部に入る気はある?」


 先程とは一転、彼女は真剣な目で俺を見てくる。


「美術部の代わりとかじゃなくて、イラスト部の部員として頑張ってほしい」

「……わかりました。絵を描くのは好きですし、精一杯、頑張らせてもらいます」


 その真っ直ぐな眼差しに射抜かれた俺は、少し考えたあとにそう返事をする。


「よーし! それじゃ、キミを部長代理に任命しよう!」

「は?」


 俺の答えに納得がいったのか、彼女は何度も頷きながらそう言った。


「あ、あの、部長代理ってどういうことです? 俺、まだ一年なんですけど」


「幽霊の私は他の人に見えないからね。そんな私に代わって、内川くんが新たに部員を集めて、イラスト部を復活させるんだよ!」


 鼻がぶつかりそうな距離まで近づきながら、よく通る声で言う。


「いやいや、俺には無理ですよ。今まで転校ばかりで、友達もいないんですから。いきなり部員を集めろだなんて」


「何事も挑戦だよ。それに、美術部の部長さんに自分の絵を破られた時、悔しかったよね?」

「そ、それはもちろんです」


「なら、内川くんの絵に対する情熱は本物ってことだよ! きっと大丈夫! 私もサポートするから!」


 一年の俺が、部長代理……? あまりに突拍子のない話だけど、彼女は本気のようだった。


「わ、わかりました。よろしくお願いします」


 結局、俺はそんな彼女の勢いに負け、その提案を飲む。


「こちらこそよろしくね! じゃあ明日から、放課後は必ずこの部室に来るように!」


 彼女は心の底から嬉しそうに言い、まるで天使のような笑顔を向けてくる。

 その温かな微笑みは、学校での目標を失っていた俺に無類の安心感を与えてくれたのだった。




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