第五話
ベッドの上で男女が抱き合っている。ジャンヌはそれを天井に張り付いて見ていた。隠れ身の術を使っているため二人には見つかっていない。
男の名はガルガンチュワ、パリのヤクザを支配する男で巨人の血を引くともいわれている。女は前国王の愛人デュ・バリーだ。
アントワネットがジャンヌに命じたのはデュ・バリーの暗殺だ。前国王が崩御した後もデュ・バリーは貴族や裏社会の重鎮と肉体関係を持ちその地位を維持し続けていた。アントワネットはそんなデュ・バリーが目障りになったのだ。それに二人はアントワネットがフランスに嫁いだ直後からの確執があった。
デュ・バリーがガルガンチュワに馬乗りになった。ジャンヌはその脳天目掛けてクナイを手にして天井を蹴る。
ジャンヌに気が付いたガルガンチュワがデュ・バリーごとベッドを転がる。クナイがベッドを割いた。
すかさず追撃の手裏剣を放つが、壁に掛けられていた槍を使いガルガンチュワはそれを叩き落とした。
ジャンヌはズボンを引き上げてデュ・バリーと逃げるガルガンチュワを追った。
部屋を出たところで入り口を見張っていたガルガンチュワの部下二人に見つかるが、二人の首を事も無げに落とす。
庭園に出ると二人は蒸気自動車に乗って走り去るところだった。置いてあった蒸気バイクに跨り二人を追った。
前を走る車が見えてきた。ベルトから拳銃を抜いて撃つ。ガルガンチュワが槍で弾丸を防ぐ。運転しているのはデュ・バリーのようだ。
繰り出される槍を体重を傾けてかわす。後方に流れる道に巻き込まれそうになる。
蒸気自動車とバイクが並走する。刀を抜いて迫りくる槍を防いだ。
デュ・バリーの肩を切りつける。デュ・バリーがハンドル操作を誤り車が横転する。
煙を上げる車の下でデュ・バリーが呻いていた。近づこうとしたジャンヌの前に巨体が立ちふさがる。ガルガンチュワだ。
「王妃の犬が」
「犬に嚙み殺される気分はどう」
ガルガンチュワが槍を振り回す。その風圧が離れた位置にいるジャンヌの髪をなびかせた。
「俺はこんなところでは死なん。例えこの国の王妃であろうと思い通りにならないことがあることをあの小娘に教えてくれるわ」
「そうしてくれると助かるわ」
ため息交じりにジャンヌは刀を構えた。
「きええええい」
気合の声を発しガルガンチュワが槍を突き出す。ジャンヌが地面を蹴った。槍先が頬をかすめ槍の柄が背後へと流れていく。
白刃がガルガンチュワの首を切った。ガルガンチュワの頭がジャンヌの足元へと転がった。それを汚いもののように足で退かすと恨めし気な双眸がジャンヌを見つめた。
ジャンヌは車の仰向けで車の下敷きになったデュ・バリーを見下ろした。 憎しみのこもった瞳がジャンヌを睨み返していた。
「殺すなら殺せ、幽鬼となっておまえとあのオーストリアのアバズレを呪い殺してやる」
それがデュ・バリーの最期の言葉になった。ジャンヌの刺した白刃がデュ・バリーの喉から伸びていた。
花魁から男を愉しませる手管を使いパリを裏で操るまでにのし上がったデュ・バリー。同じ闇に生きる者として、自分の幸せならどんな汚れもいとわないその姿は共感できるものがあった。
「あたしはあんたの生き方嫌いじゃなかったよ」