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第四話

 ルイの三人の姉がお茶をしていた部屋の中にジャンヌは音もなく影のように現れた。


「あら、もう終わったの」


「これであの小娘の生意気な顔を見なくて済むかと思うと清々するわ」


「ご苦労様、これからも精々王家に邪魔なものを消してちょうだい」


 そう口々に話す三人の内一人に目掛けてジャンヌは刀を振り下ろした。嫌味ったらしい顔が縦に割ける。


 残った二人はわずかの間状況が呑み込めずに放心する。広がる血だまりが足まで迫ってきたのを見てようやく悲鳴を上げて逃げ出す。


 その背中を刀で突きさす。残った一人を壁際に追い込んだ。もうそれ以上は逃げられないのにルイの姉は壁に体を擦り込むように後ろに下がろうとしている。その顔は涙と鼻水で歪み、失禁して豪奢なドレスは汚れていた。

 

 命を刈り取る刃が妖しく光る。刀を振った。その瞬間ジャンヌは視界の端で飛んできた影を捉えた。影がジャンヌの刀を弾く。深紅の絨毯に刺さったのはクナイだった。


「随分と遅い到着ね。お父様」

 

 クナイの飛んできた方を見ると、ジャンヌの叔父であり養父でもある男バチストが立っていた。


「血迷ったかジャンヌ」


 バチストは動揺した様子はなかった。普段、訓練の時に叱るような口調だった。


「言ったはずよ。あんたをいずれこの手で殺すと。その時が来たのよ」


「そうか」


 何の感情も抱いていない様子でバチストは刀の柄を手にした。


 刀身が鞘から抜けるより早くジャンヌが手裏剣を放った。カッカッカッ、手裏剣が刺さる音がした。しかし手裏剣が捉えたのはバチストではなかった。手裏剣が刺さった丸太が床に転がる。


「忍法、変わり身の術」


 背後でバチストが囁くのが聞こえた。振り向くと炎を纏った刃が迫っていた。刀で防ぐが体ごと弾き飛ばされる。


「忍法、炎剣の術」


 バチストは続けざまに刀を振る。距離は開いていたが風の刃がジャンヌを襲った。なんとかかわしたが手足を少し切られてしまう。


「忍法、かまいたちの術」


 連続で繰り出される忍法にジャンヌは成す術がなかった。表向きに知られている剣術ひとつとっても剣聖と呼ばれる男だ。裏でサンソン家に脈々と受け継がれた忍法も駆使すれば敵うものなどいるはずもなかった。

 

 だが、ジャンヌは勝たなければならなかった。汚く生き残るために。

 

 ジャンヌは駆けだした。それを迎え撃つためにバチストが刀を上段に構える。忍法を使う気配はなかった。だがそれは油断故ではない。派手な忍法を使うよりも確実にジャンヌを殺すためにあえて剣術を選んだのだ。

 

 ジャンヌは走りながら横になぐ刃を防ぐと、バチストは上から刀を振り下ろす。その剣をジャンヌが弾く。バチストの開いた胴に渾身の一撃を打ち込む。

 

 大ぶりなその一撃が届くより速くバチストの刀が動いた。切られたジャンヌの二本の腕が刀を握ったまま宙を舞った。決着はついたように見えた。それがジャンヌの仕掛けた罠だった。

 

 ジャンヌはバチストの懐に倒れ込むように入り込んだ。バチストは攻撃を終えたばかりでそれを止めることが出来なかったし、両腕と武器を失ったジャンヌを止める理由もなかった。

 

 そうして二人は最初で最後の親子の抱擁を交わす。

 

 バチストは身体に走った激痛に顔を歪め、ジャンヌを突き飛ばした。離れたジャンヌの顔は血にまみれその口にはクナイが咥えられていた。

 

 バチストの腹部の傷からとめどなく血が溢れる。バチストは膝をついた。

 

 ジャンヌはクナイを吐き捨てた。血まみれの顔に壮絶な笑みを浮かべる。それはまるで獣が歯をむいて笑っているようだった。


「兵は詭道なり、あんたが教えてくれた忍法の基本よ」


 アントワネットの血で両腕を回復できるという算段があっても、覚悟のいる捨て身の作戦だった。

勝ち誇るジャンヌに、バチストは今までシャルルにさえ見せたことのないような慈愛に満ちた笑顔を見せた。


「見事だ。これほどの腕ならサンソン家を…息子を託すことが出来る」


 そう言うとバチストは満足した表情を浮かべながら息絶えた。


「ふざけるなっ、父さんや母さんを殺しておいてそんな死に方するなんて、卑怯だ。戻れ、戻ってこい、もう一度おまえに相応しい方法で殺してやる」


 こうしてジャンヌは二人目の父親を失った。


 三人目の姉も始末した後、帰り道でジャンヌは雨に濡れていた。サンソン家の邸宅が開くとそこには心配そうなシャルルの顔があった。


「どうしたんだい、ジャンヌ。こんなに濡れてしまって。早くお入り。今、温かいスープを入れてあげるからね」


 そう言うと夫はジャンヌの肩を優しく抱いて家の中に入れる。


「父上も帰りが遅いなあ。雨に濡れないといいんだけど」


 自分がバチストにされたことをシャルルにしてしまったのだ。シャルルは自分を殺したいほど憎むだろうかとジャンヌは考えた。


 ジャンヌの心に復讐を成し遂げた達成感は微塵もなかった。ただ、心優しい一人の青年から父親を奪った罪の意識だけがそこにはあった。

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