姉は弟を心配する ライラ視点
ふう、ライアンは大丈夫かしら。
私は物置に入り、封をしたままの沢山の箱の前で溜息を一つついた。小さめの箱をよいしょと抱え、自分の部屋に持ち込むと箱の中身を出していった。
引っ越しは無事に終わったが、整理もせずに物置に置きっぱなしの荷物の箱は沢山ある。
箱を開けると古い手紙を入れていたお菓子の箱を見つけた。メリアに来てから貰った新しい手紙もそこに入れようと開けてみるとお菓子の箱の中はもう一杯だった。物置から箱を持ってきてはどんどん中身を出したものの、部屋が物であふれるばかりで片付けは一向に進まなかった。
開けているドアがコンコンとノックをされ、振り向くと夫がお茶を持って部屋に入ろうか迷っていた。
「ライラ、片付けは進まないようだね。手紙を見つけてしまっては今日はもうやめた方がいいんじゃないかな?箱に戻すのを手伝うよ?」
「散らかしてごめんなさい。そこのテーブルの本を片付けてお茶を置いてくれる?手伝って貰えると助かるわ。友人が、引っ越しの荷物の箱はすぐに開けないと三年は開けないわよ、って言うから、開けてみたんだけど。誘惑が多すぎて片付けがちっとも進まないのよ」
私はお茶を受け取ると部屋を見回して苦笑いした。
「物置から本だけは出してしまおうか。後はゆっくり片付けるといいよ、お茶を飲んだら僕も一緒にするから」
「有難う。可愛い箱はあるかしら?最近の手紙を入れておきたいの。ライアンからこの間、手紙が届いたでしょう?」
「お祝いで貰った焼き菓子が入った箱があったな、ほら、君が美味しいと沢山食べてた物だよ、あの箱はいいんじゃないかな?」
「ああ、あれがいいわ。何処に置いたかしらね?」
「はは、確かキッチンのカップの横だよ」
私はお茶を飲むと、ふーっと息を吐き、難しいかしらね、と言った。
「うん?」
「ああ、ごめんなさい。ライアンの名前を出したからだわ。最近の手紙を思い返してたの。ほら、ライアンが片思いしているでしょう?」
「ああ、宵闇の魔女様だね。ライアン君も凄い方に片思い中だね」
夫は立ったままお茶を飲み、カップをテーブルに置くと私のソファーの横を片付けた。私は夫の言葉に頷いた。
「ええ、結果的にはそうね。でも、出会った時は魔女様ではなかったのよ、大魔女様の弟子であったらしいんだけど、それも知らなかったの。私よりも先にライアンがロゼッタさんに出会ったのだけど、ロゼッタさんは私と仲良くなったの。それも珍しい事なのよね」
私は手紙の束を撫でながらロゼッタさんを思い出した。
メリアの新聞にオースティン国に宵闇の魔女様が誕生された、と大きく書かれ、お披露目はとても素晴らしい物だったと書かれていた。お披露目に参加された方の話として、大魔女様、魔法使い様も参加され、今回のお披露目は今迄で一番ではなかっただろうか、と書かれていた。
メリアはオースティンと友好国なので、友好国の魔女様を悪くは書かないとは思うけど、それでもとても素晴らしく書かれていた。ロゼッタさんを知る私には嬉しい気持ちと、石鹸やお守りをくれたお隣に住んでいた女の子が魔女様になった事に不思議な感じがしていた。
ライアンの恋が実ればいいなとは思うけど、こればかりは分からないわね。
「珍しいって、ライアン君を狙って君に近づいてくるって事?」
「ええ、逆もあったけどね。でも、私には貴方がいたからきっと私よりもライアンは少なかったと思うわ。女の子の方が狡猾ね」
私もライアンも綺麗だとよく言われた。私も良く男性から言い寄られたが、両親や兄や姉が守ってくれた。ライアンも多くの令嬢に言い寄られたが相手にしていなかったと思う。
私は夫に出会えて長く交際を続けていたが、ライアンから恋人の話を聞いた事はなかった。女性と出かけたり、それがデートだったりもあっただろうがライアンから女性を紹介された事はない。私もあえて聞かなかったし、私は夫との交際はオープンにしていたけど、ライアンは恥ずかしいのかも知れないと何も聞かなかった。
隊員になってからは飛竜で国中を飛び回る弟に飛竜に恋をしているみたいだと思ったりもした。飛び回っていてもライアンは長く王都を離れる時は手紙をくれた。家族にまとめてと言う感じの短い文ではあったが、母様から手紙を催促される私よりも筆まめなはずだ。
「ライアンからの手紙、ロゼッタさんの事ばかりなの。呆れちゃうわね、私も貴方と付き合ったばかりの頃はライアンに書いた手紙はそうだったのかしら」
「宵闇の魔女様はライアン君と仲が良いのかい?」
「ええ、最近友人になれたとライアンからの浮かれた手紙が届いたわ。仲良くして欲しいってお願いしたらしいのよ。ロゼッタさんも、嬉しいと返したそうだから悪くは思ってないでしょうね。でも、ライアンからどうやったら好きになって貰えるかなんて聞かれた手紙は驚いてしまったわ」
「成程ね」
夫はお茶を飲みながら、私が座っている狭いソファーに座ってきた。
「ロゼッタさんにライアンの事を聞いた時は、「ライラさんに似て、美人ですよね。王都でもハワード隊長は有名でした。モテますね」と返って来たの。ライアン、どうしたらいいのかしらね?」
夫に相談したら、笑って、ロゼッタさんの気持ちが少し分かるって言われた。
「僕も、君から好きだと言われても初めは信じられなかったな。こんなに綺麗な人がなんで僕を?と不思議だったよ。ロゼッタさんは辛い恋を経験しているんだろう?なら、見た目よりも誠実で穏やかな人を好むんじゃないかな、綺麗な年上の男に言い寄られても騙されるんじゃと警戒しないかな。いや、ライアン君は良い人だよ?ただ、見かけが良すぎるのがね。僕が君から告白をされた時に、ありえないって言ってしまっただろう?女神が僕に恋をするなんてと思ってしまったんだよ」
あらら、と思い、恋に浮かれてぽわぽわしているライアンの事を思い浮かべる。
「ロゼッタさんは宵闇の魔女様だからね、メリアなら魔法侯爵を望めば貰えるし、過去には王族が求婚したりしていたね。ロゼッタさんが君が言うように優しくて可愛い人でしかも魔女様ならライアン君の方がよっぽど頑張らないと難しいね」
私は夫の言葉に頷いて、夫の頬にキスをした。
「そうね、その通りだと思うわ。やっぱり、私の夫は世界一素敵ね。ライアンも頑張るしかないのよね。仲良しになって喜んでいるけど大丈夫かしら。上手くいくかしらね?」
「どうだろう。でも、僕だったら、君からの遠回しのお誘いよりもはっきりとした言葉が欲しいかな。駆け引きなんかは嫌だろうね。言葉、行動、誠意じゃないかな。ああ、メリアに君がいるなんて幸せだね。離れている間寂しかった。ねえ、もう一度キスしてくれる?」
「ええ、一度と言わず、何度でも。私も幸せよ」
ぎゅっと夫に抱きしめられた私は夫の頬に手を添えて優しく何度もキスをした。こうやって二人でいると幸せでしょうがないんだけど、頭の隅にはやっぱり不器用な弟の事を考えてしまう。
ライアンには今度アドバイスを送ってあげようと思いながら、優しい夫の腕の中で考えた。