紹介されたお店へ
刺繍の件で手紙を出した店から返事が届き、私は予約した日時に店を訪ねた。
コロン領の薬師、マリアさんに紹介された店は大通りの道から路地に入った先にある、こじんまりとした店だった。
「いらっしゃいませ」
私がドアベルをカランと鳴らしながら店に入ると、上品なお婆さんが迎えてくれた。
「コロン領の薬師、マリアさんからの紹介で参りました。名無しの薬局の魔女のロゼッタ・ジェーンです。刺繍のお願いをしたいのですが、サミュエル・クランベリーさんはいらっしゃいますか?」
私が要件を言うと、お婆さんはカウンターから出て来た。
「魔女、ロゼッタ・ジェーン様、お手紙有難うございました。店主のアミ・チェンです。どうぞこちらへ」
そう言うと、店の奥に通され、狭いながらも品の良い部屋に案内された。
「こちらでお待ち下さい。すぐに呼んで参ります」
チェンさんは私に礼をすると、部屋を出て行き残された私はソファーに座って部屋に飾られた装飾品を見て待つ事にした。
部屋を見渡しているとすぐにドアがノックされ、少年が一人入って来た。
「初めまして。サミュエル・クランベリーです。魔女様にお会い出来て光栄です。マリア姉さんからの紹介と手紙を頂きましたが、僕で宜しいんですか?」
おずおず、という形で部屋に入ってくると礼をして挨拶をされた。
私も立ち上がり礼をする。
「名無しの薬局、魔女のロゼッタ・ジェーンです。コロン領で、マリアさんから貴方を紹介して頂きました。主に軍団、騎士団に販売しようと思っているバッグに刺繍をお願いしたいのです。王宮の侍女さん達、薬師協会にも卸す事があるかもしれません」
挨拶をし、ソファーに座るとクランベリーさんも頷かれソファーに座った。
「軍団や騎士団、王宮、薬師協会に?」
「ええ。私の個人的な注文もお願いしたいのですが、主には王宮へ販売する物ですね。こちらが販売を考えているポーションバッグです。で、各軍団や騎士団のマークになるようなものを刺繍をしようと思います。第五であれば飛竜のマークを。その図案の中から刺しやすい物や、新たにご自身でデザインされた物を刺して下さい。ポーションバッグが出来上がったらタウンゼンド宰相か、ハヤシ大隊長に持って行きます。王太子殿下の分にはうちの師匠の横顔のデザインでお願いします」
「え・・・・・」
「こちらが図案です。参考にして下さい。あと、これが飛竜の刺繍の時に刺して欲しい色等ですね。第五の方はご自身の飛竜の色が良いようなので聞いてきました。まずは五人分お願いします。こちらが各軍団の色と色の意味を書いた物です。気になる事があったら隊長に魔蝶か魔鳩飛ばすので教えて下さいね」
「・・・・」
クランベリーさんはじっと図案と軍団の色の意味を書いた用紙を見ると顔を上げた。
「えっと、魔女様、ジェーン様とお呼びしても宜しいですか?」
「はい、どうぞ」
クランベリーさんは頷くと図案の中を指さした。
「ジェーン様。まず、刺繍糸の確認をしたいと思います。値段が全然違いますから。あと、現物のポーションバッグですね。触ってみても良いですか?そして刺繍の大きさ、刺す場所は統一した方が良いのか、そして、最後に僕で本当に良いのですか?えっと、先程、宰相とか、大隊長とか、王太子殿下とか出て来てたんですけど・・・」
「ええ、勿論。マリアさんがあなたが刺繍したスカートを穿いていまして。他にもハンカチやシャツ等色々見せて頂きました。とても素敵でした。問題ないですよ。宰相とか、大隊長は私が話すと思いますので、クランベリーさんが一人で会う事は無いでしょうし、大丈夫ですよ。一回会います?大隊長、魔鳩友達になりたいみたいだったので、会いたいって言ったら会ってくれると思いますよ」
「いえ、大丈夫です」
ノックがされアミさんが紅茶を持って来てくれた。私がお礼を言うと、にこりと笑って退室された。クランベリーさんは、緊張されているのか、手を握り、じっと私を見て口を開いた。
「あの、それと、僕、一応見習い終わったばかりで、僕一人で仕事を任された事が無いのです」
「ええ、私も魔女になったばかりです。クランベリーさんがこの仕事をしたくないのなら無理にとは言いません。私も商品を売る立場ですから、自信が無い物を売るわけにはいきませんし。他の方を紹介して貰えればそれで良いですよ」
「いえ!すみません。自信が無い訳ではないのです。是非させて下さい。驚いてしまって。初仕事が王宮に収める魔女様からの注文なんて光栄です。宜しくお願いします」
私はニコリと微笑み、お茶を飲んだ。
「良かった、お金の話はチェンさんも呼びましょうか。刺繍の大きさは10ルーンコイン位の大きさが良いですかね。大きいと、汚したり引っかけたりするようなのです」
コクコクとクランベリーさんは頷き、顔を赤くして目をキラキラさせている。
「あと、こちらのマジックバッグに刺繍もお願いしたいのです。これは急ぎでお願い出来ますか?図案はこれで、糸は最上級でお願いします。十日程で仕上げて欲しいのですが可能ですか?」
マジックバッグを触られ、図案を見て頷かれる。
「図案がありますし、急ぎならば通常のバッグなら七日で出来ます。一度図案を起こし直して良いですか、明日、薬局に伺っても?それでジェーン様が良ければすぐに刺し出しますが。ただ、マジックバッグに刺した事が無いので、試してみないと分かりませんね」
「成程。では、もう一つマジッグバックを預けるので、試してみて下さい。壊れても文句は言いません。もし上手く出来れば、先程の方に刺繍をお願いします。明日は一日薬局にいるので、お好きな時間に来て下さい」
おずおずとクランベリーさんは手を差し出し、マジックバッグを受け取る。
「良いのですか?色々考え試してみます。店長呼んできます、有難うございます!」
クランベリーさんが立ち上がると被っていた帽子がずれた。隠していただろう耳が頭からぴょこんと見えて、慌てて帽子を被り直すと、恐る恐る私の方を見た。
「マリアさんから聞いています。獣人のハーフの方だと。北のアルランディや東のメリアの方は獣人の方が多いらしいですよ?オースティンでは少ないですが。コロン領では獣人さんを見かけましたよ。クランベリーさんが気になさらないなら帽子もお取り下さい。珍しさでいえば、魔女の私の方が珍しいですよね」
私は杖を振り、魔力を飛ばしてとクランベリーさんを見た。目が合うと、クランベリーさんは、ほっと息を吐き礼をして部屋を出て行った。
とても可愛い耳だったけど、それを言うと失礼かしら。お尻を思わず見てしまったけど、上着が長くて綺麗に隠れていた。尻尾があるのかな、とお尻をみたけど変態になるのかな。駄目よね。
クランベリーさんの柔らかそうな金色のふわふわの髪から茶色の三角耳がぴょこんと出ていた。
辺境の先、アルランディはふわふわの獣人さんも多いと聞いた。メリアの方にも色々な種族の人が住んでいると聞く。
いつか行ってみたい。
コロン領で見かけた獣人さんは毛深いもこもこの男の人だったけど、女の人も、もこもこなのかな。
私は出された紅茶を飲みながら獣人さんの事を考えた。獣人さんは五感が鋭いし、身体能力が高いと聞いた事を思い出し、羨ましいわね、と思いながら店長を待った。
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