子供達と恐い魔女
私達が冒険者ギルドへ入ると、十歳から十二歳の子達が引率の先生と一緒に出迎えてくれた。街の学校の子供達がこの時期になると色々な職場を回るらしい。冒険者ギルドの職員さんと先生から挨拶をされ、私は子供達の前に出た。
「皆さんこんにちは。名無しの薬局、魔女のロゼッタ・ジェーンです。こちらは私の使い魔達です。コロン領にはもうしばらくいる予定です」
私が礼をすると、子供達がキラキラした目でこちらを見ていた。
「魔女様。東の森を綺麗にしてくれてるんでしょう?有難う」
子供の一人から言われた。それを皮切りに子供達から質問攻めにあった。
「魔女様、空を飛べますか?」
「魔女様、山をドカンとなくしたのは本当ですか?」
「魔女様は谷を燃やしたのは本当ですか?今も燃えてるって本当?」
師匠。きっと師匠の事よ。
困った顔をした私に、引率の先生が皆を静かにしてくれた。
「私ではないですね。それはおそらく私の師匠です。まだ燃えてるかは知りませんが。大魔女と呼ばれている方ですよ。皆さんご存じでしょう?とても強く、優しい方です。怒らせると怖いですよ。皆さんは将来冒険者になりたいのですか?」
私が聞くと、皆がそれぞれなりたい職業を言ってくれる。一人、もじもじしてる女の子が「私は治療師になりたいです」と言った。
その言葉を聞き、一人の男の子が「お前が王都の学園に行ける訳ないだろう」と言い、言われた女の子は泣いてしまった。
先生は男の子を叱ったが、ふてくされていた。私が辺りを見回すと、子供達はあーあ、と言い、慣れているようだった。女の子は別の女の子に慰められている。
アランさん達は苦笑いしていた。私が様子を見ているとマークさんがこっそり教えてくれた。
「あの、つっかかった男の子は治療師になりたい子が好きなんですよ。王都の学園に行って離れるのが嫌で意地悪ばかり言うんです。もう、本人もどうしていいか、分からないんでしょうね。優しくしてあげれば良いのですが」
ジャックさんも苦笑いしていた。
「この辺りじゃ有名な悪ガキで、引っ込みつかないんだろうな。同じ年代じゃあ自分が一番強いと思ってるし。家も結構な商店で、金も持ってるから我儘なんですよ。でも、悪ガキだけど、まだ可愛いんだよなあ。小さい頃、好きな子に意地悪するのも分かるしなあ。ただ、治療師になりたい子は病気の妹がいるんで、それでなりたいんでしょうね」
私は頷く。成程。
先生に話しかけてもいいですか?と聞いた後、私は泣いてる子の所に行った。
「貴女、お名前教えてくれる?」
私が泣いてる子に聞くと、小さな声でジーナと言った。
「ジーナね。治療師になりたいの?」
「うん」
「そう、で、貴方の名前は?」
ビクッとしてふてくされてた子が振り向いた。なんだよ、と言いながら、ロンだよ、と言った。
生意気そうね。
「そう、ロンは何になりたいの?」
「俺は店を継ぐんだ」
「そう」
私が頷き黙ると、なんだよと言ってビクッとする。
「何でもないわよ。皆さんの名前も教えてくれる?」
私が振り向き、他の子に言うと、ロンは目を丸くして、なんだよ、と言った。
「何でもないってなんだよ」
皆が私達のやり取りを見ている。ジーナも泣き止んでる。つっかかって来たわね。相手が魔女だって気付いてないのね。
「ロンは私と話したいの?ジーナも?いいわよ。ジーナはなんで泣いたの?」
「だって、ロンが無理だって言うから」
そう、と私が言い黙っていると、ジーナも不思議そうに私を見る。
「二人とも、私と話をしたいの?それとも話を聞いて欲しいの?どっちなの?治療師を目指すなら、泣いても、噛みつき返すくらいじゃないと厳しいわね。ロン?貴方、家継ぎたいって言うけど、その態度じゃ店潰すわよ。貴方の態度は商売人ではないわね。私なら買わない。私の店でそんな態度で接客したら姉弟子から叩き出されて即クビね。子供だからってどこまで許されるのかしらね。生意気言っても、泣いても話は聞いてくれるでしょうけど、学園に行ったり、仕事をするなら難しいでしょうね」
ロンは顔を真っ赤にしている。ジーナはまた泣きそうだ。
「なに?ロンは言い返したい?それとも殴る?かかって来て良いわよ。表に出て、コテンパンにしてあげましょうか?私の挨拶をもう忘れたの?私は魔女。使い魔達の力も見せてあげましょう。子供だからって容赦しないわよ。知ってる?魔女は何処でもいつでも魔法が使えるのよ。王宮でも使い魔達は私の側よ。国王陛下の前でもね」
ギルドはシンとしている。
「ロン?貴方が魔女に喧嘩を売って来たのよ、私はどうにでも出来るの。私には力がある。貴方の力は何?本当に強い男になりなさい」
私は他の子にも手招きをして、先生を呼ぶ。先生もギルドの人も青い顔をしてる。まあね、私は街では買い物したり、ご飯食べたり薬作ったりしてるだけだものね。でも、魔女の私が馬鹿にされるわけにはいかないのよ。
「先生、ここの子供達の多くはすぐに働くのですか?」
先生は青い顔のまま頷く。
「はい、大体が後二年後には働きだしますね。十三歳から十五歳の内に見習いとして仕事に就く者が多いです」
私は皆を眺める。
私が同じ年頃の時は王都の学園に入る為に勉強していた。王都の学園は五年制だ。薬師か魔術の道に進みたいと思っていた頃だ。
「二年後、あなた達はどうしているのかしらね」
私がそう言うと、一人の子がぎゅっと私の手を握った。
「あなた達には見守ってくれてる先生もいるし、友達がいるんでしょう?今から二年、あっという間ね」
先生が顔色を取り戻し、そうですね。と頷く。
「ジーナ、ロン、皆も。時間って有限よ。永遠なんて無いわね。で、ロン、まだそんな顔するなら頭叩くわよ?瘤作ってあげましょうか?ジーナ。だって、から始まる会話は嫌い。言い訳はいらない。いつまでも泣いてるのなら頬を引っ張るわよ。ねえ、皆は話を聞いて欲しい時どうするの?」
「聞いて下さい、かなあ、ちょっといい?とかも先生から言われるかなあ」
一人が言った言葉に、そうだねーと皆が頷く。大人はまだ顔が青い。子供の方が強いわね。
「そうね、先生は話し掛けられるのね。ジーナ。泣くのは悪くない。悲しい時や辛い時は泣いたらいい。私も沢山泣いたから。でも、泣く事を話し掛けられるきっかけにしたらいけないと思う。貴女は慰めて欲しいの?ロンも、文句だけ言って自分の気持ちを言わないと、相手からは嫌われる一択ね」
二人はうぐっと黙る。
「楽な道を選ぶと後で苦労するわよ。あと、顔だけで恋人は選んじゃ駄目ね」
あなた達には難しい?私が二人に話し掛けながら他の子達にも振り向くと、皆頷く。
「ぼく、頑張る。料理人になりたいんだ」
一人の男の子が言う。
そう、素敵ね。と私が言うと、他の子も色々話し出した。
ロンは私を睨みつけてる。ジーナは泣きそうになってる。
「ロンはジーナになんて本当は言いたいの?」
ロンはくしゃっと泣きそうになった。
「ジーナに王都に行って欲しくない・・・。ずっと一緒にいるって言ったのに、嘘つきだ」
「そう。ジーナ、泣いてるだけの女はクソ女よ」
ジーナは涙目になってるが、涙を流さない。
「王都に行ってもロンの事は忘れない。私は治療師になってアンナを元気にしたい」
「ですって、ロン」
ロンは、私をじっと見た。
「ロン、強い男は力じゃない。頑張ってね。表に出る?」
私が言うとロンは「表に出ねーよ。分かったよ」と言って頷いた。
「ジーナ、いい女は自分の足で立つ事よ。守って貰うだけに見える女も意外と強かよ。そこまで行くには貴女にはまだ無理ね。妹さんが元気になりますように」
私が言うとジーナも頷いた。
「あとね、この子達の態度を黙って酒の肴にしてるなら、子供の責任は誰が取るの?私に売った喧嘩どうするの?」
私がギルドを眺め、私は杖を上に向け魔力を貯めつま先で床を鳴らした。私の真下に魔法陣が浮かび、キラキラと魔力が飛ぶ。アルちゃんに闇魔法で辺りを暗くしてもらった。
魔力を飛ばし、アルちゃんの影をゆらゆらと動かす。
「お仕置きが必要なら私は容赦しないわ。全員相手にしてもいい、女も男も関係ない。他人を笑って良い人なんていないのよ。他人の力を利用する人も、ズルい人も嫌い」
皆がコクコクと頷くと私は杖を振り、魔法陣を消した。アルちゃんも私を見て闇魔法を止めた。
ギルド長から謝られ、アランさん達からも謝られたが私がなぜ怒ったのか、本当に彼らが分かったかは分からない。
でも、それで良い。魔女は恐れた方がいい。
分からない怖い者。
師匠は凄い。
優しい魔女も、怖い魔女も全部同じだ。でも、力ある者に近づく時は警戒を忘れてはいけない。
コロンの街の人達は魔女に対して優しい。でも、慣れ合うのは間違っている。
魔女の力を望まれては駄目だ。都合よく使って良い力じゃない。
恐れられるくらいが丁度良い。
子供の中には無謀にも私に戦いを挑んで来た子が何人かいたので、ギルドの表に出てフォルちゃんに相手をして貰い最後に私の杖で頭を叩いた。
師匠の杖より大分細いから上手く叩くのが難しい。アルちゃんの闇魔法のように出来たら鞭をだせるかな。
私がゴンゴン頭を叩いて子供達を転がしていると、大人達も怖々見てたので、アルちゃんに鞭出せる?と聞いて大人達のお尻を鞭で叩いて貰った。
私に叩かれた子供は、負けたーっと言って頭に瘤を作った。大人達はお尻を叩かれて嬉しそうな人もいた。アルちゃんはぺっと舌を出していた。
ロンも来る?ボコボコにしてあげるわよ?と言ったが、首を振られた。賢い子だ。
私がフォルちゃんを撫でるとアルちゃんがペロっと舐めてくれた。ウェルちゃんも肩にとまってくれている。
その日はすっかり遅くまで冒険者ギルドにいた。
ジロウ隊長が心配するといけないのでウェルちゃんに手紙を届けて貰い、帰りはアランさん達に館迄送って貰うと手紙に書いたのだが、ジロウ隊長が迎えに来ると返信があった。