偽のサイン
私とタウンゼンド宰相は歩きながら話をする。
「魔鳩で、ブルワー法務大臣から至急の呼び出しがありました。何かご存じですか?この間の件らしいのです。師匠には使い魔を借りる時に報告したのですが、師匠も気になる様で後で王宮に来ると連絡がありました」
「この時間にブルワーからの呼び出しが?ホグマイヤー様も来られるか。先程帰られたばかりと言うのに。あい分かった。ブルワーとの件、私も立ち会おう」
タウンゼンド宰相は顎に手を置かれ、少し考えられると、後ろに付いていた騎士団の方に何か言われ、一人の騎士は何処かへ行った。
「やはりこの時間の緊急呼び出しは特別なんですね。何かあるんでしょうか?」
「うむ、分からん。とにかく応援も呼んだ。ホグマイヤー様も来られるという事だが、話が穏便に済めば良いが」
私達は顔を見合わせながら法務局の方へ歩いて行った。私は法務大臣の顔を思い出した。
ブルワー法務大臣は、温和で、ゆで卵の様な人だったはずだ。
怒ると顔が真っ赤になると事務官の方が言っていたが、周りの人達からは慕われていた印象がある。
法務局は頭が切れる方が多い。
事務方の仕事が多いが荒事に長けてる方も多くいる。
ブルワー大臣は軍団大隊長から法務大臣になられた珍しい方で、頭はツルツルで身体が大きな方だった。
「法務局に行こう。少し前にブルワーには別件で伝令蝶を飛ばしておってな。今日はまだいるはずだ。ジェーン嬢。その使い魔はホグマイヤー様の?」
「はい。二匹お借りしました。王宮の中で申し訳ありません」
「いや、魔女殿はそれが許される。ジェーン嬢でも問題ない。二匹とは、蝶とあと一匹は?」
私のマジックバッグに巻き付いていたバルちゃんが顔を出す。
じっとしてれば気づかれないものね。
「ここです」
「おお、頼もしいな。なるべく一匹は隠しておきなさい」
「はい。隠しておいた方が良いのですか?」
「おそらくな。用心に越した事はないとホグマイヤー様も言われていた。騎士を連れているのもその為だ。騎士を少しの間借りる為に、陛下には報告しておる。ただ、第一、第二騎士団が出ていてな。王宮にいる者が少ないのだ。軍団の方も全軍団が色々動いているのだよ。そのせいで王宮内も少々騒がしくなっておるのだ。第二も一部を王宮に待機させておるが、ジェーン嬢には第五の方が良かろう。先程第五のハワードを呼んだ。もうすぐ来るだろう」
用心しないといけない?
なんだか今、物騒な感じなの?
接近禁止の書類の不手際でサイン下さいとかじゃないのね。
バルちゃん、ギルちゃん、宜しくね。私、激弱よ。
臭い練薬、手に握っていようかな。
それとも、スプレーの方が良いかしら?
怪しい人には臭いスプレー噴射の方が効く気がする。
私はドキドキしながらタウンゼンド宰相と法務事務局にむかった。
「ハワード副隊長も来られるのですか?」
私達は歩きながら話を続けた。
タウンゼンド宰相は、うむ、と頷かれた。
「任命式は簡易だったがな、先程陛下が印を押されハワードは第五の隊長になった。正式なものは後日されるだろうが、こんな時だから任命だけ先にしたのだよ。この度副隊長も別の者が就く事が決まってな。第五も落ち着くだろう。通常であれば、王宮内の警護は第二騎士団にジェーン嬢を任せるのが良いだろうが、王宮に残った騎士団には王族の身を最優先に守ってもらわなければならん。ハワードがちょうど居て良かった。第三もおるが伝令に忙しくてな、第五は飛竜も休ませたいからの、丁度良かろう」
ハワード副隊長、出世なさったのね。
ライラさん喜ばれるかな。
でも、タウンゼンド宰相が言われた、こんな時って言葉が気になる。
ああ、やっぱり嫌な予感程当たるものよね。
話しながら歩いていると法務局の事務所に着いた。
法務局はまだ開いていて、少ない人数だが仕事をされていた。
事務員の方はタウンゼンド宰相と私、騎士団の護衛までいる事に驚いていた。
タウンゼンド宰相が事務の方に、「タウンゼンドだ。ジェーン嬢とブルワー法務大臣に会いに来た」
と言うと、「すぐに確認を取ります、少々お待ちください」と待合室に通された。
ギルちゃんがヒラヒラと辺りを飛び、先程の事務員に付いて行く。
勝手にウロウロしていいのかな。
すぐに別の事務員の方がドアを開き、「どうぞ、ブルワー法務大臣がお待ちです。こちらへ」と言って大臣室へと案内された。
タウンゼンド宰相が、「タウンゼンドだ。入るぞ」と言うと中から「どうぞ」と声がした。
「こんな時間にどうした?先程の件ではないのだろう?ジェーン嬢も久しぶりだな。二人でどうした?」
ブルワー法務大臣は不思議そうに私達を見た。
「お久しぶりでございます。ブルワー法務大臣。この度法務大臣より、急ぎの呼び出しが私に届いたので参りました。もうすぐ師匠も参ります」
「なんと。その手紙を見せて貰っていいかな?」
そういって私が持っていた手紙を確認する。
「タウンゼンド。貴殿がいてくれて良かった。ホグマイヤー様も来られるとな。儂、消し炭になるかな」
ブルワー法務大臣がツルツルの頭を撫でながら、乾いた笑いを漏らす。
「お前が出したんじゃないのか」
「ああ。こんな手紙は知らん。もう、あの件は陛下の印も押され、終了した事だ。儂のサインも別物だ。あの件に関して今更確認等何もない。しかし、この手紙は法務局から出した物で間違いない」
ブルワー法務大臣が、はあ、まいったな。と息を漏らされた。
「時間を考えても、先程の件絡みだろうな。何か思い当たる事はあるのか?」
タウンゼンド宰相がブルワー法務大臣に聞いていると、事務の方がお茶を持って来て退室した所でバルちゃんが光った。
「師匠が来ます」
私が言うと同時に魔法陣が浮かび師匠が現れた。
「よう。ロゼッタ無事か?ジルをランの所に置いてきた」
「はい。師匠、わざわざすみません。タウンゼンド宰相、ブルワー法務大臣は手紙の事はご存じありませんでした」
「ホグマイヤー様、ご足労、感謝致します。」と、ブルワー法務大臣が師匠に言い二人が師匠に礼をする。
師匠が二人に手を振った。
「まあ、気にすんな」
ブルワー法務大臣、ほっとしてる。
師匠と話していると、ギルちゃんがヒラヒラと現れた。
「おい。早かったな。釣れたぞ。行くか」
「「は」」
タウンゼンド宰相、ブルワー法務大臣が礼をし、法務局を出て、三人で歩いているとハワード隊長が急ぎ足で来られた。
ハワード隊長は私達の前で止まると礼をした。
「報告致します。私が法務局へ向かう途中で、西門の門番より事務員が襲われていると連絡を受け駆け付けました。西門と法務局の途中でホグマイヤー様の使い魔が事務官を襲ったそうです。事務官は逃げようとしておりましたが、このような時ですので一応事務官を捕らえております」
「お、でかした。なんだったか。ライアンか。お前隊長になったか?」
「は」
「そうか。よかったな。ギルからあらかた聞いてる。案内しろ」
師匠はそう言うとハワード隊長を先頭に西門の方へ歩き出した。