花まつり ジョージ王太子殿下視点
「これで最後だな」
「は。急ぎの書類は以上です」
「よかった。では、皆、準備を急ごう」
私は本日中の仕事を片付けると、変装した第一騎士数人と側近のマッケンジーと共に街に下りた。
まずは王宮から馬車でマッケンジーの屋敷に入り、そこからまた馬車を変えて、祭りの近くの通りまで行き馬車を下りる。
「殿下。ここからさらに人混みが激しくなります。殿下の前後と右側は騎士が、左側は私が。他にも第一騎士が離れながら付いて来ています。いいですね、殿下の腕に私が腕を絡めます。何かあればいつもの合図を。くれぐれもはぐれないようにお気をつけ下さい」
私はしつこいほど何度も確認を取るマッケンジーに頷いた。
「分かっている、マッケンジー。ここからはベイリーと呼ぶからな。君達も私の事はジョージと。殿下呼びは無しだ。スコット、チホン、ダガン、他の者も、聞いているかな。皆、宜しく頼むよ」
騎士達が静かに頷き、マッケンジーは眉を器用に片方上げると、私の腕に自分の腕を絡ませた。
「では。ジョージ様。行きましょう」
「うん。楽しみだ」
私達は頷き合うと賑わう祭りの渦の中を進んでいった。
「おお、にぎやかだな。ベイリー。あれはなんだ?」
「ジョージ様。あれは、揚げた菓子ですわ。買い求めますか?」
「うん。そうしよう」
「では、スコット。二つ。お願いしますね」
私が頷くと、騎士の一人が揚げ菓子を買い求めベイリーに渡した。
「ここでは、歩きながら食べるのです。まず私が食べますわ。ジョージ様は私が食べた物を渡しますから、少し待って下さいね」
絡めた腕を離し、マッケンジーが私に微笑みながらそう言うと、近くにいた男から「いいねえ、兄ちゃん。揚げ菓子よりもアツアツだ!」と声が掛けられた。
マッケンジーがその言葉に「うふ」と言って微笑みながらゆっくりと、揚げ菓子の匂いをかぎ、小さくかじってから、もう一口食べた。揚げ菓子の先からは湯気が出ていて甘い匂いが広がり私はマッケンジーから渡されるのを黙って待っていた。
マッケンジーは舌の先で味を確認し、ゆっくりと注意深く飲み込んでいく。
「はい、どうぞ、お食べになって。熱いので気をつけて下さい」
貰う時に、ふーふーと冷ましながらマッケンジーがしていると、「にいちゃん、美人の恋人に花は渡してないのかい?そんな美人を連れているのに、花を挿してないと、かっさらわれるぜ」と、花屋の屋台から、話し掛けられた。周りを見ると、確かに皆花を髪や帽子や洋服に刺していた。
「確かにそうだな。ご主人。花を頂けるかな?あと、僕の友人達にもね」
「あら。嬉しい。私はピンクにして下さい。貴方にも贈りたいわ」
「毎度!この花を髪に刺すといいよ」
そう言って、花屋の主人はピンクの花をそれぞれ渡し、騎士達にも白の花を胸ポケットに刺せるようにしてを売ってくれた。
「ジョージ様。よくお似合いですわ」
「うん、有難う」
辺りを見ると、同じように花を挿している人達で溢れていた。色とりどりの花を服に刺して、道行く女性に渡している男もいたが、見知らぬ同士でも楽しそうに花を交換しているようだった。
花を購入し祭りの中心に進んでいくと、ダンスが行われていた。
「一際盛り上がっていますね。あそこはダンス会場ですわね」とベイリーが呟くと、ダンスの中心部にジェーン様を見つけた。
「ベイリー。ジェーン様だ。行くぞ」
「はい」
人ごみを避けながら、ジェーン様に近づくと、ジェーン様はパーティーで見た、半獣人の男と踊っていた。
「ジェーン様」
曲が一区切りついたタイミングでジェーン様に話し掛けるとジェーン様が振り向き、驚いた顔を見せた。
「え!!でん・・・」
おそらく殿下と言いたかっただろうと、私が頷いて、口元に手を当てると、「ジョージ様も来られていたのですね」と言い直した。
「ああ。ジェーン様は人気者の様だ」
「ええ!そうでしょう!皆沢山くれるんですよ!だから、私もこうやって、皆にお礼をしてるんです!」
ジェーン様の髪を指さすと、ジェーン様は輝くように笑った後に杖を出して振ると、空からキラキラと金色の花弁が降り注いできた。
「わーーー!!」
「やったーーー。捕まえたーーー!!」
嬉しそうに子供達がぴょんぴょん飛び跳ねて花びらを捕まえては、「消えちゃったー」と笑っていた。
ジェーン様の髪には沢山花が刺してあり、今も子供達が「魔女さまー」と、走って来ては、ジェーン様に花を渡し、ポケットや、手にも握らせていた。
「ふふふ!凄いでしょう!全身花だらけでしょう?頭が花壇みたいになってないですか?」
「いや、凄く綺麗だ」
私達がダンスの邪魔にならないように話していると、ジェーン様の後ろの半獣人の男と目が合った。
「邪魔してすまないね」
そういいながらも、彼にも人差し指で口元を押さえると、彼もゆっくりと頷いた。
「いえ。サミュエル・クランベリーと申します」
「ジョージだ。パーティーで会ったね?君の刺繍にはとても助かっているよ」
「有難いお言葉です」
「いや。今日はかしこまらないでくれ。気楽に行こう」
「ジョージ様は婚約者様と来られたのですか?お二人でおそろいのピンクの花が素敵です」
マッケンジーを見ながらジェーン様が訊ねる。
「有難う、でも、婚約者ではないよ。僕の部下なんだ」と言うと、横にいたマッケンジーが、「ベイリー・マッケンジーと申します」と言って、綺麗にレースがたっぷりついたスカートを持ち優雅に礼をした。
「どうも、マッケンジーさん。宵闇の魔女、ロゼッタ・ジェーンです。王太子殿下の部下をなされているなんて優秀な方なんですね。スカートのレースが素敵です。初めましてですか?あれ?会った事あるような、ないような?執務室には何度か行ったことがあるのだけれど・・・。あ、ご兄弟いらっしゃいます?」
ジェーン様がマッケンジーをみて、何か思い出そうとしているが、分からず、「うーん」と言って首を傾げている様子に、私はふふ、っと笑ってしまった。
「ジェーン様はベイリーとは顔を合わせた事はありますよ」
マッケンジーが私の方を見るので、コクリと頷くと「宵闇の魔女様、ナッツたっぷりの保存食。とても美味しく頂いております」と地声で言った。
「へ?」
ジェーン様が驚いて変な声を出した。
「ベイリーは側近でね。名前だけでは分かり辛いが、侯爵家の嫡男だよ」
「侯爵家の嫡男。うん?嫡男?ご息女じゃなくて?」
ジェーン様は目を丸くしていた。
「うわあ、お綺麗な方ですね・・・。ハワード隊長よりも綺麗な美人は初めて見ました・・・。ハワード隊長は美人ですけど、きっとドレス着たらゴツイ感じですよね。うん、似合わないでしょう。マッケンジーさん、素敵ですね。とても美人だわ。羨ましいです」
「ジェーン嬢は綺麗な人間が好みなのかな」と言うとクランベリーの耳がピクピクと動いていた。
「褒めて貰えて良かったな、ベイリー。ホグマイヤー様は一発で見抜いて、「どれ、ついてるか見てやろう」と言ってドレスを捲ってたよ」
「ええ。しっかり、捲られましたわ」
「え。師匠、何やってるんですか。私は捲りませんよ。痴漢魔女にならないように心がけてますからね」
ジェーン様は手を後ろに隠していた。
「この姿の時は良ければベイリーとお呼び下さい。家名で呼ばれると不都合が生じる事がありますの」
今度は少し高い声で話した。
「ジェーン様も私が家にいる時以外は私の事はジョージと呼んで欲しい」
「ええ。かしこまりました」
私達が話し込んでいる間に、どんどん曲は変わっていっていた。
「では、ジェーン様。踊って頂けますか?」
「ええ。喜んで。あ、この曲は皆で踊れるんですよ。女性が真ん中になって踊るやり方があるんです。ベイリーさんもサミュエル君も一緒に踊りましょう」
「喜んで」
そう言って、手を出すと、勢いよくジェーン様に繋がれて、反対の手はクランベリーに繋がれた。ジェーン様の反対の手はマッケンジーが握っていた。
「邪魔して悪いね」
クランベリーにそう言うと、耳を動かされたが何も言われなかった。
辺りを見回すと二人で踊る人もいれば、三人で踊る人もいた。
親子で踊っていたり、女性と男性が大勢で手を繋いで踊っているグループもあった。
楽しそうに皆が踊って、少し輪から離れた所では恋人たちがゆっくりと身体を寄せ合って踊っていた。
「ああ。いいな。やっぱり、魔女様のいる祭りはいい」
私は楽しそうに踊る人たちの目線の先が自分達に向いている事に気付いたが、それは珍しく自分に向けられたものではなく、キラキラと笑顔で踊る、魔女様に向けられていた。