花まつりの朝 サミュエル視点
今日は花まつりだ。
フラワーコットンの三階にある僕の部屋の窓を開けると、朝早くから空気の中に甘い匂いや、ざわざわした人の気配が広がっていた。
素早く身繕いをすませ、ロゼッタ様達のプレゼントをバッグに入れると部屋を出た。
「おはよう、サミュエル。早いなあ」
「おはようございます、ダルトンさん」
「朝早くからそんなに急いでどこ行くんだ?祭りには早いだろ?」
「え?ええっと」
「まあ、がんばれよ。慌てて失敗するなよ。ほら、もってけ」
「うわっと、有難うございます」
フラワーコットンの隣で果物を売っているダルトンさんからリンゴを投げられ、僕はひょい、っと頭を下げると、大通りを走り抜けた。吐く息が白く、所狭しと並んでいる屋台からは湯気が立ち上っている。花まつりの準備をしている人達の顔を横目に見ながら、ぴょんぴょんと塀を飛び越えるとあっという間に目的地の名無しの薬局にたどり着いた。
「すーーー。はーーーー」
ゆっくりと深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
ロゼッタ様はもういるはずだ。昨夜には戻っていると言われていた。早く会いに行かないと、すぐにどこかに行ってしまうかもしれない。
一緒に祭りを楽しもうとは言われたが、約束はしていない。邪魔が入る前にロゼッタ様を捕まえないと。
「朝早くって、失礼だったかな・・・。でも、もうお店も開きだす時間だから・・・」
言い訳を頭の中に浮かべながら、もう一度深呼吸をし、僕は「クローズ」の札が出ている名無しの薬局のドアを叩いた。
トントン、とドアを叩くと、ピピピ!!っと鳴き声が店の外から聞こえてウェル様が飛んで来た。
「ウェル様。サミュエルです!おはようございます!」
「おはよう、サミュエル。ちょっと待ってね。今、開けるわ」
ウェル様がドアを開けてくれると、薬局の奥からフォル様が出て来た。
「サミュエル。おはよー」
「フォル様、おはようございます。今日は屋台が沢山でて、美味しいお菓子を売ってますよ。ここまで来る間にもいい匂いがしてました」
「わ!僕、いっぱい買おう。ランからお小遣い貰ってるんだ。ねー。ウェル。楽しみだよねー」
尻尾をぶんぶん振って首から下げたポシェットを嬉しそうに見せてくれた。
「サミュエル、勝手に座るといいわ」
「有難うございます。これ、僕からウェル様と、フォル様に。アル様はロゼッタ様と一緒ですか?」
金の刺繍が入った、白のリボンを二人に渡すと、二人は喜んで受け取ってくれた。
「やっぱり皆さん金色が好きですね?ウェル様は薄い水色も似合いますけど、チェンさんからプレゼントされたでしょう?フォル様は赤も似合いそうですけど。皆さんに好きな色を聞けばよかったなあ。アル様は黒かな?今回は皆さん、おそろいにしたんです。刺繍はちょっと変えました」
「つけてつけて」
「私にもお願い」
僕が渡すと、すぐにリボンを着けて欲しいと言ってくれて、僕が二匹に着けて眺めていると、「おはよう、サミュエル君」と背後から声が掛かった。
くるりと振り向くと、久しぶりに見るロゼッタ様がいた。
本物だ。本物のロゼッタ様だ。
しっぽも耳もピンっと立ってしまった。
ぐううっと、喉が鳴りそうになるのを我慢すると、鼻がジンジンしてきて涙が出そうになってしまった。そんな僕の様子にロゼッタ様が「お久しぶり」と言って笑ってくれた。
「おはようございます!!ロゼッタ様!!」
「うわあ。元気一杯ね。私、お茶を飲むけど、サミュエル君もどう?ランさんはもう少ししないと来ないと思うの。ランさんが来たら、祭りに行こうかな。サミュエル君は一緒に行ける?誰かと約束してる?」
「いえ、あの。はい!是非、一緒に!!ロゼッタ様を誘いたくて早くに来たんです!!朝早くにすみません!!ロゼッタ様!これ、僕からのプレゼントです。こちらはアル様に。先にウェル様とフォル様には渡したのですけど」
アル様はジロリと僕を見ると、頷いて、僕が差し出した包みを長い鞭に絡めていった。
「有難う。サミュエル君。開けてもいい?」
「ええ!」
ロゼッタ様は「このリボンも可愛い」と言って、ピンクのリボンをシュルリと解いて包みを開けた。包みの中からは僕が一生懸命刺繍を刺したハンカチとリボンをが出て来た。
リボンは青で、沢山のビーズを付けた。ハンカチには薔薇の刺繍とツタを。
「ロゼッタ様。ハンカチには沢山の幸せを願って刺しました。もう、嫌な事が無いように」
三匹がハンカチを見て、ピクリと反応したけれど、ロゼッタ様の様子を見て、何も言わなかった。
「有難う、サミュエル君。本当、サミュエル君のおかげで、もう、嫌な思いは無くなったわ」
ロゼッタ様はそう言うと、優しくハンカチを撫でてバッグに入れていた。
「あ。サミュエル君に紹介するわね。名無しの薬局の新しい従業員、ルークさんです。この店にいる事が多いと思うの。ルークさん。サミュエル君です。優しくして下さいね」
ロゼッタ様を見ていると、いつの間にかロゼッタ様の後ろに立っていた細身の男が僕に向かって丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、サミュエル様。ルークと申します」
「あ。どうも。フラワーコットンのサミュエル・クランベリーです」
「これは、失礼。クランベリー様。以後良しなに」
ルークさんは片手を優雅に曲げて深くお辞儀をしてから、ゆっくりと顔を戻して、僕を見た。
目が合った瞬間、ルークさんの目の白目が一瞬、真っ黒に変わった。その瞬間、頭の先からしっぽまで、ビリビリとしびれて僕は慌てて自分のしっぽを握った。
なんだ?
一歩後ずさって、ロゼッタ様を見ると、ロゼッタ様は「ルークさん。サミュエル君にはとてもお世話になっているんです。優しくお願いします」
「はい、畏まりました。ロゼッタ様」
ニコリと笑って、僕の方を見るが、僕は嫌な汗が出た。
「ロゼッタ様・・・。あの。ルークさんは一体?」
「あ。流石サミュエル君ですね。ルークさんはアルちゃん達に近い者なんです。私と契約を新たに結んだんですよ。で、名無しの薬局と王都と、ランさん・・・。はジルちゃん達がいるから大丈夫と思うけど、でも、皆を私がいない間、守って貰おうと思いまして」
「人使いが荒いご主人です。ぷくく」
変な笑い声を出しながら、ルークさんはロゼッタ様から、お茶の準備を引き継ぎ、僕の前とロゼッタ様の前にお茶を淹れてくれた。
「有難う、ルークさん。サミュエル君もどうぞ」
そう言って、お茶を美味しそうに飲むロゼッタ様はとても綺麗なのに、やっぱり魔女様だった。魔力が少ない僕でも分かるくらい、ロゼッタ様の周りの空気は洗練されていた。
「そうだ。私からも」
「はい」と言って渡された小さな包みには黄緑色のリボンがついていた。
「前に、サミュエル君は私にプレゼントをくれると言ってたから。私も何か贈りたいなって思って。これはお土産とは別の花まつりのプレゼントです」
「開けても?」
「ええ。どうぞ」
僕が注意深く包みを開けると、中には小さな皮の包みがあった。その包みをまた開けると、中には綺麗な刺繍針と指ぬきが入っていた。
「ふふ。ごめんなさい。結局サミュエル君の仕事道具になってしまったのだけれど。でも、それを見た時にサミュエル君が浮かんだものだから。ほら、指ぬきを見て。可愛い花が彫ってあるの。花まつりにピッタリだと思わない?自分で作った薬の方がプレゼントにいいかとも思ったのだけれど、花まつりって感じじゃないから」
ニコニコ笑うロゼッタ様に頷いて、僕は刺繍針と指ぬきをぐっと握った。
「有難うございます」
耳も尻尾も動くのは止められないし、もう、この人は自分がこうやって贈り物をしても、僕がどう思ってるかなんて、気にも留めないんだろう。
でも、僕が勝手に好きに思って、頑張る分には問題ないはずだ。
冬の花まつりには花を贈る。
「ロゼッタ様、祭りでは花売りが沢山出てます。僕からも花を贈らせて下さいね!!」
「有難う、サミュエル君」
きっと、祭りでも、沢山の人からロゼッタ様は花を貰うのだろうな。でも、僕が一番に贈ればいい。一番目立つところに着けて貰おう。
ロゼッタ様が、旅先でこうやって僕を思い出してくれてるのだから。
花まつりには花を贈る。そして、贈る花の色には意味がある。黄色は家族。赤は恋人、婚約者。緑は友人。白は仲間。
・・・好きな人にはピンク、そして尊敬する人や、大切な人に贈るのは青。
「もう、ランさんが来るはずよ。ルークさんを見たら驚くかしら」
ニコリと笑って、僕を見るロゼッタ様に「はい」と言った。
僕が何色の花を贈ったっていいはずだ。