第六軍団 クルマス隊長視点
「いい波だな」
遠くの波を眺め、魔術士達に探知をさせながら第六軍団は海に出ている。それぞれの軍団によって、特色はあるが、第一は貴族が多く、聖職に長けた治療師の立場が強い。第二は平民たちとの触れ合いが多く、下級貴族と平民が軍団に多いイメージがある。
第三は隠密のスキルを持つ者が多く、第四、第五はスレイプや飛竜に選ばれないとどうしようもない。そして、第六は魔術士、治療師、そのほか事務職や食事係まで、皆の連携が一番あると自負している。
海に出れば、皆で力を合わせないとどうしようもない。食事係は隊員達の生命線、陸に上がるまでは仲間の治療師、薬師の力に頼る。そしてそれは俺達にも言える事で、事務方も逃げる場所が無い船の上では我らの剣に命を預けてくれる。
「やっぱり、海が一番だな。魔物、不審船異常無しだな」
「は。西異常無し。北、探知始めます」
「うむ」
隊員達を眺めながら、俺は魔術士達に別の方向に探知の指示を出した。
「隊長。飛竜。南西から五。距離八百。先頭飛竜はハワード隊長。降下合図あり。返答は」
「いつもの場所に飛竜をつけるように合図を。事務所にも連絡をいれておけ」
「「は」」
遠くの方に目を凝らし、見張り台から陸の方を指さす部下に声を返した。
「陸に戻ろう。小舟を出せ。お前らは沿岸沿いをこのまま見張れ。マネンコ班長の班は着いて来るように」
「「「「は」」」」
部下に指示を出し、小舟に乗り移った。
「いくぞ。第ローク!イーッチ、ゴー、イーッチ、ゴー!!」
「ゴー!!」
若い隊員達がリズムを合わせながら掛け声を出し、小舟をリズミカルにこぎ出すと、海の上を走るように小舟は岸へと向かった。
陸に近づき、船底が砂をかすめる前には、五頭程の飛竜が砂浜に降りており、横にいる隊員達の顔まではっきりと見えた。
「第五の飛竜もこうしてみると、可愛いもんだ。この間、ホグマイヤー様は副隊長と共に飛竜で飛んでいたな」
「ええ。私達に稽古をつけて頂いた後ですか。アルランディからメリアの方へ行かれるとの事で、「偶には空の旅もいいか。おい、飛竜一匹呼べよ」と、近くにいた隊員に言われていましたね。第五に連絡を入れるとすぐに副隊長殿が飛んでこられましたよ。そのままホグマイヤー様は副隊長殿と共に飛んで行きましたが楽しそうでしたね」
「空がいいかね。海の青さの方がいいと思うんだが。海が続いていれば俺達で送っていけたんだがなあ」
私の言葉に隊員達は頷いていた。
マネンコが「ホグマイヤー様は「海はいいな!」と言われていましたよ。まあ、第五は空の青の方が良いと思ってるでしょう。第四も大地が碧いと言ってますし。第一は教会こそが青だ言ってますしね」と笑って言った。
「ああ、お前の弟は第五の班長か」
「ええ。海の良さが分からない奴なんで。空の方がいいなんて意味が分からない」
「そうだな。海の色が一番だな」
話しながら第六軍団の見張り棟に入るとすぐに声が掛かった。
「隊長、ハワード隊長がお待ちです」
「ご苦労。執務室か?」
「は」
「マネンコ、お前もついてこい。副班長、隊員に飛竜の世話で何か必要が無いか聞きに行かせておいてくれ」
「「は」」
歩きながら支持を出し、執務室に着くと一度ノックをして、すぐに開けた。
「ハワード隊長、待たせたな」
「クルマス隊長、いい風が吹いてましたので少し早く着きました」
姿勢正しく立ち上がり、私に簡易の礼をして座った。
私も簡易の礼を返し、座り、書類をハワード隊長の前に出した。
「海にもいい風が吹いていた」
第五と第六は合同で仕事をする事も多い。
空が飛べる飛竜は海にいる我らと相性が良い。陸を離れている時にお互い助け合う事が出来る。
今回も捕らえた海賊の情報等をお互いで共有し合い、空と海から残党の処理に当たれる。勿論、第四のジロウ隊長の所とも連携をとる。ジロウはうちの隊にも人気のある隊長だ。
飄々としていて、人当たりがいい。
ハワードは女性人気が高いせいで、うちの隊では敵視している奴も多くいる。
海賊の残党の情報を共有し、作戦を確認していった。細かい連絡事項の書類を前にしながら部下が淹れたお茶に口をつけた。
「と、いう感じだな。残党は王都の方に逃げる可能性も捨てきれん。人数が少なくなると、都会に逃げる事が多い。山の可能性も捨てきれんが。海に戻ってくれば我らで捕縛しよう。拠点はワザと残してある。第四にも連絡をしておこう」
「ええ。私からも連絡を入れましょう。つい先日、ジロウ隊長とも話しましたが、草原にも良い風が吹いているそうですよ」
「良い事だ」
ハワード隊長もお茶に口をつけ、一区切り話が付いたと表情が柔らかくなった。
「そういえば、ジロウ隊長がクルマス隊長と一緒に酒を飲みたいと言っていましたよ。私達隊長三人で飲むのは如何ですか?合同練習をするのもどうでしょう?ハヤシ大隊長からも各隊の連携を強化するように言われていますし」
「ジロウ隊長が?ほう、いいな。二人が隊長になってから三人で飲むことはなかったな。私はいつでもいいぞ。マネンコ日程は空いてたな?合同練習も面白い。お互いの班を混ぜて戦い合うのはどうだろう。臨時班でお互いの利点と欠点を高め補い合っての戦闘練習は」
「大丈夫です」とマネンコが頷き、ハワード隊長も頷いた。
「良い考えです。隊同士の練習はあっても、混同してはありませんでしたね。しかし、コロンでの魔物湧きでも思いましたが、隊同士が混ざる事は戦闘中発生しますから」
「うむ。では、ジロウ隊長にも話を持っていこう」
「是非。ジロウ隊長は今はホングリーにいると思いますよ。もう少ししたら王都でしょうか。もしかしたらぐるっと回ってサイパーに寄って王都に帰るかもしれませんね。私は王都に一度戻りますが、その後は時間が少しあるので、サイパーに戻って来ましょうか?顔を合わせて話合う方が良いですね」
「お、いいな。会議の後は海で飲もう。岸でもいいぞ。海岸沿いに準備をしよう。飛竜やスレイプも側にいた方がいいだろう?」
「ええ。出来れば。ではそのように致しましょう」
「宵闇の魔女殿が丁度サイパーに来られないか。稽古をつけてくれるという話だったが、少し遠回りをしてここに来られるそうなんだ。ドルトン様は今日にでもここにいらっしゃるが。残念だ。私を含め、第六の隊員達が皆、そわそわして待っている」
「え?ジェーン嬢が?」
「ああ、ハワード隊長は魔女様のエスコート役で親しいのだったな。宵闇の魔女様はお忙しいようだが、お元気だろうか?」
「え、そんな。親しいだなんて。あ、でも、そうですね。親しいと言っていいのかもしれませんが。まあ、うん、そんな、いやあ」
普段、張り付けた笑みを浮かべている男が、顔を赤くして、もごもごと喋り出した。
マネンコを見ると、細い眼をさらに細くして、面白そうにしている。
「王都の花まつりが丁度始まっただろう?まつりに参加されるようで、ここに来るのが少し遅れると連絡が来たのだ」
「ああ、花まつり。私達の隊は一部だけ王都に残りました。ジロウ隊長も今回はホングリーにいますし。なかなかジェーン嬢と会う事が叶いません。やはり私も仕事のあと、こちらに戻ってきましょう。その間にジェーン嬢が来られた時は、引き留めて下さい」
「さあ、それは。俺らも引き止めたいのはやまやまだがな。魔女様達は自由だからな」
「むう」
うんうん、と頷きながらハワード隊長は宵闇の魔女様の事を話していた。
「して、ジェーン嬢と言うからに、やはりハワード隊長は宵闇の魔女様とかなり親しいようだな?」
「え、そんな。いえ、親しいといいますか、仲良しといいますか。仲良しと言って頂けていますが、もう少し仲良くしたいと思っていまして。ジロウ隊長なんて、ジェーン嬢を、名前呼びしていますし。クルマス隊長の第六は特別な携帯食料も作っていますし」
嬉しそうに話していたかと思うと、ちょっと悔しそうに目を落として答えていく。
「っふ!っふははははは!!!!いや、すまん!そうか、そうか。いや、ハワード隊長も、魔女様には形無しと言う事だな。っはっはっは!!!!意外とヤキモチ焼きなんだな」
ボッと顔を赤くして、「はああ」と言いながら顔を押さえるハワード隊長を見て、ついにマネンコも噴出してしまった。
「からかわないで下さい・・・」
「っはっはっは!!!いや、いいと思うぞ!!ハワード隊長頑張れよ!!」
「ぷふ!!」
マネンコ含む第六の隊員は驚いて笑っていたが、私が第五の隊員に目を向けると、ハワード隊長を微笑まし気に見ていた。
成程。第五では有名な話なのか。
第六は海にいる為、こういう話に疎くなる。結束は固いが、他の隊の事になるとどうでもいいと思っている連中も多い。
が。
これは我が隊でも話題になりそうだな。
「ふむ。ジロウ隊長も魔女様と仲良しなのか?同じエスコート役であったしな?」
私が仕事は終わり、と書類を片付けさせ、隊員に目配せでお茶の準備をさせると、ハワード隊長の後ろに控えていた隊員と眼が合い、眉を下げていた。
「ええ・・・。そうなんです・・・。ご存じでしたか・・・。ライバルが多くて困っています」
しょぼんとした様子で相槌をうつハワード隊長に、「あっはっは!!!」とまた笑ってしまった。
「ハワード隊長!仕事は終わりだ!お茶もいいが、この後も時間はあるな?戻りは明日だろう?今日はこのまま飲もう!おい!第五も第六も食堂に集合だ!緊急の鐘を鳴らせ!!一大事だぞ!!食べ物、飲み物集めてこい!」
「「「は」」」
嬉しそうに部下たちが廊下を走っていった。
「クルマス隊長?今から緊急事態ですか?」
「ええ、そりゃ。そうなるな。麗しの貴公子の恋を肴に皆で騒がないといけないからな!はっはっは!!!」
「!!!!」
私がバンバンとハワード隊長の肩を叩いていると、「そんな、いえ、話すような事は」と言いながらも、顔を赤くして、私を見つめていた。
見た目よりも真面目で隊員としては好感は持てるが、面白味の無い奴だと思っていた。が、これはこれは。うちの隊員達のハワード隊長をみる眼も変わってくるだろう。
ホグマイヤー様に面白い話が出来そうだ。
私は緊急の鐘が賑やかに鳴るのをまた笑いながら聞き、第五の隊員達も見守っているのを見て、第五も良い隊だなと思った。
幕間が三、四話続きます。