魔女のその先に
「え・・・。お土産?僕、貢物になるの?」
私に文句を言った後、ショックを受けてガーンとした顔をしていると思ったルークさんだったが、すぐに「ぷくく!!最っ高!!」と言って自分を両手で抱きしめて「ああ・・ぞくぞくするネ!!酷い!!酷いよ!!ロゼッタ!!」と、喜び震え出してしまった。
「あ、契約、早まったかな」
私はルークさんの様子にゾワっとしてしまい、思わず声に出てしまった。
まあ、ルークさんが変な悪魔でもランさんなら上手くお留守番や店番に使えると思う。
ランさんは寄って来る男の人達を、「うふふー」とか、「あらー?」とか言いながら上手に相手にしているので、問題は無いだろう。
それにモラクスさんの僕なら強い事は間違いない。契約の為の魔力もごっそり持っていかれたもの。
名無しの薬局に手出しをする人はいないと思うが、師匠も私もふらふらしている今、店の守りは厚くしておかねば。
チラリとモラクスさんを見ると、モラクスさんは「ぷくく」と喜んでいるルークさんを少しも気にせずお酒を呑んでいて、私の視線に気づくと「なんだ?」と聞いてきた。
くねくねしているルークさんを無視して、私はアルちゃんに椅子を出して貰うとモラクスさんの前に座り、お茶に手を付けた。
「では、モラクスさん。無詠唱について教えて下さい」
「無詠唱か。ふむ。そうだな」
モラクスさんは顎を長い指でトントンと叩くと、指をすっと私の方へ向けた。
黙って指をクルリと回し、魔力を練ると金色の輪を作った。
「そもそも、魔力は世界の元素の一つだ。全ての物に等しくある。大なり小なり大きさは違うがな。昔、賢者の一人が魔力は生命の母と言った事がある。そして、別の賢者は水と等しい物であるとも。分かるか?」
「あ・・・。モラクスさん・・・。分かりやすく、簡単に」
「ああ、お前はバカだったな」
「酷い・・・。ランさんが賢すぎるだけなんですよ」
モラクスさんは金色の輪をくにゃりと潰すと、指で丸めて一口で食べた。
「美味しいですか?」
「不味くはない、美味くもない」
モラクスさんは頷くと、「ああ、そうだな」と言って、もう一度金の輪を作った。
「お前はこれを何故美味いのか?と聞いたのだ?」
「金の輪は食べ物ではないですし、硬そうで、美味しくなさそうです。モラクスさんは、甘い物やナッツ、お酒が好きでしょう?だから食の好みは私と似てるのかなって。バリバリ食べるのが好きなら金属も食べそうですけど。モラクスさんの歯は丈夫なんですね」
「これを何故金属と思う?硬くはない」
モラクスさんは金の輪をまた指で押し、ぐにゃぐにゃと形を変えた。
「金色なだけで金ではない。今、輪なだけで、形は決まっていない。まあ、金も柔らかいがな」
「モラクスさんの硬いと柔らかいの基準は難しいです。金は私には硬いかな」
モラクスさんは金の輪を細い一本の棒にして、先を尖らせた。槍の様にして、片手で持つと、もう片方の手で先端を指さした。
「これは尖って見えるが、尖っていない」
先端部分を指で押すと、ぐにゃりと曲がった。次に丸めてボールにした。
「これは柔らかそうか?でも、重い」
ゴトンと言う音とともに、地面にモラクスさんは金のボールを落とした。
「モラクスさん、どうやって?」
「答えはお前も知っている。全ては魔力だからだ。そして元素の一つだからだ」
「・・・前にモラクスさんが言った、無限って事ですか?」
「そうだ。器の力によるが。無詠唱はその感覚を使っている」
「詠唱魔法は?」
「絵で、例えるか。絵を描く時にお前は道具を使うな?それが詠唱魔法だ。紙を用意して、パレットを用意し、筆で絵具をつける。それが詠唱魔法だ。無詠唱は、本来のあるべき魔力の力だ。言葉で縛られず、思いのままに魔力を練れる。無詠唱は筆を持つが、紙と絵具を使わない。筆を好きな場所に好きなだけ絵を描く」
「おおお・・・・。分かるような分からないような?結局どうやって絵を描くんですか?無詠唱魔法が普段使うのは詠唱魔法よりも効果が弱いのはどうしてですか?」
「それは、唱えた者が自ら枠を決め制限を掛けているからだ。詠唱魔法は井戸から水をくむのにバケツを垂らし、くみ上げる。無詠唱は雨に似ている。まあ似ているだけで違うがな」
「ううーん」
私は腕を組んで考えるが、モラクスさんの話はいつも難しい。
「モラクスさん。制限を掛けずに、こう、ドカンと強い無詠唱魔法を唱えられるのはどうしたら?」
「制限は掛けろ。上限を決めろ。いいか、今までのお前の魔力の使い方は、順番が複雑なのだ。お前は火球を使おうとする。そこで、「火球」と唱えることで、火魔法を使おうとする。そして、火球のイメージを膨らまし、火球をだす。これをお前の魔力を直接、火球にする、というイメージのみで作れ」
「えっと・・・。あ、うーん。イメージは一緒なんですよね?」
「いや、多分違うな。感覚的な物だろうな。ジュリエッタも失敗していたからな」
「師匠が?」
「出来るが、完全には出来ていないだろうな。とにかく何度もやってみろ。感覚的に身に付けた方がお前は早い」
首を傾げ、考える私にモラクスさんはそう言うと金の輪を投げた。
両手でキャッチした、金色のリングには牛の角のマークが彫ってあった。
「我の魔力を込めたものだ。暇な時にこうやって時々作る。お前もやってみろ。こうやって練習すればいいかもしれないな」
モラクスさんは指先で空中をグルグルとかき混ぜると魔力を練り出した。
「ロゼッタ、魔力は無限。お前の思うがままに魔法は変わる。前にも教えなかったか?」
「思うがまま」
「いいか。言葉は縛りだ。お前の身体はただの器だ。中身が大事だと言う事を覚えておけ」
「中身・・・」
「お前の魂だ。魂は肉体、精神、魔力、あらゆるものに繋がっている。お前の精神の乱れは魔力が乱れ、魔力が乱れると、肉体に不調をきたす。全ては一つの輪に繋がっている」
「はい」
「ふむ、いいか。言葉を出す時に、口から出しているだろう?そうしたら、声、音、大きさ、全てに縛られる。お前がお前に縛りをかける。身体、つまり器の大きさに引っ張られてしまう。限度があるのだ。それをお前がコントロール出来るようにしろ」
私が黙って考えていると、モラクスさんはニヤリと笑って話を終えた。
「お前は大魔女になる気はあるのか?」
お菓子を一つ、口に入れ、モラクスさんはついでの様に聞いた。
「はい」
思わず返事をしたらモラクスさんが笑った。
「ははは、そうか」
「今、なれって言われても多分難しいでしょう。でも、出来ないとは思わないんですよね。こんなこと言ったら師匠にも笑われるかな」
「いや、それでいい。そうか。わかった。ロゼッタ、お前は我が王になれると思うか?」
「モラクスさんがなりたいのなら」
私が答えると、ニヤニヤ笑いながらモラクスさんはお酒をグイっと飲みほして手のひらで消した。
「魔力をよこせ。また何か分かったらお前に教えてやろう」
「はい。解りました。モラクスさんも人使いが荒そうですね」
「お前程ではない」
私は杖を振ってモラクスさんに魔力を流すと、モラクスさんは嬉しそうに魔力を飲み込み、「一度こいつも連れて帰る」と言って、ルークさんを掴むと、本に帰っていった。
「大魔女かあ・・・」
私はアルちゃんに本を飲み込んで貰ってから、モラクスさんの話の事を考えた。
第八章はここまでです。
人物紹介、と多分幕間・・・を挟んで第九章へと続きます。