ゼンさんの家 5
ゼンさんは袋の中身を確認してから鳥達に果物やパンを渡していた。
「ゼンさん、オトモダチのお使いですか?」
鳥達がゼンさんにお辞儀をして去っていくと、ゼンさんは北の方を指さして答えた。
「街・・・。店・・・。売ってくれる・・・」
「使い魔便と一緒ですね。ウェルちゃんも今、王都にお使いに行っています」
「・・・うん」とゼンさんは言った後に、私の手をそっと握ると自分の胸に手を置いて、ゆっくりとお辞儀をした。
「・・・あらためて・・・ロゼッタ・・・有難う」
私はゼンさんから握られた手の上に私も手を添えて、お辞儀を返して手を離した。
「いいえ、どういたしまして。お役に立ててよかった。ゼンさんが病気って聞いた時、びっくりしました」
「・・・助かった」
「はい。心配しました。本当に驚きました。ゼンさん、薬を飲んでも完全には良くなってないですからね。無理はしないで下さい」
「分かった・・・」
「薬が間に合ってよかったです。ゼンさん、私、本当に久しぶりにびっくりしましたよ。心臓がぎゅっとなったんですから」
「・・・」
コクンとゼンさんは頷いた。
「クリスさんも凄く心配していました。私の所に飛び込んで来たんですよ?落ち着いているクリスさんがですよ。クリスさんも慌てていたと思います」
今日のゼンさんはフードを外しているから、顔が良く見える。私はゼンさんの顔をまっすぐ見つめて話を続けた。
「ゼンさん、大分我慢してたでしょう?魔力が多いと薬が効きにくいですから。魔法使いや魔女の私達にはなおさら。でも、皮肉ですよね。魔力が多いから薬を多く作れる。そんな私達は魔力が多いと薬は効きにくい。なんででしょうね?ランさんなら分かるのかな」
「・・・」
ゼンさんは首を傾げて、杖を出すと魔力を辺りに散らした。
「・・・魔力の流れ・・・。多いと他の魔力を嫌がる?・・・」
「魔力の多さよりも流れ?魔力が少ない人も魔力酔いもありますし・・・。魔力が少ない人は丸薬タイプをよく買いますよね」
「・・・ロゼッタの魔力・・・魔力を・・・抑え込む?」
「ふーむ、なんだか難しい話ってことですよね。これは、やはりランさんの話ですね」
「・・・はは」
笑ったゼンさんの眼は細められても瞳孔が縦に少し長い。普段は長めの前髪とフードで見えないけど、今日は前髪もあがっていて困った様に笑うゼンさんの顔が良く見えた。
「クリスさんに薬を届けて貰ってから、大丈夫だって連絡が来てもゼンさんが元気になってるか心配でした」
少し見上げてゼンさんを見ると、ゼンさんは私の話に頷いていた。
「ゼンさんからの手紙も来ても心配で。王都の祭りに来れるかも分からないし、不安なまま私も祭りに行きたくなかったんです」
「楽しめないし、ゼンさん、具合悪くても本当の事言わなそうですし」と、私が付け足すと、ゼンさんは大きな手でぽんぽんと私の頭を撫でて「大丈夫・・・・もう大丈夫。ロゼッタには・・・嘘は言わない・・・」と言った。
「ねえ、ロゼッタちゃーん、何してるの?早く食べようよー」
「あ、はーい。すぐ行きます」
ベンさんの声が家の中から聞こえ、私は返事をするとゼンさんの袖を引っ張った。
「外、寒くなってきましたね。ゼンさん、家の中に行きましょう。身体、冷えてないですか?ベンさん達が待ってますね」
ゼンさんが頷き私が歩き出すと、ゼンさんが私の腕をゆっくり握った。
「俺も・・・聞きたい・・・」
ヒヤリと冷たいその手は私の手よりもうんと大きくて、思わず、ジッと繋がれた手を見てしまった。
「・・・誰の魔力?」
「え?」
「・・・ロゼッタには・・・不要・・・」
ゼンさんは手を繋いだまま私に向かって杖を振って、「慈愛の雨・・・」と言って私の周りにだけ、雨を降らした。
「・・・」
「?」
雨が上がりゼンさんの方に顔を上げると、繋いだ手を引っ張られ、ゼンさんはふわりと私を抱きしめた。
「ゼンさん?」
「ロゼッタ・・・。ダメだよ・・・」
ゼンさんの声が私の髪にかかった。ゼンさんはそのまま、ゆっくりと私の周りに魔力を散らし続け、最後に髪にキスをした。
「・・・。上書き・・・。行こう」
びっくりして、立ち止まってしまった私の頭をもう一度、ポンと触るとゼンさんは家の中に入っていった。
「ななななな!!アルちゃん!わわわわわ!!フォルちゃん!あわわわわ!!」
「ゼン・・・」
「僕、ゼン好き」
アルちゃんは目を細めて舌を出してゼンさんを睨んでいたけど、フォルちゃんはご機嫌にしっぽを振っていた。
「あわわわわ・・・」
私は顔から湯気が出る位赤くなっているのが分かった。
ぷしゅーっと音が出そうだった。
「上書き・・・上書きって?え?あ、動悸が・・・」
風魔法を出して少し涼んだ後、ドキドキする心臓に、「静かにしなさい」と言い聞かせ、ゼンさんの家に戻り、皆のパーティーの輪に入った。
ベンさんが歌い、レイ君は笛を取り出して吹いていた。クリスさんは絵を描いていて、ゼンさんはそれを見ながらゆっくりとお茶を飲んでいた。
師匠もここにいればいいのに。
最近の師匠はふらふらしてばっかりでなかなか一緒にいる事がない。
そう思いながらホットワインを飲んでいると、レイ君の笛の音に合わせて、フォルちゃん達が体を揺らしだしていた。
「ロゼッタさん、そこに座ってこっちを向いてくれるかな?」
私がフォルちゃん達のダンスを見ていると、クリスさんが目の前のソファーを木炭で差した。
「いいですよ。さっそくモデルですか?」
「ははは。モデルの約束は一度だけだったかな?」
「あ!成程。そういえば、何回かは約束してませんでした。うわあ」
「ははは、君の美徳は時に欠点でもある。二回のモデルでお願いしよう」
私の返答にクリスさんは面白そうに眼を細めると、「ロゼッタさん、約束には気をつけなさい」と言って、もう一度ソファーを指差した。
私がソファーに座ってクリスさんを見つめると、クリスさんは「顔をこっちに、手はこう。うん、いいね」と指示を出した後、木炭を動かし始めた。
「ロゼッタさん、僕達の言葉には力があるだろう?だから僕達は言葉に縛られる。いいかい、言葉に負けないように。魔術士も治療師も、薬師も。魔術を扱う者は嘘を嫌う。だから、良い意味でも悪い意味でも素直な者が多い。隣国では魔法を使う者を「自由な民」と言う所もある」
「ホグマイヤー様も好きな言葉だよ」と、クリスさんがいい、私は動かないように頷かない方がいいと思って「はい」と小さく言葉を出した。
「言葉には力が乗る。でも、呪文を言わなくても魔術は使える。無詠唱。聞いた事はあるね?」
「はい」
「無詠唱で行う魔術は本来の力よりもうんと弱い。だから皆、呪文を唱える。だけど、あえて無詠唱にする事がある。強い攻撃魔法をあえて弱くしたりね。ホグマイヤー様はよく無詠唱を使われているよ。昔、谷を作ってしまってからは多くなったと聞いたね」
「流石、師匠」
「ただ、君はひょっとしたら逆かもしれない。無詠唱の方が力を使えたと言う、伝説の魔法使いがいるんだ。知っているかな?」
「いえ」
「ゼンがそうかと思ったが違った。あの子はただの面倒くさがりなだけだろう。ロゼッタさんは幾つの殻を破るのか。ホグマイヤー様は流石だ。何処迄見通していらっしゃるのか」
「無詠唱・・・」
「君の契約者と話してみるといい。君は教えを授けられるんだろう?」
「はい。皆さんは違うんですね?」
「ははは。我らと彼らはそのような関係ではないね。あくまで契約者だよ」
モラクスさんから教えて貰った事を思い出しながら、私は無詠唱の事を頭に入れた。
「ロゼッタさんは薬を作る時はいつもああやって作るのかな?」
「え?ああやってとは?」
「良く効くように。体調が落ち着くように。ゼンさん、よくなれ、と歌うように作っていたよ」
可笑しそうにクスクス笑ってクリスさんは絵を描いていた。
「え?そうでした?無意識ですね、恥ずかしいな・・・。あー、でも、そういえば、ポーションを酷い色にした時には、禿げろ!とか滅びろ!とか・・・。ああ、ブツブツ言って作ったりはしてるかも・・・」
「そうか。きっとその想いが薬に乗るんだね。魔力を乗せて作る時に。はは、禿げろか、参ったな」
「いえ、今はしてませんよ!?美味しくなあれ、と言った方がいいのかな」
「ははは。そうかもしれない。ロゼッタさん、有難う。ゼンを救ってくれて」
「いいえ、私だけの力じゃありません」
「そうだね。でも、ゼンの薬は無いと思っていた。可能ならホグマイヤー様しか作れないかと思っていたよ。ただ、ホグマイヤー様は薬作りが苦手だからね。まあ、あの方の苦手は面倒が強いのだろうけど。ロゼッタさんが魔女になってくれてとても嬉しいよ」
クリスさんの絵を描く音と、優しい声を聞きながら私は顔を少しだけ動かして頷いた。
「皆、少なからず傷はある。笑顔の下に泣き顔がある。優しい顔の下に恐ろしい顔を持つ者もいる。ロゼッタさんは弱さを知ってるとても優しい人だ。君は痛みが分かる人だからね。強い力を持っている。不思議な人だ。そうだ。ゼンを救ってくれたお礼に、僕は君に汚い物を見せないようにしよう。君の笑顔が濁らないように杖を振って遠ざけよう」
「そんな。私もゼンさんに元気になって欲しかったのですから、もうお礼はいりませんよ」
「じゃあ、私が勝手に押し付けよう」
ハハハ、と笑うクリスさんの声に、少し首を竦めると、笛の音がやんでいたのでチラリとクリスさんの方を見るとクリスさんの絵を覗き込むように皆が集まって私を見ていた。
次の投稿は木曜日です。いつも誤字報告、有難うございます。