ゼンさんの家 4
「で、皆さんはゼンさんの看病に?」
ベンさん達の方を向きながら私もお茶を飲んだ。
「あー、まだ、口に味が残ってる。鼻の奥に匂いがこびりついてるよ。うん。ゼンの看病もあるけどね。大体この時期はゼンの所に遊びに来ることが多いんだ。ほら、さっきの温泉。あれに入りにね。いいよねー」
「温泉?温泉ってさっきの暖かい池の事ですか?」
「そう。オースティンでは珍しくてね。ホングリー辺境伯の方以外であるのはここと、王家の管轄地のみだったかな。ロゼッタさんも温泉に入るといい」
「え。水浴びをするんですか?外で?裸で?」
私は改めて皆の裸を見た事を思い出した。
いや、胸から上だから上裸。温泉に入って隠れていただけだから全裸を見た事になるのか。
頭に浮かんだ皆の様子を、手を振って消し去った。
「ホグマイヤー様も温泉はお好きだよ。たまに入っているようだ」
「ああ、師匠、好きそうですね」
うん、うん、とクリスさんの説明に頷く。
師匠が元気に「ヤッホー!気持ちいいな、ロゼッタ!」とか言いながら飛び込む姿も目に浮かぶ。
師匠、見た目は美少女なんだから、キチンとして欲しい。偉大な大魔女だから、怖い物は無いんだろうけれど。
「うーん。温泉ってさ。地面から温かい水が湧き出るんだよ。アルランディでは有名らしいよ。ここはゼンが見つけてね。こう、ドッカンと掘り当てたんだよね。だから、魔法使い特権で、ゼンの物なんだ」
「おおーー。ゼンさん凄いですね」
私がゼンさんを見ると、ゼンさんはコクンと頷いた。
「ねえ、クリスさん。温泉って健康にいいんだよね?」
「ああ。アルランディでは病気を癒したり、怪我の治療にも使われる。そして、美容にも効果があるらしい」
「美容に!?」
私が聞くと、クリスさんは笑いながら頷いた。
「ああ、泥をね、身体に塗っていたな。男女問わずだよ。知り合いの貴族は髪にも塗っていたよ。効果の程は分からないが、まあ、少なからずあるんだろうね。ゼンの髪も肌も綺麗だから。ゼンは毎日の様に温泉に入っている。肌が白くてすべすべだ」
「え?泥を身体に塗るんですか?」
私がじっとゼンさんを見ると、ゼンさんはローブをぎゅっと掴んで肌を隠した。
それでも、じーっとゼンさんを見ていると、私に手を少し出してくれた。
目の前に出されたゼンさんの手はとても綺麗だった。男の人の手だからゴツゴツはしていたけど、真っ白な手はくすみも無く、すべすべだった。
「おお!!本当だわ!!凄い!白い!綺麗!ゼンさん、ちょっとだけ触っていいですか?いい?では。ああ、すべすべ。うーん、温泉・・・。これは売れる?温泉の水を調べれば化粧水みたいに出来る?クリームにするか・・・。それとも、軟膏にして怪我の痕の治療に使うのか・・・。でも、泥かあ。人気が出るかな・・・。あの独特の匂いも消せるのか・・・。凄い匂いはランさん専門だから聞いたら分かるかな。あ、そもそもゼンさんの物なら商売は出来ないか。でも、同じような成分で泥を作れればいいのか・・・。鑑定・・・じゃあやっぱりランさんの出番なのか・・・」
お金の匂いがする。ランさんが喜びそうだ。それに綺麗になる物なら私も欲しい。
「治療の一環で作る方がいいのか・・・。いや、女性向けの美容クリームがいいのか・・・。うーん、難しいですね」
笑いながらゼンさんの肌を触っていると、「・・・終わり」と言ってゼンさんに肌を隠されてしまった。
「お師匠様・・・。ロゼッタ様って、やっぱりホグマイヤー様のお弟子様で、ラン様の妹弟子ですね。納得しました」
杖をエプロンの脇に刺しながらレイ君はうんうんと頷いていた。
「うん。ホグマイヤー様に似てる所はあるよね。ランちゃんにもしっかり鍛えられてるからね。うーん。でも、ロゼッタちゃん、可愛いよねー。レイも、薬のこともだけどさあ、攻撃魔法もロゼッタちゃんに聞いたらいいよ」
「お師匠様、ロゼッタ様は宵闇の魔女様は癒しの薬魔女ですが、強いのですか?」
ベンさんとレイ君がぼそぼそと話し、クリスさんが笑って答えた。
「ははは。レイ君。癒しの薬魔女は間違いではないよ。王都では宵闇に掛けて月の女神ともよばれていたね。ただ、ホグマイヤー様が慈愛の魔女で、深淵の魔女様であるように、ロゼッタさんの薬の魔女は彼女の一面だ。ブルワー君がロゼッタさんの事を始まりの女神と言っていたよ。軍団隊長達をひとひねりだ。多分、普通に戦ったら、この中で一番強いのはロゼッタさんだよ。私達三人同時の相手なら我らにも勝機があるかな?」
「・・・・」
コクリとゼンさんは頷いている。
「聖典の戦乙女様?ロゼッタ様が?」
「そうそう。ロゼッタちゃん凄いよねえ。天候も操るなんてさ。もう、規格外すぎるけど、ホグマイヤー様の弟子だからねえ」
「ああ、その姿も描こう。そうだ、ロゼッタさんのポスターの追加も頼まれていたな。ランさんの絵とホグマイヤー様の絵もいると言っていたが・・・。これは割増料金ということか。新しい画材を請求するのも悪くない。ふむ」
「クリスさんも忙しいね。でもさあ。フォル達三匹も掛かってくるよね?そしたらやっぱり厳しいかなあ。アルの相手は僕かなあ。クリスさんはウェル?ゼンがフォルがいいかなあ。で、使い魔の相手をしながらロゼッタちゃんの相手をするのはやっぱり無理かもね?作戦がいるよね?」
「ああ。使い魔達がいるか。そうか。うん、レイ君。ロゼッタさんに勝てるのはホグマイヤー様だけだと思うよ。ホグマイヤー様にも使い魔達がいるからね。ああ、でも、どうかな。ホグマイヤー様は場数が違うから、やはり一筋縄ではいかないだろう」
「うん、そうだよねえ。試合ならロゼッタちゃんもいい感じでも、戦いならホグマイヤー様には難しいよ。ホグマイヤー様に勝てる人っているのかな?」
クリスさんは顎を触って「ふうむ」と言った後、お茶をゆっくり一口飲んだ。
「やっぱり、ホグマイヤー様に勝てるのはロゼッタさんだけだろうな。どうだい分かったかな、レイ君」
「ホグマイヤー様が二人って事ですか?」
「ははは。まあ、そうなるねえ。二人が良き魔女なうちはオースティンは平和だよねえ。レイも頑張って良き魔法使いにおなり。せめて僕は超えて貰わないとね」
皆は好き勝手喋っている。
師匠にはまだ勝てないと思う。それでも、コテンパンに負けるような事にはなりたくない。
それに少しくらい卑怯な手を使っても師匠なら「やるなあ、ロゼッタ」と言ってニヤリと笑って喜んでくれそうだ。
「ゼンさん、ぽかぽかのど飴も持ってきましたので、ちゃんと舐めて下さいね。それと、ジャーン。腹巻です。コロン領で良い物を見つけました。これを寝る時は着けて寝て下さい」
私が深い緑色の腹巻に猫とカラスの銀の刺繍が入った物を渡すと、腹巻を受け取りながらゼンさんは眉間に皺を寄せた。
ゼンさんは黙って、腹巻を睨みながらも受け取ってくれた。
その後は、温泉に入る事も勧められたけど、やっぱり外で裸になる事に抵抗があった私は温泉には入らなかった。
ベンさんは「もう、お茶会じゃなくてさ。皆で食事をしようよ」と言って、マジックバッグからドンドン料理を出し、クリスさんもお酒を出して、レイ君がちょこちょこと動いて準備をしていく。
ゼンさんはすーっと外に出ていったので私がついていくと、家から少し離れた所で大型の鳥から袋を沢山受け取っていた。