ゼンさんの家へ 3
「うんうん、よかった。ゼンさん。回復しているようです。まだ、魔力の流れが悪い所はありますけど、問題なく身体に流れてますね」
ゼンさんの身体から私の魔力を抜いて行き、ゆっくりと余った魔力を辺りに散らした。
私が杖をしまい、ゼンさんの魔力の確認が終わった事を告げるとゼンさんはコクンと頷いた。
「ゼン、良かったねえ。治療に来てもらって。ロゼッタちゃんの薬は本当助かるよね。ロゼッタちゃんの愛だねえ」
「・・・うん、ロゼッタの愛・・・」
ベンさんの言葉にゼンさんはカップに手を伸ばしながら頷いた。
「ゼンさん、お茶はもうちょっと待って下さいね」
ゼンさんはカップに伸ばしていた手を引っこめ、私の方に向き直った。
「魔力の流れは問題ない事が分かりましたけど、この本によると、薬の副作用の検査もしないといけないと。あと、身体の痺れ等の確認も必要・・・だと」
私は中級治療師の本を出して、ページを捲り、指で文献を追いながら説明をしていく。
「フードは被らず、手を前に出して。口も開けて下さいね」
私が言う通りにゼンさんは口を開けてくれた。ゼンさんの首と手首を触り、口の中の腫れが無いか調べていく。
ゼンさんはそんな私をじっと見ていた。ゼンさんは瞳だけではなく、舌にも獣人の特徴があった。
「成程。うーん。今後の為にもやっぱりアルランディの書物が欲しいですね」
白い肌にヒヤリとする程低い体温。
少し縦に長い瞳孔に珍しい瞳の色。
舌も先が二つに割れていて、私は見た事が無かった。
「ゼンさん、もう少しじっとして下さいね。よし。問題は無し。うん、では、こっち。うん。よし。クリスさんは祭りには来れますか?まだ王都は寒いから、ゼンさんは来ない方がいいのかな・・・残念だけどこちらにいた方がいいでしょうね。はい、ゼンさん、お茶どうぞ」
ゼンさんはコクリと頷いて、私が渡したお茶を手に取るとゆっくりと飲みだした。
「私は祭りに参加するよ。王子様達からもお誘いがあってね。劇に関する話もあるからね。時間を作って「名無しの薬局」にも顔を出させて貰うよ」
「良かった。楽しみです。ベンさんやゼンさん、レイ君にも花まつりのお土産を送りますね」
「あ、嬉しいな。じゃあ、レーズンがたっぷり入ったケーキをお願いしようかなあ。祭り限定で売ってるはずなんだ」
ベンさんがケーキを食べながら嬉しそうに話し、レイ君はもじもじと私達の話を聞いていた。
ゼンさんの触診を終えて、私がマジックバッグから薬を出したり、小さな釜を出して薬湯を作ろうとすると、レイ君が興味深そうに覗いてきた。
「レイ君興味ある?」
「レイ、せっかくだから手伝わせて貰いなよ。魔女様のお手伝いなんて中々出来ないよ」と言って、ベンさんはレイ君の背中をポンと押した。
「ロゼッタ様、僕、お手伝いしても?」
「いいけど、レイ君は薬作りは出来る?得意分野を聞いてもいい?」
「はい。ポーションを作れます。傷薬と喉薬等も。得意な属性は光で、回復、解呪、分析が得意です」
レイ君がはきはきと答え、ベンさんが「師匠が僕だからね。レイも凄いでしょ」と自慢気にお腹を叩いた。
「流石、ベンさんのお弟子さんね。解呪が得意なんてすごい。私がポーションをちゃんと作れるようになったのは師匠に教えて貰ってからだよ。凄いなあ」
私が褒めると、「えへへ」といいながらレイ君は頬を掻いて照れていた。
「レイは七歳から僕の所で修業してるけど、その前は教会にいたからね。薬草や聖水には慣れてたんだ。小さな時から薬草分別なんか仕事にしてたからさあ、だから薬作りも筋がいいんだよねえ。まあ、優秀な師匠の僕のおかげかなあ」
「厳しいベンによくついていってると思うよ。良い師匠は私だろう。なあゼン?」
「・・・・」
クリスさんの言葉にゼンさんはぷいっと顔を反らし、レイ君はくすっと笑っていた。
私はレイ君に向き直った。
「では、今からゼンさんに薬湯を作ります。手順は簡単ですけど、魔力が大量にいるのと、ゆっくり均一に混ぜるのが難しいです。釜に魔力をゆっくり込めながら混ぜて貰ってもいいかな?レイ君は魔力制御は得意?私がお手本を見せます」
「はい!」
私は杖を出して、魔力を一気に釜に流し、ゆっくりと練りながら魔力を均一にして材料に溶かし込んでいく。
「いい?最初に魔力をドンって流すの。大事なのは勢い。多めに魔力を流して、そこから釜の中でユラーっと混ぜて、そよそよーっと細く魔力を流していくの。で、綺麗に魔力と材料が混ざっていったら、ドンドン魔力をまた流して、こう、ドバっと釜に流し込むの。そしたら色が変わって来るから」
「うん、ロゼッタさんは流石ホグマイヤー様の弟子だ。教え方が似てる。まあ、感覚で魔力を掴むのが上手い。しょうがないのかな」
「本当にね、そこはランちゃんに似なかったんだなあ」
「・・・」
「えっと、お師匠様?僕どうしたら?どうしよう」
オロオロしているレイ君を見て、「失敗していいから、とりあえず、ドンって魔力流して。もし、失敗しても私が全部抑え込むから」と言うと、杖を握って、一気に魔力を釜に流し込んだ。
レイ君はポーションを作れるだけあって、コツをつかむのは上手で、少し一緒に魔力を練るとすぐに釜の中の自分の魔力を細く均一になじませていた。
「うんうん、上手。じゃ、それを続けててね」
「あ。はい!」
私はレイ君に追加の指示を出して、お茶を手を取って一口飲んだ。レイ君は錬金釜を真面目にクルクルかき混ぜている。弟子がいるとこんな感じなのかな。最後の仕上げは私が代わって、一気に魔力を流し、ぽわっと金色に錬金釜が光ると、薬湯が完成した。
「すごい、魔力の馴染みが綺麗です。こんなに綺麗に作れるんだ。手順は聖水を作る時に似ていますね」
「レイ、このスピードで作れるのはロゼッタちゃんだから出来るんだよ。真似しない方がいいよ。ロゼッタちゃん、ハイポーションを一日で五十作った事があるんだって」
「は?五十?五本じゃなくて?お師匠様、ポーションじゃなくてハイポーションですか?」
ベンさんはウインクをして頷いて「そうだよね?ロゼッタちゃん。しかも、他の薬も作りながらだよね?」と返事を求めてきた。
レイ君が釜を見ながら驚き、私は柄杓で薬湯を掬うとカップに入れた。
「ええ、忙しい時は一気に作ったりしますね。注文が殺到した時があって、見習い中でもハイポーション、二十本とその他諸々一気に作った事はありますよ。ちょっと濁った色になったりしましたが・・・。レイ君、魔力もだけど、心を穏やかにして作るのがいいかもね」
私は遠い眼をしながら、あの時は大変だった。と、しみじみと思い返した。
「え?見習いで?」
レイ君がポカンとした顔でベンさんを見て、クリスさんがおかしそうに笑った。
「ははは。その反応が普通だよ。レイ。今、ホグマイヤー様は薬を作られてないよ。名無しの薬局の薬は全部ロゼッタさんが作っている。ホグマイヤー様は代替わりをしっかりされているよ。流石だ」
「すごい・・・」
「ま、私は薬を作ってるだけですけどね。ランさんが後は全部やってくれていますし。だからラクチンなんです」
私はくるくると薬湯をスプーンで混ぜて魔力をなじませるとゼンさんに渡した。
「ゼンさんはこれを飲んで下さいね。ぐいっと一気に飲んで下さい。効果はバッチリですよ。体温調節が上手くできます。今、飲んでいる薬の効果も上げてくれますからね。味は保証できませんが」
「・・・味大事・・・」
ゼンさんは半目で薬湯を見ていたが、諦めて一気に飲むと、口元を押さえてピシリと固まった。
「うわあ。ゼン大丈夫?凄い色の薬湯だよね。ロゼッタちゃん、僕、ちょっとだけ味見していい?体温調節なら飲んでも大丈夫だよね?」
「ゼンさん用の薬ですが小さじ一杯くらい飲んでみます?少し体がぽかぽかになると思いますけど、少しならベンさんが飲んでも問題ないですよ。ただ、不味いですよ?」
「不味いんだ。どれどれ」
そう言って、まずいと分かっているのにドロッとした薬湯を錬金釜からすくってベンさんはあむっと口にいれ、「ぐ!!」と言うと、ピシリと固まった。
「ほら、不味いって言ったのに。アルちゃん、お茶のお代わりお願いね。レイ君も興味あるなら舐めてみていいよ?ゼンさん用の薬湯だけど、レイ君も魔力多そうだから問題ないと思う。自分が作った薬湯、興味あるでしょ?」
「いいのかな?」
「はっはっは。レイ君、人間は好奇心の塊なんだよ。不味いって言うと、美味いと聞くよりも興味がわくんだろう。安全と聞くよりも危険と聞く吊り橋を渡ろうと思ったりね。不思議だよ。どれ、私も一匙。お、これは凄い」
「え。クリス様も?じゃあ、僕も・・・、うぐ!!!」
皆にアルちゃんがお茶を配り、やれやれと言う視線を送っている。
「うーん、飲みやすくすると、その材料と相性が悪くて効能が落ちるんですよ。薄めると少し飲みやすいんですけど、効果も薄くなるので倍の量飲んで貰う必要がありますし。不味いけど量が少なくていいのか、少し不味くて沢山飲む方がいいのか。うむむ。要改善ですね」
私は、お茶に手を伸ばした皆を見た。
次の投稿は木曜日に・・・。出来たら・・・。