冬祭りの前日 サミュエル視点
「はあ・・・」
名無しの薬局から店に戻ると溜息が出た。
明日は冬祭り。
ロゼッタ様に注文されたクラバットとリボンを納品しようと名無しの薬局に行くとロゼッタ様は戻っていなかった。
帰れるか分からないって聞いていたけど。帰っているかなと期待していた。
ロゼッタ様がいないと知ってがっかりする僕を見てラン様は笑いながら「あら、私で残念ねー。ロゼッタ忙しそうにしてるのよねー。迷子になってないといいけどー。配達でよく迷子になってたしー、王宮でもー、大分助けて貰ってたものー」と言われていた。
「迷子?ロゼッタ様、大丈夫ですかね?」と僕が聞くと、「大丈夫よー。ロゼッタは私の妹弟子よ?いざとなったら転移使って戻ってくるでしょー。コロンの仕事も終わったって連絡はきたしー。海の方に行ってるかしらー。ロゼッタにクラバットの事を伝えておくわねー」と言って笑っていた。
心配していないラン様にホッとしたけれど、でも、ロゼッタ様と会えないのは寂しい。耳も尻尾も垂れてしまう。
「宜しくお願いします」と言って名無しの薬局のドアベルをカランっと鳴らして出て行くと、錬金釜に魔力を注いでいるロゼッタ様が目に浮かんだ。
ロゼッタ様がゆっくりと杖を振って錬金釜に魔力を注ぐと、髪の毛からも魔力が溢れて教会に描かれている女神様みたいになる。
はぁー。と見惚れていると僕に気付いたロゼッタ様がふっと顔をあげ、ニコッと笑って「こんにちは、サミュエル君」と言ってくれる。その瞬間に女神様じゃなくなって、ロゼッタ様になる。
ロゼッタ様、帰ってこないのかな・・・。
ロゼッタ様に贈ると言ったリボンを手に持って、僕は店に戻って突っ伏した。
青のリボンなら僕が贈っても変じゃないと思ったのにな。包みにピンクのリボンを着けたら少しは僕の気持ちに気付いてくれるかな。
ロゼッタ様の可愛いサミュエル君で十分幸せなのに、ロゼッタ様の特別になりたい。
「王都に戻るのは無理なのかな」
顔を上げて、のろのろと布を出して、刺繍の図案を取り出し一緒に刺繍枠にはめていく。僕は頭に地図を浮かべてコロン領から海の方を思い浮かべる。西までは距離があるから、南の方にいるのかな。
「海かあ」
ロゼッタ様は魔女様だから忙しいのは当たり前だ。
「今迄がおかしかったのかな・・・」
見習いを終えたばかりの僕が魔女様のロゼッタ様と仲良くなれた。
突然店に現れて注文を受けた時も驚いたけれど、半獣人の僕にも優しくしてくれた。
マリア姉さんから、「魔女様にサミュエルを紹介したから」って手紙が来た時は何の冗談かと思った。魔女様の様な人って意味なのかとか思っていたら、本当に噂の魔女様が店に入ってきたから、初めて会った時は驚いておどおどしてしまった。
まだ半人前の僕に注文を任せると言って王宮に納める注文をポンポン言われ、びっくりしたけれど嬉しかった。刺繍を褒められて、僕の事を半獣人だからとかじゃなくて、職人としてしっかりみてくれて。
綺麗で、優しくて、強くて、僕をまっすぐに見てくれた。
ロゼッタ様の事を考えていると、耳が動いている事に気付いて笑ってしまった。
ロゼッタ様は時々、僕の耳を見て零れるように「可愛い・・」ってふわっと笑ってくれる。ロゼッタ様の方が何倍も可愛いのに。
ロゼッタ様の事を考えると胸が苦しくなる。
ロゼッタ様は薬師で、大魔女様の弟子様で、宵闇の魔女様で、綺麗で、優しくてそして強い。そんなロゼッタ様を傷つけようとした奴もいた。許せない。僕の爪で八つ裂きにしてやりたい。
思い出したらしっぽが逆立つ。
僕なら側にいるのにな。ずっと御守りするのにな。
「変な虫が付いてないといいけど」
そうやって思っているのは僕だけじゃないのも知っている。特に油断が出来ないのが隊長達だ。あの二人がロゼッタ様に相手にされてないのを見ると、ホッとしてしまう。悪い人じゃないのも知っている。人気があるのも知っている。僕よりも年上で、僕よりも地位も権力もお金もある。見た目だって悪くない。
でも、ダメだ。
ロゼッタ様には誰よりも幸せになって欲しいのに、誰の横で微笑むのかと思うと苦しくなって、ずっと一人でいて欲しいとも思う。
自分のこんな醜い気持ちはロゼッタ様には知られたくない。ロゼッタ様が僕の事を可愛いっていうなら、ロゼッタ様の前では可愛い猫を何匹でも被る。
それでも。
「会いたいなあ。お元気かなあ」
思わず、大きな声になった僕の言葉にチェンさんが返してくれる。
「ふふふ。サミー。お手紙は出したの?」
「ラン様から「伝言預かるわよー」と言って頂けたので「無理しないで頑張って下さい」って、お願いしました」
「あらら。健気ですこと。少しは、会いたいです。寂しいですって言っても良かったんじゃないかしら?ジェーン様はお優しいですもの。それにサミーの事を可愛がっていると思いますよ。自分の気持ちを伝える事は我儘ではないでしょう?」
「僕が恰好つけたいんです。ロゼッタ様に会いたいですけど。でも、僕も頑張ってますよって。サミュエル君凄いですね、って言って欲しいですし。いつも僕の刺繍をみてロゼッタ様は褒めてくれるんです」
チェンさんは布に印をつけていた手を止めて、僕の方を見た。優しく目を細めて、「そうねえ」と言って刺繍の糸を選んでいく。
「悩んでいる時は良い刺繍は刺せないでしょう?手も動いてないでしょ?それに、そういう時に挿した刺繍は硬くなりますよ。サミーの刺繍の良さは柔らかさでしょう?ジェーン様に一言、会いたいです、だけでも手紙を書いてごらんなさい」
「・・・隊長達みたいになりたくないんです。僕は違う場所で、ロゼッタ様の特別になりたい。ロゼッタ様が望む物をいつでも作りたいし、邪魔になりたくないんです。僕しか出来ない物を作って頼って欲しいんです。そしてロゼッタ様が笑って立ち寄れる場所になりたいんです。僕はロゼッタ様のサミュエル君でいたいんです。欲張ってばかりで、苦しいです」
「あらあら。私は十分、貴方は特別だと思いますけどね。きっと貴方の刺繍はまた素敵になりそうね」
僕が首を竦めて刺繍のビーズを選んでいると、ウェル様が飛んで来た。
「ピピピ!!」
「あら。ウェル様」
ぽいぽいと僕の前に手紙やら包みが沢山落とされていく。
「ウェル様!ロゼッタ様から?」
「そうよ、サミュエル。チェン、元気?」
「おかげさまで。ウェル様、新しいリボンは如何ですか?」
チェンさんの言葉にウェル様がチェンさんの方へ行って、花柄の可愛いレースを足に結んで貰っていた。
僕はウェル様が落とした包みを急いで開けて、中にある手紙を読んだ。
「サミュエル君
お元気ですか?ランさんから魔蝶でサミュエル君からの荷物を預かったと連絡が来ました。まだ見てないですがきっと素敵でしょうね。サミュエル君はいつも素敵な刺繍を刺してくれるので今から見るのが楽しみです。
ウェルちゃんに一緒に持たせた包みはお菓子と布。ビーズやリボン、ボタン等、珍しい物を見つけたので贈ります。サミュエル君が好きそうかと思ったの。ボタンは貝殻や珍しい石で出来ているんですって。良かったらサミュエル君が使って下さい。
名無しの薬局から新しい注文は増えてないですか?ランさんにこの間、ちょっと新しいアイデアを話したら凄く乗り気になってしまってサミュエル君にまた王宮から注文が来てるかも。いつも急な仕事ばかりお願いしてごめんなさい。無理はしないで下さいね。ちゃんと、ゆっくり注文するからね。
では、チェンさんにも宜しくね。そうそう、ピンクのリボンの袋はチェンさんへ渡して下さい。のど飴と青のビーズ、ハンドクリームを入れています。チェンさん、ハンドクリームを気に入ってくれたらしいの。チェンさん、いつもウェルちゃんにプレゼントしてるでしょ?迷惑かけてないかしら?
あ、明日の昼には店に戻れると思います。サミュエル君に会えるといいな。冬祭り楽しみです。お土産を先に送るなんて変だったかな?
ロゼッタ・ジェーン」
「チェンさん!!」
「はいはい、サミー」
「ロゼッタ様が明日帰って来ます!!」
「良かったわね」
「はい!!これ、チェンさんにです!!」
「あらあら、まあまあ」
僕はチェンさんに可愛くしてもらっているウェル様にちょっと待って貰って、手紙を渡した。
「ロゼッタ様
僕は元気です。明日帰って来られるの待ってます。嬉しいです。夜、一緒に踊りましょう。沢山のお土産、有難うございました。ロゼッタ様に会えなくて寂しかったですけど、沢山刺繍を刺しています!頂いたビーズで、素敵な刺繍を刺しますね!!
サミュエル・クランベリー」
思わず、大好きです!と書きそうになって、急いで名前を書いて手紙を終えた。
明日が楽しみだ!そう思いながら僕はウキウキして刺繍を刺していった。
第八章まで少々お待ち下さい。幕間追加の時はまたお知らせ致します。