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色は着けることなく 王太子視点

「母上。連絡を受け取りました。楽しそうで何よりですが、もう少し短いと助かります」



伝令蝶で返事を飛ばした後、首を左右に振るとコキパキと音が鳴って笑ってしまった。



「はは。聞こえたか?いい音が出たね」


「殿下。お疲れの様ですね」



新しい書類を私のサイドテーブルに置き、処理済みの書類を受け取りながら側近のマッケンジーがボソッと聞いた。


側近の中でも一番古い付き合いで、信頼している男だ。


綺麗な顔に眼鏡をかけて冷たい印象の見た目なのに、地声は深窓の令嬢かと思うほど可愛らしい。


この声と少し低めの身長のおかげで女性でしか入れない場所でも、マッケンジーなら少し衣装を整えれば潜入出来る。


この男がドレスアップをした時は男性がすぐに名前を聞こうと跪いている姿を見る。罪な男だ。


私がそんな事を思っている事がバレたのか、冷たい眼で書類に事前に目を通し、チラリと私に眼を向けた。そして作り声でぼそぼそと話し掛けて来る。



「殿下。変な事を考えていたでしょう?」


「いいや。首の事だよ。いい音が鳴ったね。母上からの手紙で疲れたのかな。前置きがいつも長いんだ。ただ、内容自体は好ましい物だった。母上がジェーン様の観劇の進捗状況を知らせてくれた。母上も張り切っているようだ。ルーカス兄上が手を貸しているからきっと上手く行くと思う」


「灰茶の魔法使い様が絵を描かれたとか。城下では小さめのポスターを家に飾るのが流行だそうです」


「クリス様の絵は素晴らしいから、皆が喜んでいるだろうね。クリス様が君に用があると言っていたね。用事はすんだのか?」


「ええ。殿下、少し休憩を致しましょう。お茶を飲んで甘い物を召されては」


「うん、そうしようか」



私の返事にマッケンジーがメイドの方を見て頷き、お茶の準備が始まった。私は席を移動しソファーにゆっくりと座った。


お茶の準備の間、私は机の引き出しに入れたジェーン様の絵を思い出した。


目を閉じて、ゆっくりと首を回す。


私とジェーン様が踊る一場面が目の奥に浮かんだ。


玉ねぎ屋でのパーティーはとても楽しく、非常に有意義な時間だった。この国をあのパーティーの様にしたい。


楽しそうに皆が笑い、手を取って踊る場所は素晴らしかった。


王族をパーティーに呼ぶのは多くの場合が責務か見栄。そして私が参加するのは王族としての公務だ。


権力と策略と本音と建て前、媚が入り混じる人々の顔を見て、国内の貴族を見極め、諸外国と上手く付き合うのがパーティー。


それが、あのパーティーではなかった。私をジョージとして、そして王太子として呼んでくれた。下町の庶民のパーティーに高価なワインが出され、王侯貴族と平民と騎士、獣人に大魔女に魔女に魔法使いが入り乱れて踊った。そして、王族として皆、私に敬意を表してくれていた。失礼な態度を取る者もいず、必要以上に媚びへつらう者もいなかった。


私以上に力がある大叔母様がいるからこその、あの居心地の良さだったのだと思う。


力か。


正しく力を持つと言う事か。


魔女や魔法使いの立ち位置を分かっていない一部の愚か者はいる。魔女の力を国の力とし、国力を高められると。


人間の欲は計り知れない。魔女様や魔法使い様の力を自分の物にしたいと考える輩が生まれる。


ジェーン様は年若い。今迄で最年少の魔女様だろう。


魔女様と王族の結婚は望ましいと上位貴族の一部は思った事だろう。魔女の力を国の物に出来ると。また、魔力が大きな子が産まれる可能性も非常に高い。他国にも大きな牽制になり、我が国の王族として望ましいと。


愚かな。


私が良い王であるべきなら。皆の幸せを望むのなら。ジェーン様の手を取る事だけは絶対にしてはいけない。


大叔母様がそれを望まない。


私がジェーン様に惹かれたとしても、ジェーン様を妃にする事だけは絶対にありえない。


クリス様の声が頭に残っている。「共に同じ物を見る事は出来るかもしれない」


だから私は絵に、色は着けない。



「楽しかったな」



私がぽつりとつぶやくと、耳ざとく聞きつけたマッケンジーがお茶に口をつけ、頷き、私の前にお茶を置いた。



「殿下、お茶をどうぞ。何か良い事が?」


「いや。少し思い出しただけだ。いい香りだな」


「レオナルド王子様からのお茶でございます。最近、レオナルド王子様も城下に行かれる事が増えたとか。名無しの薬局で買い求めた物だそうです」


「名無しの薬局で?」


「ええ。喉に優しいお茶だとか。香りが良い物ですね」


「ふむ」



兄上は名無しの薬局に行ったのか。羨ましい。


兄上はジェーン様と魔術の語らいも出来る。王族と言う立場でなくとも、お互いに共通の話題がある。



「ルーカス王子様も名無しの薬局に共に行かれたと。観劇の件でしょう。城下は王子様達が仲良く馬車から手を振られ民が喜んだと聞いています」


「ルーカス兄上もか。いいな、私は時間は取れないかな?」


「そうおっしゃると思いまして、調整しております。もうしばらく先なら時間を取れるかと。護衛に第一騎士だけではなく、ブルワー法務大臣が立候補しておりますが」


「ははは。名無しの薬局のファンが多いな。護衛は任せるよ。花まつりに出かけるのは無理だろうね?」


「花まつりですか。夜ならば・・・。女性が多い所であれば、次回は私もお供する事になるでしょう。名無しの薬局でまたパーティーが?」


「いや、まつりを見たいだけだよ。マッケンジーが来てくれると助かる。花まつりでは皆、輪になって踊るのだろう?」


「祭りによります。二人で踊ったり、皆で輪になって踊ったり・・・。花まつりはどうだったか?」


マッケンジーが別の側近に顔を向けると、「皆で踊るのは夏の祭りではないですか?花まつりは二人で踊るのが一般的ではなかったですかね?」と答え、「春は男女別れてペアがドンドン変わっていきましたよね?」と思い出し周りも頷いていた。


ここにいる者は皆貴族。平民の祭りを見た事はあっても参加した事はないだろう。



「秋の祭りはどうなんだ?」



マッケンジーが聞くと、側近も首を傾げた。


側近たちが首を傾げるので眼があった騎士にも話を振ると、「秋は別れのダンスです」と言った。



「別れ?」


「は。それぞれ一人で踊り、手を取り合ったりはありません」


「ほう。皆それを楽しむのか」


「もともとは女神信仰の踊りです。春の出会い、夏の恋、秋の別れ、冬の愛。秋に辛い別れを経験された女神様を御慰めする為の踊りですので、女神様と踊ると言う事で一人で踊ると聞いています」


「成程。ああ、確かに玉ねぎ屋でも手を取らずに踊っていた時があった。あの踊りだな」



私がお茶を飲み干すと、お茶のお代わりをどうするか茶器を持つ仕草を側近がしたので、私は黙って首を横に振った。



「調整が出来たらすぐに教えてほしい。ジェーン様は今は何処におられるのかな」


「宵闇の魔女様はブール領に立ち寄られ、コロン領を出発されたそうです。薬師長様が手紙を受け取っていましたよ。このまま南下されるようですね。のんびり国中をまわるのでは、と」


「そうか。しばらくはお会い出来ないな」



私がジェーン様からのお礼の手紙を思い出して立ち上がり、仕事に戻ると皆黙って仕事を始めた。


黙々と仕事をし、夕食の時間になる前に仕事を終え、皆が挨拶をして退室をしていく。護衛の者だけになると、私は引き出しを開けてジェーン様からの手紙と絵を眺めた。


あれから何度この絵を眺めたか。


この気持ちは何だろう。


恋とは違うだろう。愛と言うほど彼女を知らない。ただ、気付いたら彼女の事を考えている。



「共に同じ物を見る事か」



私は静かに引き出しを閉めると鍵を掛けた。








次の投稿は木曜日です。

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