薬を買いに来たのは
「朝だー。みんな、おはようー」
私はうーんと背伸びをして、ベッドから立ち上がった。
今日もいい天気で、絶好の旅日和だ。今日は鐘塔から格好良く祝福を掛けて、コロン領に行こう。
ホーソンさんと話したりして、昨夜は楽しかった。旅先でも色々な人と出会いがあったらいいな。
私は部屋の窓を元気よく開け、身なりを整えて部屋を出て下の食堂に降りて行った。
今日の朝ごはんは何だろう、そんな事を思って食堂に入ろうとするとギルドの一角が光った。
「あら、この魔力は?」
慌てて光に向かって歩いて行く私よりも先に、「ピピピ!」と嬉しそうにウェルちゃんが飛んで行き、フォルちゃんもしっぽを光った先に振っている。
光に近づくと、魔法陣が消えてローブを着た人物が振り返った。
「クリスさん」
「ロゼッタさん。おはよう」
アルちゃんもペロリと舌を出して挨拶をし、皆も嬉しそうにクリスさんに挨拶をしている。
「おはようございます。事件振りですね?」
「そうだね。食事に行くところだったのかな?入れ違いにならなくて良かった。ロゼッタさんがブールの冒険者ギルドに滞在しているとランさんに聞いて、飛んで来たんだ。旅は順調かな?」
「ええ、そこの食堂で食べようかと。美味しいですよ。旅はまだ始まったばかりですが、順調です。クリスさんはどうしました?」
「それは良かった。朝早くに申し訳ないけどね、ロゼッタさんから薬を買いに来たんだ」
「え?名無しの薬局にはなかったんですね?ランさんには会ったんですよね?師匠は?」
「一度に答えられないよ。ほら座って」
クリスさんは近くの椅子を引いて、私を座らせると自分も隣の椅子に座った。
「ホグマイヤー様は不在だったよ。ロゼッタさんが出てすぐにふらっと出かけたそうだ。薬の事は分からないが、保存が難しいものだそうだよ。なので、名無しの薬局には無かったんだ。でね、これが材料なんだよ。ランさんから預かってきたよ」
クリスさんはマジックバッグから氷で固めた花を出すとテーブルの上に、コトンと置いた。
「ええ、薬なら作りますけど、エーデルワイス?これが薬の材料ですか?」
薬の材料として使うのは珍しい。
「ロゼッタさん、モンスラ病の薬を作れるかな?魔力を多めに入れて作って欲しい」
「モンスラ病?珍しいですね。確かに保存が出来ない薬ですね。患者の症状は何処迄?」
「体温は安定してない。ここ二日、外に出ていないらしい。大体が寒さに弱いんだ。昨夜、いつもの風邪とは違うようだと連絡が来てね。無理やり治療師に診せたんだ。モンスラ病と分かったのも昨夜なんだよ」
モンスラ病はアルランディで発見された病で、この国では症例は少ない。魔力が多い者がかかる事から、魔術士病とも我が国では言われる。また、男の人に掛かりやすく、原因は分かっていない。早期に薬を飲めば一年程で治る可能性が高い。症状が進めば進行を止めるだけで、完治が難しい病気だ。
「分かりました。急いで作りましょう。呼吸器の症状が出てないなら初期症状ですね。繰り返している訳ではないでしょう?」
「治療師からもそう言われたよ。とにかく急いで薬を飲むようにと。薬の治療しかないんだね?」
「ええ。薬を飲めば大丈夫かと。ただ、これだけでは材料が足りません」
「よかった。星の砂をベンの所から取り寄せたよ。薬に必要なんだろう?ランさんが残りの材料もすぐに届けると言ってくれた。私にはスノーバードを狩ってくるように言われたよ」
「スノーバードは生け捕りでお願いします。新鮮な肝が必要ですから。ウェルちゃんを連れて行きますか?空から見つけるのに役に立つかも。アルちゃんも探知は得意ですよ。良かったら連れて行って下さい。私はすぐに準備をしますので。魔力を多めに作るのなら、時間が掛かりますから。でも、魔力酔いしないかしら」
私が首を傾げながらクリスさんに訊ねると、クリスさんは「さて」と言って立ち上がった。
「スノーバードね」とウェルちゃんは頷き、「パクリと運ぶ」とアルちゃんがウインクをした。クリスさんは杖を出し、私は星の砂を受け取ると急いで部屋へ戻ろうとして振り返った。
「あ。クリスさん、患者さんの年や体格を聞いても?薬を作るのに必要です。魔力を多めに入れて作った方がいいって、モンスラ病に掛かったのは魔術士の方ですか?」
「ロゼッタさん、ゼンなんだよ」
クリスさんは困った顔をしてそう言うとアルちゃん達と共に杖を振って消えた。
フォルちゃんが「大丈夫かな?」としっぽを落として心配している。
「え?」
ゼンさんが?
私は消えたクリスさんを見つめた。心臓がどくどくと煩い。
そうだ、ゼンさんは獣人の血が入っている。
本人も気づかなかったのかも知れない。症状の差も激しい病気だ。
一気に酷くなったのかも。いえ、まだ初期症状って言ってたわ。風邪と思ったって言ってたもの。
私はふらふらと食堂の店員に部屋に食事を持って来て貰う様に告げると、その様子を見た所長が私の側にやって来たので今日の出発予定を伸ばし、部屋を今日も使わせて欲しいと言うと、黙って頷いてくれた。
私は部屋に戻り錬金釜を出して薬を作る準備をした。
ゼンさんがモンスラ病?
ゼンさんの事を思い出しながら信じられない気持ちで一杯になった。
だまりんぼのゼンさん。いつもはフードで顔を隠しているけど、ウェルちゃん達と話している時は口の端がゆっくりと上がっているのが見えていた。
ベンさんと一緒に特訓をしてくれた時は笑っていたようだった。フードの下の口元と喉仏が動いているのが見えていたもの。
確かにゼンさんなら魔力をたっぷり入れた薬が必要だろう。
ゼンさん、いつからきつかったんだろう。
駄目だ、変な事ばかり考えてしまう。
大丈夫。大丈夫よ。
ふーっと、息を吐くと、緊急魔蝶を出した。
「ランさん、クリスさんから聞きました。今から薬を作ります。残りの材料を急ぎでお願いします。獣人の人用の薬の本が師匠の本棚にあると思います。奥の部屋の棚の上の段の辺りだったと。ジルちゃんで至急送って下さい。モンスラ病の患者はゼンさんなんです」
私が緊急魔蝶に魔力を注ぎ勢いよく飛ばすと、魔蝶はあっという間に見えなくなった。
「急いで残りの材料の準備をしなくちゃ」
フォルちゃんは私に身体を擦り付けながら、「落ち着いて」と心配そうに私を見ている。
「フォルちゃん、有難う。大丈夫よ。ゼンさん、まだ初期症状だと思うの。急いで薬を作って飲んで貰ったらきっと治るわ。だってゼンさんだもの。きっと平気よ。ゼンさん、優しくて強い人だから」
私は手が震えないように材料を錬金釜に入れて水を入れた。部屋がノックされフォルちゃんが風魔法を使ってドアを開けると、食堂からの食事が届いていた。
私が禍々しい色の薬湯を作っているとジルちゃんが現れ、本やお菓子、薬草や空瓶をドサドサ落とした。
「ジルちゃん」
ジルちゃんが手紙もポトリと落とした。
「ロゼッタ
モンスラ病の材料の飛竜の皮。こういう時の第五よねー。ハワード隊長には私からすぐに届けるように魔蝶を飛ばしたわー。それと、ジロウ隊長が王都の北の方を走っているってハヤシ大隊長に教えて貰ったのー。北の湖の側でゴールドフィッシュを養殖している場所があるんですって。すぐにランさん便で、届けるわー。モンスラ病は珍しい病気だけどー。大丈夫よー。落ち着くのよー。心の乱れは魔力の乱れよー。
ラン」
流石ランさん。
よし、コレで材料は大丈夫。
「ふー。そうだ、落ち着け。大丈夫、私は出来る、一発で治るような薬を作るわよ」
私は錬金釜に魔力を貯め、杖を回しながら薬草をとにかく練って濃い薬湯を作っていった。
ランさんから届いたばかりの本を開き、昨日買った中級治療師の本や魔術士の本等も開き、薬を作る手順の確認もしていく。
ランさんがいないので、自分で材料の確認や計算をしていかなくちゃいけない。
丁寧に丁寧に薬湯に魔力を入れて作っていく。
時間が経ち、外の景色の色が変わる頃に窓が風で揺れた。
フォルちゃんが部屋を飛び出していき、バタバタとした音と共に駆け込んできたのは、ハワード隊長とジロウ隊長だった。
次回は金曜日です。