ホーソンさんと恋バナ
私はもぐもぐと大きな蕪が入ったスープをごくんと飲み込んだ。
ほくほくの蕪が凄く美味しい。
「ホーソンさん。ご結婚は来年って言われてましたけど、いつ頃ですか?場所は王都で?」
「ええ、王都で夏前に予定をしています。相手が春まで大きな商談があるようで、その後ですね。今は新しく人を雇ったりしているようですよ」
「うわあ。楽しみですね。私からも結婚祝いを贈らせて下さいね。ホーソンさんと婚約者さんの好きな色を教えて下さいね」
「お気遣いに感謝致します。ジェーン嬢はコロン領へ行かれた後はどちらへ?」
「海の方へ向かおうかと。第六のクルマス隊長に師匠が連絡を取ってるんですよ。私はクルマス隊長と挨拶しか話したことがないのですが、稽古をつけて欲しいと手紙を頂きました。どうも海の上で戦う予定みたいですよ?勝てるかな。船、沈めちゃダメですよね?第三のゾルフ隊長とも会う予定です。実家にも久しぶりに顔を出せって言われてますから、南へ行った後に西の方へ行く予定です」
私は頭の中で地図を浮かべて、指をくるくる回しながらホーソンさんに説明をする。なかなかこれからの旅も忙しくなりそうだ。
「南から西ですね。困った事があれば第五にいつでも声を掛けて下さい。隊長からも、ジェーン嬢からの呼び出しは優先するように言われていますから」
「心強い。ではその時はお願いしますね」
「ええ。任せて下さい」
ホーソンさんと話しながら料理を食べていった。ホーソンさんは隊員なだけあって、沢山食べる。
そして食べ方が綺麗。じっと見ていると、不思議そうに、うん?と笑われた。
「ホーソンさん。ちょっと教えて頂きたいことがありまして」
「おや。私で分かる事ですかね?何でしょうか?」
「グラマラスってなんですか?」
ホーソンさんの眉毛がピクリ動き、口元をナプキンで拭くと、にっこりと笑った。
なんだろう。その笑顔は怖い。聞いちゃいけない事じゃないわよね?
「ジェーン嬢が言われたのですか?どんな状況で誰に言われたのかお聞きしても?」
「え?なんだかいけない言葉でしたか?私ではなくて、えーっと、夫が妻に言った言葉になるんですかね?恋人同士だったのかな?えっと、男の子が好きな女の子に使った言葉?」
「ああ、ジェーン嬢が使われたのではないのですね?うーん、状況が分からないので、意味合いが分かりませんが、女性同士が使うと、服装や化粧が華やかな事で使う事が多いですね。メリアでは宝石や美術品を褒める時に使う事もあったかと。男性が女性に向けて使うと、容姿の事を例える事が多いように思います。酒場で年配の男性が下品な感じで女性に使う時は褒め言葉ではあるでしょうが私が言われたら殴ります」
「ほー」
「ジェーン嬢は知らなかったのですね?」
「お恥ずかしい。私、本当にそういうのが疎いんですよね。ずっと勉強だけしてきましたし、私の周りにいる友人って私みたいな人が多かったので・・・。話は毒草の話や、薬の効能の話をしたりしていました。貴族の友人もいたのですが、とても賢い人だったので、流行のお菓子や洋服の話は教えて貰ったりしていましたけどきっと私に分かるように話を合わせてくれていたんだと思います。最近、自分の無知さに気付いてばかりです。そうか、グラマラスか。使ってみようかな」
ホーソンさんは、「無理して使う必要はありませんよ。知っている事が大切なだけで。チャーミングはご存じでしょう?」と言って笑ってくれた。
「はい、分かります。魅力的ですよね。ホーソンさんはチャーミングです。綺麗です。凛としてますし」
「お褒めに預かり光栄です。軍団にいると、下品な言葉に慣れてしまいます。男性隊員が圧倒的に多いですので、やはり耳に入る事が多いですね。私に配慮してくれる人もいますが、わざと聞かせるように話す下品な隊員もいるのですよ。まあ、そう言う時は拳で会話ですね」
ホーソンさんは拳を握って、ブンっと殴るマネをしたが、ハハハと笑って出したパンチは私の髪がふわっと動くものだった。殴られた人は大丈夫なのかな。
「ホーソンさんは物知りで凄いです」
動いた髪を戻していたら、ホーソンさんが「私は流行を知りませんよ」と言って笑ってくれた。
「私もです。流行のファッションも勉強しようかな。私はいつもローブですけど、お洒落を知ってると役に立ちそうですよね?サミュエル君に聞いてみよう」
「ああ、確かに。私の恋人も流行には敏感ですね。サミュエル君とはパーティーに来ていた獣人の友人でしたね?」
「はい。サミュエル君は頑張り屋で可愛いですが、強いですよ。私に武器の使い方を教えてくれましたし」
「ジェーン嬢に?それは興味深い」
「ふわっとジャンプして、武器を格好良く使えます。あ、宜しければホーソンさんと恋人の出会い等を聞かせて貰ってもいいですか?」
「え?私の話ですか?素敵な出会いや運命的な感じではないですし、面白い話ではないですが」
ホーソンさんは私が急にお願いをしたからか、ちょっと目を丸くして驚いていた。
私だって、恋の話に興味がないわけではない。ちょっと自分に縁がないだけで、楽しい話や幸せのおすそ分けは頂きたい。
「出来れば聞きたいです」
「そうですか?いいですよ。恋人との出会いは言いましたかね?パトロール中の私が盗賊に襲われている商人を助けた所が出会いでした。その時は仕事ですし、私も彼を助け、荷の確認や盗賊を捕縛したり忙しくして後日調書を改めて作る時に再会しました。これが男女逆ならよくある話ですかね。逞しい隊員が美しい令嬢を助けて恋が芽生えるなど。まあ、現実は当時珍しい女性隊員がそこらにいるようなゴツイ商人を助けただけですね」
「ははは」と、話しながら、ホーソンさんは私にワインを注いでくれた。
「調書を作る為に再会した時に、その後の仕事に影響はないか位は話しましたが、それくらいでしたね。ただ、別れ際、彼から彼の連絡先が書かれた手紙とお礼を渡され驚きました。その、彼は商人ですが熊みたいな風貌で、贈り物や手紙を持ってくる感じではないのですよ。私はお礼を言いましたが、丁寧にお断りをしました。隊員はあまり高価な物や個人的な贈り物を貰う事を禁止されています。それでも貰う隊員はいますし、私もリンゴやオレンジなどは断ったりはしませんが」
「持っていきな、と市場で投げられたりします」とホーソンさんは笑って自分のグラスにもワインを注ぎ、私に食事を促した。
「その後も彼からは手紙と贈り物が届きました。最初の手紙には、私に一目ぼれしたと書いてありました。私は驚きましたが、助けて貰って気分が高揚したのだろうと思いました。「勘違いだと思う。高価な物は受け取れない」と返事をしました。するとまた手紙が届き、贈り物がチェリアの贈り物に変わりましたね。手紙の内容も相変わらずで、私への好意は書いてありましたが紳士的でした。まあ、一時的なものだろうと、そっけない態度を取り続けました。贈り物は事務所に届きまして、断る間もなく贈り物が溜まっていました」
「ほう」
「私の仕事も忙しいですし、彼から手紙や贈り物が届いても、いつかは飽きるだろうと思っていました。ただ、一ヵ月経ち、二ヵ月経ち、半年は経っていましたね。気づいたら、彼からは定期報告の様に手紙と贈り物が届いていました。私は彼にぽつぽつと返事を返していました。相手も国中をまわってますし、私も飛び回っているので、会う事はなかったですが届いた手紙に返事を送ったり、溜まっていた贈り物も『第五軍団所属飛竜、チェリア様』となっていたので、断る理由もなく。チェリアは喜んで受け取り、私達はいつの間にか文通相手になっていましたね」
私はパンをちぎって口に運んだ。
「それからしばらく文通を続けていると、商人が襲われた事件が立て続けに起こりました。とても凶悪な事件でした。私は彼が無事なのか、ずっと考えていましたよ」
ホーソンさんはワインを飲んで笑った。
「その時には好きになっていたんでしょう。でも、人を好きになるのが怖かった。また、私の誇りを傷つけられたらと、臆病になっていたんですよ。それに私も彼とは手紙でしか交流していませんし。会ったのは二度程。襲われた時と、調書の時だけ。私は、ただ、彼の無事を祈り彼の為にも早く盗賊を捕縛したいと思っていました」
ホーソンさんも怖かったんだ。
「ある日、パトロールを終え、チェリアと飛んでいた時に偶然彼の荷馬車を見つけました。御者と一緒に私を見つけた彼は、チェリアと私に空の下から手を振っていましたよ。こちらからは見えないとも思わなかったのか、一生懸命に嬉しそうに笑って。熊の様な風貌は変わっていませんでしたね。ただ、私にはその風貌が好ましく見えました。チェリアと一緒に飛ぶ私に敬意と笑顔を見せてくれていたのです。その笑顔を見た時に、ああ、もうごまかせない。と思いました。そこで私は彼の前にチェリアと一緒に降り立って、「好きだ」と告白をしました」
「ホーソンさんから?」
「ええ。彼からは好意は伝えられていましたが、もう、会ったのはずいぶん前の事ですし、手紙のやり取りだけですからね。自分の事はもう好きではないだろうと思っていました。でも、自分の気持ちをごまかしたくはないですから。そしたら、「僕も強くて美しい君が好きだ」と言われ、私が「よし分かった。結婚しよう」と言いました。すると、「ご両親に挨拶に行かせて下さい」と言われました。そんな感じで結婚が決まったのです」
「うわあ。プロポーズはホーソンさんからだったんですね」
「あ。いや、あんなにチェリアに贈り物を貰った訳ですし、いい加減な事は出来ませんし、お付き合いをするならちゃんと責任を取らなければと思いまして。いい年ですし」
恥ずかしそうに言うホーソンさんはとても綺麗だった。
「そういう話です。劇的な話でもなんでもないでしょう?デートらしいデートもしていませんしね。それはそうと、劇と言えば王都ではジェーン嬢の恋の話で持ち切りになりそうですよ。私も観に行きますよ。楽しみです」
「劇の恋の相手は誰かとか噂になってますか?」
ホーソンさんは大きな肉をパクリと食べると「ええ、もちろん」と、にっこりと頷いた。
え、誰だ?
「王都では魔女様の恋の相手の噂は飛び交ってますよ。ジェーン嬢の御心に住む方は出てきましたか?」
「・・・」
「おや」
「いえ、なんでもないですよ!?」
「ええ。幸運な相手は誰かお聞きしたいですが」
「いや、本当になんでも!」
うん。まだ。ちょっと、分からない。
それからはホーソンさんの最近食べたお菓子の話や、私が買ったブール領のお菓子の話をして楽しく食事をし、夜遅くにホーソンさんは「いつでも呼んで下さい」と言って帰っていった。
次回の投稿は、火曜日です。