夜寝る前に思い出すのは
「あらら。アルちゃん、優しくね。レンクさん、背中をこちらに向けて下さい」
「喜んで」
レンクさんは明るく答えるが、背中の打ち身は酷かった。骨に異常はないとレンクさんは言ったが、ポーションを飲んでこの状態ならウェルちゃんが見つけた時は本当に危険な状態だったのだろう。私を天の御使いに間違えたのも冗談ではなかったのかも知れない。
「レンクさん・・・。今日は熱が出ると思います。熱冷ましも渡します。痛み止めと塗り薬と・・・。包帯でギチっと強く押さえます。ブール領に戻るだけですから、魔法やポーションで完全に治すのは止めた方が良いですからね。骨は折れてたようですね。今もヒビは入っていると思います。綺麗にくっ付いているといいのですが」
「分かっています。大丈夫です」
「私は薬を作るのが専門なので、治療になると判断が難しいですね・・・。さあ、薬を塗りますね。アルちゃん、お願い」
私の声にアルちゃんが「了解」と頷くと、アルちゃんが練薬を器用に受け取り、レンクさんの背中に勢いよく塗っていった。
「あ!使い魔殿!アル殿!もう少し優しく!痛!」
レンクさんの悲鳴が聞こえたが、アルちゃんは舌をべーっと出してお構いなしに塗っていった。塗り方はちょっと強いけど、丁寧に塗っているし、アルちゃんは優しいから包帯もきちっと巻いてくれるでしょう。
「レンクさんはそこで少し休憩をして下さいね。アルちゃん、この薬も飲ませて。私はスープと薬湯を作りますから。少し休憩をしてブール領へと帰りましょう」
アルちゃんは薬を受け取り、「一気に飲ませるぜ」と、レンクさんを軽く縛ると、口に薬の瓶を突っ込んだ。フォルちゃんとウェルちゃんは「うえー」「にがそうー」とクスクス笑っていた。
魔力を皆に良く分けているおかげか、アルちゃん達との意思疎通が前よりもはっきりと分かる。
この子達は意外とおしゃべりだ。
「そうそう。全部飲ませてね。この石が多い所を竈にするのね。鍋をセットして・・・、傷があるから消化の良い物で、ジャガイモを少しと、トマト、ハーブ、塩、後は・・・ウェルちゃん、鍋に水入れてー」
薬を飲んだレンクさんは目を白黒させた後、ウトウトしだした。スープが出来る間、少しだけ寝て貰ってブール領に帰ろう。
レンクさんの傷はふさがっている。ただし、具合はまだあまりよくない。
学園時代に初級治療は習ったけれど、ポンコツの私は細かく覚えていない。
「初級治療は一年生の時に習ったのよね。応急処置の仕方と、風邪を引いた時の対処法。熱が出た時、薬を飲む時の飲み合わせ。ボンズ教授がつまらないジョークを言いながら包帯を巻いていたとかは覚えてるんだけどな・・・。肝心の事は覚えてない。血が足りない時と怪我をした後にすぐに食事を取っていいのかな?携帯食料渡したけど食べてなかったって事は、食べれなかったのか。ウェルちゃん、レンクさんの様子をしっかり見ていて。具合が悪くなりそうならすぐに回復魔法をかけてね」
私の言葉に「任せて」とウェルちゃんが返事をし、私は魔法陣を出すと杖を振り火の調節をしながらスープを作った。
冒険者の人達は道具を使って火をおこしたりするみたいだけど、私は火魔法で一気に木を燃やした。
スープを作り終わるとマジックバッグから薬草と蜂蜜を出して、レンクさん用の薬湯を作っていく。
スープを飲むことが出来なくても薬湯は飲んで貰った方がいいだろう。
「よし!出来た。初めての旅ご飯。やっぱり、外で作るのは難しいわね。レンクさん、ご飯が出来ましたよ。アルちゃん、レンクさんを起こして。レンクさんには無理せず食べて貰いましょう」
アルちゃんがレンクさんをちょんちょん突くと、レンクさんはゆっくりと身体を起こした。
「すっかり寝てしまいました。良い匂いですね。目覚めに美しい人の声が聞こえるなんて幸せです」
「レンクさん、気持ち悪くはないですか?スープ食べれますか?薬湯も飲んで欲しいのですけど」
レンクさんは身体を起こしたが熱が出て来たのか少しきつそうにしていた。
「さ。レンクさん。あまりきついなら回復魔法を掛けますからね」
レンクさんは「大丈夫です。おお、凄い」といってスープを受け取った。
「魔女様のスープですね。魔女様、頂きます」
レンクさんは口に含むと、心配そうに見る私に笑って「美味いですよ」と言ってくれた。
「お口に合ってよかった。無理せずに食べて下さい。レンクさんは誰に対してもそんな風に褒めてくれるんですか?」
「我が家の家風ですね。美しい人は褒めろ、口説け、喧嘩は日をまたぐな、がモットーです。冒険者ギルドにいると今日見た顔を明日見ない事もあります。「このクエストをクリアしたら告白しよう」なんて言った奴が戻ってこないことがあるので、冒険者連中もすぐに告白はしますね。思い残しはしたくないですから」
「成程」
「ギルドでは私の言葉はあまり本気にされません。私はいつも本気なだけなんですけどね。ジェーン様に言った言葉も嘘ではないですよ。ジェーン様は女神のように美しいと思います」
「あんまり言われると恥ずかしいです」
「恥ずかしがるジェーン様も綺麗ですよ。それに、ずっと褒めていると本当にその通り美しくなるんですよ」
「本当に?」
「兄が好きな子をずっと褒め続けていたんです。その子は私には可愛いと思えない子でしたが、兄には女神に見えていたようです。兄はとにかくその子を褒めていました。癖毛のくるくるを気にしていた子に「天使の髪だ。綺麗だ、好きだ」と言ったり、年頃になって少しぽっちゃりしているのを気にしていたのを「グラマラスで魅力的だ。好きだ」と言っていました。そしたらその子は本当にドンドン綺麗になっていったんです。言葉は魔法です。あ、魔女様の前で魔法って変ですか?」
「いいえ。そうですね。言葉は力があります。レンクさんの言う通りです。お兄様とその子は結ばれたのですか?」
「ええ。去年、結婚しました。兄の粘り勝ちです」
「うわあ、いいですね」
ゆっくりとスープを食べるレンクさんの顔は少し赤みがさしたようだった。
「レンクさんは私が魔女でも関係なしで口説くんですか?」
「そりゃ勿論。魔女様だからって指を咥える男は根性無しです。砂粒程でも私にチャンスが転がるなら私は綺麗な人には綺麗といいますよ。まあ、恐れ多いとは思いますが」
「さっき死にかけて会ったばかりでも?」
「死にかけを救ってくれた事も運命かもしれないでしょう?劇の一幕でありそうでしょ?剣士が美しい乙女に救われた、なんて。一度死んだと思ったら私は運がいいですしね。出会ったばかりなんて関係ないです。一緒にいる長さで恋に落ちるなら、隣に住む人間が運命になってしまう」
「私を怖いと思いませんか?使い魔達もいるのに」
私は杖を振って魔力を出した。アルちゃんはニヤッと笑って、黒い鞭を沢山出している。
怖がるかと思ったレンクさんだったが、首を傾げただけだった。
「ジェーン様。拾って貰った命ですよ?もう私の命はジェーン様の中です。刺されても、杖を振られても文句はいいませんよ。あ、痛くしないで欲しいですが。それに恋は考えてするもんじゃないんです。落ちるもんでもないですよ。捕らわれるんです。ジェーン様も夜寝る前に思い出す相手。美味しい物を食べた時に思い出す相手。そんな人がいませんか?」
私は魔力を引っこめて、杖をしまった。
「え?」
「一日が終わる時や、美味しい物を分け合いたいと思い出す相手は大切な人間だと思います。だから、その人が寝る時に隣にいて欲しいと思う様になるんですよ。今思い浮かべた顔がありますか?」
「・・・」
私はレンクさんの恋愛講座を聞きながら、薬湯に魔力をなじませてレンクさんに差し出した。
次回の投稿は金曜日です。最近忙しく投降頻度が落ちています。(o*。_。)o