大きなコボルト
コボルトの死体が出てきます。
「お前も、ここまで頑張って走ってくれたんだな。有難う」
レンクさんは馬に話し掛け、優しく撫でていた。
「美しい魔女様に助けて頂くとは私は運が良かった。ああ、失礼。流石に魔女様にジェーン嬢はなかった。ジェーン様と呼ばせて下さい。本当に助かりました」
「レンクさんを助けられて良かったです。使い魔があなたを発見したんです。紹介しますね、フォル、アル、ウェルです。馬に乗るのに手は必要ですか?」
レンクさんはふらっと倒れそうになり、「おっと危ない」と私が支えようとするとそれより早くアルちゃんが鞭で器用にレンクさんを縛った。アルちゃんはべーっと舌を出すとレンクさんをポイっと馬に乗せた。
「おっと」
「アルちゃん、有難う。お馬さん、ブール領まで宜しくね」
私が馬に挨拶をしている間も、レンクさんはアルちゃんの闇魔法の鞭に縛られたまま器用に手綱を持っていた。
「レンクさん、ポーションをもう一本渡しておきますね。手持ちは無いんでしょう?アルちゃん、縛られたままだとレンクさんが馬に乗るのはきついと思うの、鞭は外してあげてね」
「有難うございます」
「しょうがないな」という表情のアルちゃんは鞭を消すとレンクさんにポーションを渡していた。
「レンクさん。レンクさんが遭遇したのはコボルトって言ってましたね?」
「大型のコボルトです。50㎏以上ありました。単体です」
「私が読んだ魔獣図鑑に載っていたコボルトは小型の魔獣と書かれていましたが」
「ええ。個体差はありますが、成獣で体重が30㎏から40㎏の物が多いですね。通常、コボルトは小型と中型の狭間の感じの大きさに分類されます」
「50㎏以上・・・。レンクさんがコボルトを仕留めた場所は遠いですか?」
「いいえ。ここから少しの場所です」
「レンクさん、体調が心配ですがコボルトを回収してもいいですか?コロン領にも東の森の調査で来ていますし、変わった魔獣が出たのなら気になります」
レンクさんは頷くと、馬の向きを変えた。
「私もそうして頂けると有難い。コボルトを回収できればギルドからの注意喚起が容易くなります」
「では、ちょっと寄り道をしましょう。ウェルちゃん、先に飛んで。アルちゃんは周りに魔獣がいないか探知をお願いね。フォルちゃんは防御魔法をこのままお願い」
三匹は頷き、私達はコボルトの死体の回収に向かった。
レンクさんの言う通りに、少し走ると草原に大きなコボルトの死体が横たわっていた。コボルトはレンクさんの剣で腹を裂かれ、首からも血を流して横たわっていた。
「腹の傷が最初の傷?この傷で動いたの?」
「ジェーン様、こいつです。飛び掛かって来たのを上手く避けて胴体に剣を浴びせました。仕留めたと思った後に、再び飛び掛かって来て避けきれなかった。傷を負いながら、こいつの首に剣を立てました」
「血が大きく流れている・・・。あそこで倒れた後も動いたのね・・・。大きい・・・。亜種?」
私はレンクさんの言葉に頷き、フォルちゃんから降りるとコボルトを観察した。
本当に大きい。
60㎏はないだろうが、前脚を上げてのしかかれれば私よりもうんと大きいと思う。
「眼の色は・・・。オレンジ?珍しいわね・・・」
「言われてみれば、そうですね。コボルトの眼の色は黒か茶ですか。こいつの眼はオレンジですか?少し赤みがかってますね。生きている時はどうだったか・・・。死んだからこの色かもしれませんが」
「・・・回収して調べましょう。アルちゃん」
私は頷くとアルちゃんにコボルトを包んで貰って収納した。
「さ。レンクさん、休憩所に行きましょう。気分は悪くないですか?」
「ジェーン様の美しさにクラクラしています」
「めまいが激しい時は早めに教えて下さい。フォルちゃん行くわよ」
顔色の悪いレンクさんは軽口を叩きながらゆっくりと馬を撫でて、アルちゃんにまた手伝って貰って乗っていた。
「皆、お馬さんにポーションを飲ませたり、身体強化したり、風魔法使ったりしたら駄目かしら?防御膜も使ったらもっと楽に走れるんじゃない?」
走りながら聞くと、ウェルちゃんはピピピと鳴いて「どうかしら?」と言い、フォルちゃんは「止めた方がいいと思う」と、少し首を傾げた。アルちゃんは、ぺっと薬の瓶を私に吐き出した。
「早く走れるけどって事?アルちゃんこれは、元気モリモリ薬?お馬さんじゃなくてレンクさんに飲ませるの?レンクさんに飲ませたらどうなるのかしらね?ちょっと試したい気持ちはあるけれど・・・」
「元気モリモリ?飲むと元気になるのなら飲みましょうか?」
「ええ。モリモリになりますが、その後反動で歩く屍になります。副作用が大きいですよ。それに、男の人はふにゃんふにゃんになると師匠が笑ってましたから・・。女性が飲むとどうなるのかしら?やっぱり血が足りてないし、体力が落ちている時はお勧めできませんね。でも、師匠が試したのは軍団隊員だけだから、一般の人のデータは欲しい所ね・・・」
私がじっとレンクさんを見つめると、レンクさんの顔色が一層悪くなった。
「歩く屍?・・・、ふにゃんふにゃん?・・・。あ、急にめまいが」
「ふむ。今回はやっぱりやめておきましょう。休憩場所でレンクさんをもう一度治療して、スピードを上げるかを決めましょう」
アルちゃんも「しょうがないな」と、コクンと頷き元気モリモリ薬を飲み込み、フォルちゃんも「そうだよ」と、耳を立てた。
「ジェーン様、ブール領に着いたらお礼をさせて下さい。ブールの街歩きや、美味しい食事、音楽を聴きながらゆっくりとお酒はどうですか」
「いいえ、お気になさらず。宜しければ、ポーション代だけ頂きます。後は道案内代と言う事でいいですよ。それとも新しい薬の実験に付き合って貰ってもいいですけど」
「ああ、つれない言葉も素敵です」
レンクさんは青い顔でにっこりと頷き、私達は野原を駆けて行った。
「ジェーン様。もう少し行ったところに休憩所があります」
「了解です」
それから間もなく私達は休憩所へと到着した。
休憩所はまあ、早い話が馬小屋のような物だった。
「すみません、汚い所なんですが。こういう場所が村々の間には何カ所かありまして、村人や、旅人の休憩場所として使っています。魔獣が嫌う草を定期的に植えて魔獣が寄り付かない様にしています。雨風が一応はしのげるようになってますが、魔獣の住処や盗賊に使われない様にこのくらいの物しか作れないんです」
「成程。管理も大変ですものね。フォルちゃん、防御膜を掛けて。アルちゃん、絨毯とクッションをレンクさんに。あと、テーブルとイスを出して頂戴。ウェルちゃんは見張りをお願いね」
皆が「了解」と、頷き、レンクさんをアルちゃんがポイっと絨毯に乗せると、横にクッションを置いた。
「さ。レンクさん、背中の打ち身も診たいので上着を脱いで貰っていいですか?」
「ええ、上だけで宜しいですか?」
アルちゃんがピシっとレンクさんのおでこに攻撃をした。
「ふふ。レンクさんがどんな人か分かって来ました。ランさんから怒られるタイプの人だわ。そして師匠からは可愛がられて転がされるタイプの人ね」
ハハハ。と笑って、レンクさんが上着を脱ぎだした。
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