健やかな楽しい旅を ハヤシ大隊長視点
「直れ!!」
私の掛け声に隊員達が直立から楽な姿勢へと移った。
姿勢は解いたが隊員達の目線は皆同じ方向で固まっていた。皆の視線が辿り着く先は、フォル殿に乗って笑顔で旅立っていかれたジェーン様の背中だった。
不思議な方だ。自然と目で追ってしまう。ジェーン様はホグマイヤー様と似ている。
「お父さん。魔女様、綺麗だった・・・」
「ああ、そうだな。家に着いたらお母さんに話してあげよう。きっと喜ぶぞ。さ、急ごう」
嬉しそうに馬車に乗り込む親子の声が聞こえた。旅人達の表情は皆明るい。
私の横にいるエマーソンが呟いた。
「行かれてしまいましたね」
「すぐに戻って来ると言われた。ホグマイヤー様もジェーン様は名無しの薬局を出て行かれたわけではないと言われていた」
「はい。すぐに王都に戻って来られるといいです。ロイス隊長も気にしてましたから。自分の名前が出されたと教えると喜びそうです」
「ああ。ジョージ王太子殿下とルーカス王子様、レオナルド王子様にも伝えねば。国王陛下もフォル殿に乗って行かれたと知ると驚きそうだ」
「全くです。ブルワー法務大臣も喜びそうですね。それにしても転移で行かれなくて良かったです。見送りが出来ないなんて寂しいですから」
「ホグマイヤー様より「乗合馬車で行くだろう」と言われていたが違ったな。ジェーン様の使い魔殿があんなに大きくなるとは思いもしなかった」
エマーソンは、「部下達も驚いた様子ですね」と、頷いて騎士達に王宮に戻る指示を出していた。
隊員達も休みの者、時間に余裕がある者、偶々、王都門警備の者。多くの者がジェーン様の旅立ちに立ち会いたいと集まった。確かに、「仕事に支障が無い者は集まれ。宵闇の魔女様の旅立ちだ」と声を掛けたが、何処から声が掛かったのか、学園在学中の見習い騎士候補生も来ていた。
王立学園を卒業されたばかりであるジェーン様には親しい後輩もいるのかもしれない。
賑やかに見送れて良かった。
我々が正装し整列をした姿にジェーン様は驚かれていたが、その様子を目を丸くして、ふふっと笑った姿はとても可愛らしい様子であった。
「ハヤシ大隊長、騎士団はこのまま王宮へ戻ります。では」
「うむ。大通りで戻ってくれ。私は市場を回って戻る」
「は」
エマーソンはそう言うと礼をして、騎士団を引き連れて王宮へと戻って行った。
私は各軍団の報告を聞きながら皆が持ち場に行くのを見送った。
最後にスレイプと飛竜を待たせて、ジロウとハワードがやって来た。
「ハヤシ大隊長、自分はこのままホングリー辺境伯領まで向かいます」
「うむ。都度、報告を入れるように。第三とも連携を取ってくれ。緊急の場合は遠回りしても構わん」
「は」
ジロウは礼をすると、スレイプに乗り部下を引き連れ北へ向かった。
「ハヤシ大隊長、私は南へ向かい、ネール領へと向かいます」
「うむ。都度、報告を入れるように。第六と沿岸を見回ってくれ。お前の隊も緊急の場合は遠回りして構わん」
「は」
ハワードも礼をすると飛竜に乗り、待っていた部下と共に飛び立っていった。
接近禁止が解けてからジェーン様に二人が会ったかは知らない。しかし、今日の旅立ちの事を伝えた時にジェーン様が王都を出て行く事を二人共知っていた。
手紙のやり取りはしているのだろう。元恋人との事で軍団と距離が出来るのではと思ったが、ジロウ、ハワード達と仲良くしていると聞き、訓練でも良好な関係であったのでホッとしていた。
この二人であればホグマイヤー様のお眼鏡に叶うかと思ったのだが、今回は二人が原因であったとは。
ホグマイヤー様に王宮でお会いし、部下の失態の謝罪をした所、カラカラと笑われた。
「ダン、お前が謝る事はないだろう?なるようになるさ。お前にも言わなかったか?ロゼッタは勉強は一回きりしかせん。気にすんなよ。ロゼッタは私の弟子だぞ?そうだな、ダン。お前は釣りをするか?ロゼッタは釣りは向かんだろうな。釣りは頭を使うからな。忍耐も作戦も必要だ。あいつは竿を使うより、獲物を銛で一突きで仕留めるのが好きだろうよ。ダン、私は馬鹿は嫌いじゃないんだ。クズはいらんがな」
「お前は相変わらず可愛いな」と、言われ、私が膝をついたまま話していた為、ホグマイヤー様は私の頭をポンポンと撫でられた後、その話は終わった。
私からもジロウ、ハワード二人には今回の事件の説明をし、本人達も加害者に関わっていたことから事情聴取も行われた。結果、二人の処罰は「無し」だった。
隊長達が彼女達と二人きりで話した事もなく、家から丁寧に婚約に関してもずいぶん昔に断りを入れ問題がない。
二人を呼び出し、「処罰無し」と告げた所、二人は黙っていた。その後、「ジェーン様はご気分が優れず、暫く一人になりたいそうだ。誰にも会いたくないと仰せだ。私がジェーン様のお身体の状態を確認できるまで名無しの薬局に近寄る事を禁じる」と告げた時はハワードはサーっと顔色が変わり、ジロウは黙って礼をした。
その後は、業務も問題なく過ごしているようだったが、第四、第五の副隊長達には隊長達の様子を見るように命令をした。今日までの様子を見るに、必要はなかったかも知れないが。
若い隊長二人の事を考えていると、私の側に第二軍団のウーがやってきた。
「ハヤシ大隊長、このまま王宮へと戻られますか?」
「うむ。遠回りしながら王宮へ戻る。暗緑の魔法使い様の僕の動物たちの様子も見ておきたい。市場の様子を見るつもりだ」
「は。私も王宮詰所に向かいますので御一緒しても宜しいでしょうか。名無しの薬局の周辺にはいつもカラスがいます。普通のカラスより一回り大きなカラスです。きっとあのカラスは僕でしょう。あとは貴族街に猫と鳩が多いですね。全てが僕ではないでしょうが、こちらをジッと見ている猫もいますよ」
「ああ。当分見守りがあるのだろう。では行くか」
私が頷くと、ウーは第二軍団に指示を出した。
「本日はホーキンス隊長も見送りたかったとおっしゃってましたよ。第二はジェーン様に迷惑ばかり掛けましたから」
私は馬に乗り、ゆっくりと王都の中に入って行った。
ウーも同じように馬に乗り、道の中央を同じようにパカパカと進んだ。
「ジェーン様の旅立ちの日程がもう少し早く分かっていればホーキンスの調整ができたがな。第二だけではない。我らはこれ以上迷惑を掛けんようにするだけだ」
「は。第二軍団はこれまで以上に励みます。民も魔女様が旅立たれと知り、不安を思う者もいるでしょうが、魔女様の晴れやかな旅立ちで皆の不安も少ない事でしょう」
「ああ。王都は暫く火が消えたようになるかもしれんな。まあ、ジェーン様の劇が春に行われることが発表されている。ジェーン様が出て行かれても、王都が嫌いになった訳ではないと知る事ができているだろう」
「ええ。本当に」
「ホグマイヤー様は派手にしろ、と、いつもおっしゃる。今回の贐もな。本当に皆に優しい方だ」
私が市場に沢山とまっているスズメを見ると、スズメは私達を見てピピっと鳴いて飛び立っていった。
「噂や劇の事もホグマイヤー様が王妃様に相談されたそうだ。王妃様主体で今回の劇はされるらしい。ラン様も関わっていると聞いた」
ウーが頷き、話をしながら馬上からゆっくりと王都の街を見回って行く。
ウーと見回って行くと、「ウー副隊長。コレ持って行っておくれよ」と果物を貰ったり、「さっき、東の空から祝福があったんだろう?」「宵闇の魔女様だよ」と皆が話をしていた。
「ジェーン様はすっかり人気の魔女様だな」
「ええ。魔女見習いの時から人気でしたよ。配達などで街を歩かれている姿をよく見かけましたが、市場の夫人や子供達ともよく話していましたね。私の隊にも飴等の差し入れを頂きました。最近は魔女様ごっこが子供達の間で流行ってますよ」
ウーの視線の先には桃色のローブを着た幼女が道端に生えている草を抜いて水色のローブを着た友達と草を投げ合って遊んでいた。
「早く戻ってきて欲しいものだ」
「大隊長。ジェーン様は先程旅立たれたばかりですよ」
「ははは、そうだな。健やかに楽しい旅を過ごして欲しいものだ」
私達はジェーン様の事を話す民たちの声を聞きながら王都を見回り王宮へと戻った。
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