ホングリー辺境伯領 辺境軍団副隊長ネフノスキー視点
お披露目後の師匠の様子です。
ホングリー辺境伯領の鍛錬場では隊員が戦闘訓練を行っていた。
ここでは一対一の訓練も行うが多くの訓練が班対班で行われる。
所謂、実践形式のなんでもありの鍛錬だ。
今は片方の班が武器を一切使わず、落ちている枝や石、素手で戦いながら味方を背負って自分の砦まで決められた時間内に逃げ込めるかの訓練だ。
もう片方の班は武器を使い、砦に逃げていく敵を一人たりとも逃がさず捕らえる事が出来れば勝利となる。
ここでは、隊員同士が剣と剣を持って向かい合って礼をし、綺麗に整地された場所で打ち合う訓練ばかりではない。
戦闘時に一番多いのが班をまとめて戦う隊での戦い方だが、その次に多いのが個別の班での戦い。斥候が敵の後ろから回り込み襲うとなれば少数もあり別だが、一対一での戦いは基本戦闘時はない。
戦闘時は敵に二人以上で向かうのが基本であるし、自分が複数を相手にしなければならない時は時間を稼ぐか無理をせず安全な所まで撤退するのが基本だ。
そして、訓練は夜間、早朝、雨天に行う事も多い。
晴れた気持ちのいい、食事と休息をしっかりとった後に戦闘が始まるという保証はどこにもない。
初めてここの訓練を見た王都の隊員や騎士は驚く。そして、野蛮だと馬鹿にする者と勇敢だと感心する者とに分かれる。
我らホングリー辺境伯領は国の要。どんな手段を使ってもここを落とされるわけにはいかない。卑怯だろうが何だろうが、生き残り砦を守る。華麗に散るなぞホングリー辺境隊員は望まない。
無様に這いつくばっても敵に噛みつき、首だけになろうが砦を守る。
そんなホングリー辺境隊員の訓練が今日も行われ、副隊長の私はそれを見守り班長に指示を出していた。
いつも通りの訓練であったが、訓練場で一班の班長と三班の班長が打ち合った所で近くの地面が光り魔法陣が浮かんだ。班長達は急いで飛びのき、各班の者に訓練を止めさせる指示を出した。
皆が場所を空け、魔法陣から距離を取った所でホグマイヤー様が現れた。
「いやー、失敗したな。執務室に行こうとしたんだがな。久しぶりだからか?位置をまちがえたなア」
突然現れたプラチナブロンドの華奢な少女が顎に手を当て、首を傾げる姿に皆が一瞬驚くが、班長は勿論、年配の者は一瞬で最上の礼をとる。
私も礼をしたまま、声を上げた。
「お久しぶりでございます、ホグマイヤー様。副隊長のネフノスキーです」
「おお、元気そうだな。アンディだったか。転移を失敗した」
「は。いえ、失敗ではないかと。最近、古い隊員棟を取り壊しまして少し離れた所に建て直しました。ここは以前、棟があった場所になります」
ホグマイヤー様は辺りを見回し、頷く。
「成程なア。転移の前は一応調べるんだがなア。ゴードンはいるか?この間から迷惑をかけたなア。土産を持って挨拶に来た」
「は。ナバロ隊長室までご案内致します。皆、各自で訓練を続けよ。ゾーフ班長、私が戻るまで代理でここを任せる」
「「「「は」」」」
怖々と見ている者、尊敬のまなざしで見つめる者。大魔女のホグマイヤー様を信じられない思いで見ている若い隊員もいた。
その中には最近やっと顔つきが変わったダレン・ウッドマンの姿もあった。
私のすぐ後ろを歩くホグマイヤー様はくるりと振り返ると、こちらを見ていた隊員達に杖を向けた。
「よー、アンディ。一つ打ち込んでもいいか?」
「どうぞお好」
「火球」
ホグマイヤー様は私の「お好きに」と返事が終わる前に、訓練場に向けて杖を振られた。特大の火球は隊員達の横を凄い速さで通りすぎ、ドオオオン!!と言う音と共に炎と煙が上がった。
「豪雨」
続けて大きな杖を振り、滝の様な雨が辺りを打ち付け火を消し去ると何事もなかったように、ぴたりと雨は止んだ。
「春風」
ホグマイヤー様がゆっくりと杖を振ると、訓練場を優しい風が辺りを包み、もわっと蒸れた空気を流し去っていった。
ホグマイヤー様が火球を打ち込んだ場所は隊員達から少し離れていた場所であり、地面は黒く焦げていた。もし、直撃をしていたら地面と同じように灰になっていただろう。私が班長達を見ると、グレー班長の隊が一番近くにおり、ダレン・ウッドマンの髪が少し焦げたようだが私は何も言わなかった。
各班長は見習い達の所に駆け付けようとする者、魔術士達はすでに土壁を作って隊員達を守っており、隊員は治療師達を囲い、防御の姿勢を各班が取っていた。
「悪くない動きだな」
ホグマイヤー様は手を振ると杖を振った。
「慈愛の雨」
魔法陣を出されて、頷かれていた。
「よー、今のは私だ。訓練を続けてくれ。じゃあな」
班長達が礼をし、残りの隊員も一斉にホグマイヤー様に礼をした。
「アンディ、待たせたな。行くか」
私の方を向き、歩き出されたホグマイヤー様の前を私が歩く。
隊長室の前に着くと、ナバロ隊長がドアの前で礼をして待っていた。
「よー、ゴードン。久しぶりだな。元気か?」
「は。ホグマイヤー様もご機嫌麗しく」
「ああ、土産を持ってきた」
「は。散らかっていますが、どうぞ」
「私の工房もいつも汚ねえよ。仕事をしている奴はある程度散らかってるもんだ。私は弟子に掃除をさせてるがな」
隊長室の中は書類が机に散らばっていたが、ホグマイヤー様は気にせずソファーに座ると、ナバロ隊長の秘書官に菓子を投げて渡された。
「ほら、菓子だ。茶は濃い目に淹れろ」
「は」
秘書官は菓子を受け取るとお茶の準備を始め、ナバロ隊長は一礼をするとソファーに座った。私はドアの近くに立ち、挨拶をして退出しようとしたがホグマイヤー様に手招きをされた。
「おい、アンディ。お前も座れ」
「は」
「ホグマイヤー様、何かございましたか?」
ナバロ隊長が思わず話し掛ける。
「いいや。礼だ礼。虫退治でお前らには大分辺境周辺を走らせたからな。ほら、土産だ。王都でアルランディの知り合いにあってな。そこまで一緒に来たんだ」
ホグマイヤー様は、練薬とポーションをテーブルの上に置いて行く。
「無事に捕縛が出来て何よりでした。アルランディの方は魔女様のお披露目の使者様ですね。お館様に連絡は来ておりましたが、お帰りはホグマイヤー様がご一緒でしたか」
「まあな。帰りは門だけの挨拶なんだろ?あいつらとっとと帰って行ったぞ?」
「はい。いつもそのようにしております。行きはここで滞在されますが、帰りはされたり、されなかったり。第三軍団とうちの隊員が国境門で通行券を確認し、そのまま帰国されます」
ホグマイヤー様は煙草に火を点けられると、頷いて、煙草を吸うとプハーっと吐かれた。
「あ、魔女の披露目な、うちの弟子だぞ。知ってたか?」
「はい、王都からの連絡で知りました。宵闇の魔女様とお聞きしております。おめでとうございます」
「ああ、おかげさんでな。私に似て物覚えがいいんだろうな。あっという間に魔女になりやがった。お前がクズを引き受けてくれたからな。クズは使い物になりそうか?無理な時は王都に送り返すか、ゴミ箱に捨て置いてくれ」
お茶が前に出されホグマイヤー様は一口飲んだ。
「三ヵ月ほどは腐ってましたが、腐りきる前に持ち直したようです。ネフノスキーがホグマイヤー様の伝言も伝えております。目は死んでいませんよ。まあ、これからでしょう」
ナバロ隊長が私に目配せし、ホグマイヤー様も私の方を見て私は黙って礼をした。
「そうか、腐りきらんかったか。腐ってたら私が燃やしてやってもいいかと思ったが、手を潰す許可だけだからなア。お前らに迷惑かけるな」
ホグマイヤー様はトントンと杖で床を叩かれるとニヤリと笑われた。
私の方を見てホグマイヤー様は「どうだ?」と聞かれ、ナバロ隊長は私の方を見て頷くので、私が答えた。
「ダレン・ウッドマンに、ホグマイヤー様の伝言を伝えところ、軍団隊員であっていいのか、と言っておりました。根は悪い奴ではありません。他人のせいに全てをせず、腐りきりませんでしたからな。今は真面目に訓練に励んでいます。先程少し髪が焦げた隊員がそうですが、ホグマイヤー様はご存じでしたか?」
「ヒヒヒ。偶然だろ?隊員の動きは良かったな」
ナバロ隊長は秘書官にダレン・ウッドマンの書類を持って来させ、ホグマイヤー様の前に出した。
「こちらが預かった者の報告書です。宜しければお持ち下さい」
「ああ、読まないが貰っておこう。ホングリーは平和か?」
「は。もう少し道が良ければ商人が行き来しやすいと文句が出ていますが、道は整備をしすぎると辺境の意味がないですので、難しい所です」
「ふん、楽したい奴には言わせておけ。そう言う奴は碌な金は落とさん。ケチな奴は口を出すだけだ。本当に必要と思う奴は金を落とす奴だ。薬でいいなら、うちと取引するか?ロゼッタの使い魔便を使えるぞ。ランに魔鳩を飛ばしてみろ。色々売るだろう。ま、他の使える商人は切るなよ。行商人は大事だ。今迄入ってない物をうちから買え。で、今迄売ってない物をランに売れ。あいつはなんでも欲しがるぞ」
「かしこまりました。早速お館様に話を通してみます」
「ああ、ジジイには私もこれから会っとくか。一緒に来るか?その方が早いだろ。ただ、あいつは相変わらずだろ?」
「お館様は変わらずでございます」
ホグマイヤー様は杖を出すと頷いた。
「よー、茶、美味かったぞ。お前ら訓練頑張れよ。アンディ、騒がしたな。ジジイの執務室でいいな?」
隊長が頷くとホグマイヤー様は魔法陣を出し、杖で床をトンっと鳴らすととナバロ隊長と共に消えられた。
もう一話幕間を挟みます。次回はちょっと空いて火曜日に投稿します。