お前は今後どうしたい? ダレン視点
俺が第二軍団からホングリー辺境伯に異動になり、三ヵ月が経った。
辺境は王都の北にあり、オースティン王国の最北地だ。
夏でも肌寒い。冬は雪に閉ざされると聞く。
軍団見習いの仕事は、訓練と雑用で一日が終わる。
起床から就寝まで自由時間は少なく、班を離れる時も報告が常に義務付けられる。
一度経験した事だ、訓練も雑用も問題ない。
ただ、周囲の目線が痛い。空気が重い。
俺は見習いになった事で、給料が下がった。下がったのにロゼッタの慰謝料で更に給料は少なくなる。
異動して二ヵ月経つ頃には実家から手紙が届いた。
第二軍団に手紙を出したらしく、第二軍団から辺境伯の方に届いた。
「ダレン、どういうことなんだ。何をしているんだ。なんでロゼッタちゃんと別れたんだ」
そんな内容がつらつらと書かれていた。
俺が聞きてえよ。
どうなってるか教えてくれよ。
俺が何してるか教えてくれよ。
返事は書きたくなかった。
だが、第二軍団にまた手紙を出されると面倒なので、辺境伯に異動になった事だけを返信した。
辺境では、俺のやらかしを皆知っているのか針のむしろだ。
軍団寮に行く途中に事務所があるが、女の子は俺を見ると目をそらす。
もう軍団にいる事が辛い。
軍団だったからこんな目にあってんだろ?
普通に男だったら遊び位誰でもやってる事だ。
飲みに行けば女の子に声を掛ける事だって、普通だろ?
女の子だって、楽しく遊んでたじゃないか。
遊びまわってる女の子だっているだろう?俺だけ悪者にすんなよ。
声掛けてくる女だって悪いんじゃないか?俺は遊びだって言ったぜ。
それでいいって、遊んでたんだ。
なんでおれだけこんな目に遭うんだよ。
訓練を終え、片付けをしていると団員達の声が聞こえてきた。
「おい、東の森の魔物湧き、大変みたいだな」
「ああ。友人が第四軍団にいるんだけど。心配だな」
「でも、治療師の知り合いが、大魔女様が出られると言ってたぞ。大丈夫だろ」
「お、大魔女様が?じゃあ心配ないな。もう討伐終わってるかもな」
皆は汗を流すのか寮の方へ歩いていた。
そして声が聞こえなくなる頃に、
「大魔女様が出られるなら安心だ。深淵の大魔女様が出られるのって、うちに来て頂いたぶりか。」
「俺が見習いの時だったから十五年前だな。凄かったよな。弟子の魔女ちゃん、可愛い子って聞いたけどな。あいつもバカだな」
「調子乗ってたんだろ」
笑い声と共に完全に聞こえなくなった。
なんだよ、深淵の魔女って。
おとぎ話に出てきたあの深淵の魔女か?国の危機を幾度も救った伝説の魔女か?
ただのおとぎ話だろ?
弟子の魔女ってロゼッタの事か?あいつはただの薬屋だろ?
ロゼッタだって、薬屋って言ってたじゃないか。
なんだよ。訳、解らねえよ。
もうどうしたらいいんだよ。
なんで俺だけこんな目に遭うんだよ。
ああ、軍団辞めてえな。
学園の頃は良かったな。
友人がいて、軍団入る為に頑張って、応援して貰えて、皆と馬鹿やって、楽しかったな。
ロゼッタと出会ったのも学園だったな。
可愛かったな。
(ダレン、軍団の入団試験受けるの?私も薬師試験受けるの。一緒に頑張ろうね!)
軍団に入ってすぐの頃も訓練がきつかったけど楽しかった。
先輩も厳しかったけど、今考えると優しかったんだろうな。
(ダレン、見習いから昇格試験に受かったの?すごいじゃない!私も頑張るね!)
今は訓練もあの頃よりもきつくはない。
でも、同じ見習いからも一線引かれているし、学園で見た顔もあるが、話しかけれない。
俺が悪かったのか?
何が悪いんだ?
わかんねえよ。
(ダレン、バカね)
俺が失敗したら、いつもそう言って笑ってくれたロゼッタはもういない。
(ダレン、一緒に頑張ろうね!!)
「ロゼッタ・・・」
ああ。なんでだよ。
頑張るって何なんだよ。
どうしたらいいんだよ。
わかんねえよ。
「ロゼッタ・・・」
俺が頭を抱えてると声が掛かった。
「ウッドマン、ネフノスキー副隊長がお呼びだ」
「は」
俺を呼びに来たのは見習いをまとめているグレーン班長だった。
何だろうな。
俺はもう考えたくなかった。
事務局の奥の副隊長室の前に着くと、グレーン班長がノックをし、
「グレーンです。ウッドマンを連れてきました。入室許可をお願いします」と言われた。
「許可する」
中から声がし、俺とグレーン班長は副隊長室に入った。
敬礼をすると、楽にしろ、と言われた。
「ウッドマン、どうだ、ここにはなれたか。お前の報告は上がっているが、お前は今後どうしたい?」
「は」
「ここに配属されて三か月経った。見習いとして問題ないとも聞いてはいるが、お前の気持ちはどうなんだ。お前は今後どうするつもりだ」
ネフノスキー副隊長はゆっくりと手を合わせ指を組んだ。
「お前は罰を受けてここにいると思っているのか?確かに処罰として異動が出された。だがな、いいか、これは罰ではない。お前がここで終わるか、やり直せるか、今しか気づけんぞ。辞めるならそれでもいい。早い方がいいだろう。お前はどうしたい」
俺、俺、俺は。
「お前がな、ここにいるのは大魔女様の温情だ。王都にいる方が腐るだろうとな。大魔女様は自分の力の大きさを理解されておる。お前が軍団隊員として必要以上に罰を受ける事を望まないとの事だ。ただ、弟子殿の傷つく顔も見たくない。そこで以前、縁があった我らに頼まれたのだ。お前を鍛え直して欲しいとな」
俺は。
(ダレン、隊服似合ってる!)
「大魔女様からの伝言だ。「クソガキ。うちの弟子を虚仮にしたんだ。首洗って待ってろ」との事だ。どうだ、分かるか?待ってろと仰せだ。お前はどうする」
俺は顔を上げられずネフノスキー副隊長に尋ねる。
「・・・・。俺は軍団にいていいんですか?」
「いいか、軍団隊員である以上、それは男である前に、人である前に、軍団隊員なのだ。お前はそれが分かっていたか?」
ネフノスキー副隊長はゆっくりと俺の目を見た。
「ウッドマン、王国軍団の七つの心得を言ってみろ。」
「は。王国軍団隊員は七つの心得を刻むべし・・・
一つ、勇ましくあれ・・・
一つ、弱者の守護者とあれ・・・
一つ、常に高潔であれ・・・
一つ、誠実であれ・・・
一つ、努力を怠る事なかれ・・・
一つ、礼節正しくあれ・・・
一つ、国へ忠誠を捧げよ・・・」
「ウッドマン、三つの柱を言ってみろ」
「は。我らの心を支える柱、国への忠誠・・・、墓に刻む名誉・・・、貴婦人への愛・・・であります」
「お前は人である前に、軍団隊員になれるか?」
「は」
「やっと見習いに戻れたな」
「・・・・は」
「首を洗って待っている間、どう過ごすかはお前の自由だ。分からないことはグレーン班長に聞け」
「は」
「お前が待つのなら、大魔女様からもう一言伝言だ。「おい、捨てられ男。ロゼッタよりいい女はいないぞ。バカだな」、だそうだ」
「は」
俺は敬礼をして頭を下げた。
(ダレン、バカね)
ロゼッタの笑顔が浮かんだ。
ああ、本当にそうだろうな。