私の後始末ですよ
「・・・聞かなくていい・・・」
私が振り向くとゼンさんがいつの間にか後ろに立っていて、ゆっくりと私の耳から手を下ろし自分のフードを外した。
「・・・ベンさんと師匠も・・・もうすぐ来る・・・」
私が頷いて、イレーヌ・ガレルに向き直り杖を振ろうとすると、私より先にゼンさんが杖を振った。
「・・・防御膜」
ゼンさんの言葉と同時にイレーヌ・ガレルの周りは防御膜で包まれた。アルちゃんが一歩前に出て、闇を吐き出して、防御膜の周りを闇で包んでいった。
「###$!!!**%#$!!!!」
こちらに向かって何か叫んでいるが、防御膜があるので何も聞こえない。そして闇に包まれたせいか、影縫いの効果が薄くなり身体の自由が少し戻ったようで杖を握りしめていた。何か、一生懸命唱え杖を振っているけれどゼンさんの防御膜を破れるはずもない。
勿論、私が破るのも簡単ではないと思う。
アルちゃんが、私の前に出ると闇魔法で防御膜の周りをもっと濃い黒い膜で覆い、イレーヌ・ガレルの姿は完全に見えなくなった。
「・・・・ロゼッタ・・・・」
私が黙って杖を下ろすと地面が光り魔法陣が現れた。魔法陣と一緒に現れたのはクリスさん、それにベンさんだった。
「ロゼッタさん。君も中々のお転婆だね。ゼンが間に合って良かった。まあ、ホグマイヤー様の弟子で、ランさんの妹弟子だ。大人しい優しいだけの魔女様ではないか。愚か者は君に直接喧嘩を売ったのかい?度胸だけは大したものだ」
「ロゼッタちゃん、ごめんね。呪いが色んな所に撒かれていてね。回収していたらおそくなっちゃった。でも大体は回収出来たんじゃないかな」
ゼンさんがゆっくりと杖を振り、周りに集まった動物達に魔力を飛ばすと、一斉に動物はいなくなった。
「ゼンさん、私を見守ってくれていたんですね」
「・・・・」
こくりと頷き、ゼンさんは杖を空に向けて振ると銀色の光が空に光った。クリスさんが私の側に立ち、私の手を握ると、ゆっくりと私の杖に溜まった魔力を放出した。
「ロゼッタさん、魔力が溜まっているよ。ゆっくりと吐き出してしまいなさい。もうすぐ騎士と軍団が到着する。この光を目印にするように言ってある。ホグマイヤー様は王宮にいらっしゃるよ。ランさんからの魔蝶でお戻りになられた。ロゼッタさんに伝言だ。「面倒な事は引き受けてやる。好きにしろ」だ、そうだよ」
「はい、クリスさん」
ふーっとゆっくり息を吐き、私は杖を振って周りに魔力を散らしていった。
「さて、ロゼッタちゃん、そのハンカチ貰える?」
私は呪いのハンカチをベンさんに渡した。
「僕が集めた物を何枚か残しておこうか。証拠がいるよねえ。もう、名前を知っている呪術者が目の前にいるんだから簡単に返せるね。遠慮なく行こうか」
「ベンさん、私が呪い返しをしてもいいですか?」
ベンさんが杖をハンカチに向けながら驚いた顔をして私を見た。
「ロゼッタちゃんが?いいよ。この間の言葉は覚えているね。それに呪術者の名前に、呪いの母、と言う言葉を付けるといい。しっかり相手の魔力を抑え込んで一気に返すんだ。祝福の掛け方と同じだよ。相手の魔力を包み込むようにすれば上手くいくと思うよ。ロゼッタちゃん、呪い返しだけでいいからね。攻撃はもういらないからね。ゼン、防御膜を解いてあげて」
「はい、ベンさん」
「・・・・」
コクリと頷いてゼンさんは杖を振って防御膜を解いた。瞬間、イレーヌ・ガレルの声が聞こえ出した。私は魔力を出し魔法陣を出すと、ハンカチをその上に投げた。私の魔力で辺り一面が眩しい程の金色に光った。
「ひっ!!」
「悪しき物、害なす者、姿を隠した愚かな哀れなる者よ、呪いの母、イレーヌ・ガレルの元へ我が魔力と共に返り給え」
「え?なに?なんなの?キャー!!止めて!!いや!!来ないで!!!」
私が勢いよく魔力を出し、魔法陣を浮かせるとハンカチは一気に金色の光に包まれ、真っ黒に染まり、どろっと溶けた。黒い煙がハンカチから勢いよく噴出し、イレーヌ・ガレルの元へとむかった。
「うわあ。名前を知っているとは言え、呪文だけで呪物を溶かしちゃったよ。ロゼッタちゃん怒らせるのはやめとこう」
「全くだね」
ベンさんの声とクリスさんの笑い声が聞こえ、闇魔法をアルちゃんが解くと泡を吹いて倒れているイレーヌ・ガレルがいた。
イレーヌ・ガレルの足元には薄汚れた本があり、アルちゃんはパクリとその本を飲み込んだ。
「さあ、これで大丈夫」
ベンさんが優しい声で私に言う。
「有難うございます」
私達が呪い返しをしてすぐに、イレーヌ・ガレルは駆け付けてきた騎士達に拘束された。目もうつろで抵抗する事もなく、大人しく手に縄を掛けられて馬車に乗せられていった。
これから王宮の外れにある第二騎士の貴族用の簡易牢に入れられ取り調べを行うらしいが、ちゃんと受け答えが出来るか怪しいと、第二騎士団のエマーソン隊長が言われていた。
私も王宮で取り調べがあるのかしら、と騎士団の後ろを付いて行こうとすると、エマーソン隊長から呼び止められた。
「ジェーン様。ホグマイヤー様から伝言です。「クリスの伝言を聞いたか?薬局でいい子に留守番していていいぞ。ランや隣のジジイ達に説明してやれ」だそうです。ジェーン様はお好きにされて構わない、とハヤシ大隊長も言われていました。お話を聞かせて頂きたいですが、本日はお疲れでしょうし、お好きな時に王宮に足を運ばれて頂ければ結構との事です」
「私の好きでいいのですか?では、王宮に行きましょう。これは私の事件ですからね。師匠こそ、私の話を酒のつまみにして、ジョゼッペさんと飲んでいればいいのですよ」
私はすぐに返事をし、ランさんに魔蝶を飛ばした。クリスさんが私の言葉に頷きベンさんを見た。
「じゃあ、ベンは私と教会に行こう。まとめて解呪をしてしまおう。ゼンは好きにしなさい」
ゼンさんはコクリと頷き私の方を見た。ベンさんは杖を振ると、「またねー」と言ってクリスさんと消えた。
ゼンさんは、じっと空を見ると一つ頷いた後に、アルちゃん達を撫でると杖を出した。
「・・・ロゼッタ・・・また後で・・・。ホグマイヤー様の代わりをしてくる・・・」
そう言うと、ゼンさんは消えた。
私はエマーソン隊長を見て、杖を出した。
「エマーソン隊長、私は先に王宮に到着しても問題ないですよね?私一人で飛ぶよりも誰か一緒に飛んだ方がいいのかしら」
エマーソン隊長は近くの騎士に頷くと、私に頷いた。
「は。私がお供致します」
「では、飛ぶ場所は?王宮門?法務局?師匠なら・・、ああ、陛下の執務室ですか?」
「は。ホグマイヤー様の場所であれば、陛下の執務室かと」
「了解です。では、行きましょう。あら?一緒に飛ぶってどうするのかしら?アルちゃん達とは飛べたから・・・。魔力を感じればいいのかな?エマーソン隊長、失礼」
私はエマーソン隊長の手をぎゅっと片手で握ると靴を鳴らした。
「!!」
「転移」
驚いた顔のエマーソン隊長を見ながら私は国王陛下の執務室に転移をした。
陛下の執務室に突然現れた私達に誰も驚かず、師匠はソファーにドカリと座って、ひらひらと手を振った。
「なんだ、ロゼッタ。来たのか」
「来たのか、じゃないですよ、師匠。私の事件ですよ。国王陛下、呪術者は騎士団が拘束致しました」
私が陛下に礼をすると、エマーソン隊長も礼をして、陛下に報告を始めた。師匠はその様子を見ながら私に話し掛けてきた。
「なんだよ。子供は帰って飯食って、寝てろよ。もうベッドの時間だぞ」
師匠は出されたお菓子を食べながら、自分の横のソファーをパンパンと叩いた。私はティーセットを出すと、師匠の横のソファーに座って自分の分のお茶を淹れた。
「師匠こそ。大人はお酒飲んで、呑気に歌っていればいいんですよ」
私がお茶を淹れ終わって、師匠に言うと、師匠が「はっ」と笑った。
「言うようになったなア、ロゼッタ。そうか、大人は歌うか」
「ええ。そうですよ、師匠は私やランさんの好きにさせてくれていたでしょう?呪いにだって、好きにさせていたじゃないですか」
「そりゃそうだ。どこの世界に子供の喧嘩に大人がでしゃばる馬鹿がいるんだ?ガキはガキで喧嘩しろよ。大人の出番は洒落にならない時と、後始末だけだ。まあ、たん瘤作る役目は引き受けるがなア」
「喧嘩は無事に終わりましたよ。クリスさんやベンさん、ゼンさん達に手伝って貰いましたが、自分で呪いも返せるようになりました。私も呪い返し出来ましたよ」
私はふうっと溜息を着くと師匠をジッと見た。
「大人は子供を叱って、子供に後始末をさせたらいいんですよ。それが例え、自分でした方が早くて簡単で面倒だと思っても。師匠、お願いですから私にさせて下さい」
師匠は目を丸くして、「はっ」と言うとニヤッと笑った。
「うちの娘は賢いな。ケツを叩かれる前に帰るか。聞いたか?ヘンリー。じゃあ、ロゼッタに後は任せるぞ?ロゼッタの言葉は私の言葉だ。皆、分かったな」
「は」
「じゃあな、ロゼッタ。酒を飲んで、歌ってるぞ」
師匠はそう言うと、パチンと指を鳴らして消えた。
「さ、国王陛下、皆様。私の後始末を宜しくお願いします」
私がそう言うと、国王陛下が頷き、私はその日、王宮に泊まりこむ事になった。
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