汚れた魔術書 ガレル子爵令嬢視点
休みを使って実家に戻りハンカチを大量に仕入れ、そのまま実家で呪いのハンカチを作った。
(今日はこれくらいでいいかしらね)
私は出来上がったハンカチをバッグにしまい、お茶とお菓子で休憩をする事にした。
(今日はこのまま、実家に泊まって明日ゆっくりと寮に戻ろうかしら)
まだ日は落ちていないが、実家にいればメイドもいるしなんでも頼めばして貰える。
私は一人で働いてしっかり自分の事は自分でしているのに、お姉様はズルい。
なんでもして貰えて家からも出た事が無い。
先に生まれただけで、なんでも与えられてズルい。
(自立出来てないお荷物のくせに、長女ってだけで家を貰えるんだから甘えた人生よね)
私はイライラしながらベッドの上に座った。
それにしても、最近の噂は面白くない。
私が流した噂がまた変わって、いつの間にかあの女がハワード隊長やジロウ隊長と付き合ってるって噂になっていたり、二人が取り合っているって噂も聞いた。
面白くなくて、ジェーンが二人にアタックしたがこっぴどく振られたと噂を広めてやった。
その噂もまた変わって、二人が振られたと言う噂になったりもしていた。
(せっかく噂を広めてるのに、勝手な事を噂してんじゃないわよ)
馬鹿ばかりで嫌になる。
(あーあ。このハンカチは本当に効果があるのかしら?まあ、少しでもあればいいかと思っているから、いいんだけど)
それにコレを作ってる間は気持ちがスッキリする。イライラしている気持ちがスーッと無くなって行く気がする。
そんな事を考え私がお茶をゆっくりと飲んでソーサーにカップを置くと、部屋の空気が急に変わった。
「何?」
私が辺りを見回すと、突然、空気が割れる音がした。
パシュン。
(え?)
不思議に思ったのは一瞬で、次の瞬間には顔が焼けるように熱くなった。
「いやあああああ」
(顔が痛い!!なによ!何が起こったの?)
私が顔を押さえながら目の前にある化粧台を見ると、顔の右半分にどす黒い痣が出来ていた。
「いやあああああ!!!!」
「パシュン。パシュン」
私が鏡から目を離せないでいると、風が切り裂かれる音が再びして、私が振り返ると壁やカーテンが風で切り裂かれていた。
「ひいいいい!!!」
(これは風魔法?)
ベッドサイドのグラスに手が当たり、ぱりんっと音がして慌ててメイド達が来る音がした。
「お嬢様?」
「入ってこないで!!」
私の部屋のドアを開けようとするメイドの声にむかって怒鳴りつけ、ドアに向かって近くにあった本を投げつけると、ドアノブは回らなかった。
「お嬢様?大丈夫でございますか?」
「煩い!下がりなさい!」
私は杖を出し、治癒魔法をかけたが何も役にたたない。ジクジクと顔半分が痛み、何度治癒をしても何も起こらない。
「なんなのよ!!」
私は机の上の物を投げつけると、ベッドに倒れこんだ。私が顔を押さえて苦しんでいると、机の引き出しがガタガタと音が鳴った。
「ひいい!!」
(何よ!!なんなのよ!!)
引き出しが勝手に勢いよく引き出されると、その拍子に引き出しの中に入れて隠していた魔術書が床にバンっと落ちて、ページがパラパラとめくれた。
「何が起こってるのよ!!」
ページが開かれた場所は、あの、呪いのハンカチのページだった。
「なんで勝手に開くのよ!!」
私が本を掴もうとするとそのページが勝手に黒く塗りつぶされていった。
「何なのよーーー!!!!」
私は痛む顔を気にしながら本を急いで拾うと、本がブルっと震えた気がした。
「え?何?」
私が本を持ち直してからは本は震える事もなく、何も変化は感じなかった。
本を開いて中身を見てみると、所々に黒いシミが出来ていて、あの呪いのハンカチのページが一番シミが酷かった。
「まさか・・・・」
私は呪い返しの可能性を考える。そんなまさか。
「あの、落ちこぼれがそんな事出来る訳ないでしょ!風魔法もあの女のせいなの!?」
私は急いで部屋にある魔術の本を開いた。確か、後ろの方に禁呪について書かれた章があった。そこに何か書いてあるかも知れない。風魔法で切り裂くのは、鎌風?上級の攻撃魔法じゃない?あの女が?
「ええっと、あ、ここだわ」
(禁呪について・・・。多くの国で禁忌とされている魔術がある。それは呪いや魅了という、相手の意思を奪う魔術の事を言う。我が国においても、魔術を志す者が道を踏み外さないように、ここに禁忌となる魔術がある事を記載しておく。魔術は己の力を示す物。己の魔術に誇りを持ち、欲に溺れる事なかれ。新たな魔術に興味が出て来た時は、必ず、師や先達に教えを乞うように。過ぎたる力は己を亡ぼす。上級魔術師 ジョルジオ・フランクリン)
「何よ!!使えないわね!!呪い返しの事を書いておきなさいよ!!」
私は本を壁に投げつけると、ベッド脇のベルを鳴らした。
メイドがドア越しに声を掛けてきた。
「お嬢さま?」
「濡れたタオルを持って来て!水桶もよ!早く!」
私がそう言うと、メイドは「かしこまりました」と言って立ち去って行った。
やっぱり呪い返しかもしれない。
まさか、そんな。
大した呪いではないと思う。それなのに、呪いを返すなんて。
私にこんな痛い思いをさせるなんて、なんて酷い女なの?
どうしよう。顔を見られたらすぐに皆から心配される。
私の治療が効かないのは自分だからか、下位治療師だからなのか。
魔物の毒や呪いは教会が得意としていたはず。教会に行ったら顔は元に戻るのかもしれない。
上級治療師に治療を掛けて貰う訳にはいかない。
(そんな事をしたら、上級試験を受けれないわ)
それに、呪い返しとバレてしまったら、禁忌魔術に手を出したと知られてしまう。
どうなってしまうんだろう。
騎士団に捕まってしまうの?
私が?この私が?
私は指先が震え、歯がカチカチなるが、どうして止めていいか分からず腕や頭を振るしかなかった。
私は悪くないのに、あの女が呪い返しなんてするから!!!
「お嬢様?持ってきましたが?」
「そこに置いて下がりなさい!!」
私はメイドが持ってきたタオルをドアの前に置かせ、急いで自分で部屋に引き込むと、顔を水で冷やした。
少しは気分が良くなったが、私は顔を何度か冷やすと急いで魔術書を鞄に入れ、予備で置いていた治療師のローブに着替え、タオルとフードで顔を隠しながら寮に戻る事にした。
ここにいたら明日の朝には家族と顔を合わせてしまう。寮にいれば、引き籠っても誰も何も言わない。
顔を元に戻す為にも、早くあの女に会いに行く必要があるかも知れない。私は唇を噛みながら急いで寮まで戻った。
(教会よりも、治療師よりも、確実なのはあの女が私の呪いを受け入れればいいのよ)
寮に入ってすぐに私の部屋のドアを開けると、部屋の中は荒らされていた。
「何?泥棒?」
私は部屋の中に入るのをためらったが、誰かが話しながら近づいて来るのが分かり急いで部屋に入った。
「誰かいるの?」
私が呼びかけるが返答はない。
「なんなのよう・・・」
私がその場にへたり込み、ドアの前で頭を覆うと足元を何かが通った。
「ひっ」
顔を上げると、ネズミが何匹も部屋の中にいた。私が作っていたハンカチに群がり、ネズミがどんどんハンカチを窓の外に持ち出している。
「ひいいい!!!」
私が杖を向け、ネズミに魔法を放とうとするとネズミは窓から逃げていった。
「窓・・窓・・・窓をしめなきゃ!!」
私はよろよろと立ち上がり窓を閉めようとすると、窓の外にはカラスが何羽もとまっていた。私が急いで窓を閉めると一匹のカラスは私の様子をジッとみて、「カー!!」と一声鳴いて飛び立った。
「ひいい!!!」
(なんなの?)
私は急いでカーテンを引き、杖を取り出してドアの前に座った。
「急いで、ロゼッタ・ジェーンに会わなければ!!」
こんな状態がバレれば私は終わりよ!!
私は急いで手紙を書くと、ロゼッタ・ジェーンに向けて魔鳩を飛ばして急いで部屋を出た。
次の投稿日は火曜日の夜です。