呪いと祝福
「私も容赦はしません。ベンさん、顔が見えない相手でも、呪い返しは三倍になって返っていくのですよね?」
ベンさんは頷くと、二枚のハンカチの角に宝石を置いていきハンカチの上に薬草を置いた。
「うん、そうだね。ロゼッタちゃん、呪いは禁忌だ。僕が呪い返しが出来るのは何でだと思う?呪いは祝福と同じなんだよ。相手を思いやる気持ちが祝福。相手に不幸を願う気持ちが呪いだよ。根は一緒なんだ。だから呪い返しは祝福を相手に送るのと同じだよ」
私はベンさんを見てきゅっと手を握り込んだ。
ベンさんはゆっくりと魔法陣を出し、魔力をハンカチの周りに散らしていった。宝石に魔力が馴染んで宝石が輝きだした。
「ロゼッタちゃん、相手の不幸を望む時は自分の幸せを壊す覚悟がいる。相手の墓標を望むのなら自分の墓標も横に刻む事になるよね。相手の腕を切り落としたいのなら、自分は両腕を無くす覚悟がいる。もしくは自分の大切な人が身代わりになる可能性もある。贄だよ。それが呪いだよ。怖いよね」
私がこくりと頷く。
「祝福はね、知らないうちに自分の気持ちを贄にしているんだよ。相手に元気になって欲しい。幸せになって欲しい。自分の体力、気力、魔力、その一部を捧げるんだ。で、受け取った相手は感謝したりするよね、有難うって言葉でまた相手に返すんだ。それはとても綺麗な循環だよ。美しいよね。だから呪いと祝福は同じ物なんだよ」
ベンさんは私の方を見ると魔力をゆっくりとハンカチになじませていった。
「もっと簡単な言い方はね、呪いは悪口、祝福は相手を慈しみ、思いやる心だよ。だから、呪いは簡単で祝福の方が難しい。祝福は簡単に出来る物じゃないからね」
ベンさんは私の方を見ると、頷き、優しく微笑んでくれた。
「大丈夫だよ。今から呪いを僕が返す、ロゼッタちゃんが心配する事は何もない。あるべき場所に戻すだけだよ。せっかくだから呪い返しをよく見るといいよ。ベン先生の勉強の時間だよ。さあ、僕の魔力をウェルちゃんに追わせられる?術者がはっきりわかるはずだよ。相手が分かったらまた考えよう。クリスさんやゼンにも頼って、ホグマイヤー様にも相談するといいよ」
「分かりました。ウェルちゃん、ベンさんの魔力を追って。アルちゃんもウェルちゃんについて行って。危なくなったら急いで帰って来るのよ」
二匹は頷くと、アルちゃんはウェルちゃんの影に入った。
「フォルちゃんは今迄以上に薬局周辺を守ってね。大変だけど、宜しくね」
フォルちゃんもコクンと頷き、しっぽを振った。
「さあ、ロゼッタちゃん、二枚のハンカチの呪いを一度に返すよ。強い術者が作った呪いなら一度に一つがいいけどね。これは弱いし、同じ呪いだ。だから僕は一度に返すよ。さて一度に一つの呪い返しがいい理由は分かるかな?」
「確実性?師匠の火球を消す時も私は一つずつ消そうとします。でも、多く出されたら包んでまとめて消すでしょう。ただ、火球と水矢を一度に出されたらまとめて消さず、一つずつ消そうとすると思います。属性が違いますからね」
「半分正解。残りの半分の答は、安全性だよ。確実に、安全に返す、もしくは消す為だね。じゃあ安全ってなんだろうね?」
「水矢の場合は暴発しないようにですかね。もしくは魔力暴走?」
「またまた半分正解。そうだね、失敗しないように安全に消さないと暴発したり、まれに魔力暴走も起っちゃうよね。残りの半分の答は、呪い返し、返しをされない為だよ」
「呪い返し、返し?」
ベンさんは杖を振り、魔法陣に魔力を注いだ。
「よくさあ、子供達がボールの投げっこしてるよね?それと似てるのかな。呪いをボールと考えてみようか。うーん、雪玉の方が想像できるかな。ぶつけられたらべちゃってなるやつ」
「雪ですか?去年は王都でも積もりましたね。雪投げですね?」
「それそれ。雪は中々キャッチ出来ないよね。でもさ、上手くキャッチ出来たら、それを相手に投げ返したらいいよね。呪いも一緒でね、呪い返しをしたら本当に稀にだけど、呪い返しを返そうとする術者がいるんだよね。相手が優れた術者だと、呪い返しの対策はしているからね。才能の無駄使いだよね。まあ、ホグマイヤー様なんかに呪いをしたら、杖で打ち返しそうだけどね」
「うわあ。そう言う時はどうすれば?」
「雪玉と一緒だよ。雪をぶつけられない為には、雪で砦を作るよね。ロゼッタちゃんはした事ないかな。で、攻撃は相手が避けれないように油断している時か、とにかく強くぶつけるんだ」
「と言う事は、防御膜を掛けて、呪い返しをする時は魔力を高めて返すと言う事ですか?」
「よく出来ました。うん、まずは守りを固める。守護や防御膜がしっかりと固められた場所で呪いを返す。例えばこの薬局。さらにこの工房の中だね。そして、相手が油断をしている時に一気に返す。で、さらに、返して来れないようにおまけをつけておく。これで完璧。あ、ホグマイヤー様が相手の時は諦めるか、逃げるかのどちらかだね。人間諦めは肝心だよね」
「まあ。師匠の時は仕方ないですね。ベンさん、おまけとは?」
ベンさんはお腹を少し揺らすとにっこりと微笑んだ。
「僕ね、見た目は優しそうで癒し系でしょう?でも、ガンガン攻撃をするよ。呪い返しは三倍って言ってたよね?そこにさらに僕からの攻撃魔法を追加して返してあげるんだ。今回は闇魔法か、風魔法、土魔法がいいかな。火魔法だと、証拠を燃やしちゃうかもしれないからね」
「成程」
「では最後の問題。呪い返しにはどの属性魔法が有効かな?」
「え?有効な属性があるのですか?呪いは全属性で出来るのですよね?なら、返すのも全属性、もしくは呪いを返す者の得意な属性魔法がいいのでは?」
「うーん、半分正解。答えは水属性。でも、水に限らず全属性で返す事は出来るよ。でも、水属性が一番相性がいいんだ。理由は色々あるんだけどね。大きな理由の一つは水が、世界中に満ちている事と僕らの身体に流れているからかな。ランちゃんだと説明が上手かなあ。聖水って教会が出しているよね。あれも、ちゃんと効果があるよ。他の属性でも出来るけど、水属性が一番効果が高いかな」
ベンさんは魔法陣の上に、水を薄く出し魔力を注いで鏡のようにした。
「呪い返しには水鏡。これが一番有効だよ。出来るだけ魔力を注ぎ、透明度を出す事が大事かな。そして、この宝石。魔力を高め、僕の魔力をまっすぐに相手に届ける手伝いをするんだ。じゃあ、行くよ。祝福の言葉とよく似ているから、ロゼッタちゃんもよく覚えておくといいよ。いくつか呪文はあるけどね」
ベンさんは杖をハンカチに向けて、一呼吸置いた。
「悪しき物、害なす者、姿を隠した愚かな哀れなる者よ、名付けられたその場所に我が魔力と共に返り給え。鎌風」
言葉を終えさらにベンさんが魔力を注ぐと、ハンカチは白く光った後に、小さな黒い煙のようなものがウニョウニョと出てきた。蛇が巣穴から顔を出すように、うねりながら煙が出てくる。暫く魔力でハンカチを包み、黒い煙を全てハンカチから出すとベンさんは杖を黒い煙に向けた。シュンっと音がした後にパチンと音がしてハンカチは静かになった。
その音と同時にウェルちゃんは飛び立ち、見えない魔力を追って空へと舞った。
「さあ、呪いは返したよ。どんな呪いだったのかな。想像はつくけどね」
「有難うございます。ベンさん」
「うん、クリスさんとゼンも気になる事があって、動いているんだ。あ、聞いてるかな?今日は僕から連絡するから、このままロゼッタちゃん空けといて。後、呪い返しを覚えたかも知れないけど、する時は必ず僕かホグマイヤー様を呼んでする事。一人でしたら駄目だからね」
「はい」
ベンさんは硬い空気を換えるように明るくフォルちゃんに話し掛けた。
「そうそう、僕の魔力を使い魔ちゃんに覚えて貰っておこうか、クリスさん達の魔力は覚えたんだよね?ホグマイヤー様に覚えられると厄介だけどさあ。ロゼッタちゃんならお菓子をくれそうだしね。困った時はいつでも呼んでいいよ。頼もしい、格好良い先輩魔法使いのベンさんだからね」
ベンさんはパチリとウインクをしてお腹を揺らすとフォルちゃんに魔力を注いだ。私は少し笑って、有難うございます、と返事をした。
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