悪に勝つには悪
モラクスさんは座っているソファーの上に行儀悪く足を乗せ、お酒の瓶を振った。
「酒はまだあるか?」
私はもう一本お酒の瓶を出すと、テーブルの上に置いた。
「モラクスさん、もう少し教えて下さいね。精神力が呪いに勝ちますか?」
「ああ、何度も言うがな、精神が強い者が勝つ。白群の魔法使いが詳しいだろう?詳しく聞いてみろ。お前は呪いの事をどれほど知っている?」
「呪いは多くの国で禁忌とされている。魔力に乗せて相手を呪う気持ちが呪いになる。属性はない。ハンカチや、宝石に魔力や魔法陣を隠して相手を呪う事がある。それと・・・呪いを返すと相手に三倍になって返っていく」
モラクスさんは頷いて、新しいお酒を開けるとグラスに注いだ。
「その通りだ。禁忌にしたのは、色々理由があるだろうが、おそらく切りが無いからだろう」
モラクスさんは楽しそうにお酒を飲んで、私にもお酒の瓶を振ったが、私は首を横に振ってカップを見せた。
「切りが無い?クリスさんからは禁忌にしたのは魔術士達の矜持と教えて貰いましたが?」
「矜持?誇り?ふはは。お前は素直で可愛いな。まあ、そう言う事もあるだろう。嘘ではない。よし、昔話を一つしてやろう。昔、ある国で王妃と王子達が呪いあった事があった。もう、誰が誰の呪いで苦しんでいるのか分からないような状況で、大勢が呪いに掛かり、苦しみ、憎み合った。呪いが王家だけにとどまらず、臣下も呪い合った所でクーデターが起こり、あっという間に王家は滅びた。良い事を教えてやろう。一番強い呪物は人だ。ハハハ。滑稽だったぞ」
一口お酒を飲み、楽しそうに私の様子を見るとモラクスさんはソファーに寝そべった。
「ハンカチや宝石は身代わりだ。呪いやすくする為に必要なだけで、何もなくとも気持ちと魔力があれば呪いは出来る。ただ、効果を強くする為に物が使われる」
「どういうことですか?」
「お前は、知らない相手に知らない場所で悪口を言われても痛くも痒くもない。でも、知らない相手であっても、自分が悪口を言われている、と知る事でお前は痛みを感じる。言われた事は同じだ。ただ、知ったか知らないかの違いだ」
「知る事・・・」
「ああ、お前が認識すると呪いが強くなる。お前の心に疑いや恐れが生まれる。そして、さらに呪いの「物」と言うのが目の前に現れる。言葉だけではなく、目で見える物がな。そして周りを疑い、人の眼を恐れ、自分の気持ちが弱くなる。それが呪いを強くする。だから、気持ちを強く持つ限り余程の呪いは近寄ってこない。何も考えてないような、常に幸せな奴は呪いに掛かりにくいだろうな。付け入るスキが少ないからな」
「なぜ呪いは返すと三倍になるのですか?」
「そうだな・・・。呪いを掛けた人間が、呪いを掛けたと知っている事が一つ。まあ、自分の呪いだ、よく知っているだろう。そして、行き場の失った魔力は色々な悪意を呼び込み悪意は膨れて戻る、これが一つ。もう一つは、呪いをかけるには代償がいる、贄だな。その代償を支払うからという理由だ。まあ、これで大体三倍と言われるんだろうな。だから必ずしも三倍になるわけではない。が、呪いを掛けた時よりも大きくなって返ってくるのは間違いない」
モラクスさんは楽しそうにお菓子を食べ、目を細めて私を見た。
私はモラクスさんの話を聞いて、ゆっくりと息を吐いた。
「そこまでして私を呪いたいのでしょうか?」
モラクスさんはゆっくりと首を横に振り、お菓子を口に入れた。
「ハハハ。怖いのか?ロゼッタ、いいか?相手はお前を呪いたいと思っているだけだ。大体呪いをかける者は、小心者で、猜疑心が強くプライドが高い。直接戦う勇気も無ければ己を高める努力もしない。自分の不幸を嘆き、他人の成功を妬む。自らの手の中の物に満足せず他人の物を欲しがるのだ。そして、それを欲する時に対価があるとは思わない。また、払う気もないのだな。我らはそう言う奴が嫌いではないがな。腐った魂は使い道が多い。我が貰ってやってもいいぞ」
「その方は精神が弱い人の様に聞こえますね」
「ああ、そうだな。大体が呪いを掛ける人間は破滅する。お前らが言う幸せになる事はない。仮令、呪いが成就したとしてもな」
モラクスさんは喋りながらお菓子を食べ終わると、またお酒を一口飲んだ。
「盗賊は捕まる前提で盗みをしない。他人を殴りつける奴は自分が罰を受けると思って殴っていない。浮気に溺れる者は快楽に溺れる事に罪悪を感じない。分かるか?何故呪いを?なんて理由等ない。簡単だ。呪術者がしたいから呪ったのだ。お前が嫌いだから呪った。呪う事が悪いと思うのは呪われたお前の感想だ。向こうからしたらお前が悪だ。そう言う者は常に飢えている。一つの望みが叶った所で満足等するものか。我ら悪魔は殴れば殴られても文句は言わない。嘘をつかれても嘘をつき返す。悪魔にもよるだろうが、多くの悪魔の方がお前ら人間よりもよっぽど純真だろうな」
「成程、モラクスさんが真っすぐであるとは思います。白か黒か、見方によってははっきり分かれているモラクスさんは私よりも純真でしょうね。私は、売られた喧嘩をしっかり買って叩きのめしましょう」
モラクスさんはお酒をぐびりと飲んで、手の平から携帯食料のナッツを出して食べた。
「そうだ。簡単だ。やられたからやり返す。それだけだ。いいか。悪を打ち勝つ簡単な方法は悪、もしくは消し去る事だ。無だな。今は我がお前と契約している、格下に負けるなよ。我が負けた感じがしてしまうからな」
「はい」
「ジュリエッタは動かないと言う事だが、今はどうしている?」
「最近は出かける事が多いようですね。ランさんからは、私が弟子になる前も師匠は薬局に月の半分はいなかったと聞いています。私が来て暫くは薬局にいましたが、最近はまたいないことが増えたと言っていました。そういえば師匠からこの武器を貰ったのですが、使い方はモラクスさんに聞け、と言われました」
私はマジックバッグから師匠から貰った釘を取り出してモラクスさんの前に置いた。
「そうか。ああ、また、懐かしい物をジュリエッタは持ってきたな。これに闇魔法を流せ。そして、相手の影にむかって投げろ、で、影を縫い付けるイメージを持ってみろ。影縫いだな。これも呪物になるんじゃないのか?私にはお前ら人間の基準が分からん。戦争で人を殺すのは良いのに、呪術で人を殺すのはいけない。お前ら人間は本当に愚かだな」
「闇魔法ですね。試してみます」
私がマジックバッグに釘を入れているとモラクスさんがじっと見ていた。
「それと、お前もそろそろ旅をするのが良いのかもな」
「旅ですか?」
「ああ。魔法使い達もそうだが、拠点を作り、皆旅をしているはずだ。魔女や魔法使いが一カ所に長くいると争いが起こりやすくなる。大きな力は争いを呼びやすい。お前は争いをしたくないのだろう?したいのなら構わんが、そうではないなら自分の居場所を見つけろ」
「私の居場所・・・」
「お前はジュリエッタと同じように、ここを拠点に動いてもいいじゃないか。それか自分で自分の城を作ってもいい。好きにするといい」
私は頷く。
「せっかく皆と仲良くなったのにここを離れるのは寂しいですが、私のせいで皆に迷惑を掛けるのは嫌ですね。私の居場所を新しく探しましょう」
「ロゼッタ。我が側にいてやる。寂しいことはないぞ。そうだ、一つお前にお願いをしよう。もし、お前が呪術者を捕まえ、そいつが使った魔術書を手に入れたのなら欲しい。我にくれればお前に貸し一つだ。どうだ?」
「はい、モラクスさん。問題が無ければで良ければ、モラクスさんに渡しましょう」
ニタリと笑ったモラクスさんはやっぱり悪魔なのね、と思った。
モラクスさんはその後、お菓子とお酒を手のひらで消していくと、「じゃあな、また、呼べ」と言って消えた。
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