ゼンさんとクリスさん、転移の特訓
私が小さな錬金釜の前で椅子に座って薬草全集を読んでいるとドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
私が顔を上げ返事をすると、部屋に入って来たのはクリスさんとゼンさんだった。
「やあ、ロゼッタさん。中々大変なようだね?大丈夫かい?」
「こんにちはクリスさん、ゼンさん。ここは狭いですよね。師匠の工房に移動しましょうか」
「そうだね、サンドイッチとワインを持ってきたよ。良ければ一緒に食事をしよう」
クリスさん達と部屋を出て師匠の工房に入ると、ゼンさんがローブの下からサンドイッチとワインを出してくれた。
クリスさんが慣れた様子でお皿とグラスを奥から持って来て、私達の前に置いてくれた。
「さあ、なんだかおもしろい事をしているらしいね?パパにも詳しく話して貰おうかと思ってね。ベンは今日は王宮に行ってるよ」
「・・・ロゼッタ・・・食べて・・・」
ゼンさんは私のお皿にサンドイッチをこれでもか、と大盛りにしていった。
「有難うございます。ランさんがクリスさん達にも詳しく連絡をするって言ってましたけど、ランさんからも話を聞きましたか?」
クリスさんはワインを注いで私の前に置いてくれた。
「ああ。嫌な噂に心を痛めた可愛いロゼッタさんが、引き籠って泣いているって。役立たず達には教えないって言っていたね。教えて貰えて光栄だよ。誰が教えて貰えてないのか興味はあるけれど、それも後の楽しみにしようかな」
ゼンさんもコクリと頷く。
「うわあ、凄く大げさにされてますけど・・・。ニヤリと笑うランさんが想像つきますね。ランさんが第二軍団やチェルシーさん、サミュエル君を使って新しい噂を広めていますよ。古い噂を無くすには新しい噂を流す方がいいんですって。噂を流すのを止めて下さいって言うと、皆、嬉々としてもっと話したくなるそうです」
「そうだね、人は好奇心を抑える事が出来ない者だ。振り上げた腕を抑えるよりも、もう片方の腕を上げさせると自然と片方の腕を下ろそうとするものだよ。例え火の粉が降り掛かると分かっていても、美しい火花に手を伸ばそうとする愚か者は多いだろうね。ああ、身の丈に合わないプライドを持った者は醜いものだ」
「・・・大丈夫・・・」
ゼンさんもクリスさんも心配しているのが分かって、普段は部屋でゴロゴロしながら本を読んだりしている身としては申し訳なくなる。
「クリスさん、ゼンさん、私は大丈夫ですよ。外に出るのも今は寒くなってきましたし、薬局に暫く引き籠るのは苦ではありません。裏庭に出たりもしますし、ゼンさんのオトモダチも挨拶をしてくれますしね。ウェルちゃん達も一緒にいてくれます」
ウェルちゃんが私の肩にとまり、ピピピと鳴いた。私は足元に来たフォルちゃんを、そして、膝に乗ったアルちゃんを順番に撫でるとクリスさん達に笑いかけた。
「手紙も頻繁に届きますし、意外と忙しく出来ています。アルちゃんを使って、ランさんがドンドン注文書を二階に運んでくるんですよ」
「そうかい、それなら安心だ」
コクリとゼンさんも頷く。
「少しだけ、僕達の話もいいかな?」
「ええ?どうぞ?何かありましたか?」
「いや、手紙でも知らせたけれどね。僕達も以前からロゼッタさんの噂を聞いていてね、気になって勝手に調べたりしているんだよ。それで思った事は、以前の噂と質が変わった。ロゼッタさん、今回は悪質だ。しっかり引き籠っているといいと思うよ」
「・・・・」
クリスさんの話にゼンさんが頷く。
「それでね、裏庭にゼンのオトモダチの動物を何匹か遊ばせているだろう?彼らに色々探らせているけれど、どうも噂が静かになってね。元をたどるのに時間がかかっているんだよ。すこし、時間が欲しいかな。何故噂が流れたかが気になるからね。最初の噂がどのように流れたか突き止めたいのだけれど、お披露目直後で色んな噂が混じっているんだよ。ゼンのオトモダチが頑張ってくれているけどね」
「・・・」
「ゼンさんもクリスさんも有難うございます。ベンさんにも心配掛けていますね。今度お礼のお菓子を届けようと思います」
「ああ、そうだ。君の使い魔達に私達の魔力を覚えさせよう。これでいつでも私達の所に来れるだろう。実はね、ホグマイヤー様の使い魔にこれを知らない間にやられてね。逃げ回るのが大変なんだ。隠ぺいの術がおかげで大分上手くなったと思うよ。まあ、ホグマイヤー様が相手なら時間稼ぎにしかならないけれどね」
コクリとゼンさんが言いながら杖を出し、使い魔達に杖を振ると魔力を降らせた。
クリスさんも杖を出して魔力を降らすと、使い魔達は頷いてアルちゃんは二人にウインクをした。
「うん、覚えたようだね。今度、ベンにもして貰うといい」
「はい、クリスさん」
「それにしてもロゼッタさんは少し運動不足になってしまうね?」
「そうですね。転移が出来れば、こそっと出かけられるのにな、とは思いますね。王都から出て山の中ならバレないかな、とは思いましたが、ランさんに薬局から出ないと約束していますから、どちらにしてもランさんの許可はいりますね」
「そうか、ロゼッタさんは転移がまだ出来ないのだったね?魔力量も問題はないのにね・・・。ふうむ。ホグマイヤー様はなんと教えてくれたかな?」
「師匠はからは「こう、行きたい所考えてパチンとしたら行けるぞ」と言われました。契約者さんにも教えを乞いましたが、無理でした」
「はは。ホグマイヤー様らしいね。基礎や基本が抜けている。そう言えば、ロゼッタさんは魔術の基礎は学園で習ったのだよね?ホグマイヤー様からは?」
「魔術は学園の授業で習った物だけです。師匠からは、「見て盗め」と言われて、師匠の真似をしてランさんにアドバイスを貰ったりして出来るようになりました。時々師匠にアドバイスを貰う事はありますが、師匠は「ガーっと魔力を出せ」とか「こう、グワッとやって、ポンだ」と言う説明なんですよ。私が頭を抱えていると、ランさんが「こうじゃないかなー」と言って教えてくれるんです。ランさん、魔術使えないのに教えれるって凄いですよね」
「いやはや、無茶苦茶だな」
サンドイッチを食べながらおしゃべりをする。
クリスさんはゆっくりとワインを飲み、ゼンさんもサンドイッチを食べていた。
ご飯を食べ終わり、私がお茶を淹れるとゼンさんがローブの下からお菓子を出した。
「ゼンさん甘い物好きですよね。とても美味しそうですね」
私がお茶を淹れてゼンさんの前にカップを出すと、ゼンさんは焼き菓子を一つつまんで、私の前に置くと私の左手を握った。
「・・・見てて・・・転移・・・」
ゼンさんは小さな魔法陣を出すと、焼き菓子は私の空いていた右手に移動した。
私は驚いて手元の焼き菓子を見ると、ゼンさんはそれをもう一度手に取った。そしてもう一度魔法陣を出した。
「・・・行くよ?・・・」
私はゼンさんの手をぎゅっと握ると頷いた。
「・・・転移・・・」
焼き菓子はもう一度私の手元に移動した。
手を繋いだところからゼンさんの魔力の流れが少しだけ伝わった。
転移だからと言って特別な魔力の流れはない。やっぱりイメージなんだ。
「どこに移動するかが大事なんですね?どうして転移出来るか、どうやって転移するかじゃないんですね?魔力で道を作りドアを開ける感じですか?」
コクンとゼンさんが頷く。
「・・・小さい方が簡単・・・」
「成程・・・、見えてる範囲で小さい物を移動させる練習から始めればいいのか。いきなり自分を移動しようとするから出来ないのか」
コクンとゼンさんが頷く。
「・・・ロゼッタ・・・大丈夫・・・出来るよ・・・」
ゼンさんが優しく私の手を握ってくれた。
「・・・有難うございます」
「頑張れ・・・」
「はい!」
私がゼンさんを見るとゼンさんはゆっくりと目を細めて優しく微笑んでくれて、クリスさんも私達を見守ってくれた。
その後も根気強くゼンさんは転移の仕方を教えてくれた。
クリスさんは私とゼンさんの様子をスケッチをし始め、絵を描きながら王宮の様子や噂の事を話したり、クリスさんの昔話を聞かせてくれた。
その日の夜には小さい物を転移出来るようになり、私は転移のコツを掴むことが出来た。