元気な引き籠り
私の新しい噂は、凄い速さで王都中に広まったらしい。
らしい、と言うのは私は引き籠っているので、噂の噂と言う感じでしか耳に入ってこない。
例えば手紙で知らされる。今日も、二階の部屋でポーションを作っているとチェルシーさんからの魔鳩が届いた。
「ロゼッタさんへ
元気に引き籠っているかしら?新しい噂は順調に広まってるわよ。今日もうちのポッポ屋に来た人が話していたわ。店長が相手をしていたんだけど、話の内容はこんな感じよ。
客:「宵闇の魔女様がお身体を壊されたらしいね?」 店長:「私が聞いたのは、悪い噂を流した不届き者がいるそうですよ?それで、優しい魔女様はお心を痛められていると聞きました」 客:「なんだ、馬鹿な奴がいるんだね。ああ、教会に行って祈りを捧げて来よう」 店長:「魔女様も御歓びになるでしょう」
とまあ、こんな事を喋っていたわ。今はこんな話が多いらしいの。教会も人が増えているみたいね?ロゼッタさんも元気に引き籠ってね。またね。 チェルシー」
流石チェルシーさんだわ。
噂を流してからはサミュエル君とチェルシーさんが二日おきに魔鳩を飛ばしてくれるか、店に顔を出して王都の様子を教えてくれる。
チェルシーさんは噂とは関係のない自分の恋の話を、サミュエル君は近所の様子や新しく考えた刺繍なんかも話して帰って行く。気が滅入る程引き籠っては無いけれど、噂話以外の話を聞くのはホッとする。
そして、久しぶりにマークさんからも手紙が届いた。
コロン領迄私の噂が届いたのかと思ったらそう言う訳ではなく、コロン領の最近の様子や魔術についての事や冒険者のランクが上がった事が手紙には書いてあった。
すごい、マークさんも頑張っているのね。
私は杖につけたマークさんからの守り石を見ながら元気そうで良かった、と冒険者のランクが上がったお祝いの贈り物を添えて返事を書いた。
嫌な噂ばかりだったから、こういう話は嬉しくなる。
私がニコニコして消臭薬を作っていると、開けているドアがノックされ、ひょこっとツルツルの頭が出て来た。
「ロゼッター、お客様よー。王子様の手紙付きだから、追い返すわけにもいかなかったわー」
ランさんの呆れた声と一緒にブルワー法務大臣はハヤシ大隊長と一緒に部屋に入って来た。
「いやはや、お元気そうで安心致しました。今回は買い物のついでで、ジェーン様の顔を見させて頂きました。あくまで、手紙の配達と買い物が目当てですからな」
ブルワー法務大臣達は大量に買い物をしたらしく、ランさんは、「しょうがないわねー」と言って一階に降りて行った。この二人を止めれるとしたら師匠か王太子殿下か国王陛下だものね。
私も恥ずかしそうに二人が部屋に入って来たのを見て、笑ってしまった。
それにしても私の狭い部屋に大男二人がいるのは圧迫感が凄い。
「ふふ。どうぞ、狭いですが座って下さい。今、お茶を出しますね。材料には手を触れないで下さい。散らかってて、すみません」
小さな錬金釜を興味深そうに見てから、二人は礼をしてから椅子に座った。
「いえいえ、お構いなく。若い女性の部屋に突然押しかけて、我らこそすみません。王太子殿下からも顔を見てきて欲しいとお願いされまして。手紙のやり取りはされているとは聞きましたが、レオナルド王子様も心配されていました。お二人からも何か欲しい物があれば贈ると言われていましたよ」
ハヤシ大隊長が言われ、ブルワー法務大臣も頷いた。私はハヤシ大隊長が取り出した王子様二人からの手紙を受け取った。
「なんでも好きな物を頂くと良いですな。うちの妻も心配して煩くてかなわんです。「大丈夫だ」とは言いましたが、あまり心配するので、「任務だ、心配するな」と言ってからは落ち着きましたが。妻も何か贈りたいと言っておったのですが、私は若い女性の好きな物がちっともわかりませんからな。ジェーン様に直接聞くのが良いと思った訳です」
そう言ってうわっはっは、と笑ったブルワー法務大臣も元気そうで良かった。
「この間、王太子殿下とレオナルド王子様からは本を頂きましたよ。お菓子は最近沢山貰うので、これ以上貰うと丸くなってしまいます。うーん、錬金に使える珍しい物は欲しいですね。魔力が込めやすい石も嬉しいですね」
「成程、妻とレオナルド王子様に言っておきましょう。妻の実家の方は魔術士が多いですからな、何か面白い物もあるやもしれません。妻が贈ってきたら貰ってやって下さい」
「では、有難く。最近の王宮の様子はどうですか?」
私が聞くと、ブルワー法務大臣はチラリとハヤシ大隊長を見て、ハヤシ大隊長が話し出された。
「王宮ではジェーン様の事を悪く言う噂はありません。第二軍団が噂を広めていますから、王宮で聞く噂としては、「魔女様が心を痛められている」、「国王陛下も気になされていて、王妃様も心配されている」と言うような感じでしょうか。私見ですが、高位貴族達にはジェーン様の悪い噂は流れていないと思いました。下位貴族迄は分かりませんが、王宮でジェーン様を悪く言う者はいません」
「儂もそれは感じた。王都を歩くと、平民の方が好き勝手にしゃべっている感じだと思う。魔女様が名無しの薬局におられて近くにおられる分、偉大さが分かって無い者も多いのではないのかな」
「ええ、そのように私も思います。また教会も魔女様を心配していると王女様が動かれていますから、教会に通う信者は魔女様を心配されていますね。まあ、そもそも教会は魔女様を敬ってますから。教会、王家、軍団、騎士団と動いていますからね。多くの者は口をつぐんで、動向を見守っているようですね」
「噂の根を掘るのは難しい。が、貴族が最初に鳴いていたと言うのも聞く。今は静かにしているが、まあ、下らん噂はすぐになくなると思うので、ゆっくりされて下さい」
私は頷いた。
「はい、わざわざ有難うございます」
「あと、こちら、ルーカス王子様からの手紙と、贈り物です」
「ルーカス王子様からも?」
私が手紙と贈り物を受け取ると、「どうぞ、開けて見て下さい」とブルワー法務大臣から言われ、包みを開けると、夏、冬用の訓練着が二着ずつと、可愛い髪留めとリボンが三つ入っていた。もう一つの包みの上にはランさんの名前とカードが添えてあったので、アルちゃんに一階に持って行って貰った。
「宵闇の魔女 ロゼッタ・ジェーン様
初めまして、お披露目ではゆっくりと話す事も出来ずに手紙で失礼致します。時間が合えば、名無しの薬局に買い物に行きたいと思っていましたが、今は時が悪いようです。兄や弟から魔女様のパーティーの様子も楽しく聞かせて頂きました。大叔母様にもお会いしたいですし、珍しい諸外国の話も出来たらと思っています。勿論、名無しの薬局に伺うのは許可を頂ければですが。ブルワー法務大臣から、魔女様が必要とされていると聞きましたので、訓練着の贈り物を同封致します。私からは髪留めとリボンを。髪留めは隣国の物ですが宜しければ魔女様へ、リボンは使い魔殿がお使い下さい。ああ、兄上がいつも冬になると喉を痛めます。のど飴を購入させて欲しいと思います。兄上は甘い優しい味が好きです。では、お目に掛かれる日を願って。
ルーカス・アイ・オースティン」
「ジェーン様、これで引き籠り後はいつでも訓練が出来ますな!運動不足解消に、どうぞ我が屋敷をお使い下さい!」
私が手紙を読み、あらー、と笑っていると、ブルワー法務大臣は嬉しそうに笑い、ハヤシ大隊長もニコリと笑った。
ブルワー法務大臣の贈り物のセンスが無いって言うのは本当の様だった。
私はお礼状を急いで書くと、ブルワー法務大臣に預け、子供用の蜂蜜のど飴と、ハンドクリーム、石鹸の詰め合わせを渡すと二人はルーカス王子に届けてくれると言ってくれた。
二人はその後、お茶を飲み終えるとすぐに席を立ち、店に降りていった。