塗り替えられた噂と新しい噂
さらに何日か経ち、店で薬を作っているとチェルシーさんがやってきた。
「こんにちは、ランさん、ロゼッタさん!噂はどう?ランさん、この間は楽しかったわね。噂の続報よ。女の子達が「宵闇の魔女様は悪女って本当かしら?」って言ってたわよ。知ってる?」
ドアを開けるなり、チェルシーさんが話し出した。
私がきょとんとしていると、奥に材料を取りに行っていたランさんが戻って来てカウンターの椅子をチェルシーさんに勧めた。
「なにー?また何かあったのー?チェルシー元気そうね?二日酔いは大丈夫だった?お客さんが丁度いないし、話を聞かせてー?ロゼッタ、お茶淹れてねー。チェルシー、表のドアに休憩の札を出してくれる?少し早いけど、お昼休憩にしましょー」
チェルシーさんは頷いて、「次の日は死にそうに頭が痛かったわよ」とランさんに言いながら休憩の札を出してから店に入って来た。
「はい、ランさん。お茶は濃い目にしましょうか。チェルシーさん、こんにちは、どうしました?」
「ああ、ごめんなさい、慌てちゃって。「宵闇の魔女様って悪女で、男癖が悪いらしいわよ」って言われていたわよ?なんだか噂が前よりも酷い感じになっているわ。なんて言うのかしら、こう、嫌な人の話をする雰囲気って分かるかしら?声の感じがそんな風だったのよ」
ランさんの持っているペンがぴきっと音を立てた。
おお、ランさんの後ろに炎が見えそう。
笑顔なのに、凄く怖いわ。
「チェルシー?なーにーそーれー。いつ聞いたのー?」
「うわ、ランさん怖いわ。私に怒らないでよ?えっと、うちの店で、魔鳩を飛ばしに来たお客さんが噂話で話してたのよ。私はその時、奥にいて業務をしてたんだけど、店先から宵闇の魔女様って言葉が聞こえたから少し顔を出したのよ。話はカップルがしていたわね。で、店を出て行く時にどこで噂話を聞いたのか聞いたら、カフェって言ってたわね」
「ロゼッタが悪女なら世の中、悪女だらけよ?チェルシーも悪女ねー」
ランさんは胸の下で腕を組んで怒っている。
ランさんのけしからん胸も盛り上がって怒っている。
チェルシーさんとランさんにお茶とお菓子を出すと、二人はお菓子に手を付けて食べだした。
「私が悪女なら、ランさんも悪女でしょ?どこのカフェかまでは聞けなかったけど、まだ噂は流れているわね。なんだか変な噂よね」
「チェルシーさん、お茶どうぞ。ランさん、悪女って具体的にどんな感じなんですかね?」
「うーん、人によって悪って違うわよね?チェルシー、具体的な事は聞いてないのー?」
「カップルが帰った後に、担当した同僚に話を聞いたのよ。そしたら、色んな男を虜にしているって言ってたらしいわ。で、その同僚が別の噂で名無しの薬局が恋愛スポットになっているって言うのも聞いたって言ってたわよ?」
ランさんはお茶を飲んで、頷いた。
「出会いの場ってやつだったかしら?ホーキンス隊長に頼んで、店の邪魔にはならないようにして貰ったわよ?サミュエル君の話と似ているわねー」
「それでもよ。名無しの薬局は王宮の方や隊員達がよく来るでしょう?その方達を狙って、女の子がここに来るから、その女の子達を狙った男の子が来るのよ。それでこの辺にいると出会いがあるって言う事よ。それに、最近、恋のハンカチって言うのが流行っているんですって。それを持って薬局に行くと良い出会いがあるとかないとか」
私もお茶を飲んで話を聞いていた。なんだが自分の話をされているって感じがしないわね。
「あ、サミュエル君も言ってましたね。恋のハンカチ。何処で売ってるんでしょうね?」
「私も気になって、同僚に聞いてみたの。そしたら、最近出来た若者向けのアクセサリー店で売ってたわ。これよ。行ってきたけど繁盛してたわね。でも、普通の可愛いハンカチよ。一枚50ルーンなの。手頃な値段だったわよ」
私はテーブルに置かれたハンカチを見たが、可愛い刺繍がワンポイント入れてあるだけのハンカチだった。
「恋のハンカチって言う位なら祝福があるかと思いましたが、何も感じませんね。試しに魔力を流してみてもいいですか?」
私が杖を出してチェルシーさんに聞くと、チェルシーさんはお茶を飲みながら頷いた。
「いいわよ。このお茶美味しいわね」
私は杖を振りハンカチに魔力を流したが、本当に普通のハンカチで魔力も何も感じなかった。
「うーん。ただのハンカチですね」
「あら、やっぱり?まあ、ハンカチはいくつあってもいいし、値段も安かったからいいわ」
ランさんは首を傾げて話を聞いていた。
「とにかく。噂は流れているのね?ロゼッタは男を虜にするわよ?でも悪女でもなんでもないわ。女だって虜に出来るものー。チェルシー他には何か噂を聞いた?」
「実はちょっと言い辛いけど、ハワード隊長と、ジロウ隊長との噂は聞いたわ。で、前の噂も混ざっていたのよ。宵闇の魔女様は新米の隊員が恋人だったけど、隊長に乗り換えたって話になっていたわね。サレ女ではなくなって、隊員の方がロゼッタさんの心変わりで捨てられた、みたいになっている噂も聞いたわ」
「・・・ふーん・・・、成程ねー。本当、このお茶美味しいわねー。悪女はお茶を淹れないわよねー?」
「ちょっと!ランさん怖いわ!私が言ったわけじゃないわよ。私もまた聞きなのよ?隊長達は目立つから噂になりやすいんでしょうね。ロゼッタさんもローブで一目で分かるし」
私は頷いて、自分のローブを見た。師匠がくれた魔女のローブ。
「ランさん、お茶はイアンさんがお知り合いから貰った物をおすそ分けしてくれた物ですよ。今度どこのお茶か聞いてみましょう。はあ・・・、どうしたものですかね。ジロウ隊長にも、ハワード隊長にも迷惑を掛けてるんですかね?」
「まあ、あの二人の事は良いんじゃないのかしら?ロゼッタさんの事が先よ。噂話は色んな場所で聞くわよ」
ランさんはふーっと息を吐くとチェルシーさんを見た。
「ねー、チェルシー。お願いがあるの。噂を消すのに一番いい方法は新しい噂だと思わない?」
ランさんはチェルシーさんの方を見て、指を一本立てた。
「ええ、そうね。皆、新しい噂が出るとそっちに飛びつくでしょうね。前の噂も都合よく塗り替えられているし」
「そうでしょう?ロゼッタの噂を否定しても、ダメだと思うのー。やめさせようとしたら、かえって変な噂をされるかも知れないわー。だから新しい噂を流そうと思うのよ。私も流すけど、チェルシーも協力してー」
「ええ、良いわよ。どんな?」
「優しくて美しく強い魔女のロゼッタが、変な噂を流されてとても傷ついているの。ショックを受けて、薬も上手く作れなくて、泣いて困っているってー。あまりひどい噂を流されるとロゼッタは王都にいられない。根拠の無い噂を面白可笑しく流した人は、魔法使い様や王宮や軍団から怒られちゃうかもねー、って噂はどうかしらー?」
え、そんな噂を流していいの?
私、お茶飲んで、お菓子を食べてるけどいいのかしら?
私がびっくりしてランさんを見ていると、チェルシーさんは手を叩いて頷いた。
「いいわよ。凄くショックを受けて薬局から出る事も出来ないって付け足しておきましょう。祝福を皆に飛ばしてくれた魔女様の悪口を言うんですもの。凄く大げさに話しましょう。魔法使い様の話も広めていいのね?せっかくポッポ屋に勤めているんだから、職権乱用して広めましょ。店長にもお願いするわ。店長も噂に怒ってたのよ、店長の娘さんがロゼッタさんのファンなんですって。以前、ロゼッタさんと乗合馬車で会って手を振ってくれたって喜んでたわ」
「うんうん、ロゼッタは人気者なのよー。店長には子供用のど飴と、石鹸詰め合わせを贈るわー。協力をしてくれるポッポ屋にもハンドクリームを皆に贈りましょー。あと、薬師協会にも協力はお願いしているのー。ご近所さんにはあえてお願いはしない事にするから、黙っていてね。噂を聞いて驚いてうちに来た時に、話すように考えているのよ。ロゼッタは引きこもりが良いわね、暫く表に出ないようにしてー。そしたら、びっくりして、勝手に噂を広めてくれるでしょー。この間、ゼンさんがオトモダチを大量に裏庭に呼んでいたから、多分、魔法使いの皆も勝手に動いているわねー」
「え・・・」
「敵を欺くには味方からよー。噂を面白可笑しく流した人は、罪悪感から新しい噂を流すと思うのー。自分は悪くない、自分はあの人が言ったのを別の人に伝えただけだってねー。さー、噂はどうなるかしらねー。ふっふっふー」
チェルシーさんも頷いている。
「分かったわ。ランさん、サミュエル君はどうするの?彼は噂の事を言っておいていいんじゃないかしら?彼、可愛いし」
「そうねー。サミュエル君には伝えておこうかしらー。情報を持って来て貰えるかもしれないしー、耳もいいものねー。ただ、ホーキンス隊長には伝えておくけど、ジロウ隊長とハワード隊長には内緒にしましょ。私、二人にもちょっとだけ怒ってるから」
おお、怒るランさん怖い・・・。
「あら?二人には噂の事を言わなくていいの?パーティーではいい感じだったけど?」
「うーん、お菓子贈ってデートに誘うだけじゃ、気持ちの押しつけねー。あの二人がロゼッタの事を思いやって先に動いていたらこんな噂じゃなかったと思うのー。詰めが甘いわよねー」
「あら、鉄壁の要塞は健在ね」
ランさんとチェルシーさんはその後話し合いをし、チェルシーさんは「お昼休みが終わる!」と、バタバタして帰って行った。