噂を流すだけだから ある令嬢視点
王宮内は先日の魔女のお披露目の熱が冷めやらず、話題はロゼッタ・ジェーンに関する事ばかりだった。
(馬鹿女の事ばかり!!イライラする!)
私が王宮内を歩いていたら、侍女を連れたレーモンド子爵貴夫人を軍団事務所の入り口で見かけた。
「ジロウ隊長は今日は不在なのでしょうか?わたくし、どうしても用があるのですけれど?少しだけでいいの、呼んで頂けないかしら?イザベル・レーモンドで、呼び出して頂けない?」
「こちらに名前を書いて下さい。伝言を預かります」
「いいえ、直接ではないとダメなの。ねぇ?ちょっとだけ、いいでしょう?」
「いいえ、規則ですので」
「なんなの!全く!話が通じないわね!もういいわ!」
軍団隊員に冷たく断られた夫人は怒って王宮門の方へと行こうとしていた。が、ふっと振り返り、私と目が合った。
「お久しぶりですね、レーモンド子爵夫人」
私が声を掛け礼をすると、レーモンド子爵夫人は私の顔を見てにこりと笑った。
「あらぁ、ガレル子爵令嬢。御機嫌よう。お母様はお元気かしら?」
「ええ、忙しくしておりますわ。何かお困りでしたか?」
私が声を掛けると頬に手を当て、ふうっと息を吐きながら目を伏せられた。
「ええ、第四軍団のニコラス・・・、ああ、ごめんなさい。ジロウ隊長にお会いしたかったのですけど・・・。最近忙しいようで、連絡を取る事も難しいの。つい先日お会いした時も、ほらぁ、最近魔女様になられた、宵闇の魔女様がいらっしゃるでしょう?その方が一緒の様で長くお話が出来なかったのよ。優秀な隊長だから、魔女様の護衛をされてたのかしら?」
(あの女・・・)
「まあ、それは・・・。きっと宵闇の魔女様が邪魔をされたのかしら・・・。宵闇の魔女様は、恋人に浮気をされて捨てられた人らしいですわよ。きっとレーモンド子爵夫人とジロウ隊長の仲を妬んだんですわね、夫人はお美しいから」
「あらぁ、いやだ、お上手ね。でもそうなの?魔女様は浮気をされたの?あららら、可哀そうにねぇ」
レーモンド子爵夫人は目を大きく開き、興味深そうに手を頬に寄せた。
「ええ。私も聞いた話ですけれど、軍団隊員の恋人に捨てられたらしいですわ。別れた軍団隊員の恋人は辺境に飛ばされたらしいですけれど。きっと大魔女様に泣きついたのでしょうね。近づくと何されるか分かりませんわね」
「まあ、そんな事が?怖いわねぇ。知らなかったわぁ」
レーモンド子爵夫人は扇子を出して口元を隠すと、少し震える仕草をしたが目元が笑っているのは隠せなかった。
「ええ。由緒ある、子爵家のレーモンド子爵夫人がお知りにならないのも無理有りませんわ。私は学園時代が魔女様と一緒なので、知り合いから噂で聞きましたの」
「あらぁ、魔女様もお可哀そうにねぇ。隊員様も辺境だなんて、気の毒ねぇ。あぁ、第二軍団の不祥事の事が少し前にあったわねぇ。その事件が魔女様だったのかしらぁ」
「ええ、きっとそうですわ。出掛ける際も隊員や隊長を護衛に使っているだなんて、流石魔女様ですわね。ご結婚されて、愛されている夫人を妬んでジロウ隊長との逢瀬を邪魔したのかしら・・・」
「まあ、そんな・・。魔女様にそんな噂が?・・。でも、愛されないなんて可哀そうな人ねぇ。魔女様は綺麗な方だと聞いたのだけれど、美しい女性でも男性に愛されない方っていらっしゃるし・・・。そういえば、私と話している時もジロウ隊長は馬車の方を凄く気にしてたわ、魔女様に気を使ってらしたのねぇ」
「レーモンド子爵夫人はジロウ隊長と仲が宜しいようですね?」
「うふ、実は昔、婚約の話があったのだけれど、彼は軍団隊員として励むために私達は一緒になれなかったのよ。私は家を守らなければいけないでしょう?私は婿を取って彼は軍団隊員になって・・・。でも、嫡男も次男も産まれて、そろそろ彼とゆっくりとお付き合いが出来るようになったのだけれど、隊長って忙しいみたいで中々会えないのよ」
「まあ」
「昔は家を継ぐ為に、彼との事は諦めていたの。でも、やはり恋は必要でしょう?この間は魔女様がご一緒だった為にゆっくり話も出来なかったから、今度はゆっくり二人で話をしたいと思っているのよ」
レーモンド子爵夫人は頬に手を当てて悲しそうに目を伏せた後に、あっと、言われて顔を上げた。
「そうそう、いつだったかしら?最近、友人達とのお茶会で、ハワード隊長がローブの女性を馬に乗せていたって聞いたのよ。今思えば、宵闇の魔女様だったのでしょうね。やっぱり、魔女様になると隊長が護衛につくのねぇ」
「え!ハワード隊長も?」
「ええ、そうよ。遠目だったけれど間違いないらしいわよ。ほら、ハワード隊長って目立つでしょう?それに黒でも白でもないローブを着た若い女性って言ったらやっぱり宵闇の魔女様でしかないもの。王都の街を二人乗りで馬に乗っていたのですって。私の友人は羨ましがっていたわ。私はハワード隊長は綺麗すぎてタイプではないのだけれど・・・」
「・・・そうなのですね・・・」
「私はジロウ隊長にもう一度手紙を出してみようかしらぁ」
「レーモンド子爵夫人はきっとジロウ隊長とは上手くいきますわ。色んな殿方に声を掛けている魔女様にジロウ隊長が靡くはずがありませんもの。それに、やっぱり一度は捨てられた人でしょう?何か問題があるのかもしれませんし・・・」
「あらぁ、そうね。ふふ」
「それが宜しいですわ。あ、私、あちらに用がありますの、レーモンド子爵夫人は?」
「ええ、私ももう帰るわ。この後、お友達と会う予定があるのよ。興味深い話が聞けてよかったわぁ」
「ええ、わたくしも」
私達は挨拶をすると、お互いの方向へと向かって歩いた。
私は仕事の荷物を抱えながら、あの女への嫌がらせを思いついて可笑しくなった。
ふふ、これで、あの女の噂は少しは出回るでしょう。色んな所で噂を流してやろう。サレ女の時も面白いように皆が話をしていたものね。
そうよ、別に私だけが思っている訳ではないわ。噂が広まるって事は皆が興味があって、皆が思っている事なのよ。
皆、心の中ではあの女をバカにしているのよ。
何が今迄で一番のお披露目よ。吐き気がする。
私が雑用をしているのに、なんであの女が魔女様って言われて、ハワード隊長と話しているのよ。
両親にお願いして、ハワード隊長には婚約の打診もお願いしたのに。
それに、噂は噂、私は何も悪い事をしている訳じゃないわ。
そうだ、確か、実家の書庫に面白い本があった。
私はニタリと笑い、明日の休日は実家に帰って目当ての本を探そうと思った。
そして、あの女の噂はどんな話がいいだろうかと考えた。
幕間はここまでです。第六章までもう少々お待ち下さい。