大隊長の訓練 3
ふう。
どうにかなったわね。
ジロウ隊長がブルワー法務大臣を起こし意識を戻させていた。ウェルちゃんもブルワー法務大臣に回復の水を掛けている。
「ロゼッタ嬢、なんですか最後の。もう天の使いみたいになってましたよ。ブルワー法務大臣、ポーション飲めますか?」
ジロウ隊長がブルワー法務大臣を起こしてポーションを飲ませながら聞いた。
「雷です」
「いや、見て分かりますよ。あー、もう、いいや。ロゼッタ嬢ですからね」
「大変美しい光景でした・・・、聖典に出てくる戦乙女の様でした」
ハワード隊長が目元を赤らめ、ほぅっと息を吐きながら、うっとりとハルバートを見ていたので急いでハルバートをマジックバッグに隠した。もうハルバートに魔力は殆ど残ってない。大したことない武器ってバレてもいいけど、もう少しごまかしていたい。
魔力をもっと貯めるように出来たらいいわね、要改善だわ。
「さすがホグマイヤー様のお弟子様です。先程、ジェーン様は雷を背負われているようでした。戦乙女は身の丈を越える雷の槍を持つと言われていますから、大きなハルバートを持ち雷を鳴り響かせている姿はまさに女神のようでした」
ハヤシ大隊長が興奮した顔で褒めてくれる。
本当は結構ギリギリで、危なかったです、とは言えない。
私はふふふ、と笑いながら杖を振りそよ風を起こした。
「褒めて頂いて嬉しいですが殆どがランさんの作戦ですよ。凄いのはランさんです。師匠に追いつけるように頑張ります」
私がそう言うと、ホーキンス隊長はふっと笑われた。
「ああ、名無しの薬局の賢者様が後ろについておられましたね、杖が無くとも天候さえも操れるとは。弱点が杖と思っていましたが、流石、宵闇の魔女様です。まあ、ジェーン様は使い魔共もいらっしゃいますし、それに薬を使われると勝てる要素が万に一つもありませんね」
ホーキンス隊長は頷きながら私を見て、その言葉にハワード隊長やジロウ隊長が頷く。そして、嬉しそうに三匹の使い魔も自慢気に頷いている。
私が苦笑いしているとブルワー法務大臣が回復し、むくっと元気よく立ち上がると、うわっはっはっはと笑われた。
「いやあ、凄い!!流石はホグマイヤー様のお弟子様だ!始まりの女神の雷ですな!いやはや手も足も出ん。この気持ちは懐かしい!ホグマイヤー様の時は焦がされましたな!あの時は創造の大地の女神を思ったものです、さすがはジェーン様だ!あのハルバートは素晴らしい!騎士、隊員の女神ですな!!ああ、魔女のローブにハルバートとは!!陛下に報告したいが宜しいか!!」
パンパンと土埃を払いながら、ご機嫌でブルワー法務大臣は話している。
「ええ、どうぞ。秘密の武器ではありません。うーん、じゃあ、もう一つ新しい武器をお披露目しようかな?」
「おお!楽しみですな!」
「誰か・・・そこらに・・・。ああ、ハワード隊長とジロウ隊長、少し離れて立って貰っても?攻撃してもいいですか?」
二人は頷き、十分に距離をとって剣を構えた。
「ではいきますね」
私は少ししゃがむとローブを捲り、ブーツの上の方に付けたダガーを片手に一本ずつ持つと魔力を流した。ダガーはゆっくりと私の魔力になじんでいく。
「「!!」」
私は顔を上げ一気に魔力を出すと、ダガーを二人に向けて投げつけた。
「火炎、渦潮」
火と水の魔法を帯びたそれぞれのダガーが風に乗り、二人の隊長にむかって飛んでいく。一つは燃え盛る刃が勢いよくハワード隊長にむかい、もう一つは渦を巻きながら鋭くとがった水の刃がジロウ隊長にむかった。
二人は驚いたがそれぞれ剣で弾かず横に飛び避けた。
「「「おお!!」」」
ハヤシ大隊長達は驚きの声をあげた。
ダガーは二人のいた所に刺さると、暫くして炎は消え、もう一本も同じように普通のダガーに戻った。私はそよ風を起こして落ちたダガーを回収した。
「いかがでしょうか?」
「いやはや、素晴らしい!!」
ブルワー法務大臣はニコリと笑って手を叩いて喜んでくれたが、ジロウ隊長は怒った顔でずんずん私の所に来ると、捲れたローブを綺麗に直した。
「ロゼッタ嬢!脚が見えましたよ!」
ハワード隊長は手で顔を覆っていた。
「白い・・・脚が・・・・」
私は二人にぺこりと礼をして、ローブの下をチラリと見せた。
「大丈夫ですよ。下は動きやすいようにブーツに膝までのズボンを穿いています。スカートは今日は穿いていませんよ」
「ロゼッタ嬢!捲るのは止めなさい!!」
ジロウ隊長はまたローブを綺麗に直し、ぷんすか怒ってしまった。
「女神・・・白い・・・」
ハワード隊長は手で顔を覆ったまま空を見上げて戻ってこない。
ホーキンス隊長は笑っていた。
「おかしいですね。ホーソンさんに、動きやすい訓練服を頂いたんですけどね?女性はこれを穿いて訓練をしたと聞きましたが?」
ハヤシ大隊長は困った顔で笑われた。
「ああ、見習いの夏用の訓練着のズボンですね。確かに女性隊員も着用していますが。まあ、ローブの下に穿いているのを見た事はないです。魔術士や治療師達は夏でもゆったりとした長いズボンをいつも穿いていますので、ローブの下に短いズボンは驚きました。とにかく、ダガーも使われる事が分かりました。ダガーを使った近接攻撃もジェーン様は出来る訳ですね。しかもダガーを遠くにも投げる事が出来る」
「そうです」
私が頷くと、三匹も自慢げに頷いていた。
「ローブを脱いだら良かったのですかね?一応上着も頂いた訓練着を着ていますが。でも、私は魔女ですのでローブを脱ぐのは嫌ですからね。今度、レオナルド王子様に頼んで魔術士が穿いているズボンを買わせて貰いましょうか。それかサミュエル君に洋服を注文しましょうかね。ああ、庭がボコボコですね。皆綺麗にして頂戴」
私が言うと、三匹は頷き、綺麗に地面をならし水を撒いていった。
「いや、結構。まだ訓練は始まったばかりですぞ、今度はフォル殿に相手をお願いして貰おうか」
ブルワー法務大臣が剣を抜いてフォルちゃんにむかって礼をしている。雷を食らって復活が早すぎるけど、ブルワー法務大臣は普通じゃないんでしょうね。
「いやいや、ブルワー法務大臣は少し休まれては。私達が先ですよ、今度は三人でフォル殿に相手をして貰うのはどうでしょうか?」
ホーキンス隊長がフォルちゃんにむかって礼をしている。隊長二人もまだ少し元気がないけど、頷いていた。
「では、アル殿は私の相手をして頂けますか。その後はウェル殿にもお願いしたい」
ハヤシ大隊長が二匹に礼をしている。
三匹ともまんざらでもない顔をして、私を見ている。
「ええ、皆好きにして下さい。皆、怪我は出来ればポーションで治るまでにして頂戴。あ、ポーション買い取りします?傷薬もありますよ?今日は二割引きして良いとランさんから言われてます」
「おお!いいですな!遠慮なく訓練が出来ますな!」
ブルワー法務大臣はご機嫌で沢山ポーションと傷薬を買ってくれた。ランさんがにっこり笑っている姿が想像できた。
その後も訓練は続き、私は休憩の為椅子に座ってお茶を飲みながら訓練の様子を眺める事にした。
ゆっくりとお茶とお菓子を頂き、執事さんにお菓子の説明を聞いたりして過ごし、オリバー君は私の横に座って訓練の様子を見たり、私が差し出したお菓子を恥ずかしそうに食べていた。
「まじょさま。まほうを見せていただけますか?」
「いいですよ」
私は辺りをそよ風魔法で包んでみたり、闇魔法で暗くしたり、光を降らせたりした。いつの間にか夫人も屋敷の窓から見学をしていたので、夫人の前に光魔法で花を降らせたら凄く喜んでいるのが見えた。
私が杖を振っていると、ハヤシ大隊長が私の方にやってきた。
「ジェーン様。私に火球や水矢を打ち込んで頂けないでしょうか?」
「いいですけど、どのように?」
「容赦なくお願いします」
ハヤシ大隊長は私の火球を避けたり水矢をはじいたりして、一分間とにかく逃げたり耐えたりする、という訓練を喜んで始めた。楽しそうに訓練する様子に少し引いてしまっていたら、ブルワー法務大臣やハワード隊長も、是非して欲しいと剣を構えて順番を待つので、もう考える事は止めた。
そうして日が沈み出す頃にようやく訓練は終わった。
「はあ・・・。ここまで力の差があると悔しい気持ちも湧きませんね・・・」
ホーキンス隊長が槍を撫でながら使い魔の三匹を見ていた。
「私も大きなハルバートをもっと使えるように頑張ります」
「あー、ロゼッタ嬢は魔女様で薬屋で、もう武器は程々でいいのでは?」
ジロウ隊長もボロボロな状態で水を飲んでいた。
ハワード隊長はハヤシ大隊長と剣の話をしながら、フォルちゃんと何か話している。
皆元気だ。
アルちゃんとウェルちゃんが庭を綺麗に戻してくれているのを私も魔法陣を出して、土魔法でお手伝いをしていると、私の目の前に可愛い花が差し出された。
「まじょさま!!すごくきれいでした!強くてかっこいいです!ぼくとけっこんして下さい!!」
オリバーくんが跪き、眼をキラキラして花を差し出し私を見上げてきた。頬を真っ赤に染めて私を見つめている。
皆が驚いて私達を見ている。
ふふっと笑おうとしたけど、オリバー君の眼があまりにも真剣だから、ああ、きっと笑っては駄目なのね、と私も姿勢を正した。
「お花有難うございます。でも結婚は無理かしら。約束は出来ないけれど、オリバー君が私よりも強くなってから改めて考えましょうね」
私がそう言いお花を受け取りしゃがんで頭を撫でると、オリバー君は頷いて、私の手を握り手の甲にちゅっとキスをした。
「まじょさま!ぼく、おじいさまより強くなる!」
アルちゃんがオリバー君にぺっと舌で攻撃し、オリバー君はステンと転んでしまったけど、ニコニコしていた。
ブルワー事務長は謝っていたけど、ハヤシ大隊長は顔を覆いブルワー法務大臣は笑っていた。
「ははは!懐かしいな、ダン。自分を見ている様だろう?」
ハヤシ大隊長は頭を押さえて、大きく息を吐き何も言わなかった。
ブルワー邸からの帰りはまた、ふかふかの椅子の馬車で送って貰う事になった。
お菓子を沢山お土産に貰い、又訓練をお願いされ私は時間が合えば、と了承した。
オリバー君は馬車で私が帰る時に少し泣きそうになって、私の手を握りまたちゅっとしそうになっていたら、アルちゃんにピシっと攻撃されておでこが赤くなり、そこをハヤシ大隊長が、もうやめろ、と赤い顔をしてオリバー君を引き留めていた。
ジロウ隊長がお土産をアルちゃんに渡し、ハワード隊長が馬車にエスコートしてくれた。
「ジロウ隊長、この間は有難うございました」
「いいえ、またいつでもお付き合いしますよ。次はちゃんと長いズボンを穿いて下さい」
ジロウ隊長が優雅に礼をして、私にニコリと笑った。
「ジェーン嬢。あの、休みが伸び伸びになってしまってますが!メリア料理、食べに行きましょう!」
「ええ、楽しみにしています」
私が皆に礼をして馬車に乗ると、皆も礼をした。
私はブルワー邸を出て、訓練も無事に終わり、良かった良かったと満足して帰ったので、その私の馬車を遠くから睨んでいる人がいるなんてこれっぽっちも気づかなかった。
第5章はここまでです。第6章を投稿するまで暫くお待ち下さい。