ジロウ隊長とお出かけ 3
ちょっと長いです。
「あー、気持ちいいですね。今日は天気も良くて空が高いですね」
目を気持ちよさそうに閉じて、うーん、と言いながら伸びをしたジロウ隊長は少し落ち着いた様だった。
「外は気持ち良いでしょう?天気が良い日はよくここでお茶をするんですよ。フォルちゃんに防御膜をもう一枚張って貰いましょうか。外で話してもこれで大丈夫です。アルちゃん、マツさん来たら受け取って来てくれる?それと、これ、師匠がいるなら、工房にお菓子をお土産で届けてきて。寝ているなら工房の机の上に置いて来てね。出かけているのなら師匠の工房の保存箱に入れておいてね」
「あ、じゃあ、飯はこの金でお願いします」
ジロウ隊長がアルちゃんにお金を渡し、アルちゃんがお金とお菓子をパクリと飲み込むと影に消えた。
「さ、お茶を飲んでのんびりしましょう。ふかふかの馬車に乗れましたし、良いグラスも買えましたし、私は楽しいですよ。ジロウさんも気にしない様にしましょう」
アルちゃんが消えて、私はあー、と言っているジロウ隊長の前にお茶を出した。
「ジロウさん、ほら、おっさんに逆戻りしてしまいますよ」
「気を使って貰ってすみません・・・、せっかくのジェーン嬢とのお出かけだったんですけどね。変な邪魔が入るし、上手くいきませんね。おっさんは卒業したんで戻りたくないですよ」
ウェルちゃんがジロウ隊長の頭に止まってピピピと慰めていた。
「ほら、ウェルちゃんも慰めてますし、私も慰めますよ。従兄のお兄さんを思い出しますね。失恋したーって泣いていたのを、幼い日の私は大好きなお菓子を半分あげて慰めてあげました」
私はお菓子をジロウ隊長の前に置くと、落ち込んでいたジロウ隊長は上目遣いに眉間に皺を寄せて私を見た。
「おお、こんなに可愛くない上目遣いはなかなかないですね。ふふふ」
「可愛くなくて結構ですよ。あー、もう」
ウェルちゃんはジロウ隊長の髪をツンツンと突くと、ピピっと鳴いて近くの木にとまった。
ジロウ隊長はむくりと顔を上げるとお菓子を一つ口に入れた。
「さっきの子爵夫人はですね、自分と同い年なんですよ。で、学園にいた時から問題が多い我儘令嬢だったんです。学園では紳士・淑女科にいたのかな、教養を身に着ける貴族が入る科ですよ。で、科は違ったんですけど昔も、困ってたんですよね」
「ああ、紳士・淑女科、懐かしいですね。ジロウ隊長、科を超えてモテモテだったのですね」
「いや、貴族の四男坊の騎士・軍団科なんてモテないですよ。よっぽどイケメンか、優秀であれば別でしょうが、まあ、自分はソコソコでしたから。あの夫人は平民の商家の金持ちの息子や、高位貴族の令息まで、幅広く声掛けていましたよ。で、婚約者がいる方にも声掛けちゃったりして、トラブルメイカーな方だったんですよ」
「うわあ、なんだかそんな話をこの間、聞きましたよ。流行りの小説にあるそうですよ。私は薬師科でしたが薬師科も全然モテませんよ。まあ、私は薬師科に何人か仲の良い友人がいたので楽しかったですけど。騎士・軍団科には女の子が良く大会の応援等に行ってましたよ、私も何回か行きましたね。懐かしいですね」
学園時代の事をちょっと思い出したけど、胸は痛むことはなかった。
「あー、まあ、キャーキャー言われましたが、それだけですね。他人の話や、物語なら楽しいでしょうけどね、いざ自分になるとたまりませんよ。子爵家からの打診が出来る上の家格で四男で、年が釣り合う。次男は嫡男の補佐に回ったり、余っている爵位を受け継いだりしますからね。三男か四男が狙い目だったんだと思いますよ。兄達は婚約者がいましたが、なんせ四番目ともなると、結べる縁は結び終わってしまってましてね。おかげで好き勝手させて貰いましたが。で、狙われたわけですよ」
「ロックオンですか、薬局の前も狩人が多いそうですし、今は女性が積極的なのですね」
「まあ、積極的な方はいらっしゃいますよ」
私は頷いて、お茶を飲んだ。今は女性が積極的に行く方がいいのね。
「ジロウさんは積極的な方は苦手なんですね」
「あー、いや、相手によると言いますか。ジェーン嬢も苦手な人からぐいぐい来られたら嫌でしょう?でも、気になる相手からだったら不快にはならないでしょ?」
「ああ、成程」
私がコクンと頷くと、ジロウ隊長もコクンと頷いた。
「まあ、ええっと、何処迄話したかな。とにかく、それでも婚約の話は断りをいれて、問題はなかったんですけどね。学園で会う事は少ないはずなんですが、食堂なんかは行きたくない時期がありましてね、あー、結局、何処の令息と結婚されたのかな・・・。金持ちの男爵辺りの次男か三男を婿に取ったと思いますよ」
お茶をジロウ隊長はゆっくりと飲んだ後にふーっと息を出した。
「軍団に入ってからはそんな話もなくなって、自分も好きにやらせて貰ってたんです。結婚も好きにしていいって家からは許可貰ってますんでね。それなのに副隊長になった辺りから、また目を付けられはじめましてね・・・。平民の女性の方が距離を置いて接してくれるんですよ、貴族女性の方が遠慮が無い方がいらっしゃって面倒なもんです。隊長になったら高位貴族からも狙われ出しましたが、高位貴族は嫡男が皆いらっしゃいますから断れる範囲の物ですがね」
「うわあ。あの、さっきからちょっと気になってたんですが、相手は子爵夫人ですよね?旦那様がいらっしゃるのに男性に声を掛けるのは良くないのでは?もしかして離婚されてジロウさんと結婚を?略奪愛ですか?」
「あー、いやいや、なんですか、そのドロドロ劇。勘弁して下さい。俺は愛人候補ですよ」
「あい?・・・・・」
「愛人」
驚いた私にジロウ隊長はしっかり言い直し、お茶をゆっくり飲んで小さく笑った。
「結婚して、跡継ぎ産んで、愛人作るのは貴族間では少なくはなくてですね。平民よりも貴族の愛人を持ちたい夫人からしたら自分は愛人としてモテるんですよ。貴族は政略結婚が多いでしょう?だから結婚後、跡継ぎが出来た後は、夫婦で話し合ってお互い恋人を作る事もままあるんですよ」
「ええ・・・」
「自分は結婚相手としては爵位はないし、領地も無いので相手にしたくないけど、隊長だし、それなりに金は持っているし連れて歩く分には丁度良いと思うんですかね。一回り以上歳が離れた子爵家位なら婿入り話がまたあるかもしれませんが、自分は興味ないですし。なんだかそう言うお誘いが多くて。自分だと手を伸ばしやすいと思うんですかね。結局さっきのご夫人も自分を好きでは無くてですね、学園の頃は「伯爵家の息子」が好きだったし、今は「貴族の隊長」が好きなんですよ」
買ってきたお菓子に手を伸ばし、揚げ菓子をジロウ隊長が食べた所でアルちゃんが料理を持って来てくれた。私はジロウ隊長の話を黙って聞いた。
「ジロウさん、料理が届きましたよ。温かいうちに食べましょう」
「あー、はい、なんだかすみません。ま、美味い飯食べてすっきりしますか」
「そうですよ、この間は私が慰めて貰いましたからね。今日は私がジロウさんを慰めますよ。ジロウさんは家名を呼ばれるよりもニコラスさんって呼ばれる方が好きですか?」
「仲良い人からはそうですね。じゃ食いましょう」
「では私もニコラスさんと呼んでもいいですか?私もロゼッタでいいですよ」
「・・・自分はジェーン嬢からジロウ呼びされても気にしませんよ。でも、ニコラスでもどちらでもいいです。ホグマイヤー様もジェーン嬢からもジロウ呼びは特別だって分かってますからね。まあ、良ければ自分はロゼッタ嬢とお呼びしたいですが」
ジロウ隊長はフォークを持つとニヤリと笑った。
「うん、ジロウ隊長のジロウは特別呼びですよ。私もじゃあジロウさんで。でも、私の事はロゼッタ嬢で良いですよ。ジロウさんは今度の訓練で発散するといいですよ」
「訓練で発散出来るのは、ロゼッタ嬢だけかもしれませんよ?自分らは転がされるだけと思いますがね。まあ、転がされるのも悪くないかな」
私達は料理をむしゃむしゃ食べ、お菓子とお茶を飲み、私はジロウ隊長を慰め、楽しく食事会をした。
私は大人の恋愛の大変さを知ってジロウ隊長は夕方には帰って行った。
私は一人になった裏庭で杖を振りながら魔法の練習をした。水を小さく丸く作り庭に浮かせた。
ジロウ隊長にぐいぐい来ていた夫人、我儘令嬢だったってジロウ隊長は言ってたけど、結局政略結婚を受け入れて家を継いで跡継ぎ産んだのでしょう?
色んな方に声を掛けて真面目ではないかも知れないけど、貴族としてちゃんと家を継いでるのよね。
女性の旦那様は妻が愛人を作ったら辛くないのかしら。自分も作るから良いって思うのかな。入り婿なら、何も言えないのかな。
ジロウ隊長があの女性を好きになったら、愛人でもいいって言ってお付き合いするのかしらね。そうしたら、もうこうやってお食事もお出かけも出来ないでしょうね。
ジロウ隊長が愛人になるのは、なんだか少し寂しい。いや、愛人は止めて欲しいけど。
あの女性も色んな人に声を掛けないで、ジロウ隊長だけに声を掛けたら違ったのかな。ジロウ隊長が家や役職ではなく、自分を見て欲しいって気持ちは分かるもの。
私は水の玉を浮かせて、そよ風魔法でくるくると回した。
初めて王国劇場のホールに入った時はキラキラしていて楽しかった。友人に連れて行って貰った観劇。本当に感動した。王道のミュージカルで内容も有名なお話だったけれど、ホールに入った時の感動は今でも覚えている。俳優さんも女優さんもとても素敵で、劇が終わった後に友人と興奮してカフェに入っておしゃべりしたのも楽しかった。
私もまた観劇に行きたいな。
私は誰を誘うのかしら。
今度好きな人が出来たら、思いっきりアタックしよう。
積極的な女の人もいいみたいだし。
私は水の玉をふよふよ浮かせながらアルちゃん達に水の玉をぶつけて遊んだ。
明日も出来たら投稿します。