ジロウ隊長とお出かけ 1
ブルワー法務大臣にポーションバッグを渡した次の日。
私はモラクスさんのグラスを探しに行く為、薬局でジロウ隊長を待っていた。
昨夜のうちにモラクスさんにはグラスの希望を聞いたら、腕を組んで考えた後に、「色付きでもいいし、変わった形でもいい、とにかく珍しい物がいいな。小さい物は持ちにくいか」と、言われた。
今日は良いグラスが見つかるといいわね。
私が髪に編み込んだリボンを触っていると、フォルちゃんがジロウ隊長の到着を知らせてくれたので、ドアを開け、店を出るとジロウ隊長がベルを鳴らした所だった。
「おはようございます、ジェーン嬢」
「おはようございます、ジロウ隊長。今日は宜しくお願いします。隊服じゃないジロウ隊長は初めてです。ジロウ隊長、お洒落ですね。恰好良いですよ。今日は私も以前ジロウ隊長がお詫びの品でくれたリボンです」
「あー、有難うございます。ジェーン嬢もお似合いですよ、可愛いです。行きましょうか」
私は店を出ると、ジロウ隊長と歩き出した。
「今日は何処のお店に行くんですか?」
「貴族街の近くに贈答用の専門店があるんで見てみましょう。グラスも色々あるようですが、気に入った物がないのなら、街に戻って来て鍛冶屋の近くに行きますか。そこは安い物が多いですが、変わった物があるかもしれません。今から行く店は高級な物から珍しい物まであるそうなんでまずはそこに行きましょう。大通りに馬車を用意しています」
「馬車を?お世話になります。珍しい物はなんでも欲しいですね。ジロウ隊長が詳しくて助かります」
「いえ、自分も部下に色々聞いたり、実家の方に聞いただけなんですけどね。頼りになるかは分かりませんが。あと、今日は護衛ではないので、良ければジロウと呼んで下さい」
「あ、そうですね、お仕事ではないのに隊長呼びは嫌ですかね?ジロウ様ですか?ジロウさん?ジロウアニキ?」
私は頷き、ジロウ隊長の方を見て聞いた。
「様はいりませんし、アニキはないでしょう・・・ホグマイヤー様の様にジロウでいいですが、まあ、ジロウさんですかね?」
「あ、アニキは心の声が出てしまいましたね。ジロウさん?」
「心の声ってなんですか・・・、アニキよりもお兄様のほうが・・。まあ、それはそれでよくないか・・・。はい、お手をどうぞ」
気付くと馬車の前にいて、扉を御者が開けてくれていた。ジロウ隊長にエスコートされ、馬車に乗ったが、乗合馬車とは違って座席もふかふかだった。
「ジロウ隊・・さんはやっぱり貴族なんですね・・・ふかふかにお金と権力を感じます」
「あー、まあ、家は伯爵ですね。でも四男坊なんで、受け継ぐ爵位も領地も兄達が全部受け継いで自分には名前しか無いので、貴族っていっても旨味はゼロですよ。まあ、隊長になると騎士爵が就任時に貰えましたね。隊員は大体次男か三男が多いです、貴族で自分で食えるようにするために文官か隊員、騎士になる奴は多いですよ」
「ジロウ伯爵・・・、成程・・・。魔術師や治療師も貴族の方がいました。薬師科にもいましたね」
「ああ、そうですね、魔力が多い者は貴族に多いですから。ジェーン嬢の魔力は凄いですね」
「うーん、魔力だけは多いです。あ、そう言えばもう聞きましたか?ブルワー法務大臣訓練、決定になりましたよ。昨晩お会いしたのですけど、ブルワー夫人からも許可を貰いました。訓練では思いっきりぶつけますよ?やるからには勝ちますからね」
「あー、自分もガンバリマス。訓練はハヤシ大隊長がウキウキしてそうですネ」
ジロウ隊長は、ハハハと頭を掻いて頷いた。
「ハヤシ大隊長もやる気なんですね・・・。まあ、負けませんよ、ふっふっふ。あと、今更ですけど、ジロウた・・・さんの名前この前初めて知りました。ニコラスさんなんですね、ふふふ」
「ホグマイヤー様が自分だけジロウ呼びですからね。自分の姓は珍しい方なんでジロウ呼びもされますが、なんせ兄弟が多いでしょう?普段は名前呼びが多いですね。ジェーン嬢もニコラスって呼びます?ハハハ」
馬車は街の中を進んで行き、見なれない区画に入って行った。
「ニコラスさん?」
「ぶふ!!ジェーン嬢?あー、びっくりした」
「ふふふ、やっぱりジロウさんの方がしっくりきますね」
「はは、あー、そうですネ。お好きにどうぞ」
私達が話していると馬車は止まり、私はエスコートされて、馬車を降りた。事前にお店にも話をしていたのか、従業員の方がドアの前で待って案内をしてくれた。
凄く高いお店みたいだけど、大丈夫かしら。でも、初めてのお店に来るのはドキドキして楽しい。
「ジェーン嬢、どうしますか?部屋に入り、色々持って来て貰う事も出来ますし、自分でお店の中を歩いて見る事も出来ますが」
奥の部屋に案内をされながらジロウ隊長が私に訊ねる。
高級な店を歩き回って、ぶつかって商品壊したりしないかしら。
「色々見てみたいですが、初めてなのでどうしたらいいのか分からなくて・・・。部屋でお勧めを持って来て貰う方がいいのでしょうか?ジロウさんはどう思いますか?こういう時はどうしたらいいですかね?ジロウさん、教えて貰っても?」
「・・・あー、うん。そうですね、一度お勧めを持って来て貰いますか。気に入った物が無い場合や、悩んでる時は店を一度見せて貰いましょう」
私が頷き、私達の話を聞いていた店員はジロウ隊長が頷くと礼をし、部屋を出て行った。お茶が運ばれてきて、私達が飲みだす時には色々なグラスが運ばれてきた。
「早いですね」
私がカップを置き、並べて行くグラスを見ているとジロウ隊長は頷いた。
「事前にグラスを見る事は伝えていましたからね。好きに見て下さい」
「うーん、すごく大きな人が持って、壊れにくい感じで、珍しい物が良いですね。値段は高くても安くても気にしません。贈り物にはなりますが、勉強代のお礼ですので」
私の話を聞いて店員がグラスを一つ一つ説明していく。宝石を砕いて作っている物、どこかの王様が持ってそうなゴブレット、レースような模様が入ったお洒落なグラス。
良い物ばかりで分からなくなってしまった。
私が腕を組んで悩んでいると、店員の方はふむ、と言われ、少々お待ち下さいと言って一度部屋を出て行くと、グラスを一客持って戻ってきた。
「これはいかがでしょうか、ただ、一客のみのグラスとなります。お話をお聞きすると一客だけでも問題はないようですのでお持ちしました。このグラスは見た目だけではなく、音も大変美しいグラスです」
透明なグラスにカットが美しいグラスだった。店員さんは持っていた小さなスプーンでグラスを優しく叩くと美しい音がした。ワイン用ではない背が低い丸い円筒形のグラスで、強いお酒を飲みたがるモラクスさんにはいいかも知れないと思った。
「これはペアグラスであったのでは?」
ジロウ隊長が店員に聞く。
「ええ、その通りです。運搬時に一客、割れてしまいました。とても良い物ですが、元がペアなので店には並べていません。片方がないのは良くない事とされますから。ただ、本当に良い物なので処分出来ずに奥にしまっておりました」
「これにします」
私はグラスを手に取った。私には大きい立派なグラス、モラクスさんにぴったりだ。店員さんも少し驚いていた。
「一客になったのも何かの縁でしょう。おいくらですか?そして出来れば小さな一客だけのグラスが同じようにあれば持って来て下さい」
「少々お待ち下さい」
小さな可愛いグラスも同じように一客だけの物があり、私はそれも購入する事にした。
これでモラクスさんと一緒にお酒を飲もう。
店員さんが提示した金額はびっくりする位安かった。元がペアの物と言う事もあり、そもそもしまいこんでいた物だから問題ないと言われた。
ジロウ隊長を見ると、魔女の私に今後とも宜しく、という事だと思うと言われ頷いた。
私はグラスを受け取るとマジックバッグに入れて、店員さん達に見送られ店を出た。
「良いグラスが見つかりました。高い物は早々買いに来ませんが、また来たいですね。店員さんも親切でしたし、高級なお店も面白かったですよ」
「グラスが見つかり良かったです。店も喜んでましたよ、魔女様に買って頂いた、と店は宣伝をしますね。では昼食に参りますか」
ジロウ隊長が手を差し出してくれ、私が馬車に乗り込み、ジロウ隊長も馬車に乗ろうとすると、「ニコラス様!」と声が聞こえた。
次の投稿は土曜日です。