表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

魔物と旅人

魔物と旅人7: 獣と魔物

作者: 河辺 螢

 その日は吹雪と言ってもいいくらいの雪風で、季節外れの急な荒天に、飛び入りで宿を取る者も多かった。

「助かったあ」

 そう言って入ってきた子供連れの夫婦が、肩に積もる雪を払う。

 ようやく暖かい部屋に入れた子供は、宿にある暖炉に向かって走り出し、近くに座っていた男にぶつかった。

「ぷぎゅ」

 変な声がして、ぶつかった男の胸から黒い丸いものが飛び出した。

「きゃああ!」

 何をされたわけでもないが、驚いて子供が声を上げると、

「魔物だ!」

と客が騒ぎ出した。

「すみません、それは僕の…」

 旅の男が懸命に魔物を追いかけようとしたけれど、ほうきで追われた魔物はあちこちにぶつかりながら逃げる。

 そこへ丁度ドアが開き、魔物は外に飛び出した。

 タイミング悪く吹いた突風にあおられ、魔物の姿はあっという間に見えなくなった。

 後を追おうとする旅の男を、みんなが止めた。

「今外に出るなんて、無茶だ!」

「行かせてくれ、こんな吹雪の中、死んでしまう」

「魔物にとっちゃ、これくらいの吹雪、なんてことはないだろう」

 人をかき分け、ようやく外に出たときには、目の前は真っ白で、どっちに向かって飛ばされたのかさえ、判らなくなっていた。

「魔物を宿に連れ込むなんて…」

「子供がかじられでもしたら、どうするんだ」

 魔物を連れてきた旅人をなじる声が低く響いた。

「おまえの連れかもしれんが、とりあえず、この雪が収まるまで待つしかないだろう」

 宿の主人に腕を捕まれ、引き留められた旅人は、うなだれるしかなかった。




 今日は珍しい雪で、巣穴から出てネズミを狩ることもできなかった。

 雪になるにはずいぶん早いけど、山の主は気まぐれた。

 どうせ、しばらく降って、ちょっと寝て起きたら雪は溶けているんだ。

 しっかり寝るにはまだ早い。

 まだまだ、いっぱい食ってからでないと。

 大きくあくびをしていたら、風といっしょに飛んできたもんがデコに当たった。

 そんなに痛くもなかったが、

「いてっ」

っと声が出た。

 下に落ちたもんを見ると、見たこともない、黒くて丸っちいのだ。

 うまいのか? 木の実か? くさってんのか?

 つかむと、ふさふさしていて、柔らかくて、あったかい。

 毛をむしればおいしそうだ。

「ぴきゅ?」

 しゃべった。

「おまえ、どっから来たんだ? この辺にいる奴じゃないだろ」

「トオク」

「遠く?どれくらい遠くだ?」

「イッパイ トオク テクテク イッパイ トオイ」

 何を言ってるのか、わかんねえ奴だ。

 でも、持ってるだけで、手があったかい。

「今日は食わないでやる。寒いから寝るぞ」

 巣穴の一番奥の穴に入って、黒いのを胸のところに置いて寝た。

 黒いのはごそごそと動いていたけど、寝方が決まったらくうくうと息をたてた。

 その息を聞いていると、眠くなって、気がついたら次の日だった。


 昨日の雪がやんで、空が光っていた。

 黒いのはまだ寝てた。

 雪は積もっていたけれど、そんなに深くもない。これなら2日もすれば溶けてしまう。

 雪の上にいたネズミを捕まえた。

 黒いのに「ほらよ」と1匹分けてやる。

「タベラレナイ タベテ」

 なんだよ。せっかく捕まえてやったのに。

「アリガト」

「そりゃなんだ?」

「ウレシイ ヤサシイ アリガト」

 何だ、この黒いのは。

 何が嬉しいんだ?

 …仕方がないなあ。

 ちょっと離れて、木の実をとってきてやる。

 硬いのも、柔らかいのも、この辺にあるものは大体判ってる。

 どっちもとってきて、足下に置くと

「ぴきゅ!」

と言って、柔らかい木の実を先に食った。

 黒い毛なのに、紫色になっている。

 夢中になって食っている。

 他のもんがこんなにうまそうに食っているところなんて、見たことない。

「ウレシイ オイシイ アリガト」

 硬いのにも手を伸ばした。

 何度もかじってみるが、食えないらしい。

 仕方がないなあ。

 殻を割って渡すと、

「ぴきゅ!ぴきゅ!」

 大喜びだ。

「オイシイ オイシイ ウレシイ アリガト」

 大きな硬い実の中身をかじる黒いのは、半分食べると、残りの半分を

「ハンブンコ」

と言って、こっちに持ってきた。

「はんぶんこ? なんだ?」

「イッショ タベル モット オイシイ」

 半分を半分にして、黒いのに渡した。

 同時に、ガリッとかむと

「きゅ!」

 いつも食べてる木の実の味だ。でも、うまい。

 黒いのは、ふわっと浮かび上がると、くるくる、っとその場で3回転した。

 他の奴には教えないんだが、こいつにはおいしい木の実のあるところを教えてやることにした。

 黒いのを頭に乗っけて森に入る。

 雪がまだあって、足が冷たい。

「これはおまえが割れない木の実だ。拾ったら、後で割ってやる。あっちのなら、今なら食えるのがある。紫のと、赤いの。もうちょっとしたら、なくなる」

「ぷきゅ?」

「もっともっと寒くなったら、あったかくなるまで寝るんだ。いっぱい食べて、寝る。おまえもいっぱい食っとけ」

「ぷう」

 黒いのが、赤い実をつまんだ。

 そこに、ネズミが走って行った。

 ネズミを捕まえるために走ると、黒いのもついてこようとする。

「おまえはそこにいろ」

 ネズミまであと少し、

 そこへキツネが出てきた。

 まずい。気がつかなかった。

 キツネもネズミを狙っていたが、俺でもいい、と目が言っていた。

「おまえの方が、食い甲斐がある」

 じり、じり、と足を進めてくる。

 すぐに木の多い左に走り、左右に体を揺らしながら捕まらないように逃げる。

 キツネの方が速い。追いつかれたら終わりだ。

 闇雲に走っていたら、黒いののいるところに来ていた。

 やばい。あいつが捕まってしまう。

 急に方向を変えたせいで、スピードが落ちる。

 尻尾にキツネの手が触れる。捕まれずに済んで、すぐに方向を変える。

 鼻先が迫る。

 笑ってる。キツネは余裕がある。

「きゅきゅきゅ!」

「来るな、黒いの!」

「きゅーーーー!」

 俺よりも高く飛び上がった黒いのが、キツネに向かって突進した。

 飛んでいった先は、開いた口。

 黒いのが、食われる!

 まぶしい光が、黒いのから出てきた。

 キツネが目をくらまされ、

「ぎゅおおおおお、」

と叫んで、その場でのたうち回った。

 そこへ、黒い影が現れ、手に持っていた平たい鉄の棒で、ゴン、とキツネを殴った。

「キャウン!」

 叫び声を上げて、キツネは森の奥へと逃げていった。

 目の前には、ニンゲンがいた。

 キツネみたいに殴られて、やられてしまう!

 思わず目を閉じた。

 …何もない。

 ちょっとずつ、ちょっとずつ目を開けると、黒いのが、キツネにしたようにニンゲンに向かって飛んでいった。

 でも光らない。

 そのままニンゲンの胸のところに飛び込むと、

「きゅい!きゅい!」

と嬉しそうに声を上げて、体をすりすりしていた。

 ニンゲンも、黒いのを受け止めて、嬉しそうに笑っていた。

「良かった…、良かった、無事で…」

 ニンゲンの目から、水がポタポタと落ちていた。

 黒いのがニンゲンに話をすると、ニンゲンは

「この子を助けてくれて、ありがとう」

と言って、持っていた硬い肉を3つ下に置いて、そこから5歩ほど下がった。

 怖かったけど、それを掴んで、走って巣穴に戻った。

 遠くで黒いのが

「アリガト バイバイ アリガト」

と言って、小さい手をいっぱい振っていた。


 硬い肉は、うまかった。

 これが、アリガトか。

 せっかく、暖かくなるまで一緒に寝られる奴を見つけたと思ったのに。

 あいつには、一緒に寝る奴がいたんだ。しかたないな。

 バイバイだ、黒いの!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ