解脱
命を賭けて守ってやったところで、恩を売ることすらできない。守りきることは当然で、生まれたときからの私の使命だ。
綺麗な顔なのに傷が残るなんて残念だな、と慰められた。
お前にとっては大事な顔なんだろう、と言いかけて口を閉じた。大切なことはいつも、伝えられずに口ごもるしかない。どうでもいいことはするりと喉を通っていくのに。
私のこの身体は、私という存在は、太古の暗黒魔術によって生み出された複製なのだそうだ。原初の私の永劫に続く呪いじみた魔術から、繰り返し作られた何番目かが私だと。男のために、先に死ぬ自分を遺そうとした原初の努力には、私も平伏するほかない。遺されたものはけっしてお前ではないとは思うが、成否にかかわらず努力は認められるべきだろう。
幾度も作られた私は、その度にこの男を愛してきた……らしい。前に連なる私のおかげで、今度の私はえらく冷たいなんて言われている。
期待通りに動かない私は、この男にとっては不要な玩具に違いない。いっそ、修復不可能なほどに壊れてしまえば良かったか。
鏡を見れば、左の碧眼と対になる右が欠けている。目の上を抉る傷は頬まで続き、滑らかな陶器のようだった肌は醜くひきつれて。ちょうどいい嫌がらせだ。
背後から伸びた手が、頬をなぞる。絹糸のような銀の髪が男の指に絡みつく。
大事にしてくれ、と男は呟いた。
お前が死ねさえすれば私が怪我をすることもないんだがね。憎まれ口を叩くと、困ったように笑って頷かれた。
男は死ねない。それがゆえに狙われる。男は幾度も私の死を看取り、私はその度に生れなおして男を守る。男のために生き、そして死ぬ。
くっと笑みが込み上げる。
閉ざされた地獄は誰のためにある。死ねない男か、それともその男のために私たちを幾度も使い捨てようと決めた原初か。
いや、案外のところ、その渦中にいてなお足掻こうとする私自身が地獄を生んでいるものかもしれない。安寧の環を逃れるためには、いずれにせよひどい痛みを伴うはずだから。
まだ縫合の跡が生々しい傷口から、たらりと赤い雫が垂れ落ちた。
この傷こそが私の証だと、鏡の中の血濡れた唇が笑った。
おまけで、企画時にお伝えした登場人物説明をつけておきます。
◆キャラクターの身体的特徴
・複製されたエルフの男性
・細身で耳が尖っている
・長いストレートの銀髪に碧眼
・顔立ちは整っているが、右目の上から頬にかけて生々しい傷跡が走っている
・複製であることに反発を感じているタイプなので、目が死んでいます
◆世界観
・ファンタジーの皮を被ったSFですが、文中にSFを明言する箇所はありませんのでお許しください。
・かつて栄えた文明は滅び、人々は生活可能な範囲で細々と生きている。
その時代の技は一部が今に伝わっているが、大半は失われている。
◆背景
・滅びた文明で行われた極悪な人体実験の結果、不老不死を得た「男」だけが生き延びている。
「男」を憐れんだ「私」はクローン体を使って自分を拡張することを計画し、実行に移した。
二人とも倫理観がぶっ壊れているので、「私」の死後に生まれてくる「私」に赤裸々に真実を告げている。
「男」は他に親しく付き合う相手もいないため、どの代の「私」へもそれぞれに違った愛を捧げている。
私のこの拙い解説がこんなに格好いいイラストになるのだから……主催者さんすごい!
参加させていただき、ありがとうございました!